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 あの後でやはりセリーヌ姫は自分のしたことの責任を取り、国王陛下が宣言した通りに北の院に入ることになった。


 おそらくよほどのことがない限りは出てくることが出来ないのだろう。


 同時にセリーヌ姫が廃嫡となり第一王位継承者を失ったことで、王家は今後継者争いに揺れ動くことになった。

 王位継承権を直系がセリーヌ姫の他にいなかったせいだ。


 現在の国王陛下には兄弟もおらず、子もセリーヌ姫ただひとり。

 年齢的に王妃と共に子を成すことも難しいだろう。


 側妃を取ったとして、果たして子が生まれるかどうか。それ以前に国王陛下は王妃以外の側妃を娶ることを嫌がった。


 そうなると傍系を辿って王家の血を継ぐものを探すこととなるのだが、


「……………まさか、こうなっているとは」


 ぼんやりぼやく俺の手元にはドラゴニア辺境伯の家系図。

 ゴルドー・ドラゴニアの名前の隣に記された妻の名前がこの国の先代国王……つまりは今の国王陛下の父親の妹姫の名前だった。


「あああ、婿殿、ダメじゃん! ちゃんと寝てないと」


 と、そこでそんな声が響いて、俺の手元から家系図が取り上げられた。

 取り上げられた家系図を追って顔を上げれば、そこには腰に手を当てて憤然と仁王立ちした傷もの令嬢の姿。


「もう、目を離すとすぐこれだ。お仕事禁止ってあたしは言ったよ。ほら、横になって。寝た寝た」

「別に仕事ではないですよ」

「仕事みたいなもんでしょ、これは。こういうめんどくさいことは元気になってから考えなって」


 自分の家の家系図を放り投げ、彼女は俺の肩をぐいぐいと押してベッドの中に押し込めてしまう。

 俺は強引な彼女に苦笑をしながら、大人しく従ってベッドに横になった。


「…………熱、まだあるね。頭とか痛くない? 体、大分だるいんじゃ?」

「……そんな大したことはないですよ。少し、ぼうっとするくらいです」


 俺の額に手を当てた彼女の固い手のひらはぬるい温度だった。

 今日も外を駆けずり回って魔獣を退治してきた彼女の温度がぬるく感じるほどに、自分の熱が高いことを自覚して、俺はまだまだしばらくは自分の体調が戻りそうにないことを歯痒く思った。


 あのセリーヌ姫の断罪から数日。

 ドラゴニア辺境伯領に戻った俺は熱を出した。

 医者の見立てではどうやら心労の蓄積で弱ったところに病が忍び寄ったらしい。


 自分で思う以上によほど王都での出来事が堪えていたということなのか。自分で自分が情けない。


 とはいえ、せいぜい熱が出て頭がぼうっとする程度。

 あまり大したことではないと王都に出ている間に滞ってしまった仕事を片付けようとしたのだが、まなじりを釣り上げた傷もの令嬢にすぐさま取り上げられベッドに押し込められて今に至る。


「油断よくない。あっちはどうだか知らないけど、こっちは風邪拗らせると怖いんだよ。医者はすぐ呼べないし、薬も万年不足してるんだから」

「それは本格的な冬が始まる前に何か対策を考えなければいけませんね」

「また仕事しようとしてる! そういうのは体調万全にしてからって何度も言ってるでしょ!」


 ベッドに転がした俺を責めるように、彼女がバシバシと掛布の上から俺の肩を叩く。


「まさか婿殿は風邪の怖さをわかってないな? 風邪はね、本当に人を殺すんだよ」

「それは、まあ……わかりますが。でも俺も元は王配に選ばれた身です。人より体は丈夫な方なんですよ」

「本当に丈夫な人は風邪引いたりしない」


 頑丈で体力お化けの彼女が言うと説得力があるから困る。


 俺は小さくため息をつくと、素直にまぶたを閉じることにした。

 傷もの令嬢がじっと俺の顔を見つめているのを感じる。


 俺が本格的に寝入るまで見張るつもりなのだろう。


「…………そこにまだいらっしゃるなら、ひとつ寝物語の代わりに尋ねてもよいですか」

「ん? なあに?」

「……あなたのお祖母様のことです」

「祖母様?」


 先の家系図。ゴルドー・ドラゴニアの妻。当時の国王の妹姫である彼女は俺の記憶では別の家に降嫁していたはずだ。


 それが何故ここに名前が記されているのか。


「…………あなたのお祖父様とお祖母様はどのようにして出会ったのですか?」


 なるべく世間話の体を装ってやんわりと尋ねたのに、傷もの令嬢が呆れたような声が聞こえた。


 俺が揺れ動く王家を気にしていることを悟っているのだろう。

 普段は幼子のようなのに、辺境伯の名は伊達ではないと言うことか。


「……祖父様はね、祖母様を攫ってきたんだ」


 それでも俺の知りたいことを語ろうと口を開いた彼女の言葉に、俺は思わず「ん?」と聞き返した。


 なんか今、とんでもない言葉が聞こえた気がする。


「祖母様ね、政略結婚で降嫁した先の家と折り合いがとことん合わなかったみたい。旦那は浮気、姑は意地悪ばかり。なんとか産んだ子供は取り上げられて関われない。周りの人はみーんな見て見ぬふり。毎日泣き暮らしていたところを、祖父様が不憫に思って祖母様を攫ってしまったんだ」


 ……まあ、なんとなく想像はつく。


 ゴルドー・ドラゴニアは目の前の傷もの令嬢とよく似た祖父だ。

 考えることはとにかく後に回して、ひどい環境下に置かれる哀れな女性を救おうとしてその場所から引き離したかっただけだろう。


 若い時ならばなおさら今以上に無鉄砲だったと想像できる。


「当時は大変だったらしいよ。降嫁先の家がとにかく強くて王家もなかなかものが言えない家だったらしくて、おかげで戦争することになったって」

「戦争……」


 家同士の戦争、って内乱に当たるはずだが、そんな内乱あっただろうか?

 記憶の近代史を思い返しても、まるで覚えがない。


「相手が連れてきた私兵が千。対して祖父様は一騎」


 ……………ん? 今なんかとんでもない数字の対比が聞こえたな?


「この差なら遠慮はいらんだろと若気の至りで大暴れして、相手を震え上がらせたって」

「……………それは……もしや暴れ竜の模擬戦、のことでしょうか」


 騎士団でまことしやかに囁かれていた噂だ。


 とある家が腕に覚えありと武勇に名を馳せるドラゴニア辺境伯へと模擬戦を提案し、当時の辺境伯だったゴルドー・ドラゴニアはそれを受けた。

 相手の家が千もの騎馬兵を持ち出したにも関わらず、ゴルドー・ドラゴニアは一騎で挑み、そして千もの騎馬兵を圧倒してその鼻っ柱をやすやすと断ち折った。らしい。


 その暴れぶりは竜の如し。


 今では誇張だろうと鼻じらむものも多いが……ゴルドー・ドラゴニアや傷もの令嬢の戦働きを見ていると本当だったんだろうな、と思っていたが……まだまだ掘り起こされてない事実が眠っていたとは。


 おそらく内乱として記録に残したくなかった王家や、叩きのめされた相手方の家が自身の名誉を守るために戦ではなく模擬戦だったとして記録を塗り替えたのだろう。


 それはともかく、それだけ大暴れすればさすがに相手方もこれは敵わんと白旗を上げるしかなく、かの妹姫はかくしてゴルドー・ドラゴニアの嫁に収まったというわけだ。


「…………なるほど、よくわかりました」


 この家が本当に無茶苦茶な家だということが。


「……でもあたし、王様にはなる気全然ないからね」


 この人はこういうところが本当に聡い。

 俺がこの話を聞きたかった理由を把握している。


 そう、妹姫の血を引く彼女は王位継承権を有している。

 セリーヌ姫の王位継承権がなくなった今、現実に彼女が王になってもおかしくない状態なのだ。


「祖母様が王家の人で、あたしにその血が流れていたとしても、あたしはドラゴニア辺境伯だ。ここを守り、ここ以外のどこかに行くつもりは全然ないからね。その話が来ても蹴るつもりだよ」

「……そうですか」

「…………婿殿は、あたしに王様になってほしかった?」


 セリーヌ姫が転落した今、空座となっている次期王位継承者。

 そこに彼女が座ることを望むかと問われると、


「……どうでしょう。俺は、あなたにはあなたが一番あなたらしくあれる場所にいてほしいと思っています」

「あたしらしく?」

「あなたが王を望み、そこに邁進するなら俺はそれを全力で支えます。きっとあなたなら強く、誰にも負けない王になれるでしょう。でも……きっと、あなたには王座は狭くて窮屈なんでしょうね」


 そう告げれば、彼女が「わかってんじゃん」と満足そうに喉を鳴らすのが聞こえた。


「さ、気になってる事が解消できたんならもう寝なさい。何度も言ってるけど、風邪は拗らせると怖いんだから」

「肝に銘じます」


 彼女の言葉にそう答えれば、彼女の固い手のひらが俺の頭に触れた。


「おやすみ、婿殿。良い夢を」


 するり、と俺の髪に彼女の指が通る。

 その感触にもう馴染みとなったあの気持ち悪い感情が胸の内で跳ね上がったが、俺はそれを無視するようにただまぶたを固く閉じた。

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