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 結局、あの後、セリーヌ姫の誕生祭を途中で辞して、俺たちは静かな中庭で休憩を取っていた。


 あと小一時間くらいで手配した馬車が王宮の入り口に到着するだろう。

 俺が疲れに項垂れて深くため息をつけば、東屋に腰掛けた傷もの令嬢が俺を労るように軽く腕を叩いた。


 その仕草に俺は顔を上げ、月明かりに照らされる彼女の顔を見て言葉を詰まらせる。


「婿殿も座りなよ。気分悪そう」

「いえ……お構いなく。俺は大丈夫ですから」

「いいから、ほら」


 そうして俺は彼女に手を引かれるがまま彼女の隣に座らされてしまった。


 俺が隣に座れば、彼女は俺の頭を自分の肩に誘うようにグッと俺の頭に腕を回してきて、俺の体は傾いた。

 驚いて慌てて身を離そうとしたが、彼女の腕は俺の頭をしっかりと押さえつけて動けない。この馬鹿力。


「お離しください。この体勢は」

「いいからいいから。あたしに体重預けて。あたしね、婿殿程度なら百人いても軽く支えられるから」


 相変わらずこういう時の彼女は人の話を聞かない。


 俺は致し方なしに彼女の肩に体重を預ける。

 すると俺の頭に回っていた彼女の手が子供をあやすように俺の頭を撫でた。

 こんな風に撫でられるのはセリーヌ姫の婚約者になる前の子供の頃以来で、むず痒い気持ちにさせられる。


「何なんですか……一体」

「んーん」


 俺がぼやけば、そんな声が返る。

 間が抜けている、穏やかな彼女らしい声音。

 むず痒さと一緒に落ち着かない煩わしい気持ちが沸き上がる。居心地が悪い。


「……婿殿はやっぱりお姫様が大好きだったんだねえ」

「何を突然……」

「お姫様が大好きで大切だから、あの子のことを見て色々悲しくなっちゃったでしょ?」

「別に、そんなことは……」

「またまたあ。そんなことない人をそんなに気をかけて、苦労する未来が見えた時悲しく思わないよ。婿殿はきちんとお姫様のことを考えて、苦労して欲しくなかったから色々言ってあげていた。これが愛でなかったら何だと言うの?」

「それ、は……」


 そう言われてしまうと俺は返す言葉もない。

 彼女の言葉の意味を少し考えて、俺はぽつりぽつりと呟くように胸の内を吐き出す。


「……正直、わかりません。俺はセリーヌ姫を思っていたかと聞かれると疑問しかない。俺が見ていたのはこの国のことばかりで、果たして本当に彼女を見ていたのか」

「そうなの?」

「彼女を真に思っていたら、もっと他に言いようがあったのかもしれません。もっと他にやり方もあったのかもしれません。でも俺は彼女のことを見ず、女王としての責務ばかりを押し付けていた……と思います。彼女はお姫様でいたかったのに」


 そう。そうだ。

 セリーヌ姫はお姫様でいたかったのだ。ずっと、今のように甘やかされて大切に慈しまれて難しいことは何も考えずに愛されるだけの生き方を望んでいた。


 俺だけだ。それを許さなかったのは。


 彼女はいずれ女王になる。

 この国を背負って立たなければならない。

 いつまでも可愛くか弱いお姫様として愛される存在だけではいられなくなる。


 そうなった時に、俺は彼女を十分に甘やかして守ってあげられるような王子様にはなれないと思った。


 だから彼女に厳しく接してしまった。誰も彼女には何も言わないから、と。


「彼女の望みを叶えてあげられなかったんです。そりゃあ煙たがられて、醜聞をでっち上げられて遠くに飛ばされるわけです」

「でも婿殿は婿殿なりにきちんとお姫様を思っていたのは事実だよ。実際、婿殿の考えは正しい。あのお姫様はいつか甘く優しい揺り籠から放り出される。どんな形であれ、人は子供から大人になって独り立ちしなくちゃいけない日が来る。あの子の場合は特に普通とは違う、いばらが敷き詰められた道に立たなきゃいけなくなる」


 そう告げる彼女が月を見上げるように顔を上げた。

 遠くを見るような様子だったが、彼女の肩に頭を預ける格好になっている俺には彼女が今どんな顔をしているのかわからなかった。


「きっとその時に彼女は思い知るよ。ああ、婿殿は本当に自分のことを思っていてくれたってね」

「……そうでしょうか?」

「うん、そうだよ」


 俺の言葉に力強く頷いて、彼女はぽんぽんと俺の頭を撫でた。

 どことなくリズミカルな動きは優しくて、どこまでも小僧扱いだ。


 何となく気が抜けてしまう。肩に入っていた力が抜けて、俺はふとまぶたを閉じる。


 そうすると彼女に触れる場所の温度がより明確になって、あたたかな温度に心地よさを感じた。

 おろし立ての真新しいドレスの匂いと、彼女に染みついた土と魔獣の匂いが入り混じって鼻につき、妙にあの辺境の地に帰りたくなった。


 そんな自分におかしくなってしまう。

 いつの間に、よほど自分はあの土地を気に入っていたのだろうか。

 危険な魔獣が蔓延る、洗練されておらず目新しいものは何もない僻地。

 けれどもそこに息づく人々は生命力に満ちあふれて、逞しく生き抜いている。

 その優しさとあたたかさに育まれた彼女が大切に守り慈しむあの場所に、早く帰りたいと思っているのか、俺は。


「……婿殿、少しは元気になった?」


 小さく笑いを漏らせば、彼女がそう問いかけてきた。


「……はい、お陰様で。お気遣いありがとうございます」


 俺が身を起こせば、今度は彼女も止めはしなかった。

 俺が微笑んで彼女を見返せば、彼女もまたニコニコの笑顔を返してくれる。


 その顔にいつもの傷跡がないことが少しだけ惜しく思え、そう思っていたらふと彼女の頬に向けて手が伸びていた。


「婿殿?」


 彼女がきょとんとした顔をして俺に呼びかけて、そこでハッと我に返る。


「……申し訳ありません。断りもなく触れようなんて、とんだ失礼を」


 と慌てて手を引っ込めようとしたのに、その手が彼女の手に捕まる。


「……にへへ」


 彼女は捕まえた俺の手を自分の頬に導いて、はにかんで笑った。


 途端に俺はまた落ち着かない気持ちになって浮つき、居心地の悪さに身が少し退けた。

 手のひらに伝わるあたたかさがじんわりと俺を侵すように染み入って、俺はソワソワとした煩わしさに呼吸を止める。


「いいんだよ、婿殿。君はあたしの夫なんだから」


 嬉しそうに弾む声音に背が強張る。


「あの、ですが……」

「いいの、あたしも嬉しいの。あたし、婿殿が大好きだから」


 屈託のない笑顔が「ほら」と俺の手を捕まえたままもっと触れろとばかりに頬を擦り寄せる。


 猫のマーキングのような仕草に誘われるがまま、俺は彼女の傷跡があるはずの頬を指先でそっとなぞった。

 白粉で隠したその痕をなぞれば、なんだかまたむず痒くて居心地の悪い気持ちが俺を蹴飛ばすように急き立てた。


 意味がわからない感情に突き動かされるまま、彼女の隠した痕を二度、三度と緩やかになぞり、気がつけばもう片方の指先で彼女の目元の傷跡を探していた。

 彼女が気持ちよさそうにまぶたを閉じる。


 たったそれだけのことなのになぜだか奇妙に心臓が跳ねた。

 これ以上はダメだ。これ以上彼女に触れたら、俺は。


「……婿殿?」


 ………俺は……何だというのだろう。


 その先に続く言葉が急に朧げになって霧散する。


 盛る火に水をかけたみたいに勢いをなくし、するりと落ちていく感情。

 俺は戸惑いがちに彼女から手を引き、不思議そうに目を丸くした彼女から視線を背けた。


「……いいえ、不躾なことを。失礼いたしました」

「あたしがいいって言ったのに」


 唇を尖らせて不満を露わにする傷もの令嬢と俺は目を合わせられなかった。

 彼女の頬に、目元に触れていた手にまだ移った温もりが残っている。

 それを握りつぶして消すように、俺は固く手のひらを握りしめていた。

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