第三十二話 決闘①
すっかり日が落ちて、空には月と星が瞬き始める宵の口。誰もいなくなった橋の上で、僕たちは決闘をすることにした。使うのは竹刀ではなく、真剣。文字通りの真剣勝負というわけである。
元々ここは人通りが多くないらしい。橋の下は川が九の明かりを映しながらも、黒々と流れている。別の場所にしようと言う眞城くんに無理を言って、僕が、ここでやりたいと言った。
「一応、ちゃんとやろうか」
「ん」
ちゃんと、というのはきちんと名乗ってということだと思った。まず先に眞城くんが名乗り始める。
「僕は眞城 九郎。前世の記憶は源義経」
「僕は……伊月 知成…… 前世は、平知盛」
こうして名乗りあうと、なにやら不思議な感じがした。
前世の記憶を持つ者同士。
まさかあの時の再戦がこのような形になるなんて。……それに、時を超えてこんな風に再び刃を交えることになるだなんて、誰も……本人たちだって、思ってもみないだろう。
さわわ、と薄暗闇に風がそよぐ。静かな空気に、涼しい夜風が心地よい。
互いに間を取り合って抜刀する。本当の、真剣勝負。これで急所を突けば、恐らく命はない。
タイミングを見計らい……合図もなく、走り出す。
「 「はあああぁあっ!」 」
キン、と刃が触れ合う。眞城くんの白く、細い腕から繰り出される斬撃は、思った以上に、重たい。
キン!、キン!、ヒュッ
斬撃は時に受け止められ、時に空を切り、全然相手に当たらない。眞城くんは少し、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「伊月くんさ、」
「……」
「僕を討ち取りたいなんて、嘘だろ」
「……!」
……半分正解、半分、はずれ。
『討ち取ったる』と言ったのはあくまで僕の意思。だけど、『友達』と言う眞城くんの言葉を信じたかったのも、本当だ。
「本音かもしれんよっ」
「ははっ、素直じゃないね」
「『友達』言われたんは、嬉しかった」
「あれっ、素直じゃん」
ガキン! と音がして、互いに刃で押し合い、後ろに退く。
眞城くんの方が僕よりちびだが、眞城くんの持つ薄緑の方が僕の太刀よりも尺が長い。眞城くんは余裕ありげな表情で僕を見ていた。
僕も眞城くんの視線を見遣り、互いに太刀を構えて間合いを図る。
……そう、僕らが今持つのは、本物の太刀なのだ。
……
……目の前にいる眞城くんと対峙しながら、本当に彼の首を取ろうと思った時に、取る覚悟はあるのだろうかと考える。賜ったばかりの太刀。なんでも切り落としてしまいそうなほどに研ぎ澄まされていた。
前世は前世、今は今だと言っておきながら、自分だって混同している……否、今世でこれまでの想いを打ち晴らしたいなどと、誰が、なぜ、そう思った?
……
……すべて、僕、か
前世、知盛ではない、僕の意思。
眞城くんがなぜ僕らに会いに来たのかなんて知らずに、歴史の授業で得た浅い知識だけで、義経は知盛の仇だと決めつけて。
僕は知盛をちゃんとわかっていないんだろう。
だけど、
――今は、
(負けられんっ!)
キキンッ、キンッ!
両者一歩も譲らないのか、眞城くんが僕に合わせているのか、わからない。恐らく……後者だろう。真剣の扱いにも慣れた、絶対的王者……その実力は、本物だったのだ。
だけどこれは自分が蒔いた種。負けられないが、その反面楽しいと思う僕もいた。
僕たちは時を忘れて刃を交え合う。
眞城くんの表情をちら、と窺うと、眞城くんもまた生き生きとした表情をしている。
夜は更け闇は濃くなるが、心は熱い。全身に、血が滾るのを感じていた。
この時が、ずっと続いてもいいと思えるほどに、心地良い。
……だけど僕らのこの決闘は、この後まもなく決着がつくこととなる。僕らは刀で対峙しながらも、こんな風に眞城くんと出会えてよかったのかもしれないと、心のどこかで思っていた。




