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第二十四話 夢・衣川




……





 衣川(ころもがわ)高館(たかだち)にて私……義経は最期(自害)の支度をする。一の谷・屋島・壇ノ浦の戦で平家を討つのに奮迅するも、兄であり、鎌倉殿と呼ばれる頼朝(よりとも)に認めてもらうことは叶わず、追討令により全国を追われた。だが、今日ここで私は終焉を迎えるのだ。ここ奥州は、少年時代を過ごした、思い入れのある地でもある。


 最期の時を共に迎えるは、妻と子、そしてたった数騎程の家臣のみ。対する相手は五百騎もの大軍である。私が館で死出の支度をしている間、館の外では家臣らが銘々に獅子奮迅、鬼神の如く猛威を振るって相手に手傷を負わせるも、多勢を前にそのはたらきも虚しく、切られ、刺され、重傷を負う。そして敵に討ち取られる前に「死出の山で待つ」と遺し、最期は自ら勇ましく散っていった。



 弁慶(べんけい)はその様子をしかと見届け敵を追い払うと、最期に一目見ようと、私義経の元へ急いだのだという。



『戦もいよいよ最期となりました。皆、それぞれ存分に戦った末に討死し、残るはこの弁慶と片岡ばかりです。……ですが最後に一目、わが君にお目にかかりたくこうして参りました』



 泥を被って返り血を浴び、鬼気迫る様は、外での戦の壮絶さを物語っているようでもあった。本当に、これが最期なのだ。


 『弁慶』と、私は心からの家臣に、最期の言葉を告げる。




『もし、私が先立つことになったら、お前を死出の山で待って居よう。お前が先立ったら、私のことを三途の川で待っていて欲しい。武蔵坊弁慶……最期までこの義経を守ってくれるか』



『当然のことにございまする』



 弁慶は私を見ながら名残惜しそうに涙する。この者は、ずっと私を支え続けてくれた大切な者だ。『死なば一所死ぬときは一緒』と約束を交わしたものの、名残惜しいのは、こちらも同じ。

 しかし敵は待ってはくれない。がたりと建物のすぐ外で物音がし、弁慶ははっとして立ち去った。……が、すぐに引き返してきて最期に一句、私に歌を詠んだのだ。



『六道の みちのちまたに まてよ君 おくれ先立つ 習ありとも』

(冥途の道の途中で待っていてください、大切な我が君。たとえ死ぬ時が後先であっても)



 まっすぐなその歌を聞き、心震える私も同様、歌で返す。



『のちの世も 又のちの世も めぐりあへ 染む紫の 雲の上まで』

(のちの世も、またそののちの世も巡り合おう。あの紫色に染まった雲の上まで、ずっと、一緒だ)




 こうして最期に弁慶を見たのは、声を上げ、はらはらと涙を流しながらも、勇ましく駆けてゆく姿だった。




 ……




 さぁ……いざ、自刃の時。手にするは幼時から片時も離さなかった守り刀、今剣いまのつるぎ。


 この守り刀を今、自らの左脇腹に突き立てる。





 (もはやこの世に、未練など)






……












 ………っ、は……、






 はっと目を開き、がばっと身を起こす。


 呼吸は荒く乱れて全身にひどい汗をかき、両目からはつぅ、と涙が伝っていた。見回すと、ここはよく見慣れた自分の部屋。





 ……いつも、見るのはこの夢ばかりだ。




 ……




 僕は乱れた呼吸を整えようと一度深呼吸をし、滴る汗と涙を拭う。

 どうして、この夢ばかりを見るのだろう。


 次の世も一緒だと誓った弁慶も、この世界にいるのだろうか。……前世は前世、今は今だと思っていても、弁慶は……今世でも一緒であって欲しいと願ってしまう。




 時間は丑三つ時(午前四時)。外はまだ薄暗い。僕は枕元に置いてあった短刀守り刀……今剣を眺め、びっしょりと汗をかいた寝間着を脱ぐ。そうして、ゆっくりと支度を始めた。

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