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Short story 4  作者: 怜悧
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「悪い、待たせた。」

そう言って急ぎ足で深沢がエントランスに戻ってきたのはきっちり10分後だった。

「待ってませんよ、ぴったりです。」

そう言うと、それならよかった、と表情を緩めた。

「じゃ、いくぞ。」

そう言って深沢は歩き始める。

「行くぞって、どこ行くんですか?」

「そんなのメシに決まってるだろ。」

当たり前、とでも言わんばかりの彼に唖然としながらも、香菜はあとをついていった。



どういうつもりなんだろう、と香菜は思いながら、行き先も告げずに歩いていく深沢の隣を歩いた。

ダーツバーで最初に会ってから、その後もそのダーツバーや飲みに出かけた先で一緒になって、話したことはあった。

しかし、会社を一緒に出てご飯を食べに行くということは今までになかったのである。

会社を出て駅に向かい、3駅ほど乗って下車し、駅のすぐ近くの店に入っていく。

香菜にとっては初めて入る店だ。

どうやらレストランバーのようで、奥にバーカウンターとピアノ、手前にはテーブル席が並んでいる。

どうやら彼は予約をしていたらしい。

彼が深沢です、と名前を告げるとウェイターはテーブル席をすり抜けて、2人を店の奥へと案内する。

するとそこは、表からは見えない個室のようなつくりの部屋になっていた。


「よくこんな素敵なとこ知ってますね。」

「まあ、な。」

彼は言いながら着ていた背広を脱いだ。

「飲み物はどうしますか?」

「赤、かな。」

「じゃあわたしも赤にします。」

深沢はアルコール類全般何でも飲むようだ。

飲むペースもかなり速いのに全く酔わない。

香菜自身もそんなに弱くないとは思うが、彼についていける気は全くしない。

ふと、彼を見る。

いつだったか、誰かが言っていた。

『深沢さんっていつも仏頂面じゃない?あんまりしゃべらないし、なんか怖いよね。』

確かに仏頂面に見える、と思う。

けれど彼と話すようになってわかったことがある。

彼は自分のフィールドの話になると、目つきがかわる。生き生きと話す。

彼は全くしゃべらないわけではない。

それどころか、おそらく会社の人間が見たら驚くぐらいにはよくしゃべる。

ちゃんと聞く姿勢を見せると彼はしゃべってくれるし、よく笑顔を見せる。

こちらの話も最後までよく聞いてくれる。

その気配りのうまさは営業の人なんだなあと思う。

人間見かけじゃわからない、とよく言うけど、まさしく彼がそうだ。



ワインと前菜が運ばれてきてひとくちワインに口をつけたところで、気になっていたことを切り出した。

「今日はどうしたんですか、いきなり。」

「まあ、な。」

なんとなく、歯切れの悪い返事だ。

「何かあったんですか?」

「たまたま伊佐美をみかけたから。」

「でも深沢さん、この店予約してたんでしょ。」

「・・・いや、」

答え方がさらに歯切れが悪い。

視線を逸らしたように見えたのだが、おそらく触れてほしくないということだろう。

(彼女と来る予定だったのかな)

それでドタキャンされてしょうがなく、偶然居合わせたわたしを誘ったってことだろうか。

でも彼女を差し置いて別の女性と食事したらますます彼女が怒るんじゃないだろうか。

それでもいいやっていうくらい大喧嘩して落ち込んでいるんだろうか。

なんにしろ彼が飲みたい気分なのならできる範囲で付き合おう、と香菜は思った。

元気になって、また笑ってくれたらいい。

彼女と仲直りしたら・・・やっぱりちょっと悲しいけど、それでもたまに見せるあの笑顔をなくして欲しくない。


「仕事は忙しいですか?」

「いや、そうでもない。ひと段落ついたところだからな。」

そういいながら彼はメインの魚を綺麗に切り分けて口に運んだ。

彼の手は綺麗だと思う。

大きくて、指も長い。

前髪に触れる、書類にサインをする、ワイングラスを持ち上げる。

どんな動作をするときもその指に目がいってしまう。

そして彼は気まぐれに、その綺麗な手でぽんとわたしに触れる。

先ほど肩に触れたように。

彼の手が自分の体に触れると、甘い疼きで満たされるような気がする。


「どうした?」

わたしの手が止まっていることに気づいたのか、深沢がこちらを見つめた。

「いえ、綺麗に食べるなあと思って。」

思いついたことを素直に口に出した。

「・・・そうか?」

言った彼は、ちょっと照れているように見えた。



「深沢さんは、営業の仕事好きですか?」

デザートのジェラートが来たところで、ふと彼に尋ねてみる。

なんとなく、彼の意見を聞いてみたくなったのだ。

彼がどういうスタンスで仕事をしているのか。

「好きかどうか、ね・・・あんまりそんなふうに考えて仕事したことないからな。」

彼は首を横にひねった。

「この会社に入って営業に配属されてずっとこの仕事だからな、好き嫌いを考えてる場合じゃなくてただやるしかなかったってだけだよ。でもまあなんとか続けてるわけだから、死ぬほど嫌いっていうわけじゃないことだけは確かだな。」

なんだか彼のその言い方は、香菜をひどく安心させた。

必ずしもみんながみんなやりがいを感じて好きな仕事を一直線にやっているわけではないんだ、と。


「伊佐美、なんかあったか?」

「えっ?」

見ると、深沢が怪訝そうにこちらを見ている。

「ここ2,3日元気ないだろ。だから。」


うそ、と喉元まで出かかった言葉をかろうじて飲み込んだ。

まさか彼が気づいているとは思わなかった。

「俺も時間あるし、たまにはメシ食いながらのほうが話しやすいだろ。」


彼が言った言葉に、一瞬思考が停止した。


「もしかして今日、そのためにここに・・・。」

わたしが言うと、彼がしまった、という顔をした。

「・・・だから早く話せ。」

言い方は限りなくぶっきらぼうだが、言葉は限りなく優しく響いた。


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