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最後の留守番電話

掲載日:2026/11/08

 日中は大勢のお客さんが来館する水族館。

 私はそこで飼育員として働いていた。

 昔から生き物が好きで、学生の頃は将来生き物に関わる仕事に就きたいと思っていた。

 今こうして生き物達に囲まれて働けているのは、大変ではあるけれど、とても楽しく感じていた。


 水族館のメインは日中だ。

 でも生き物の命に関わる仕事だから、当番制で夜勤がある。

 夜行性や就寝中の生き物の様子確認や、翌日の餌の準備、水槽や館内の巡回点検、あとは緊急時の対応とか色々ある。

 こういう施設系の夜勤というと、どこか怖い印象があるけれど、私は結構好きだった。

 その理由は、お客さん達は絶対に見れない夜間の生き物達を見れるから。

 これは働いているスタッフの特権だと思っている。




 それはある日の夜勤のこと。

 何かあった時にすぐに連絡ができるように、常にポケットに入れている社用のスマホ。

 生き物に影響がないようにバイブレーションにしているんだけど、この日はやたらと着信が多かった。

 着信はすべてが非通知だった。

 会社の方針で非通知拒否の設定をしていないこともあり、凄い量の留守番電話のメッセージが入っていた。

 非通知というだけでも怖いのに、10件以上も入っているメッセージは恐怖でしかない。

 でも、もしかしたら緊急の電話で、相手が非通知設定にしたままな可能性もある。

 だから私は、意を決してメッセージの確認をした。


『早く逃げて』

『ここに居ちゃいけない』

『急いで』


 そんな内容のメッセージばかりだった。

 全て同じ声で、女性のような、子供のような、何とも言い難い声だった。

 怖かった。

 誰かに見られているんじゃないかと思って周りを確認するけれど、生き物達以外は誰もいない。


「何なの、これ」


 巡回しているのがとても怖くて、私は足早に次のエリアへと向かった。


 しばらくして、また着信があった。

 非通知だ。

 怖くて出られない。

 でも震える指で通話ボタンを押した。

 その際に誤ってスピーカー機能のボタンも押してしまい、相手の声が静かな館内に響いた。


『早く逃げないと危ないよ』

「だ、誰なんですか」

『僕は君の隣にいるよ。右側を見て』


 相手の声に誘導され、私はゆっくりと右側を向く。

 けれど、そこには誰もいない。

 いつもは水槽の底でじっとしているイルカが、珍しく起きて私の方を見ているくらいだった。


『僕だよ僕』


 相手はそう言った。

 それと同時に、イルカがその場でぐるぐると泳ぎ出す。


『分かるかな? 今目の前でぐるぐる回ってるでしょ?』


 いやまさか、でも本当にそうなの?

 目の前にいるイルカが、通話の相手なの?


『僕達の声は2種類あるんだ。君達人間に聞こえる声と、聞こえない超音波。今超音波で君の電話に干渉して、そのまま話しかけてるんだ』


 イルカが超音波を使うという話は聞いたことがあったけれど、まさかこんな使い方をしてくるなんて。

 私は驚きを隠せなかった。


『それよりも早く逃げて。何かが来るよ』

「何かって、何?」

『地球が揺れる。僕達には分かるんだ』


 地球が揺れる?

 揺れる……地震?

 その時だった。

 体が、建物が、地面に沈むような感覚。

 そして直後、激しい揺れが始まった。

 私は悲鳴を上げながら、その場にしゃがみ込んだ。

 揺れは体感で1分は続いたような気がした。

 揺れが治まってからイルカが言った。


『早くここから逃げて。もう少ししたらまた来るよ。水槽が壊れるかもしれない。早く建物の外へ逃げて』

「あなた達は……」


 私はそう言って、言うのを止めた。

 言える立場ではないと瞬時に悟った。

 この子達が逃げることは、不可能だったから。


『君は優しいね。早く逃げて』


 私はイルカの声に従って、揺れが収まっているうちに走り出した。

 通話はいつの間にか切れていた。

 そして、また着信が来る。

 今度は別のエリアを担当している夜勤スタッフからだった。

 安否確認、一旦外に逃げろという指示。

 走りながら、さっきのイルカの姿を思い出す。

 最後に見たイルカの表情は、どこか笑っているような気がした。




 その後、また大きな地震があった。

 私達が外に逃げ出して少ししてから、建物の一部が崩壊した。

 どの生き物のエリアかは分からない。

 どちらにせよ、設備は機能停止してるはずだった。

 地震が来ると教えてくれたイルカも、しばらくしたら……。

 生き延びたことによる安堵感、まだ地震が続くんじゃないかという恐怖感、そしてイルカ達を見捨てなくてはならなかった罪悪感。

 私は感情がぐちゃぐちゃになりながら、水族館を見ながら涙を流した。

いつか動物と話せる日が来るのでしょうか。

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