EP.2 天命の書《ソウルブック》
「次の方……ああ、『陽焔の雷華』様ですね。身分証明書をお願いします」
「うむ」
「はいどうぞ」
アリスがにっこりと笑って、胸から金属のカードと小さな革の袋を取り出す。
そして袋の中から銅のコインを3枚取り出し、カードと共に門番に手渡した。
「それでその子は……」
門番はカードと小銭を手際よく確認しながら、こちらに視線を寄越してきた。
「この子は追剥ぎに遭って全裸で倒れてたのを拾ったのよ。服を買ったら冒険者登録をするわ」
「なるほど、ということはそのローブの下は……いえ、失礼でしたね。冒険者カードと銅貨3枚、きちんと確認しました。はい、問題ないですね。それでは入ってどうぞ」
そうして僕たちは町に足を踏み入れた。
視線を感じる。
どうやら僕たちはとても注目を集めているようだ。
「私たちは有名人だからな。見たことのない少年を連れているとなれば、注目を集めるだろう」
有名人。
たしかに、門番の反応はやけに丁寧だった。
それに2人は『焔雷の支配者』と『太陽の騎士』と呼ばれているって言ってたよね。
『陽焔の雷華』っていうのが2人のパーティー名なのだろう。
そんな2人に助けられた僕って、いったいどんな幸運なんだろう。
アリスがこちらを振り返って、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「注目されるのが苦手ってわけじゃなさそうだし、やっぱりローブの下が気になるかしら?」
僕はローブの裾を引き寄せるようにして、小声で答えた。
「そりゃあ気になるよ。だって裸だよ?」
自分で言ってから、今更実感が湧いたように顔が熱くなる。
すっごい恥ずかしい。
「では、なるべく急いで服屋に行かねばな」
ハーレンさんの落ち着いた声に、はいと頷く。
すれ違う人たちの視線が気になる。
ひそひそとした声すら、何かを言っているように聞こえてしまう。
僕は2人の背中を追うようにして歩いた。
「ここがマーリッジ服飾店よ」
アリスさんが指さしたその店は、レンガ造りの落ち着いた建物だった。
看板には店名と、花模様の装飾が施されている。
ほっと胸をなで下ろしながら、僕は小さく息を吐く。
服屋の扉をくぐった瞬間、僕たちは元気いっぱいの声で迎えられた。
「いらっしゃっせーお客様! マーリッジ服飾店にようこそ! 本日は何をお買い求めです?」
声の主は、やたらと元気のいい若い女性の店員だった。
張りのある声と、キラキラした笑顔。
そしてモフモフの猫耳としっぽ!
そう、獣人だ。
この世界、やっぱり獣人とかいるんだ!
「この子の下着と服を買いたいのだけれど」
アリスフィアさんが代わりに答えると、店員の視線が僕に注がれた。
「もしかしてそのローブの下、何も着てないです?」
僕は無言で視線を逸らした。
「追剝ぎに遭ったみたいなの……」
アリスフィアさんが淡々と説明すると、店員は一拍置いてからパチンと手を打った。
「なるほどです! すぐに持ってきます!」
テンションが下がらないまま、彼女は店内の奥へと駆けていった。
目にも止まらぬ速さで服を選び、次々と袋に詰め込んでいく。
そして数分後、彼女は満面の笑みで袋を抱えて戻ってきた。
「はいこちらお勧めになります! あちらの更衣室でお着換えくださいです!」
渡された袋を抱えて更衣室へと入る。
漸く服を着れると安心しながら中身を確認した僕は、思わず動きを止めた。
袋の中に詰められていたのは、どう見ても女性用の服と下着だったのだ。
「あのー」
おずおずと更衣室のカーテン越しに声をかける。
「はいなんです? もしかしてサイズが合わなかったです?」
「そうじゃなくて、僕男だからこれ着れないんだ」
女装自体はいつもしてるから別にいいけど、女性用の下着は穿けないよ。
サイズ的にどうやってもはみ出るもん。
しばしの静寂の後、カーテンの向こうから返ってきたのは信じられない一言だった。
「なんですと!? 男!? ……ちょっと確認させてもらっても?」
「ダメに決まってるでしょうが! あっちょっ、入ろうとしないで!」
焦った声で叫ぶと同時に、店員の気配がずいっとカーテンに近づく。
店員がカーテンを開けると、僕は必死に体を隠しながら慌てて押し返した。
アリスとハーレンの時は事故だっただけで、恋人でもない女性に裸体を見せつける趣味はない。
「アソコのサイズなどに応じて渡す下着を変えるんですよ! 見ないと分からないです!」
「少しは恥じらいを持ってよ! 後なんで二人は止めないの!?」
更衣室の外から、アリスがクスクスと笑いながら言った。
「そんなの見てて面白いからに決まってるじゃない。ハーレンは顔真っ赤にしてそれどころじゃなさそうよ」
僕の味方はどこにもいなかった。
というかハーレンはさっきも見てたし、アリスだってあの時慌ててたじゃん。
「うーん……ホントに見せないとだめ? なら……」
「むぅ、仕方ないですね」
ああ、よかった。
諦めてくれたみたいだ。
「であれば下着はこちらを着てくださいです。専用の魔術が付与されてるので誰が穿いても問題ありませんです」
差し出されたのは──やっぱり女性用の下着だった。
というかさっきのより際どいんだけど?
「えっでもこれ女性用の」
「専用の魔術が付与されてるので誰が穿いても問題ありませんです」
まったく同じ台詞を繰り返す彼女の顔は、最初と変わらぬ笑顔だった。
これはいを選ぶまで進まないやつ?
「……はい」
諦めの声が、情けなく更衣室にこだました。
ちなみに僕の女装はとても似合ってると好評だった。
当然だよね。
―――――
服屋でひとまずまともな格好になった僕は、アリスとハーレンに連れられて、街の教会へと向かった。
尖塔の先に十字架を掲げた白亜の建物は、神聖な雰囲気を放っている。
「あら? 気づいたかしら」
「うん。教会の近くに来てから、明らかに空気が違う感じがする」
「結界よ。それも魔術によるものじゃない、ね」
魔術じゃない?
「魔術やスキルと言ったモノの介在なしに、自然とそうなってしまう場所が存在するの。教会であれば、聖域には遠く及ばないけれど、低級の魔物程度なら阻めるわね」
「なるほどー」
そういうのもあるんだね。
そういえば、なんかの作品で似たような理論聞いたことあるな。
そんなことを考えながら教会の中に入る。
中は広く、静まり返っていた。
ステンドグラス越しの光が床に模様を描き、奥の祭壇にはシスターが1人、祈りを捧げている。
アリスが前に出て、静かに言った。
「この子の天命の書を、発行していただけますか」
シスターは祈りを終え、僕を見つめる。
「承知しました」
導かれるまま、僕は祭壇の手前にある小さな石台の前に立った。
シスターがそこに、分厚くて無地の本を持ってきて置く。
神官はその本をゆっくりと開いた。
中は白紙だった。
「あなたの血を、ここに」
神官が差し出してきたのは、細く鋭い銀の針だった。
僕は、そっと針を指先に押し当て、わずかな痛みとともに、血の一滴を落とした。
血が紙に触れた瞬間、まばゆい光が弾けた。
文字が、浮かび上がる。
誰かが筆を走らせているわけでもないのに、白紙に記録を書き連なれていく。
「天命の書の発行、完了しました。それでは私はこれで」
シスターはそう言って去っていった。
僕は本のページを、息を呑みながら覗き込んだ。
―――――
【真名】越魔蕾
【魂格】3
【天職】偶像
【スキル】
『偉大なる勝利の女神』
*味方全体に様々なバフをかける。
*味方からの応援や好意によって自身を強化する。
*自身の応援や好意によって味方を強化する。
*性的接触を行った相手を眷属にする。
*因果律を操り勝利する未来を引き寄せる。
*指定した地点を拠点に設定する。
『恐るべき魔性の小悪魔』
*自身に好意を持っている相手を支配する。
*貢がれた場合、自身と相手を強化する。
*支配系、調教系の効果を72倍にする。
*相手の警戒心を解く。
*自身の舞や裸体を見たものの精神に影響を与える。
*強制的に注目を集める。
*自身の魅力を限界まで引き出す。
『可憐なる玉座の天使』
*自身のクラスに10種の内から1つ性質を付与する。
*136万5000体の天使を召喚、使役する。
*72の命のストックを獲得する。
*解析した他者の魔術、スキル等を最大36万5000種ストックする。
*49の固有魔術を行使する。
*玉座を召喚し玉座に座っている間、スキルを権能化する。
―――――
「すぅー」
ナニコレ。
「どうだった」
「なんかヤバそうだった」
「まあ、そうでしょうね」
「異世界人だからな」
やっぱ異世界人みんな頭のおかしいチートスキル持ちなのか。
なんで異世界人だとチートなんだろう。
世界越えてるから?
それとも神から力授かってるとかあるのかな。
「天職は『偶像』」
この世界にもアイドルとかあるんだね。
オタ芸とかもあるのかな。
「『偶像』か。となると支援系のスキルか?」
「一つ目はそうだね。『偉大なる勝利の女神』、味方を強化したり、味方からの応援で自分を強化したり、エッチなことをした相手を眷属にしたり、勝利する未来を引き寄せたり、拠点を設定したりするスキル」
異世界なのに僕の世界の神話の女神がスキル名になってるのはどうしてなんだろう。
そもそも言語関連どうなってるんだ。
意識してなかったけど、知らない言語体系を理解して第一言語のように使いこなせてるんだよね。
「因果律操作も含むのか、異世界人とはなんでもアリだな」
「拠点を設定したら何ができるのかしら」
えーっと、今の所は簡易的な結界を張るのと小容量のストレージ機能だけかな。
拠点レベルって言うのを上げれば拠点への転移や空間拡張とか色々出来るようになるらしいけど。
「なるほどねぇ。ずいぶん便利そうじゃない」
「それで、二つ目は『恐るべき魔性の小悪魔』。自分に好意をもってる相手を支配したり、貢がれると貢いでくれた相手を強化したり、支配・調教系スキルの効果を72倍にしたり、相手の警戒心を解いたり、自分の裸体や舞を見た相手の精神に影響を与えたり、強制的に注目を集めたりするスキルだね」
「ヒモ……テイマー向きのスキルね。倍率がおかしいけど」
「今ヒモって言わなかった?」
「さあ? 聞き間違いではないか?」
まあ僕がヒモなことはあんまり否定できないしいいけど。
「三つ目は『可憐なる玉座の天使』。クラスに性質を付与したり、136万5000体の天使を召喚したり、残機が72個になったり、解析した魔術やスキルをストックしたり、49の固有魔術を使えたり、天使を召喚したり、座るとスキルが権能になる玉座を召喚したり」
「待て待て待て待て」
「これが異世界人……他のもチートだけど、これが一番ヤバいわね」
最後のスキルだけおかしいよね。
スキルの使い方はなんとなく感覚で分かるけど、使いこなせる気がしない。
特に玉座召喚は今の僕には使えない気がする。
「ところで権能って何?」
「権能は神に許された、理屈を無視しその現象を引き起こす権利だ」
「神には司るモノがあり、それに合わせた権能を持っているの。神々の法則である天の理に属する神秘、それが権能。ちなみに魔術は権能の模倣よ。地の理を捻じ曲げ天の理に近づけることで本来有り得ない現象を引き起こすの」
うーん、権能が管理者権限なら魔術は不正ってことかな?
この例えで合ってるのか知らないけど。
というかそれ大丈夫なの?
法則捻じ曲げて神の力の再現とか、天罰ありそうだけど。
「その神様が許可してるのだから、大丈夫でしょ」
許可してるんだ……。
「方法が何であれ、矮小な人の身で神に近づくのであれば、それは誇るべき偉業であるというのが7大神に共通する考えだそうだ。例えそれが、神への反逆を意味していても、だ」
へぇー、そうなんだ。
神様は器が大きいんだね。
「というより、神託を除けば、神が動くのは主に邪神が関与する場合だけだ。最後に女神がこの世界に干渉したのは、300年前、英雄リアム・センゴの時だと言われている。当時行われた勇者召喚に邪神が干渉して、本来召喚されるはずでない者が選ばれた。その者は魅了系のスキルで既に婚約者がいたり彼氏がいたりする女性を略奪するなど、悪逆の限りを尽くしたらしい。そしてリアム・センゴはその最初の被害者だ」
……なるほど。
そんなざまぁ系なろう小説に出てくるような屑勇者がいたんだ。
それも邪神の仕業……ね。
略奪愛とか寝取られとかそういうの大嫌いなんだよね。
それも洗脳みたいな方法でなんてとても許せるものじゃない。
「それで、そいつはどうなったの?」
「女神が英雄リアムの魂を過去に送り、ことが起きる前に偽勇者を斬り捨てることで未来を変えたそうだ。そしてリアムは真なる勇者セリシア、剣聖リリス、大魔導師マリアン、聖女メルトと共に焔の魔王ヘレンフォイアを討伐し、平和に暮らしたと言われている」
よかった。
全部なかったことになったんだね。
やっぱりハッピーエンドが一番だよ。
「っと、話し込み過ぎたな。そろそろギルドに行こう」
「ええ、そうね。まだやることが残っているもの」
そう言って2人は話を切り上げた。
「ライ、その本を手に取って念じて見なさい。それは貴方の中に収納されるから」
アリスの言葉に従い、念じる。
すると本は光の玉となり、自身の胸に入っていった。
「もう一度念じれば、いつでも実体化出来るわ。それじゃ、次は冒険者ギルドね」
「ああ、行こうか」
「はい!」
そうして、僕は2人の後を追った。
【真名】アリスフィア・ニコラエル
【天職】大魔導師
【性別】女性
【身長/体重】166cm/48kg
【属性】混沌・善
【特技】魔術、鑑定解析、言語理解、
【趣味】魔導具蒐集、宝石蒐集、読書
【好きなもの】魔術、宝石、英雄譚
【嫌いなもの】ケアレスミス、準備不足が原因のミス
【苦手なもの】蟲
【備考】
全属性に適性を持つ天才魔女。