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結論から言うと、この襲撃事件はとても大事になった。
無論、貴族の襲撃は重大な犯罪であったが、それ以上にそれを画策した者があまりにも大物だったからだ。
「あ、あなたたち! なんでピンピンしてここにいるのよ!?」
俺たちの顔を見るなり、誰かが口を塞ぐ前に驚きに声を上げたのはセリーヌ姫だった。
彼女の失言に国王陛下は頭を抱え、周りの臣下も絶句して彼女の顔を見つめている。
「まああ、デイビッド! あなたたち、デイビッドに乱暴したのね!? ひどいわ!」
俺たちの前に罪人のように膝を尽かされている項垂れた若い執事を見て、セリーヌ姫がますます声を上げる。
「お父様、デイビッドに乱暴だなんてわたくし許せませんわ! この狼藉者を今すぐ牢に入れて!」
「少し黙りなさい、セリーヌ」
彼女が騒げば騒ぐほどに事態が悪化するのを悟ったのだろう。
国王陛下がそう指示するが、今まで何でも言うことを聞いてもらってきた彼女はそれでは止まらなかった。
「どうして? だって彼らはデイビッドにひどいことをしたのよ。そんな輩は牢の中がお似合いだわ。あなたたちは絶対この城の最も地下深くの極悪人を入れるための牢に閉じ込めてやるわ、覚悟なさい」
「セリーヌ、黙りなさい!」
初めての父親の怒号だったのだろう。
一喝されたセリーヌ姫は大きなまんまるの瞳をより大きく見開いて自分の父親を見つめた。
だが国王陛下は彼女にはもはや構わず、俺たちを見つめてこう問いかけた。
「……私には真実だと受け入れ難い。何かの間違いではないか?」
「間違いも何も、ほとんど今自白が取れたと思うけど?」
問いかける国王陛下に傷もの令嬢は辺境伯の顔で応えた。
「セリーヌ姫、何であたしたちがピンピンしてここに立っていることに驚いたのかな?」
「な、何でってあなたたちは本当は今頃」
傷もの令嬢の問いにさらに自白を重ねようとするセリーヌ姫の口を国王陛下が慌てて侍女に命じて塞がせる。
だがそれはほとんど真実を認めるに等しい。
取り押さえられて口を塞がれたセリーヌ姫は苛立ちに侍女を振り解こうとしたが、侍女は国王陛下の鋭い視線を受けて決して彼女を解放しなかった。
ずるずると侍女に引き摺られて後ろに下がるセリーヌ姫は何故自分がこんな目に遭っているのかわからずに癇癪にもがいていた。
「いい加減、悪あがきはやめてもらおうか。ねえ、国王陛下、この落とし前はどうやってつけてくれるの?」
「何なのよ、あなたたち! お父様を脅すなんて! 誰か、こいつらを不敬罪でひっ捕えなさい!」
口を塞ぐ侍女を振り切って、羽交締めにされたままのセリーヌ姫がそう騒いだ。
けれども誰も動くことはなく、困惑や沈痛に染めた顔色で彼女から視線を背けている。
「不敬罪? 正当な権利を主張しているつもりだけどね。君はドラゴニア辺境伯暗殺未遂に何も落とし前をつけずに終わらせるつもりなの? 正気?」
「はあ? 意味わかんないこと言わないで! わたくしはもう二度と生意気な口を叩けないようにズタボロにしてやろうと思っただけよ!」
「ああ、はっきり言質取れちゃった」
傷もの令嬢の酷薄な笑みが深くなる。
国王陛下はもはや真っ青を通り越して土気色の顔で項垂れ、組んだ両手に額を突きつけた。それはまるで神に祈るような姿に似ていた。
「何よ、何なのよ! 大体たかが山猿一匹どうにかなったところで」
「私は黙りなさいと言ったぞ、セリーヌ!」
「な……何なの、お父様! わたくしはただ」
「誰か、今すぐセリーヌを黙らせろ! 何故好きに言わせている!」
失言に失言を重ねるセリーヌ姫に国王陛下が悲痛な怒声を上げ、それでもセリーヌ姫は言い募ろうとするので国王陛下は猿轡を噛ませて抑え込むように命じた。
驚いたのはセリーヌ姫だ。
よもやそこまでされると思っていなかったのか、屈辱に顔色を染めて自分の父親を睨みつける。
まだ彼女は状況がわからないのだろうか。
父親である国王陛下がこれほどに顔色を悪くしていることも、周りの家臣たちが項垂れているのにも、自分のお気に入りの執事が罪人のように膝をついている理由さえ、わからないのだろうか。
「……セリーヌ王女殿下、あなたのしたことは決して許されないことだとまだわかりませんか?」
押さえつける侍女の下で暴れてもがくセリーヌ姫に俺は静かに言った。
その声にセリーヌ姫が俺へと視線を移し、憎悪に滾る視線を向ける。
まだ自分の立場がわからない彼女に俺は言い含めるように淡々と言葉をこぼした。
「暴漢を雇い、ドラゴニア辺境伯を襲わせる。これは国境を守る忠義の騎士に剣を向け、裏切ったことと同義です。忠義を尽くす相手を平気で裏切る主君を誰が信じ、支えるというのですか?」
セリーヌ姫の視線はまだそれが何だと苛立ちに燃えている。
俺はその視線が妙に悲しかった。
「それだけではない。あなたはそのことを平気で露見させてしまった。これは為政者として致命的です。あなたは……法を遵守するべき立場であるあなたが権力を笠に着て、安易に暴力に頼ることなどあってはならないこと。少なくともこの綺麗な顔を表向きにきちんと保たねばすぐに足元を掬われます。今のように」
セリーヌ姫の顔は怪訝に歪み、俺の言葉に対して反発するように瞳を怒りに燃やす。
彼女はいまだに王女という優しく甘いだけの揺籠の中にいるつもりなのだ。
もう、そこから彼女は放り出されてしまったというのに。
「……セリーヌ王女殿下、申し訳ありません。俺はずっとあなたのお側にお仕えしていたというのに、結局あなたに何ひとつ言葉を届けられず、正しい道に導くことができませんでした」
俺がそう告げて、セリーヌ姫は初めて怒りから驚いたように目を丸くして、それからようやく周りの様子を見まわした。
父親の国王陛下の土気色になった顔色を。悔いるように項垂れて膝を尽かされたお気に入りの執事を。自分から目を背ける家臣たちの様子を。
そこでようやく自分が転落したことに気がついて、ぱっちりとした大きな瞳を見開いて彼女は絶句した。
今まで優しく甘やかし続けてくれたものたちが、もう自分の味方でないことに。
猿轡を噛まされた唇が小さくわなないた。
嘘よ、と言葉をこぼしたように見えた。
「もうよい、リオネル。此度の件は私にも責がある。年老いて生まれた一人娘。それ故に不自由をさせたくなくて際限なく甘やかしてしまった」
国王陛下が厳かに口を開いた。
セリーヌ姫がハッと国王陛下を見たが、彼は彼女の視線を見て見ぬ振りをして断腸の思いを口にするように苦しげに言葉を吐いた。
「……セリーヌは王位継承権を取り上げ、廃嫡とする。これよりドラゴニア辺境伯を襲撃した首謀者として処罰を受けさせる。おそらくは北の院に入れることになるだろうな」
北の院とは清貧を旨とする規律厳しい修道院のことだ。令嬢たちの監獄とも呼ばれる。
そんなところに自分が入るのだと知って、セリーヌ姫は顔色をなくした。
「……それでよいか? ドラゴニア辺境伯」
「……ああ、いいよ。あたしもそこまで鬼じゃない」
国王陛下の言葉に傷もの令嬢はあっさりと頷いた。
「きちんと落とし前つけてくれるなら、それでいいよ」
「ドラゴニア辺境伯、この度は娘が大変すまぬことをした」
「もういいって。じゃああたしはもう帰るから。後始末、頑張ってね。大変なのはこっからだから」
深々と頭を下げる国王陛下に傷もの令嬢はそう言ってひらりと手を振った。
まるで立場が逆転したかのよう。
二人の様子に戸惑っていると、傷もの令嬢が俺を振り返ってこう言った。
「じゃあ帰ろっか、婿殿」
「………承知いたしました」
扉に向かって歩き出した傷もの令嬢に頷いた俺は、それから国王陛下、この場に集う家臣たち、そしてセリーヌ姫を見まわした後に深々と一礼してから彼女の背中を追いかける。
「んんんんっ!」
と、その時猿轡を噛まされたセリーヌ姫がくぐもった声を上げた。
俺を呼び止めるような声に聞こえて、俺が振り返るとセリーヌ姫はまるで縋るような瞳を真っ直ぐと俺に向けていた。
でも俺には彼女にかけるべき言葉をもう何も持っていない。
俺がふい、と視線を逸らせば、セリーヌ姫が絶望に顔色を染めて余計にくぐもった声を上げて暴れ始めた。
その様は親に置いていかれようとしている子供とよく似ていた。
「んんんんっ! んんんーっ!!」
くぐもった悲鳴が耳をつんざく。
実際にそこまで大きな声だったわけではない。けれども彼女の悲鳴は確かに俺の胸に突き立った。
それでも俺は無言を貫いて、傷もの令嬢の後を追ってこの場を後にした。




