表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

21

「う……く……っ」


 体がバラバラになったような痛みに目が覚める。

 気がつけば俺は木の枝と柔らかい草地の上に倒れ伏していた。


 体を起こそうとしてズキリと体中が痛む。


 どうやら生きているらしい。


 何とか体を起こして真上を見上げてみれば、そびえ立つ断崖絶壁が見えて、俺は自身の幸運を自覚した。


 木の枝や草地がクッションになったとはいえ、あれほど高い場所から落ちたのに生きているとは……


 とはいえ幸運に感謝してばかりはいられない。

 体は満身創痍。戻る道も見当がつかない。

 だが魔獣のはびこるこの場に踏みとどまるのも得策ではない。


「ぐ……くっ……!」


 少しばかり考えた俺は何とか体を引きずるようにして立ち上がる。


 全身に痛みがビリビリと駆け巡るが、立てないほどではなかった。

 足は引きずるが歩ける程度には動けることに安堵しつつ、俺は崖に沿って歩き出した。


 とりあえず俺がしなくてはならないことはまず生き延びて帰還すること。

 ウィリアムを告発して断罪することは二の次だ。生き延びなければ意味がない。


 なのに、歩くたびにズキリズキリと痛みに倒れそうになる。

 痛みのあまりに心も挫けそうになる。このまま倒れて、何もかもを忘れて気絶できたのならいいのに。


 深く息を吸い込むとそれだけで胸の辺りに痛みが走った。肋骨にヒビが入っているのかもしれない。


 ああ、くそ。どうして俺がこんな目に遭う。

 思えばずっと俺はこんな災難ばかりだ。


 セリーヌ姫に見初められ、子供時代は勉強ばかりで厳しく物事を詰め込まれる。

 そればかりか我儘で癇癪持ちのセリーヌ姫にずっと付き合い続け、でもそれらの努力は彼女との結婚前にすべて水泡に帰した。


 それから魔獣のはびこる危険な辺境の地へと送られ、不可解な感情に振り回され続けた。

 それでもこの辺境の地にも慣れてきた頃合いで、この胸に巣食っていた不可解な感情の正体もわかった頃だったのに。


 クソ。畜生。取り止めもない恨み言が痛みと共に頭の中にグルグルと巡る。


 そうやって足を動かし続けてどれくらい経っただろうか。

 俺は未だ、広大な森林地帯を抜けられないでいる。


「………っ、はあ」


 そろそろ体力の限界を感じた俺はその場に崩れ落ちるように膝をついた。


 体中を駆け巡る痛みに気が遠くかなりかける。

 でもこんな場所で気を失ったら魔獣の餌だ。


 奥歯を食いしばって意識を保っていると、ふと耳にガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえた。

 こちらに何かが向かってきている。しかも複数。


 霞む目を何度も瞬いて、やってくる何かを見定めようと目を凝らせばそれはやがて茂みから飛び出してきた。


 大の男ほどの体躯もある狼型の魔獣だ。数は十数あまり。

 彼らは俺を哀れな獲物と見定めて、ゆっくりと取り囲みながら俺の様子を伺った。


 …………ああ、もう、ここまでか。


 ジリジリと距離を詰めてくる灰色の包囲網に俺は死を受け入れる他ないのだと悟った。


 俺の人生って何だったのかな。


 深くため息をつき、項垂れる。

 狼が低く唸る声を耳にしながら、まぶたを閉じればその裏側に傷痕のあるあどけない笑顔が浮かんだ。


 どうせなら、ちゃんと彼女にこの気持ちを伝えてから死にたかったな。


 魔獣が飛びかかってくる気配がする。

 もはや動けない俺は奴らに食い殺されるのを覚悟してただ待つしかなかった。


「ギャウンッ!」

「……っ!?」


 狼の悲鳴と何かが降り立つ重たい地響き。

 俺はハッと顔を上げて前方を確認すれば、そこには小柄なのに雄々しく頼もしい背中があった。


 アッシュグレイの癖毛をなびかせ、鉄塊のような大剣を手にした彼女。

 一体、どこから現れたというのか。


 まるで夢を見ているような心地になった俺は呆然と彼女の背中を見つめる。


「お前ら……うちの婿殿に何すんだ!!」


 彼女が吼えた。彼女の怒りで空気がビリビリと震え、それだけで狼の魔獣どもが尻尾を巻いて腰を引く。


 彼女が手にした大剣をゆっくり振り上げた。

 途端に狼の魔獣はキャウンキャウンと情けない声を上げて慌てて踵を翻して逃げ出した。


 あっという間に消えていく魔獣を油断なく見据えていた彼女は危険がなくなると途端に俺を振り返り、駆け寄った。


「婿殿、大丈夫!? 生きてる!? あああ、こんなひどい怪我して……! どうしよう、早く手当てしないと……どうしよう、死なないで!」

「……死にませんよ。大丈夫です」


 目に涙を浮かべるほどに心配して大慌てするアンバー様の顔を見て、俺は安堵に笑んでしまった。


「多分、骨折と打撲です。死ぬほどの怪我は負ってないはずなので、適切な治療さえできれば問題ありません」

「馬鹿! 何だそんな冷静なの!? 痛いでしょ? 辛いでしょ!? こういう時くらい弱音吐きなよ、馬鹿ぁ!」


 ついにわぁんと泣き出して、アンバー様はぎゅうと俺の体に抱きついた。


 痛い。全身に響くように痛みが駆け巡る。


 でも俺は笑ったまま、軋むように痛む体を精一杯に動かして彼女の体を抱きしめ返した。

 片腕は折れていたのか動かなくて、抱きしめるというよりは彼女に寄りかかるみたいな情けない抱きしめ方ではあったけれども、彼女に寄り添うだけで胸が騒いだ。


 ずっと感じていた不可解で煩わしい感覚。平常でない、冷静でいられないこの感覚はずっと舞い上がっていたのだと気が付かされた。


「…………アンバー様」

「………え? あれ、婿殿、今、名前……?」


 舞い上がる気持ちのままに名前をこぼせば、彼女が驚いたように声を漏らした。

 この状態では顔は見えないが、きっときょとんと呆けている顔をしているのだろう。


「……迎えにきてくれて、ありがとうございます。死ぬほど嬉しいです。あなたに……どうしても伝えたいことがあったんです」

「婿殿……? 待って待って、話さないで。手当て。手当てするから。そんな遺言みたいなこと言っちゃやだ」

「アンバー様、俺はあなたを」

「だから遺言聞きたくないって言ってるでしょ、馬鹿ぁーーーっ!!」


 ドスン、と腹部に衝撃。


 その衝撃に俺は呆気なく意識を飛ばし、崩れ落ちる。


 意識が暗転する直前にアンバー様が「ぎゃあああ! 待ってウソ死なないで、婿殿!」と大騒ぎする声が聞こえていたが、俺には応える術がまるでなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ