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 あの日から彼女のスキンシップは少し過剰なくらいに増えた。

 とはいってもどれも小さな幼女が懐いた大人にするようなことばかりだ。


 手を繋ぎ、ふとした瞬間に飛びつき、構ってほしいと懐いてくる。


 いっそ気まぐれな猫のような行為に俺は少し困り果てていた。


 仕事に支障をきたすようならば言えば憮然としながらも納得して止めてくれる分別はある。

 だが彼女のあからさまな好意に俺はただ戸惑っていた。


 いや、けれども俺たちは夫婦なんだし、止めるほどのことではないのだからと俺は彼女にただただ翻弄されていた。


 ふとした瞬間に煩わしい気持ちはむくりと起き上がる。

 でも……不思議なことにそれが嫌悪感なのかと言われたらそうではなさそうなのだ。


 彼女に抱くこの正体不明の感覚は何なのだろう。

 彼女と出会ってから一年が経とうとしている今も、いまだに得体が知れなくて気持ちが悪い。


「婿様、お手紙が届いております」

「ああ、今確認する」


 ある日、サーシャが持ってきた手紙を受け取れば、その封蝋に思わず眉をひそめてしまった。


 王家で使われている封蝋だ。

 この封蝋にはいい思い出がまるでない。


 厄介なことでなければいいんだが、と俺はペーパーナイフでその手紙を開いた。


 中身は招待状だった。第一王女の誕生祭の夜会。

 セリーヌ姫の気まぐれな手紙まで同封されていて、俺はますます顔をしかめた。


 内容は夜会に夫婦揃って是非参加してほしいという熱烈な招待が綴られていた。


 すごく行きたくない。


 でも王族直々に誘われてしまった以上、これはお誘いではなく命令だった。


 ………ていうか、夫婦揃ってって、傷もの令嬢も伴ってってこと?

 そうだよなあ、それはうん、そうだよなあ。


 多分、これ、俺が傷もの令嬢と結婚して、この辺境地で苦労をしているのを指差して笑いたいという意図が隠す気もなく滲み出ている。

 セリーヌ姫はそこまで性悪だっただろうか……いや、性悪だったわ。人に不良債権的な結婚を押し付けて笑っていたもんな。


「婿殿っ」


 と、俺が痛む頭を抱えていれば、ふと横手から傷もの令嬢が首に懐くようにしがみついてきた。


「何見てるの? 誰からの手紙?」


 俺が彼女を振り返れば、彼女は俺の肩口から覗き込むようにして俺の手元の手紙を眺める。


「王家からです。今度、第一王女の誕生祭があるので、参加するようにと」

「へえ〜」


 彼女は俺の手元から手紙をつまみあげ、しげしげと眺めている。


「ふーん。婿殿、行きたいの?」

「……俺の意思に関わらず、行かなくてはならないんですよ。王族直々のお誘いですから」

「そうなの?」


 そう頷きながらも彼女はしげしげと手紙を眺め、時折物珍しげに手紙の匂いを嗅いだりしていた。

 その仕草は野生動物が見慣れないものを前にした時の様子に似ていた。


「魔獣討伐が忙しく参加が難しければ、そのように連絡はいたしますが」

「その場合、どうなるの?」

「まあ……名代という形で俺だけ参加することにはなるでしょうね」

「……………婿殿はひとりで参加したい?」


 ジッと琥珀色の瞳が俺を間近で見た。


 逆に問い返された俺は迷う。

 一人で参加するか、夫婦で参加するか。


 どちらがマシかと問われれば、


「……どちらも変わりませんので」


 俺からすればどちらも変わらない。笑いものになる話の種が変わる程度のものだ。が、


「ただ王都の夜会はあなたにとって決して快いものにはならないでしょう? 無理に出席なさる必要はありません」


 ただでさえ不名誉な二つ名が面白おかしく揶揄されている。

 そんな彼女が夜会に出ることは笑われに行くようなものだ。


 というか、そもそもこの誘い自体が俺たちのことを笑ってやろうという意図のものなのだ。

 わざわざ嫌な思いをしに出席する必要はない。


「やっぱり婿殿は優しいねえ〜っ」


 と、傷もの令嬢はまた俺の首に懐くようにきゅうと抱きついてきた。


「婿殿が行くなら行くよ。あたしだって婿殿に一人で嫌な思いをさせたりしたくないもん」

「……恐縮です」


 彼女の言葉に俺は視線を伏せて答えた。

 彼女の心遣いが俺には眩しくて、少しばかり重たかった。


「……ところで夜会に参加するようなドレスや宝飾品はお持ちですか?」

「え?」


 ふと常の彼女の装いを見て思い立った疑問をぶつければ、傷もの令嬢はきょとんと目を丸くする。


 少し嫌な予感がした。


 彼女は少し考え込んだ後、てへへと照れ笑いを浮かべて見せた。

 その顔を見て、俺は自分の予感が当たったことに頭を抱えて項垂れた。

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