【短編小説】移動手段
レンゲに掬った鳶色のスープを啜ると、塩分と油分が強烈な刺激となって頭蓋骨の奥にキックを与えた。
これこそ、最高にゴキゲンな瞬間だ。
目の奥で火が灯ったみたいに熱が生まれて、全身を駆け巡る熱量を感じられる。
取り憑かれたように勢いよく半分ほどラーメンを食べ進めたところで、店内のテレビに目をやる。
うんざりするけれど、画面では戦争と女性差別と環境問題が自慢げに並べられていて、じゃあ硬め濃いめ油多めのラーメンはいつまで食えるのかと言う問題について考えながら、ひとまずは目の前にあるラーメン丼を片付ける事にした。
「えぇ、じゃあ何がいいかな」
大学生らしき若い男女たちが背後のテーブルで同じように鳶色のスープに浸かった麺を啜っている。
「天狗みたいな高下駄とか?」
「それはもう通学手段じゃなくてファッションだよ」
「あだ名テングで確定やしな」
「いつも飴ちゃん配るとか」
「大阪のおばちゃんやないか」
「男がやったら児童誘拐犯だろ」
「そんな学生生活イヤだわ」
どんな印象的なキャラ付けをしたら今後の大学生活をやり易くできるか?
自分も同じような事を考えていた時期がある。
例えば毎朝、学生寮の前で木刀を使った素振りをすると言うものだが、大学剣道部にも所属してないのに素振りしている危ない奴と言われてやめた。
おまけに通報されかけていたと後になって聞いた。
「じゃあ通学の方法を決めよう」
男子学生の声が聞こえた。
「服装とかは好みがあるし、和服なんてお金もかかる」
「目立つアイテムも被ったらお終いやしな」
「頭に鳩乗せるとか移動がムーンウォークとかは?」
「長続きしないよ」
「だから通学手段で差をつけるんだって」
段々とラーメンの味が曖昧になってきた。
おれには分からないが、そこまでしてキャラ付けしたいものなのか?
若者の承認欲求というか自己顕示欲というか、いや、それもセックスアピールだと思えば合点がいく。
「はい、じゃあ通学手段のブレストしよう」
「カマキリハンドルのママチャリにキラキラでヒラヒラのフランジを付けるとか?」
「それだと多分、人によっては地元で見たってなるわ」
いくら地方でも今どきそんなデコチャリに乗ってる奴がいるのか?
首を傾げながらチャーシューを食むと、ホロホロのチャーシューが口の中で解れていくのを感じながら考えるが、自分の乗り物も派手だったと思いチャーシューを飲み込んだ。
「一輪車」
「竹馬」
「ホッピング」
「玉乗り」
「ラート」
次々と挙げられる通学手段大喜利だが、側で聞いていてもいまいちヒットが出ない。
次第に前輪が大きいペニー・ファージング自転車だのサーフボードを改造した長いスケボーだのとなっていき、会話がダレ始めた。
こちらも残ったスープにコメを投入してしまったので、そろそろ結論を聞かないと消化不良を起こしてしまう。
その時だった。
「もういっそスーパーカーは?」
ほら、ドアが上に開くタイプの。
男子学生はスーパーカーで盛り上がり、女子学生は高級車で盛り上がった。
ありきたりな結論でお終いになったか。
ラーメン丼の底に残ったスープとコメをレンゲで掬いながため息を吐く。
まぁそんなものだ。
大抵はグダグダになって終わる。
何一つ達成できない。それでいて時間だけは浪費する。
そのモラトリアムを甘受する為に、大学が存在する。
「やっぱ無理だって、新幹線通学には勝てないよ」
「飛行機とかヘリとかじゃないと無理だって」
腰を上げた背中越しに聞こえた会話は、ラーメン店主の「また来てください」と言う大声でかき消された。
店の前に停めておいた白人女に跨って足で右乳房を蹴る。
ブロンドヘアを引っ張ると、白人女は目を光らせながらゆっくりと前に動き出した。




