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剣聖将軍記 ~足利義輝、死せず~  作者: やま次郎
第四章 ~忘恩の守護大名~
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第四十六幕 序盤戦 -各々の合戦-

六月二日。

円明寺川・蒲生賦秀ノ陣


城摂国境付近の山崎の地では、将軍・足利義輝が率いる幕府方四万六〇〇〇余と足利義昭を奉じる松永久秀の謀叛方二万四〇〇〇余が激しく睨み合っていた。伊丹・大物合戦に引き続き天下分け目の大戦の第二戦目である。一度目こその規模はなく兵力にも差はあったが、前回と違って謀叛方は負ければ滅亡が決まっているだけに死力を尽くした戦いが予想された。


太陽が中天に差し掛かっていた。梅雨時期ということもあり、いつも以上に湿気が多く暑さを感じさせる。兜の隙間からは汗が流れ落ち、甲冑は陽の光で異常なほどに熱を帯びていた。合戦の火蓋が切られたのは、丁度そんな時である。


蒲生賦秀の陣へ本陣からの伝令が駆け込む。


「申し上げます。公方様は我らに敵との戦端を開くよう命じられました。その後、柳沢隊と滝川隊も攻撃を開始します」


賦秀は本陣から戦端を開くよう命じられた。賦秀の攻撃をきっかけに全軍が動き出すことになっている。大一番での先駆けが許された賦秀は、歓喜の喜びに打ち震えると共に己に課せられた役割の重要性を噛み締めていた。


(負けられぬぞ、忠三郎)


気合を入れるため、賦秀は両の手で自らの頬を叩いた。身体が僅かに震えている。これが緊張からくるものなのか、それとも武士特有の武者震いなのかは判らない。ただ今は与えられた役目を忠実に遂行するだけ。賦秀は馬上の人となり、高らかに声を発した。


「よし、進め!」


賦秀の合図で、部隊が前進を始める。前列は鉄砲に備えて竹束で幾重にも固められており、万全の態勢を整えた。


賦秀の前には安見宗房の部隊がいる。畠山の重臣で合戦経験も豊富な部将だが、大した武勇伝もなく戦が得手とも聞かず、本人の評判もよい方ではない。よって賦秀は注意すべきは宗房ではなく、雑賀の鉄砲衆と定めた。同じように遊佐信教の陣には根来衆が組み込まれている。こちらは織田家臣・滝川益重が相手をすることになっている。


「止まれ」


円明寺川の手前で賦秀は部隊を一旦、停止させた。そこから賦秀は家臣の森民部丞に命じ、ゆっくりと川へ足を踏み入れさせる。半ばまで進んだところで、鉄砲衆に一撃させた。大きな音が戦場全体へ伝わり、合戦が始まったことを知らせた。


そして森隊が前進を再開させようとした時、対岸から凄まじい銃声が鳴り響く。一瞬で竹束が使い物にならなくなった。


「こ……これは堪らんな」


経験したことのない銃弾の雨に晒され、民部丞は肉薄する。


とてつもない数の鉄砲である。通常の一〇〇や二〇〇といった規模ではない。七、八〇〇といったところか。雑賀衆からすれば大した数ではないのだろうが、それでも蒲生隊の持つ数を越えていた。まともに銃撃戦を行なえば、勝てる見込みはない。如何にして白兵戦に持ち込むかが勝敗の分かれ道だった。


「急いで新しい竹束を用意させよ!大丈夫じゃ、替えはたんとある」


竹束の裏側で身を縮ませて脅える兵たちを民部丞が叱咤し、声を張り上げて指示を出す。事前に対応を教授されていた御陰で、焦りの色は殆どない。助言をしてくれた滝川益重には感謝をしなくてはならないだろう。


合戦前に幕府軍の先陣を務める蒲生隊は、滝川益重から鉄砲への対応策を伝授されていた。


「鉄砲は弾込めに時間がかかることから、斉射の後に突撃させることが対応の基本とされております。されど、その手法は敵にも我らにも通じませぬ。何故ならば一千の鉄砲を二回に分けて撃てば済むからです」


淡々と話す益重の双眸は自信に溢れていた。


聞けば簡単に聞こえるが、こんな芸当ができるのは天下広しと言えども雑賀・根来の連中を除いては織田軍だけである。前者は自ら鉄砲を生産することで、後者は莫大な財力で大量の鉄砲を所持することを可能とし、益重の指摘する戦法を用いている。この助言は、後に全軍の基本方針となった。幸いにも一ノ谷から充分すぎるほどの竹束と楯は持ってきている。降り注ぐ弾丸を恐れず、心で負けない限りは堪えられるはずだ。


「では如何にすればよい」


当然ながら弾込めの時間という弱点を克服した鉄砲にどうやって挑めばいいかを誰もが知りたがった。いったい攻め口はどこなのかと益重に問い質す。


「鉄砲は撃ち続ければ銃身が熱くなるため、冷やす必要があります。また硝煙で視界も塞がれます。犠牲が皆無とは申しませぬが、無謀に突撃するよりかは遥かにマシにございましょう」


つまり鉄砲の恐怖に駆られ、焦って飛び出さずに堪えろということだった。そうすれば、何れ隙が出来る。それを待てと。こうして蒲生と雑賀の我慢比べが始まった。


「我慢じゃ!身をかがめ、けして頭を上げるでないぞッ!!」


益重の言葉に従い、蒲生隊は猛烈な射撃を堪え続ける。それでも竹束の合間を縫って飛び込む銃弾もあり、少なからず犠牲者は増えていく。思わず飛び出したくもなるが、民部丞は唇を噛み締めて堪えた。飛び出せば、いま以上の犠牲が出るのは判っている。


(頼む……、堪えてくれ)


家臣の踏ん張りを賦秀は川岸からジッと眺めていた。


本来なら兵たちと共に戦場を駆けるのが賦秀の流儀だ。しかし、それは今回、禁止されている。最前線は防戦必至でいつ流れ弾で落命するか判らず、そこに大将が自ら乗り込むのは愚の骨頂でしかなく家臣たちの制止にあった。敵は守勢で円明寺川を越えてはこないから、辛抱は無駄ではない。賦秀は後続の部隊に命じ、いつでも敵陣に乗り込めるよう支度させた。


「遠慮はいらぬ。こちらも矢弾を馳走してやれ」


一方で滝川隊は根来衆と伍するだけの鉄砲と技術を備えており、激しく応射を繰り返していた。しかも織田勢は鉄砲を扱うのも晒されるのにも慣れていることもあり、兵たちは脅えの表情も見せずに銃撃を見舞っている内に弓隊を進ませて援護させている。この組織だった連携は、根来衆を上回った。


「雑賀、根来などの荒くれ者どもに織田が負けるものかよ」


益重が吼える。自分は織田家の代表だという自負があった。


しかし、滝川隊は両翼に味方部隊が展開していることから側面に回りこむこともできず、一隊だけ突出する危険も冒せない。益重は戦闘を優位に進めながらも川を渡りきることは出来なかった。


また柳沢隊と高山隊の間では、散漫な遠距離戦が行なわれるだけに終始しており、混戦になる気配もない。


円明寺川は、硝煙の臭いと煙で溢れていた。


=======================================


天王山麓・長宗我部元親ノ陣


円明寺川で激しい銃撃戦が始まった頃、天王山でも戦端は開かれていた。長宗我部は弓矢で、浅井は鉄砲を中心に山頂を牽制しながら登っていく。朝倉勢からも矢弾が飛んでくるが、ところどころある樹木や大岩が味方を守った。損害は、思ったより出ていない。


「敵はやる気がないのか?」


山麓で指揮を執る元親は、敵の抵抗が弱いことに疑問を抱いた。山林が障害物になるとはいえ、山岳戦ではそれなりに犠牲が出るものだが、通常は感じられる必死さが敵になかった。


「朝倉景鏡。上様に寝返りを断られたと聞いたが、ここまで愚かとはな。浅井殿が羨ましいわ」


朝倉勢の脆弱さは、要は景鏡に未練があるということだった。大将の性根は機敏に兵卒たちへ伝わる。今でも景鏡が幕府軍に寝返りたい思いを捨てられずにいることに元親は気が付いていた。覚悟の決まらない相手との合戦ほど詰まらないものはない。


「やれやれ。上様の前で意気込んでみたのはよいものの、これではやる気も起こらんわ」


元親は大きな溜息を吐き、呟く。


「兄者、合戦の最中に気を抜かれるのは如何かと。油断は禁物ですぞ」


兄の様子を見て、実弟の吉良親貞が戒める。義輝が行なった三好征伐の頃より幕府へ肩入れしている親貞は、兄とは違って義輝の下での初陣に気持ちを高ぶらせていた。


「ならば此度の合戦、そなたに任せてもよいぞ。前衛を預ける故、好きに戦うがよい」

「ふっ、困ったものですな。では怠け者の兄者の代わり、少々働いて参りますかな」


と言って親貞は笑みを浮かべると本陣を去っていった。


弟の姿が見えなくなると、元親は東方に視線を向ける。その眼光は、鷹の様に鋭い。口ではあのように言っても、決して油断しているわけではなかった。


長宗我部が朝倉勢と戦っている隣では、真柄直隆が山の中腹まで降りてきて果敢に浅井勢へ逆落としを仕掛けていた。兵の少なさを感じさせない戦いぶりからは、大将の勇敢さが伝わってくる。それに比べて、こちらには目ぼしい相手はいなかった。


気を抜いてはいないが、かといって特に指示を出す必要もない。退屈そうな元親を余所に、天王山の東側では両軍入り乱れての激闘が繰り広げられていた。


「浅井如きが朝倉に敵うと思うな!突き落としてくれる」


直隆は配下と共に槍を振るって浅井勢を突き崩す。山上からの優位性も加わって、容赦なく犠牲者は増えていった。兵たちが斜面を転がすようにして落ちていき、後続も巻き込まれて隊列が徐々に乱れていく。そこへ再び直隆が襲い掛かってくるのだから、浅井の進軍は完全に止まっていた。


「お…おのれ……!!」


浅井の先陣・磯野員昌は歯噛みして悔しがった。浅井は幕府軍一の大兵を率いていながらも一〇〇〇程度の敵に手こずっている。長宗我部勢が大して数の変わらない相手に対して順調に歩を進めているというのにだ。


「善兵衛殿!ここは我らが前に出るしかあるまい」


二陣を引き受けている海北綱親がやってきて、打開策を提示する。真柄勢の活躍は偏に直隆の勇躍によるものだ。これを封じされすれば、攻め上がる不利を差し引いても数の多い浅井に分があると綱親は睨んだ。


「……それしかないか。善右衛門殿、暫しここは任せたぞ」

「承知した。されど遅いようなら後ろから槍で突っつくぞ」

「いうわ!」


同僚の激励に員昌は愛槍を取り出し、郎党を率いて山を登っていく。次第に大太刀を振り回して味方を薙ぎ倒している武者の姿が見えてくる。紛れもなく真柄直隆である。


「真柄殿と御見受けいたす!浅井家中にて佐和山城主、磯野善兵衛が御相手いたす!!」


員昌は鎌倉武者の如く、堂々と名乗りを上げた。その大音声に気付いた直隆は、懸かって来いとばかりに手招きする。


「敵味方に分かれたのは乱世の倣い。悪く思うな」

「ふん。その台詞は勝ってから申すのだな!」


言葉と同時に直隆は踏み込んできた。自慢の太郎太刀から繰り出される一撃は、とてつもない重さがあり、受け止めた員昌は反動で斜面に投げ出されてしまった。かなりの衝撃が、員昌を襲った。


「他愛もないな。それでは主の名が泣くぞ」

「くっ……、ここでは不利か」


何とか態勢を立て直した員昌は、直隆と距離を保って側面を駆け上がる。下方からの対峙では敵わぬと見ての行動だ。それを直隆は悠々と見逃した。五分の状況でも勝敗は揺るがぬという余裕があった。


「ほざけッ!ここからが本番よ」


今度は素早い突きを何度も繰り出し、員昌が反撃に出る。直隆は後ろに飛んで攻撃を避けるが、それに合わせて員昌は間合いを詰めていく。二合、三合、四合と打ち合うが、決定打はない。


「ふん!」


穂先が僅かに下がったところを見て、直隆が上段から太郎太刀を振り下ろす。圧倒的な斬撃は地面を割り、土埃が二人を包み込んだ。


「貰った!」


そこへ員昌が一気に飛び込む。渾身の刺突は真っ直ぐに直隆の咽元(のどもと)を捉えている。その瞬間、員昌は勝利を確信した。


「甘いッ!」


しかし、とんでもない角度から返ってきた太郎太刀によって員昌の槍は弾かれてしまった。“莫迦な”と員昌は驚きで目を丸くする。


「こちらとて以前のままではないわッ!」


轟く直隆の咆哮に員昌は思わずたじろいだ。これほどまでに軽々と太郎太刀を振るう者は見たことがない。その膂力は、常人の数倍はあろうかと思えた。


(儂は二度と負けぬ)


直隆は先の合戦で弟を失ってから太郎太刀を自由自在に扱えるよう鍛錬に努めてきた。あの合戦で、直隆は何度も何度も将軍に切りかかったが、将軍は吉川元資と会話しつつも正確に斬撃を避けた。直隆にとっては完全に馬鹿にされた思いだ。あの悔しさは生涯で唯一のものになった。それから鍛錬に励み、今では木の枝ほどとは言わないが一般的な太刀と変わらぬくらいには太郎太刀を振り回せるようにまでなり、業には一層の磨きがかかった。これも全て将軍を討って仇を取るためだけのものだ。


「ほれほれ!どうした!!」

「く……くそっ……」


完全に劣勢となった。相手は重い太郎太刀を振り回しているのに、先にこちらの息が上がっている。復讐鬼となった直隆は、とんでもない化け物に進化してしまったようだ。浅井でも有数の猛将が歯が立たないのだ。


「まだじゃ。ここで退けるか!」


弾かれた愛槍の代わりに腰の刀を引き抜いた員昌が、意地だけを頼りに戦い続ける。力量の差は歴然、致命傷こそ避けたものの全身は傷だらけだった。已む無く助けに入った郎党も相次いで倒れ、直隆の周辺にはいくつもの骸が転がっていた。しかし、それも個人の域の話である。員昌が直隆の相手をしている間に形勢は逆転、浅井勢が盛り返していた。痺れを切らした海北綱親に加えて後続の雨森清貞が参戦すると、もはや直隆が立ち回った程度では巻き返しは不可能になる。


「ちっ……。口惜しいが退くぞ」


直隆が部隊を纏めて後退する。景鏡の部隊が一方的に押されており、このままでは取り残される危険があった。華々しく討ち死にするのは武士の誉れだが、ここで死ぬのは直隆の本望ではない。盛大に将軍の本陣に乱入し、仇を討った後に斬り死にしてやると決めているのだ。


浅井勢は真柄勢を押し込み、中腹まで進む。天王山の戦いは、山頂付近で第二戦に移行しつつあった。


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円明寺川・高山友照ノ陣


各地で戦端が開かれても尚、ここ高山友照の陣は静か過ぎて別世界のようだった。前面の柳沢元政からは散発的な銃撃が聞こえるだけで、攻め寄せては来ていない。こちらも反撃をさせているが、どちらも実は空砲である。云わば茶番だった。


「父上。池田、三箇殿から再三に亘って問い合わせの使者が参っております」


友照の嫡子・ジュストこと重友が使者の来訪を告げてくる。友照は眉をピクリと動かせると苦々しい表情を浮かべた。


「今は機にあらず“いま暫く待たれよ”と伝えい」


苛立った声で友照は応じる。


友照には彼らが何を聞きたがっているかは判っている。いつ幕府軍に寝返るのか。それを知りたがっているのだ。畠山家中の池田教正、三箇頼照の二人は切支丹という繋がりから友照の誘いに乗った。義昭の政権では耶蘇教に将来はないと感じての決断である。本当はもう一人、誘いに乗れそうな相手がいたのだが、その者の素性から内応は許されないだろうと判断して声をかけていない。ちなみに洗礼名は、教正がシメオンで頼照がマンショである。


「ですが、同じ返答をするのが三度目となります」

「そんなことはわかっておる!」


息子の言葉に友照の表情は強張ったままだ。


友照が動かない理由は、背後に控える松永久通に原因があった。こちらの寝返りに久通は気付いているのか、前列の長槍隊が穂先をこちらへ向けている。通常、非戦闘時には槍は掲げているものなので、明らかにこちらの動きを警戒していると思われた。立場が対等ならば抗議の一つでもするところだが、相手は主筋であるので、そうもいかなかった。


これが友照の苛立ちの原因となっている。もし内応が明るみに出ているのであれば、何かしらの対応策を練られている可能性がある。それに対し、こちらは内応が失敗することを想定していない。松永久秀の恐ろしさは家来である自分がよく知っている。その恐怖から友照は動けなくなっていたのだ。


「……こんなことなら無理にでも西征へ加わるのだった」


その小さな呟きは、誰の耳にも届いていなかった。


=======================================


御坊塚・畠山昭高ノ陣


謀叛方の中核を担う畠山昭高は、開戦以来ずっと落ち着けずにいた。自分が大将にも関わらず、まるで見張られている気分だ。


「左衛門督殿、如何なされた?そのように浮ついておっては、勝てる戦も勝てませぬぞ」

「……浮ついてなどおりませぬ」


心を見透かされ、昭高は憮然とした。


(……何故、この男が儂のところにおるのだ)


昭高がちらりと隣に鎮座する男へ視線をやる。無人斎道有。謀叛方全軍の采配を振るう男は、いま畠山の陣中にいた。道有は何故か開戦と同時に昭高の陣を訪れ、この地に留まって指揮を執っていたのである。


(これでは寝返られぬではないかッ)


昭高は幕府方へ鞍替えすることを望んでいた。というのも昭高は兄・高政が暗殺されたという噂を聞いてしまった所為だ。噂の出所は確かではないが、家臣の安見宗房は一度、永禄元年(1558)に兄を追放した過去がある。噂とはいえ昭高が兄の暗殺を信じるには充分すぎる要素があった。それ以来、いつかは自分も殺されるのではないかと恐怖した昭高は幕府方への内通を考え始めるが、今日の今日まできっかけがなく、そうこうしている内に戦が始まってしまったのだから、もう後がなくなってしまった。ここで踏み切るしか畠山が生き残る道はないが、そう決意を固めたところへ道有が乗り込んできてしまい、全てが御破算となってしまった。今も昭高は寝返りを諦めてはいないが、道有がいる間は不可能なので、早く出て行って貰いたかった。


もっともここで道有を捕らえてしまえば事が済むのだが、その度胸がないのが昭高である。


「道有殿。そのように陣を離れていても宜しいのでございますか?道有殿が本陣を離れられていては、上様も心細くあられましょう」


何食わぬ顔で退陣を願う昭高であったが、ここは道有が一枚上手だった。


「こちらの方が戦場に近く、状況が読める。いま我が兵も呼び寄せているところじゃ。その辺りは上様にも御承知いただいておる」

「さ……左様にござるか、それは安心……」


高政は気取られぬよう平静を装うが、明らかに声が上ずっていた。こうして畠山の寝返りは封じられた。


朝倉景鏡と畠山昭高、高山友照を代表とする切支丹武将たち。謀叛方の大部分が幕府方への寝返りを画策していたことで、勝敗は最初から決まっていたと言っても過言ではなかった。しかし、そこは経験豊富な二人である。既に謀叛方が瓦解していることを承知済みで策を練り上げ、軍勢を壊乱させることなく戦線を保っている。


両者の狙いはただ一つ。このまま寝返りも許さぬほど戦を泥沼に導くこと。そうした時、久秀が最後の一手を打つことによって勝利を得ることが出来ると考えている。


そして戦局は、いよいよ動き出すのであった。




【続く】

今回は早めの更新です。各戦線に大きな動きはありませんが、天王山は予想通りに幕府軍優勢で進んでいます。唯一の活躍がパワーアップした真柄直隆です。


次回も早めの更新を考えていますが、次々回は御休みを挟んで丹波口での合戦を描きます。その後、再び山崎の合戦に戻ります。

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