最後の留守番電話
日中は大勢のお客さんが来館する水族館。
私はそこで飼育員として働いていた。
昔から生き物が好きで、学生の頃は将来生き物に関わる仕事に就きたいと思っていた。
今こうして生き物達に囲まれて働けているのは、大変ではあるけれど、とても楽しく感じていた。
水族館のメインは日中だ。
でも生き物の命に関わる仕事だから、当番制で夜勤がある。
夜行性や就寝中の生き物の様子確認や、翌日の餌の準備、水槽や館内の巡回点検、あとは緊急時の対応とか色々ある。
こういう施設系の夜勤というと、どこか怖い印象があるけれど、私は結構好きだった。
その理由は、お客さん達は絶対に見れない夜間の生き物達を見れるから。
これは働いているスタッフの特権だと思っている。
それはある日の夜勤のこと。
何かあった時にすぐに連絡ができるように、常にポケットに入れている社用のスマホ。
生き物に影響がないようにバイブレーションにしているんだけど、この日はやたらと着信が多かった。
着信はすべてが非通知だった。
会社の方針で非通知拒否の設定をしていないこともあり、凄い量の留守番電話のメッセージが入っていた。
非通知というだけでも怖いのに、10件以上も入っているメッセージは恐怖でしかない。
でも、もしかしたら緊急の電話で、相手が非通知設定にしたままな可能性もある。
だから私は、意を決してメッセージの確認をした。
『早く逃げて』
『ここに居ちゃいけない』
『急いで』
そんな内容のメッセージばかりだった。
全て同じ声で、女性のような、子供のような、何とも言い難い声だった。
怖かった。
誰かに見られているんじゃないかと思って周りを確認するけれど、生き物達以外は誰もいない。
「何なの、これ」
巡回しているのがとても怖くて、私は足早に次のエリアへと向かった。
しばらくして、また着信があった。
非通知だ。
怖くて出られない。
でも震える指で通話ボタンを押した。
その際に誤ってスピーカー機能のボタンも押してしまい、相手の声が静かな館内に響いた。
『早く逃げないと危ないよ』
「だ、誰なんですか」
『僕は君の隣にいるよ。右側を見て』
相手の声に誘導され、私はゆっくりと右側を向く。
けれど、そこには誰もいない。
いつもは水槽の底でじっとしているイルカが、珍しく起きて私の方を見ているくらいだった。
『僕だよ僕』
相手はそう言った。
それと同時に、イルカがその場でぐるぐると泳ぎ出す。
『分かるかな? 今目の前でぐるぐる回ってるでしょ?』
いやまさか、でも本当にそうなの?
目の前にいるイルカが、通話の相手なの?
『僕達の声は2種類あるんだ。君達人間に聞こえる声と、聞こえない超音波。今超音波で君の電話に干渉して、そのまま話しかけてるんだ』
イルカが超音波を使うという話は聞いたことがあったけれど、まさかこんな使い方をしてくるなんて。
私は驚きを隠せなかった。
『それよりも早く逃げて。何かが来るよ』
「何かって、何?」
『地球が揺れる。僕達には分かるんだ』
地球が揺れる?
揺れる……地震?
その時だった。
体が、建物が、地面に沈むような感覚。
そして直後、激しい揺れが始まった。
私は悲鳴を上げながら、その場にしゃがみ込んだ。
揺れは体感で1分は続いたような気がした。
揺れが治まってからイルカが言った。
『早くここから逃げて。もう少ししたらまた来るよ。水槽が壊れるかもしれない。早く建物の外へ逃げて』
「あなた達は……」
私はそう言って、言うのを止めた。
言える立場ではないと瞬時に悟った。
この子達が逃げることは、不可能だったから。
『君は優しいね。早く逃げて』
私はイルカの声に従って、揺れが収まっているうちに走り出した。
通話はいつの間にか切れていた。
そして、また着信が来る。
今度は別のエリアを担当している夜勤スタッフからだった。
安否確認、一旦外に逃げろという指示。
走りながら、さっきのイルカの姿を思い出す。
最後に見たイルカの表情は、どこか笑っているような気がした。
その後、また大きな地震があった。
私達が外に逃げ出して少ししてから、建物の一部が崩壊した。
どの生き物のエリアかは分からない。
どちらにせよ、設備は機能停止してるはずだった。
地震が来ると教えてくれたイルカも、しばらくしたら……。
生き延びたことによる安堵感、まだ地震が続くんじゃないかという恐怖感、そしてイルカ達を見捨てなくてはならなかった罪悪感。
私は感情がぐちゃぐちゃになりながら、水族館を見ながら涙を流した。
いつか動物と話せる日が来るのでしょうか。




