第二十五話 京
― 伊月・京
眞城くんと朝霞くんが共闘したあの戦闘から一ヶ月後、僕はきちんと元服の儀を行いに京へやってきていた。
京……初めて訪れる場所。だけど、僕の前世が平知盛であるならば、前世は深い関りがあったはずだ。その辺りまでは、まだ思い出せていないのだけど。
儀式は先ほど無事に終わり、拝受した刀をまじまじと見る。身幅が狭く反りの深い優美な姿に、心を奪われるとはこのことかもしれない。刃は綺麗に研がれており、切れ味もよさそうだ。無銘とはいえ、やはり真剣の迫力は凄い。
これから、これで魔物を切るんかぁ……なんて考えていたら、ふと、眞城くんが浮かぶ。
……この刀で眞城くんを? ……いやいや、前世は前世、今は今。前世の無念をなんて、そんなこと。
……。
だけどあの戦闘から、僕の中にえも言えないような闘志が育っているのは事実だった。まだはっきりとその正体はわかっていない。だけど朝霞くんが眞城くんに向けていた感情に近いのでは……と、思う反面、純粋に眞城くんの強さに憧れる僕もいた。あんなふうに、一騎当千の如く魔物を倒せるようになれたらと。
この転生の意味はなんなのだろう。前世の無念を晴らす? 復讐のため? いや……違う、もしかしたら。
その答えは未だ出ないままだけど、あれからその眞城くんも秋宮くんも、見かけなくなってしまったのだ。
……
この一ヶ月の間僕はと言うと、先日の戦闘で負傷した右足が完治まで二週間近くかかってしまい、その間も学校で静かに授業も受けていた。
だけど記憶が戻りつつある影響なのか、屋島の合戦の後……壇ノ浦の戦いの授業になって、歴史の教科書で語られる分量のあまりの呆気なさに愕然としたのだ。『誰が』『何をした』。たった、それだけ。そこに確かに生きた人々の思いや人となりは伝えられるわけもなく、ただ事実だけが淡々と述べられる、歴史の授業。
……確かに、史実に人の思いなどは不要。そんなことは知っていたはずだった……のに。歴史の多くは勝者が語られるものであって、敗者は歴史の裏にひっそりと佇んでいるだけだ。壇ノ浦で活躍したのは源氏を率いる源義経。平宗盛も知盛も、この時源氏に敗戦を喫した平家方の棟梁と軍事指揮官ということが、教科書の片隅にちょこっと載っているだけだった。
それに加え、先日の朝霞くんや眞城くんとの戦闘が忘れられず、僕はいても立ってもいられなくて……早々に天皇家に仕えることを、決めた。
元服の儀は、元々一ヶ月後・京にて、と告げられたので、右足が完治する前から兄に付きっきりで刀稽古を付けて貰った。剣道の全国大会で決勝戦まで進んだとはいえ、一朝一夕でそんなに上達するものでは無い。それに……竹刀と真剣では、その重みが違う。記憶が蘇りつつあることと相まって、真剣での稽古もそこそこ筋は良いと褒められた。……の、だが。
「晃はまだちびじゃけぇ、小回りを利かした戦闘が向いとるかもしれんな」
「なっ……、兄ちゃんちび言うなッ」
「けど晃、少々背ぇ伸びたか?」
「ほんま!」
「いや嘘、気のせいかもしれん」
「くっそ……、アホ兄ーッ!」
「ははっ」
こんな風に、兄と手合わせをしてもらいながらも着実に前世の記憶を取り戻していた僕は、元服と共に、兄より一足先に天皇家にお仕えすることになったのだ。
◇ ◆ ◇
そうして今。僕は京にいる。
腰には先程賜ったばかりの無銘の太刀を佩刀し、名を賜ったこともあって少し背筋が伸びる思いである。
しかし僕にとっての致命的な問題はそこからだった。天皇様から刀を拝受して浮かれていた僕は、なんと広い御所の敷地内で迷子になってしまったのだ。
……どうしよう。正門はどっちだ?
前世では関りのあったはずの場所……だが、圧倒的に現世の僕の方向音痴が勝っている。御所内は確かに美しい。綺麗に手入れされた庭園や池からは、日本古来よりの侘寂や風光明媚な趣が感じられる。だが、迷子の僕にはそんな風景を楽しんでいる余裕はない。
誰かに声をかけてみようと辺りを見回すと、本日は色々な式典が行われるということで人は大勢いたけれど、その中にひと際大きな体格の、僧侶のような人の後ろ姿見かけた。お坊さんなら教えてくれるかもと、僕は「すみません」と声をかける。振り向いたその顔は思った以上にいかつくて僕は一瞬ぎょっとしたけれど、精悍な顔つきはまだ若そうであり、太くて黒々とした眉と彫の深い目鼻立ちが印象的だった。彼は僕を見て一瞬目を細めたような気がしたけれど、「どうされました」と話を聞いてくれた。
迷子になったことを告げて道を聞くと、随分と大雑把な説明だったけれどきちんと教えてくれた。いい人だと、思った。その人は「自分も探し人がいるはずなのだが、よく分からない」と言いながら、遠くを眺めていたのが印象的で……だけど何か掛ける言葉を考えているうちに、その僧侶のような人は消えてしまっていたのだ。
人ごみに見失ってしまっただけなのか……だけどこのどこか現実味の薄い感じは、秋宮くんにも似ていると思った。いや、この敷地内は全体が神聖な雰囲気だから、漠然とそう感じただけかもしれない。天皇の祖神、天照大御神の御加護……その影響かなぁ、なんて。
でも言われたとおりに進んでいくと、きちんと正門たどりくことができて大いにほっとした。だがそれも束の間、そこで見知った顔を見かけて更に驚くのだった。




