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 結論からいうと、俺は二週間ほど意識不明の状態だった。

 その間のアンバー様はずっと気が気でなく泣き暮れて、俺のそばを離れようとしなかったらしい。


 多分、本当のことだ。


 意識はなくとも薄っすらと誰かが痛いくらいに手を握ってずっと「死なないで」とすすり泣く声は聴こえていたからだ。


 だから俺がようやく目を覚ました時はちょっとした大騒ぎだった。


 薄く目を開けた時にまず飛び込んできたのは傷痕のある泣き顔。


 彼女は俺が目を開けたのを悟るや否や、歓声を上げて飛びついてきた。

 途端に怪我に障って全身を駆け巡った痛みにもう一度意識を飛ばすところだった。


 実際、サーシャがアンバー様をどついて引き離してくれなければ俺は彼女の馬鹿力で抱き潰されて今度こそ死んでいただろう。


 その後、駆けつけたゴルドー・ドラゴニアも快哉を叫びながら肩を思い切り叩くものだから折れた骨が砕けるかと思った。


 ここの辺境伯たちは加減というものを知らない。超人と人間の違いを覚えてほしい。


 ウィリアムはというと、俺が昏睡している二週間の間に俺を確実に仕留めようと毒を盛ろうとしたのが発覚して王都へと送り返されたらしい。

 らしい、というのは彼が辺境伯領の境までしか護送されなかったからだ。


 魔獣のはびこる場所に独りで放り出された、というのは実質処刑に近い。

 その後の彼が魔獣に食い殺されたのか、無事に生き延びたかどうかは神のみぞ知るというやつである。


 そこから三ヶ月。

 俺が怪我の治癒に要した期間であり、そしてこの時間を経てようやくライゼン公爵が次期国王へと即位する準備が整った。


 立太子ではなく即位ということに驚いたが、これは国王夫妻が望んだことらしい。


 少しでも北の院に送られたセリーヌ姫のそばに。

 彼らはそう言って北方の直轄領を得て、王位を退いた。


「いやあ、すごかったねえ」


 俺の隣でアンバー様がニコニコと笑う。


 彼女の言葉はライゼン公爵の即位式の感想だ。

 確かにライゼン公爵の即位式は大教会にて貴族たちに見守られながら厳かに行われた後、華やかなパレードにて民へのお披露目となった。


 花吹雪を散らし、緩やかに大通りを行く大名行列はそれは見事で、新しい王を一目見ようと集まった民たちはその華やかさに歓声を上げる。これからの先行きが明るいものだと印象付けるに十分すぎるほどの良いパレードだった。


「アンバー様も堂々たるお姿、とてもご立派でした」


 即位式の中でライゼン公爵はドラゴニア辺境伯とのわだかまりを水に流すと知らしめるように彼女と改めて友誼を示し、彼女こそ王国の誇るべき盾とその忠心を讃えてくれた。

 ドラゴニア辺境伯を敵に回したくないパフォーマンスだとしても、王となった彼のあの宣言は我々にとってもとてもありがたいものだ。


 これで腹の中はともかく、辺境伯を……彼女を侮り悪く言う声は減ると思うとホッとする。


「ところで婿殿、用事ってなあに?」


 即位式とパレードを終えた後、俺は祝いの夜会を中座して彼女を王宮内の中庭の東屋へ彼女を連れ出した。


 セリーヌ姫の成人の誕生祭のあの時のように、ここは相変わらず静かだ。


 月明かりが柔らかく光を投げる中、俺は彼女へと向き直る。

 緊張に胸が騒ぐ。


「アンバー様」


 上擦りそうになる声を必死で律しながら、俺は礼服のポケットに隠し持っていた小箱を取り出す。

 そして彼女に差し出すように恭しく小箱の蓋を開いた。


 柔らかい月明かりを照り返す輝きを見て、アンバー様が目を見開く。


「え」

「……あれから何だかんだ言いそびれていましたから、この場で改めて言わせてください、アンバー様。俺はあなたを愛しております。だからこのまま何もない飾りのような夫でなく、あなたの本当の夫になりたい。あなたに守られてばかりの情けない男ですが……それでもあなたと人生を共に歩む栄誉をいただけませんか?」

「え、ちょ……えっ」


 俺の言葉を聞いて、今ようやく頭が働き出したようにアンバー様の顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。


 俺はその顔を微笑みながら見つめる。

 アンバー様は何度も俺の手の中にある小箱の輝きと俺の顔を何度も見比べた後、こう口を開いた。


「あ……え、と……婿殿、こんなのいつ用意したの……? あたし、知らないよ?」

「実はベッドから起き上がれるようになった頃には準備を始めさせていただきました。プロポーズをするのに贈り物もひとつないのは格好がつきませんし、何よりアンバー様に喜んでいただきたくて」


 女性扱いに憧れていると言っていた。

 だから色々と考え、ゴルドー・ドラゴニアやサーシャにも相談し、こうやって指輪を贈る形でプロポーズをしようと決めた。


 本当はこんなこと恥ずかしくてたまらないが、彼女の真っ赤な顔を見ているとそんな気持ちも吹っ飛んでしまう。


「え……わ……ええ……そんな、婿殿ずるい。待って、ずるい」


 言って、彼女は真っ赤な両頬を押さえてオロオロとする。

 思ったよりも女性らしく戸惑う様子に俺は緩んでにやけそうになる頬を律し、キリッとした顔を作りながら小箱から指輪を取り出し、彼女に手を差し出した。


「俺を受け入れてくださるなら、どうかお手を」


 俺がそう告げれば、彼女は一拍の間の後でおずおずと俺の方へと左手を差し出してくれる。

 俺はその手を慎重に取ると、その薬指にゆっくりと指輪を嵌めた。


 彼女のためにあつらえた指輪はするりと彼女の指に嵌り、節くれた指を彩る。

 自分の指にある月明かりに淡く輝く指輪を彼女は言葉もなくぼうっと夢見心地で眺めた。

 その姿は憧れが叶った令嬢のよう。こうしていると普段雄々しく魔獣を蹴散らす勇ましい辺境伯などとは思えない。


 と、思っていたのに、


「ごめん、婿殿。ちょっと走ってきていい?」

「え?」


 思いがけない言葉に俺は呆気に取られた。


 いや、だってドレス姿で?

 コルセットのないエンパイアラインのドレスとはいえ、それでも運動には向かないはずだ。


「だってだってこんなことされてジッとしてらんない! ちょっと待ってて、発散してくる!」


 言うが早いが、彼女は踵の太いローヒールを脱ぎ捨てて、暴風のような勢いで俺の頭を飛び越えてあっという間に城の尖塔まで駆け上がっていってしまった。


「やったぁああああああ! 指輪! 婿殿から指輪もらった! うーれしーいーーーっ!」


 尖塔の頂上で叫ぶ彼女の声は、さすが魔獣討伐で兵団に号令をかけるだけあってよく通った。

 「やった、やったああああ!」と駆け回るのスケールを遥かに超えて城の屋根を跳ね回ってはしゃぐアンバー様の姿を目で追っていた俺は、やがてなんだか無性に笑えてきて哄笑していた。


 アンバー様の声に衛兵から好奇心を抑えられなかった夜会の参加者までがやってくる。


「婿殿!」


 そんな人たちなどまるで構わず、はしゃぎ回っていたアンバー様は俺の前にシュタッと降り立つと体ごと俺に向けて飛び込んできた。

 ほとんど体当たりのような飛び込み方だむたが、何とか受け止めることに成功し、俺はその思ったよりも小さな体をぎゅうと抱きしめる。


「ありがとう! 大好き!」

「はい。俺もあなたを愛しております」


 俺が答えるや否やアンバー様が俺の胸元を掴んで引き寄せる。


 唇に柔らかい感触が触れる。

 驚いて目を丸くすれば、目の前にアンバー様の「えへへ」とはにかんだ笑顔があった。


 その顔を目の前にするとたまらない気持ちが込み上げて、俺は思わず彼女の腰を引き寄せるとその唇に情熱的に食らいついていた。

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