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1.ピンクの残響

夏の暑さが音楽室を包む。

窓から差し込む光は埃を浮かび上がらせ、ナユ、レナ、イチコ、カナデの4人は汗だくで楽器を構えていた。

3年生は最後の夏、吹奏楽部の練習はコンクールに向けて追い込みの時期だ。

なのに、みんなダラダラしている。トロンボーンのナユはスライドを半端に動かし、アルトサックスのレナはリードを舐めてばかり。トランペットのイチコは指バルブをカチャカチャ鳴らし、テナーサックスのカナデは楽譜に落書きしている。2年生の4人にはまだ焦りの気持ちが分からないのだ。


「ナユ、ちゃんと吹いてよ。音、ズレてるよ」

「暑いんだもん。集中できないよ」


レナがぼやくと、ナユが口をとがらせて返す。


顧問の山田先生は遅刻中で、部長のサキ先輩が仕切るが、誰も本気じゃない。

その時、カナデが「あれ、何?」と声を上げた。

音楽室の隅、譜面台の陰に、ピンク色のゼリーみたいな物体が揺れている。ピンポン玉くらいの大きさで、半透明。表面が波打つように動いている。


「ゴミ? 誰かのイタズラ?」


イチコが近づこうとすると、物体はプチンとはじけて消えた。4人は顔を見合わせ、気味悪く笑った。


「何だったんだろ。気持ち悪いね」


練習はそのまま続き、誰も深く考えなかった。



翌日、部活前に異変が起きた。同じ吹奏楽部の2年生、ミホが学校に来ていない。朝から行方不明だと噂になっていた。「家にも帰ってないらしいよ」とカナデが囁く。4人は部室で着替えながら、不安げに目を合わせる。

校庭を横切って音楽室に向かう途中、顧問の山田先生の車に目が留まった。ボンネットの上に、昨日と同じピンク色の物体が揺れている。今度は少し大きい、りんごくらいのサイズだ。近づくと、物体はうねり、跳ねるように動いて車の下に滑り込んだ。


「…昨日と同じやつだよね?」

「気持ち悪い。ナユ、触らない方がいいよ」


震えて手を伸ばすナユにレナが言う。ナユは手を引っ込めたが、イチコはしゃがんで車の下を覗く。


「……ない。消えたよ」


4人はゾクッとしたが、練習が始まる時間だ。

急いで音楽室へ向かった。

音楽室では、部長のサキ先輩が険しい顔で待っていた。


「山田先生、今日も来てないんだって。教頭先生が連絡もないって話してた」


部員たちのざわめきが広がる。ナユたちは昨日の物体と先生の不在が頭をよぎるが、口には出せなかった。


その日の練習はさらに気だるかった。

ミホの行方不明、先生の不在、そしてあのピンク色の物体。4人は練習後、音楽室に残って話した。

カナデが小声で言う。


「なんかさ、あのピンクのやつ、関係あるんじゃない?」

「まさか。ミホちゃんも先生も、ただの偶然でしょ?」


レナは笑おうとしたが、声が上ずる。


「でも、昨日も今日も、急に消えたよね。あれ、生きてるみたいだった」


イチコが続けると、ナユは黙って頷く。誰もが胸にモヤモヤを抱えていた。


その時、音楽室の奥でガサッと音がした。4人が振り返ると、サキ先輩のフルートケースが床に落ちている。ケースの隙間から、ピンク色の物体がゆっくり這い出していた。今度はもっと大きい、バスケットボールくらいだ。表面は脈打つように動き、粘液のような光沢を放っている。


「…何!? それ!」


カナデが叫ぶ。物体は音に反応したようにビクンと跳ね、フルートケースの中に吸い込まれるように消えた。4人は凍りついた。


「もしかして、サキ先輩の……フルート?」


ナユが震える声で呟く。レナがケースに手を伸ばそうとした瞬間、イチコが止めた。


「触らないで! 何かヤバいって、これ!」



翌朝、サキ先輩も学校に来なかった。ミホ、先生、そして部長。3人が消え、誰も理由を知らない。警察が学校に来たが、ナユたちには話す勇気がなかった。あのピンク色の物体のこと、誰に信じてもらえるというのか。

部活は中止になり、4人は音楽室に集まった。誰も楽器に触れず、ただ黙って座っている。カナデがふと呟いた。


「ねぇ、私たちの楽器……大丈夫かな」


4人は自分の楽器ケースを恐る恐る開けた。

ナユのトロンボーン、レナのアルトサックス、イチコのトランペット、カナデのテナーサックス。どれも異常はない。ホッとした瞬間、イチコが小さな悲鳴を上げた。彼女のトランペットのベルの中に、ピンク色の小さな塊が揺れている。触れそうになる前に、それはプチンとはじけて消えた。


「……私のトランペット、使わない方がいいよね?」


イチコの顔は真っ青だ。ナユたちは頷くしかなかった。




その夜、ナユは夢を見た。音楽室で一人、トロンボーンを吹いている。なのに音が出ない。スライドを動かすと、管の奥からピンク色の物体が這い出し、彼女の手を這う。冷たく、ぬるぬるとした感触。ナユは叫ぼうとしたが、声が出ず、物体は彼女の腕を這い上がり、口元へ――。


目が覚めた時、ナユのトロンボーンケースがベッドの横で揺れていた。ガタガタと、生き物のように。彼女は息を殺し、ケースを見つめた。蓋の隙間から、ピンク色の光が漏れている。





翌朝、ナユは学校に来なかった。レナ、イチコ、カナデは音楽室で彼女のトロンボーンケースを見つけた。開ける勇気は誰もなかった。ケースの周りには、ピンク色の小さな塊がいくつも転がり、脈打つように揺れている。


「私たち……次は誰?」


カナデの声が震える。

音楽室の空気は重く、誰も答えられなかった。窓の外では、夏の陽射しが無情に照りつけ、ピンク色の影が校庭を這うように動いていた。









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