2.ピンクの起源
音楽室は静まり返っていた。
ナユが行方不明になって3日。
ミホ、山田先生、部長のサキ先輩に続き、彼女まで消えた。
アルトサックスのレナ、トランペットのイチコ、テナーサックスのカナデ――残された3人は、部活に来るのも怖かった。
でも、なぜか足は音楽室へ向かう。あのピンク色の物体が頭から離れないからだ。
「ナユのトロンボーン…まだあそこにあるよね」
カナデが囁く。
音楽室の隅、ナユのケースが放置されている。誰も触れていない。蓋の隙間から、時折ピンク色の光がチラつく。レナは目をそらし、イチコは唇を噛む。
「あのピンクのやつ…どこから来たんだろう」
レナが呟く。3人は顔を見合わせた。あの物体が現れてから、すべてがおかしくなった。ミホが消え、先生が消え、サキ先輩が消え、そしてナユ。まるで吹奏楽部を呪う何かだ。
「……昔の部員が何か知ってるかな」
「OBとかさ。変な噂、なかったっけ?」
イチコとレナの会話に、カナデがハッと顔を上げる。
「そういえば、去年の3年生が言ってた。音楽室の倉庫に、なんかヤバいものがあるって」
放課後、3人は音楽室の倉庫に忍び込んだ。
普段は顧問しか入れない、埃っぽい部屋だ。古い楽譜や壊れた楽器が積み重なり、薄暗い電灯がチラチラ揺れる。レナが古いノートを見つけた。表紙には「吹奏楽部 記録 1995」と書かれている。
「こんな古いもの、なんでここに?」
レナがページをめくる。黄ばんだ紙に、部員たちの練習日誌が綴られていた。だが、あるページで手が止まる。
『1995年7月。コンクール前、音楽室でピンク色の物体を発見。フルートのマユミが触ったら、翌日消えた。顧問は『見間違いだ』と言ったが、誰も信じなかった。その後も、ホルンのタカシ、クラリネットのアヤが消えた。ピンクの物体は楽器に潜む。私たちは呪われている』
「…これ、うちらが見たのと同じじゃない?」
イチコの声が震える。カナデはノートを奪うように読み進めた。日誌の最後には、こう書かれていた。
「倉庫の奥に、古いトロンボーンがある。それが始まりだった。あの楽器を吹いたら、ピンクのものが現れた。もう誰も触らないで。捨てられない。燃やしても消えない。楽器が……呼んでる」
3人は倉庫の奥を見た。古いトロンボーンが、埃をかぶって転がっている。
マウスピースに、ピンク色の粘液のようなものがこびりついている。カナデが一歩後ずさると、トロンボーンがガタンと揺れた。誰も触っていないのに。
「……動いたよね?」
レナが囁く。イチコは目を閉じた。
「う、動いてないって。私はなにも、見てないっ……」
「でも、これ、ナユのトロンボーンと関係あるんじゃない!?」
耐えきれず、カナデが叫ぶ。
その時、倉庫の電灯がパチンと切れた。暗闇の中、ピンク色の光がトロンボーンから浮かび上がる。物体はゆっくりと膨らみ、脈打つようにうねる。3人は後ずさり、出口へ向かうが、ドアがガタガタと震え、開かない。
「来ないで…来ないでよっ……!」
イチコが叫ぶ。ピンク色の物体は分裂するように小さな塊になり、3人の足元を這う。
レナのアルトサックスケース、イチコのトランペットケース、カナデのテナーサックスケース――それぞれにピンクの塊が吸い込まれるように消えた。
「楽器……燃やしちゃう……?」
カナデが震えながら言う。
だが、レナは首を振る。
「捨てても無駄だって、あの日誌に書いてあった……『燃やしても消えない』って」
「取り敢えず、持たない方がいいよね……」
「触らないで、帰ろっか」
その夜、イチコは夢を見た。音楽室でトランペットを吹いている。なのに、音の代わりにピンクの粘液が噴き出す。彼女の指に絡みつき、腕を這い、口の中へ。
目が覚めた時、トランペットケースが枕元で揺れていた。ピンク色の光が、隙間から漏れている。
翌朝、イチコも学校に来なかった。
レナとカナデは音楽室で、彼女のトランペットケースを見つけた。
ケースの周りに、ピンク色の小さな塊が無数に転がっている。触れると、プチンとはじけて消える。だが、新たな塊がすぐに現れる。
「これ……止まらないんだ」
「私たちの楽器にも……もう、いるよね」
音楽室の窓から、夏の陽射しが差し込む。校庭の隅に、ピンク色の影が揺れている。まるで、誰かを待つように。




