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「ここから先は畑になっておりましてなあ。ああ、あそこはこの辺りの畑の管理者の小屋じゃ」


 そうゴルドー・ドラゴニアが馬上から説明してくれる。

 俺は彼の説明に「はあ、なるほど」と頷きながらも自分の操る馬が暴走しないように手繰るのに精一杯だった。


 別に馬術が不得意なわけではない。むしろ得意な方だった。

 けれどもそれは普通の……王都にいるごく普通の馬の話だ。


 ここの辺境で飼われている馬は王都の騎馬よりも大きく逞しく、気性が荒かった。


 これもきっと魔獣が蔓延る地を生き延びるためにそう進化したのだろう。


 それに道も悪い。

 戦いに明け暮れる辺境地ではそこまで整備に手が回っていないのだろう。


 人がたくさん歩いて踏み固めたから道、みたいなそんなでこぼこ道。

 古びて手入れがされずに放置された橋。


 畑も質は悪くなさそうなのだが、いまいち道具まで手が回っているように見えない。


 川から引かれた水路だって如何にも後から後から増築して増やしましたみたいにめちゃくちゃだし。


 これ内政とかどうなってんだろう。後で直近の事業計画書とか帳簿だとか確認させてもらえるだろうか。

 予想だと間違いなく色々と改善できそうなところが出てきそうな気がする。


「あっ、じいじー! お嬢ー!」


 と、ふと賑やかな子供達の声で思考に耽っていた俺はハッと我に返る。

 見れば子供達がわらわらと俺たちに駆け寄ってくるところだった。


「遊びに来たのー?」

「今日はとうばつないの?」

「ねえねえ、とうばつないなら遊んで!」

「違うよ、今日は剣のけいこつけてもらうんだよ!」

「おいおい、喧嘩すんなって。今日はダメだ。大事な婿殿の案内中なんだよ」


 傷もの令嬢が馬から降りて、駆け寄ってきた子供達と目線を合わせるように屈む。


 傷もの令嬢の一言に子供達は「婿殿?」ときょとんとした顔をして俺の方を見た。

 彼女と同じように馬から降りるべきか悩んでいた俺は子供達の視線に思わず馬の上からぺこりと頭を下げる。


 子供達は俺のことをじぃーっと見上げていたが、やがて「ああ!」と破顔して声を上げた。


「お嬢の結婚相手!」

「やだ、かっこいいー!」

「よかったな、婿殿来て! うちの母さんとかあのろくでなしが逃げたら二度と婿なんて来ないって言ってたのに!」

「くっ……後でエルマのおばさんにはよくお話ししないといけなくなったな……」


 笑顔でとんでもないことを言った子供にゲンコツを落とし、呻く傷もの令嬢。


 どうやら領民たちとの距離はほど近いらしい。


 ……それは、見ていて好ましく見える光景ではあった。


 そりゃそうだ。これほど親密で良好な関係を領主と領民が結んでいることは悪いことではない。


 強い信頼関係が見える様子に、それは彼女がドラゴニア辺境伯が祖父から、おそらく彼女の父からその関係を受け継いで良い領主であることの証左に他ならなかった。


「彼女は良い領主なのですね」

「まだまだの若輩だがな、領民を大切にする心構えは叩き込んだつもりだ」


 微笑ましい光景にそう漏らせば、ゴルドー・ドラゴニアが目を細めて笑った。

 領主と祖父の顔が入り混じったような顔だった。


 俺はもう一度傷もの令嬢へと視線を向ける。

 子供と戯れて屈託のない笑顔を浮かべる姿は貴族令嬢としては落第点だが、それでも人としては好ましい姿ではあった。


 ……セリーヌ姫だったら、あんな風に子供と戯れたりしなかったな。

 彼女は彼女自身が子供のような人だったから、子供が大嫌いだった。


 彼女の金切り声を思い出すようで目頭を揉んだその時、不意に鋭いカンカンカンという警鐘が響いて俺は背を竦ませた。


 ゴルドー・ドラゴニアが険しい顔をし、傷もの令嬢に目配せする。

 彼女もまた目配せを返し、子供達にこう呼びかけた。


「避難警報だ。お前たち、大事なことは?」

「押さない!」

「慌てない!」

「急いでお家帰る!」

「上出来だ! じゃあお家帰りな!」

「はーい!」


 そうして子供達はすぐさま駆け出して行った。

 言われた通りに家に帰っていくのだろう。


 俺はどうするべきかキョロキョロと辺りを見回して、ふと俺たちと同じような大きな馬に乗った兵士たちが駆けてくるのを見た。


「お館様!」

「ああ。種類と数は?」

「はっ、主に構成はパイソン種で十数です! 内、大型種は二匹!」

「わかった。衛生兵に解毒薬の用意をしておくように指示を出せ。祖父様、婿殿をよろしく頼む」

「おう、任せとけ」


 そうして傷もの令嬢は騎士のような凛々しい顔で馬に飛び乗ると兵士たちを引き連れてあっという間に走り去ってしまった。


 まるで嵐のような光景に唖然としていれば、


「では婿殿、辺境伯邸へと戻りましょうか」

「えっ……いや、あの、えっ?」


 なんてことないようにニコニコ笑うゴルドー・ドラゴニアに俺は戸惑って彼女たちの去った方へと何度か視線を向ける。


 おかしいな。俺の聞き間違いじゃなかったら魔獣が十数とか聞こえたんだけど?

 昨日の今日でまたそれだけの魔獣が出たってこと?

 嘘やん? 辺境ってそんなに魔獣が出るの?


「なぁに、一時間もすれば孫娘も戻りますわ。婿殿はどーんと構えて、帰ってきた孫娘を労ってやってくだされ」

「えっ、えっ……えええー」


 王都の常識が通じない。

 俺はただただ困惑するままに何度も傷もの令嬢たちの去っていった方角を振り返りながら、ゴルドー・ドラゴニアに続くばかりだった。

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