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「婿殿……っ! この服やだ……! うえええん、苦しい〜っ!」
魔獣を荒々しく征伐している辺境伯とは思えない泣き言が飛び出して、俺はただ生暖かく微笑んだ。
セリーヌ姫の誕生祭よりも少し早めに王都入りを果たした俺たちは王都のブティックに訪れていた。
無論、彼女の夜会に参加するためのドレスを買うためだ。
なんと彼女、ドレスを買ったことがないと言う。
じゃあ前はどうやって社交場に参加していたのかと聞けば、母親や祖母から譲り受けたものを着ていたのだという。
それを確認すれば確かに上品なドレスが並んでいたのだが、もう随分と古びてしまっていて特に状態が悪いものには虫が食って穴が空いていたりと散々だった。
さすがにこれで夜会に参加させるわけにはいかないと新しいものを買うことになったのだが、
「婿殿〜、この靴やだあ。うまく歩けない〜」
これだ。
コルセットやハイヒールに慣れていない彼女は先ほどからえんえんと泣き言ばかりを叫んでいる。
これにはブティックの店員も苦笑を浮かべるばかりだ。
「すみません。コルセットはもう少し緩く、ヒールはなるべく低いものを用意してあげてくれませんか?」
「かしこまりました」
俺の指示に店員はキビキビと動いて要望に応えてくれる。
「ねえ、婿殿。何で王都の人たちってこんなに動きにくい格好できるの? 危なくない? もうあたし、婿殿と同じ格好でいい」
「少し我慢してください。こちらの女性はそもそも戦闘を想定せず、守られることを想定した見栄えの良い格好しているんです」
「うぐう……なら、別に婿殿とあたしの格好交換してもいいんじゃ」
「異常性癖でまた指差されるような噂を増やさないでください」
とんでもないことを言い出した傷もの令嬢へ、俺はそうやって嗜める。
「……どうしてもドレスがお嫌なら今から辺境地にお帰りになりますか? 理由なんて俺がどうとでもでっち上げますよ」
「それはやだ!」
そう言うと彼女は今日一番の大声を上げた。
「あたし、婿殿一人で嫌な思いをさせたくないって言った!」
「そうですか……わかりました。ではドレスを着る我慢はできますね?」
「うっ………が、頑張る」
そうして彼女はまた試着室の中へと引っ込んだ。
ドレスとハイヒールに悪戦苦闘する声に苦笑を浮かべつつ、俺は宝飾品を見繕いにその場を少し離れた。
イヤリング。ブレスレット。ネックレス。ブローチ。髪飾り……
あらゆる装飾品が並ぶ棚を見つめ、俺は考える。
彼女はフルプレートを着て大型の武器を振り回すような女性だ。
重たいものでもあまり問題はないだろうが、あまりゴテゴテとしているものは、こういったアクセサリーを身につけなれていない彼女には違和感があるかもしれない。
さて、どうしたものか。
「……ねえ、見た? 奥の試着室……」
「……見た見た。ひっどいもんよねえ。あんなんじゃあ綺麗なドレスも台無しだわ……」
ふとヒソヒソと嫌な囁き声が聞こえて俺は顔をしかめる。
ついそちらに足を向ければ、カウンターで二人の女性店員が悪辣な笑顔でヒソヒソと笑い合っていた。
「あんなに傷だらけでさあ、着飾っても意味ないわよねえ」
「あんなんでもイケメンの旦那のために頑張ってます〜って? バッカじゃない? あんなの何着たって見苦しいだけだっつーの」
彼女たちが誰を揶揄しているのかはすぐにわかった。
無論、彼女。傷もの令嬢のことだ。
想定していた誹謗ではあるが、実際に耳にするとここまで嫌な気持ちになるものなのか。
ムカムカとした気持ちが込み上げて、俺はつい彼女たちの前にツカツカと歩み寄った。
彼女たちが俺を見てハッとした顔をする。
そんな彼女たちの前のカウンターを乱暴に叩き、俺は低い声を絞り出した。
「この店は客の悪口を言い、馬鹿にするような店なのか」
「あ、い、いえ、そんなつもりは……」
「そんなつもりは? 今、明らかに俺の妻を馬鹿にしていただろう。そんな店、こちらから願い下げだ。妻に似合うものがあるとは思えない」
「も、申し訳……っ」
低く唸り立てる俺に二人の店員は真っ青になって震える。
だがもう俺は言いたいことだけ言い捨てると、憤然と足音を響かせながら試着室へと取って返した。
「あっ、婿殿」
「帰りますよ。この店で買うものは何もありません」
「えっ……? あ、うん」
端的に言い捨てた俺に傷もの令嬢は何かを察したようにあっさりと頷いて着替えるために試着室のカーテンを引く。
「あ、あの、お客様……?」
「後でカウンターの店員に聞け。俺はこの店に二度と来ない」
近くの店員が恐々尋ねてきたが、俺は苛立ちにつま先をカツカツと鳴らして追い払い、試着室から着替えて出てきた彼女の手を取って店を後にした。
苛立ちのまま彼女の手を引いたまましばらく歩き、
「……婿殿、何があった?」
頭が少し冷えてきた頃に手を引かれたままの傷もの令嬢がそう問いかけてきた。
その声に俺は頭に登った血を冷やすように深く息を吐くと彼女を振り返った。
「……いいえ、少し嫌な言葉を聞きました」
「そう………もしかしてあたしのこと?」
問われ、俺は沈黙して視線を落とした。
けれどもすぐにそれが肯定だと気がついて慌てて彼女を見れば、彼女は何故かいつもの歯を見せる笑顔を浮かべた。
「そっかあ。それで婿殿は怒ってくれたんだ。ありがとう、優しいね」
別に礼を言うようなことではないだろう。
そもそもあれは想定していた誹謗なのだ。
こんなことでいちいち頭に血が上ってしまっていては先が思いやられる。
いや……そもそも何故こんなにも腹を立てたのだろうか、俺は。
俺だって……内心でずっと彼女を傷もの令嬢と呼び続けているのに。
自分の中の矛盾が解消できずにつと視線を背ければ、ふと固い節くれた手のひらが俺の頬に触れた。
その手に誘われるように視線をそちらに向ければ琥珀色の瞳と目が合う。
じっと俺だけを見つめる瞳は俺を見て照れくさそうに笑うと、今度は彼女が俺の手を引いて歩き出した。
「ねえ、ドレスのお店って他にもあるの?」
「王都は広いですから、たくさんありますよ」
「じゃあ、次行こう。今度は婿殿が嫌な思いをしないところだといいね」
そんな風に彼女が笑って、俺は彼女から目を背けるように視線を伏せた。「そうですね」と頷きながらも、俺は唇を噛み締める。
不可解な感情で頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱れるような感覚がして、俺は不快感に苛立っていた。




