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第三十話 怒り

 鋭く、怒りの籠った眼差しに空気が張り詰める。そんな中、眞城くんは静かに怒気を孕んだ声で言う。



「お前は弁慶じゃない」

「なに?」

「お前は……っ! 弁慶じゃないっ!」



 物凄い剣幕で怒鳴る眞城くんは僕ではなく……、僕の後ろにいる『弁慶』を見ていた。いつもの落ち着いた雰囲気からは想像できない程の怒りで満ちている。



「何を根拠に」

「伊月くんもっ! 何やってんだよ、窃盗だろこいつ」



 ……仰る通りで。


 ぐうの音も出ないです。眞城くんは左手を軽く額に当て、頭を抱えるように小さく唸る。



「あぁ……この状況と見た目に取り乱した僕が馬鹿だったよ」

「お前は……もしやよく五条大橋(向こうの橋)で見かける小童か」

「今世で……っ! ()()()()()()()()()を犯すなッ!!」



 その言葉に反応するように、弁慶と名乗る大男は両手で薙刀を持ち、斜に構えて臨戦態勢を取る。対する眞城くんは、腰を落として上目遣いで大男を睨み、刀の鯉口を切るところだった。



「その()()は義経に憧れた(わっぱ)が持つ玩具かと思ったが」

「……」

「まさか本物とはな。俺がこの勝負に勝ったら、その薄緑は俺に寄越せッ!」



 男のその言葉を皮切りに、両者は同時に走り出す。

 大柄でスピードにすらパワーがありそうな弁慶(仮)と、小柄で俊敏な眞城くん……両者の距離は瞬時に縮まり、キンッと刃がかち合う音がする。先ほどはパワーに押し負けた僕だったが、それを堪えきる眞城くんはさすがだと思った。

 そうして数撃程打ち合ったのちに、綺麗に()()()()のは眞城くんだった。勢いをそのままに、大男はよろめいて膝をつく。

 眞城くんは涼しい顔をしたまま大男を見下ろし、その鋒を眼前に突き付けた。だけどその刀の鋒がカタカタと震えている。



「……お前は……許さない……っ」

「ぐっ……小童のくせにっ!」



 大男は片膝をついたまま、ビュン!と薙刀を振り上げる。

 柄が眞城くんの身体に直撃しそうになるのを刀を盾にして防御する……も、咄嗟の対応が遅れて吹っ飛ばされた。今の遅れは……『弁慶』という情報に、眞城くん自身の脳がついていけていないのかもしれない。



「……っ!」

「軽いわっ!」



 がんっ、と背中から欄干に追突する眞城くん。

 受け身を取るも、その衝撃は大きそうだった。手からは太刀を離さぬまま、欄干に寄りかかるようにふらりと立つ眞城くんに、大男は攻める手を止めない。



「おぉりゃっ!!」

「!」



 大男の突きの一撃をギリギリで躱したように見えたが、掠ったのか、白い頬に一筋の赤い線が入っている。だがその瞬間、眞城くんは大男が討ち外した薙刀の柄を左手で掴み、大きく開いた大男の左脇を、刀の棟でどっ、と打ち込んだ。



「ふ、ぐぅっ……!」

「は……っ!」



 左脇に打撃を食らって怯んだ大男の胸を、再度眞城くんの刀の棟が強く打つ。その衝撃のまま、大男は後ろに倒れてしりもちをつき、とうとう眞城くんはその小さな体で大男を組み伏せたのだ。……この体格差をものともしないのは、眞城くんの強さなのかもしれない。

 そうして大男の首元に刀をかけた眞城くんは……今度こそ、チェックメイトだ。



「これで……終わりだ」

「お、お助けを……っ」

「黙れ! 弁慶はそんな命乞いなんかしない……っ」



 こんなに激情的な眞城くんは初めて見た。

 ……でも。



「……お前の前世は僧か。名は知らないけど、最期は何らかの罪で処刑された人間だったんだろ。冷静に視れば前世が誰かなんて、わかるんだよ」

「……なんだよ……バレてたのか」



 そういえば眞城くんは僕の前世も、僕が知る前から解っていたようだった。眞城くんは、なんで。



 ……。



 大男は観念したかのように、薙刀をころり、と手放した。



「俺にとどめをさすか」

「……とどめなんか、刺せるわけない。お前のことは検非違使(けびいし)(現在の警察)に突き出す」

「はっ、こんな小童にまで情けをかけられるなんてな」

「……」

「だから童と女には手ぇ出したくないんだよ」

「何言ってんの、情けじゃないよ。貴方を殺ったら僕が捕まるじゃないか」

「……」



 そんな風に言いながらも、眞城くんはどこか泣きそうな顔をしていた。

 それを見た『弁慶』と名乗った男は、仰向けのまま空を見上げてため息をつく。



「わかった、わかったよ降参だ。弁慶はさ、多分俺の憧れだったんだよな。……前世からの」





 * * *





 その後、周りの見物人の通報により検非違使がやってきて『弁慶』と名乗る男を連れて行った。本当の名前はわからない。だけど眞城くんはその後ろ姿を見つめたまま、微動だにせず立ち竦んでいる


 憧れるならば……こんな形で真似をするなど、許されることではない。


 僕は近づいて声をかけようとしたけれど、眞城くんは堪えきれずに肩を震わせ、ぼろぼろと泣いていた。

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