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「うわあ」
夜会の会場へと踏み入れた傷もの令嬢が感嘆の声を上げて、辺りをキョロキョロと見回した。
高い天井に、吹き抜けのダンスホール。豪奢なステンドグラスはその美しさを誇るようにライトアップされている。
優に百人は詰め込んでも余裕のあるこのホールにはもう幾人もの華やかな衣装の貴族が集い、あちこちで歓談を楽しんでいた。
ザワザワとざわめく歓談の声を縫って響くのは穏やかで耳障りのいいクラシック。常ならふ、と緊張を解くような音楽なのだが、今の俺には気を引き締めるような緊張感を誘う旋律だった。
「お気持ちはわかりますが、あまり大声ではしゃぐのははしたないですよ」
気持ち、柔らかめな声を心がけて隣の彼女へ声をかける。
化粧を施し、顔の傷を隠した彼女に今はまだ誰も気づいていない。
それならこのままなるべく気付かれずに平穏にこの場が終わるならそれに越したことはない。
……まあ、それが無理なことはよくわかっているが、嫌な思いはなるべく短い方がいい。
俺に嗜められた彼女ははにかんで俺を見上げた。
顔に傷がないというだけで、なんだか彼女じゃないみたいで違和感があった。
「ごめん、つい」
「大丈夫です。まだこの程度だったらデビュタントしたばかりの令嬢もしていることですから」
「そっか、こんなにキラキラした場所に驚くのはあたしだけじゃないんだね」
歯を見せてにっこり笑う顔はいつもの顔だった。
何故だか少しだけ安堵する。
俺は彼女に微笑みを返すとそのままなるべく目立たない壁際に彼女をエスコートした。
ここからホールを見渡すと、一年前と比べて参加する貴族の顔ぶれがいささか変わっているように思えた。
ホールの中心で歓談に勤しむものたちはやけに派手に装い贅を凝らしたものが多い。
一方で壁際でひっそりと目立たないように密やかにしているものたちは俺の記憶の限りでは真面目に仕事に勤しんでいた家のものたちのような……
……いや、俺が王都から離れてたかだか一年。単なる若輩の俺が心配するだけ杞憂だ。
俺が知るこの国の国王は娘のことを除けばしっかりとした国王であり、それを支える家臣は皆優秀であったはずなのだから。
「……食事にいたしますか? よければ俺が取って参りますが」
「ご飯! お肉!」
彼女の気を逸らすように問えば、傷もの令嬢はいともあっさりとそちらに気を逸らして目を輝かせた。
単純な彼女に苦笑をして、俺は彼女を壁に預けてその場を離れた。
食事を盛って彼女の元へ帰る、その程度の少しくらいのつもりだったのだが、
「まあ。まあまあまあ、あなた、リオネルじゃない!」
よく響く鈴を転がしたような甲高い声に俺は嫌な人に見つかったと、つと視線を上げてそちらを見た。
遠目でも目立つ黄金の巻き毛に鮮やかな髪飾りを差して飾り立て、派手で目立つ豪奢な赤いドレスを一部の隙もなく着こなした淑女。
長いまつ毛に飾られた宝玉のような蒼い瞳は記憶の中のまま小憎たらしいほどに愛くるしく、にっこりと弧を描く形の良いふくりとした唇は麗しい薔薇色に染めていた。
「……お久しぶりです、セリーヌ王女殿下。本日、無事に成人を迎えられたこと、おめでとうございます」
「あなたは少し痩せたのではなくて? 辺境の地はとても厳しいところだと聞くわ。とても大変でしょう? あなた好みの女もおらず、退屈しているのではなくて?」
俺が改めて彼女は向き直って胸に手を当てて臣下の礼を取れば、彼女はニコニコと上機嫌によく通る声を響かせた。
衆人が密かにざわめくのを感じる。
「それとも田舎の野蛮な女の方が後腐れなく遊べるのかしら? いくらドラゴニア辺境伯が醜女でもあまり羽目を外したら可哀想よ」
「…………ご心配いただき恐縮ですが、恥に塗れた今の俺を受け入れてくれる寛大な女性は妻だけですので」
「あら、殊勝なこと言って。どうせそのすまし顔の裏側では後悔しているのではなくて?」
「いいえ、まったく。王女殿下に賜った良縁です、後悔などするはずがございません。俺のようなものに素晴らしい縁談を纏めていただいたこと、この場で改めて感謝いたします」
扇を開いて口元を隠しても、その愛らしい大きな瞳が意地悪く弧を描くから彼女が嘲笑しているのがよくわかる。
強がっちゃって。
口ほどによく語る瞳に俺はただ濁すように微笑みを返した。
「それで? 今日、噂の傷もの令嬢は連れてきていらっしゃるのでしょう? どこかしら?」
「王女殿下」
敢えて彼女の蔑称を口にして辺りをキョロキョロと見回すセリーヌ姫に、つい固い声が出たのがわかった。
抑えろと。感情を露わにする無様を晒してはいけないと理性が懸命に叫んでいる。
「……彼女はこの国を守護するドラゴニア辺境伯です。彼女が国境を守護するからこそ昨今の平和があります。そのような蔑称で笑いものになさらないでください」
「あら、でもみんなそう呼んでいるわ。大体、笑いものだなんて、傷ものなのは事実でしょう。顔も体も傷だらけで」
「彼女が負った傷はこの国を守護するために負ったものです。敬意を払われることはあれど、貶められる謂れはございません。彼女を軽んじる発言はお控えください」
セリーヌ姫の物言いを遮り、俺は苦言を呈していた。
セリーヌ姫の眉間にシワが刻まれ、彼女の機嫌が急降下したのがわかった。
傷もの令嬢に婿入りさせて辺境地に飛ばした俺に今もなお小言を言われるのが気に入らないのだろう。
だが俺とてこれは退けない。退いてはいけない。
この場合、誤っているのはセリーヌ姫だ。
この国に忠義を尽くし、危険な辺境の地を守るものを軽んじるような発言は王族として許してはいけない。
それはこの国の……後の彼女が継ぐ治世を揺らがせることに繋がるものなのだから。




