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第三十四話 転生の意味


 ………



 ……



 …



 いつきくんっ、と水面を隔てて眞城くんの声が聞こえてくるようだったが、水の中ではそれも上手く聞き取れない。



 ……



 ……




 ……この、水に沈んでゆく感じは。






 ……



 …




 * * *



 …



 ……





「もはや、これまでか」



 長い源平合戦が終局を迎える。平氏はここ、壇ノ浦で敗れるのだ。

 私……平知盛(たいらのとももり)安徳(あんとく)天皇の乗る御座船に乗り移って最期の掃除をする。平氏の棟梁である、兄・平宗盛(たいらのむねもり)に任され軍の指揮を執ったが、陸と海から追い込まれた我らに道は無い。私は、幼い安徳天皇を抱いて入水する二位尼を見届ける。




 ……これで、終わりだ。



「新中納言殿」



 そう、声をかけるのは乳兄弟の平家長(たいらのいえなが)。彼奴も一族の最期を悟っているのであろう。……この時が来てしまったのだ。

私は言う。



「見届けるべきことはすべて見届けた。 このあと、何を期待することがあろうか」



……



「逝くぞ」



 浮き上がらぬようにと鎧二枚を羽織り、家長と共に入水を決する。重い鎧はこの身を海へ海へと沈めてゆく。

 これで、いいのだ。

 源義経(みなもとのよしつね)。我ら平氏一門を滅亡へ追い込んだ、あの者は。

 ……思う所は色々とあるが、もう多くは語るまい。



 ……



 だんだんと海面が遠くなる。息が、できない。




 意識が、薄れていく。





 すべてが終わり、なのだ





 ……



 …




 * * *



 …



 ……





 そうだ



 あの戦いは終わったんだ……すべてが。

 「見るべき程のことは見つ、今は自害せん」と、自らの人生に幕を閉じて。


  この時、全てを海の中へ持って行ったはず……だった。この転生はやり直しじゃない。言っていたじゃないか……()()()()が。

 『この世界の先にはふぁんたじぃな世界がある』と。



 海で全てを終わらせた知盛(この人)だからこそ、次の生という新しいチャンスを授けたんじゃないかなぁ……なんて。もっと色んな世界を、この目で見たらいいじゃないか。



 ……



 口や鼻から水が入ってくる。

 苦しいし、息ができない。




 ……ごぼぼっ…………





 ……僕は勘違いしていたなぁ。知盛のことも全然わかっとらんし。

 あんなにも最期まで武士の矜持を重んじ、品と知恵を備えた武将を、(中学生)の僕に全てが理解(わか)るわけがなかったんかもしれん。僕はもっと自由に……()を生きたらええんじゃないか。




 ……




 《義経》と語り合ってみたって、いいんだ。

 そしたら眞城くんの言っていたみたいに……『友達』に、なれるかな。



 知盛は、何を考えていた?

 今世では、何をしたい?




 ……




 あの時とは場所も違うけれど、もう日も暮れて、水面の向こう側がよく見えない。川の流れは穏やかながらも、僕は下流に向かって流されていき……深く沈んでいくのを感じていた。




 と、その時。




『伊月くん』



 ……この声は



『漸く少しは思い出したんかのぉ。俺()()()()()()()()()()()()()()じゃけん、お主を助けることはできんが。今回はここで終わりじゃないぞ。お主の生は、まだまだ続いてゆくからの』



 ……秋宮、くん



『まぁ、ちぃと早まったかの。伊月くんとしての戦闘経験も未熟なんは言うまでもないが、そもそも君らは中学生じゃろ。むかーしから()()というじゃないか。君らは身体もじゃが、精神も未熟じゃけぇ天照大御神(アマテラス)が神勅を下して天皇様んとこ集められるんじゃないん? でないとすーぐ暴走してしまうじゃろ』



 厨二……厨二……? けど、じゃけぇ神勅が下るんは十一〜十七歳に限られとるんか



『その時期を超えると思い出すことは稀じゃしな。まぁ、前世のことなんか少しずつ理解していけばええんよ。……じゃが焦るんも、葛藤するんも、中二という繊細なお年頃なんかのぉ』



 厨二かぁ……僕は知盛の思いを晴らさなければと色んなことを勝手に決めつけて、現実も、自分のことも、よお見えんなっとったんかもしれんなぁ……



『人の心は俺には難しいが。転生の意味にも気づき始めとるようじゃし、俺も人の姿でお主にも会えたけん、俺の役目はここまで。けど、悩んだらいつでも俺んとこ来んさい、いつだって同じ場所におるけん。この世界で、()君を助けるんは誰なんか……しっかり覚えとき。せっかくなんじゃけん、このふぁんたじぃな世界をお主なりに楽しんだらええんよ。過去に囚われすぎず……な』






 ……!






 ぶくぶくぶくっ、と泡の音がして、白い手が伸びてくるのを見た。




 これ、は







 ……







 …







 ザバァッ!!!



「ごほっ、げほっ……おぇっ、ごほっ………ごふっ」




 陸に上がった僕の肺は空気を求めていたかのように、ぜぇぜぇと強く呼吸を繰り返す。

 助けてくれたのは……びしょぬれになった()()()()だ。




「……、伊月くん……っ、大丈夫……!?」

「げほっ、げほげほっ……っ、はあっ、はぁ……眞、城、……くん、げほっ」




 思った以上に沢山水を飲んでいたらしく、水が気管に入って咽る。

 そんな僕を、眞城くんは隣で心配そうにしながら、落ち着くまでずっと背中をさすってくれていた。

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