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念願の異世界は

???「…そげ……っちだ…やく」


何やら騒がしい声が聞こえてくる。


???「…―さん、お…――さん」


誰だろう?俺の身体を揺さぶっている?


ドラコ「おかーさん!おきて!!」


ぼやけた目の端からドラコが揺さぶり起こしていた。

だんだんと頭がはっきりしてくると今の異様な状況を嫌でも理解した。


咲「なんだか騒がしいな…?」


その疑問に答えるようにドラコが大声を出した。


ドラコ「襲撃だって!!!」


咲「なんだって!?」


ベッドから飛び起き急いでエントランスへと向かった。

そこはギルドのメンバーで溢れ騒がしい状況だった。受付にいるカレンに話しかけに行こうにも人で混雑して近寄れそうにもない。話しかけるのは諦めて人ごみを縫うようにして俺たちは外へと出た。

まだ夜も明けていない。だが日中のような騒々しさが至る所で聞こえてきた。見渡せばあちらこちらで黒煙が上がっていた。


咲「一体何が…!?」


そう呟いた時、とある方向の黒煙に目がいく。それはバーグの屋敷がある方向だった。


咲「フラーフェ…!!」


俺はすぐさまディメンシスに声をかける。


咲「バーグの屋敷まで連れて行ってくれ!!」


ディメンシス「了解した!!」


その呼びかけに彼は応じバーグの屋敷へと瞬間移動した。

バーグの屋敷前の門へ瞬間移動すると玄関の前でジールとフラーフェが二人一緒にいた。


咲「フラーフェ!!」


その声に気付きフラーフェとジールはこちらを振り向いた。


ジールがフラーフェを先導してこちらへと寄ってくる。


ジール「丁度良かった。彼女と一緒に闘技場へと非難してくれ。あそこの中なら安全だろう」


咲「お前は?」


首を振る。まだ非難しきれていない人がいないか捜索をするらしい。


ジール「どう嗅ぎつけたか知らないがあの魔物がこの屋敷を襲撃したらしい。狙いは彼女かもしれない。どうか気を付けてくれ」


そう言うと彼は他の兵士と共に暗闇へと消えていった。

その姿を見届けてから俺達はディメンシスに声をかけ闘技場前へと移動した。


明かりは薄暗く兵士も見当たらなかったが淡く光る結界のようなものが張られていた。


早く中に入ろうと言おうとした時だった。


フラーフェ「…ねぇ、サキ」


小さな声に俺は振り向いた。


フラーフェ「…もし。もしもだよ?私が間違いを犯したらサキは私の事怒る?」


不意の質問だった。

一瞬戸惑ってしまう。なぜこんな時に?

そう言おうとした。けれどフラーフェの顔は誰かに許しを乞うように悲哀に満ちたもので口に出すのをやめた。俺は彼女の瞳をまっすぐに見て答えた。


咲「…怒るわけないだろ」


フラーフェ「…どうして?」


咲「…フラーフェならそれが誰かの為になると思ってしたからだ。お前が誰かを悲しませる事なんてするわけないだろ?」


驚いたのか目を丸くしていた。だがすぐに視線を下に落とした。


フラーフェ「そう、だよね…。サキは―――貴方は、そういう人、だもんね」


違和感と同時に視界がぐらつく。


咲「な、んだ…!?」


上手く立てない。バランスを崩し膝が地面についてしまう。フラーフェは何事もなく立っている。


咲「フラー、フェ…!?」


ぐらつく視界で何とかドラコの方に目をやると彼女はすでに横に倒れ気絶していた。


フラーフェ「ごめんね、サキ」


優しい声が俺の耳を通る。

消えゆく意識の中、フラーフェの涙を見た気がした。



ぼんやりとした意識の中、誰かの話し声が聞こえてくる。少しずつ意識が鮮明になっていく。

目の端に見えたのは水色と白のストライプ。フカフカそうなソファにサファイアのような煌びやかな壺が置いてある。


見覚えがある。ここは―――


ジール「目を覚ましたか。随分と寝ていたぞ」


椅子に座り何か書物を読んでいた。その傍らにはドラコもいた。


咲「ジール…?」


ジール「何事もなく良かった、と言いたいが起きたのなら聞きたいことがある。何故闘技場の入り口で眠っていたのだ?彼女と…」


彼女、その言葉で目が覚める。


咲「そうだ、フラーフェ…ッ!!」


ベッドから起き上がる。


ジール「…兵士が気付いて…ってどこへ行く!?」


話を最後まで聞かずに俺は部屋から飛び出した。

途中ミラドやバーグとすれ違っても目もくれずに駆けていく。


当てもなく走る。街中を探し回る。

あれは夢だ。そう思わずにはいられなかった。

気付けばいつかの高台の広場にいた。


咲「フラーフェ…」


何処にも見当たらない。

どうしても信じられなかった。彼女が俺達に何かを仕込み、眠らせたのだ。

暗闇と静寂の中で俺は立ち尽くしていた。



ガルク「ここにいたか。ったく迷惑かけんじゃねーっての」


後ろからアイツの声が聞こえた。


ガルク「皆お前を心配しているぞ」


振り向く気力も何もなかった。後ろからため息が聞こえてくる。


ガルク「…彼女が一人街を出ていく所を見かけたと報告が入った」


その言葉に俺はハッとし振り向く。


ガルク「奴らを見かけたわけじゃねーがな」


咲「何処だ!?」


俺は掴みかかる勢いでガルクに近寄る。


咲「フラーフェは何処に行ったんだ!!」


ガルク「やっぱ、お前は知らなかったか…。いや、そうか…、なら――」


アイツは何か考えている様だった。だけど俺にはそんなことはどうでもいい。一刻も早くその場所を教えてほしかった。


咲「フラーフェは今何処に…っ!!!」


ガルク「落ち着け。こんな夜中じゃ今動いてもどうしようもない」


咲「それでも良い!!何処に――」


ガルク「お前が今独りで行ってどうなる?わざわざ捕まりに行きたいのか?」


アイツの言葉に俺は口をつぐみ、顔を地面に向ける。


ガルク「…メニスタ方面に彼女が走っていく姿をギルドメンバーが確認している。追跡しようとしたそうだが怪物に阻まれて見失ったそうだ」


その言葉に俺は気付く。


ガルク「奴らはお前を呼び寄せようとしている。フラーフェちゃんが一人で向かった理由は分からないがな」


不意にガルクが俺を担ぎ走り出した。


咲「おい!?」


ガルク「だからこれから作戦会議だ。こっちの方が頭を冷やせるだろ?」



俺はガルクに身を任せバーグの屋敷へと連れられて行く。

フラーフェの身が安全なのか不安だが…。


バーグの屋敷にはミラドやジール、カレンもいた。ただ、マキだけこの場にはいなかった。

最後は俺らだったようで皆もう席についていた。

俺の様子を見てバーグは察したのか声をかけることもなく話を始めた。


バーグ「うむ、全員そろったな。では話を始めるとしよう。まず街の被害状況だ。兵士からの報告だと至る所に黒煙は上がったもののこれらは小屋や空き家などに火をつけたものだった。我々兵士をかく乱させるためのものだろう。カレン、今回の目的と思われる報告を」


そう言いバーグはカレンに顔を向けた。


バーグ「君がフラーフェを見かけた時にいたあの得体のしれないヒトのような魔物の話から始めよう」


だが彼女は何かを恐れて話す声色は震えていた。


カレン「さ、昨夜私を含めたギルドメンバーがメニスタ方面へと向かうフラーフェさんを確認しました。そ、その際ここ最近報告にあった人間のような魔物と遭遇しました。数は二名だったものの、そ、その…」


口をつぐんでしまう。そして何か決意したように皆の方に振り向く。


カレン「み、みなさん!!あれは本当に魔物なんですか!?か、身体が…」


言葉の途中で気持ち悪くなったのか彼女は部屋から退席していった


ジール「…ガルクさん、奴らが本当は何か知っているのでは?」


疑いの目でジールはガルクを睨む。

だがガルク自身は素っ気ない態度で知らないと返していた。


バーグ「皆で情報は共有すべきだ。何か知っているなら話すべきことだと思うが」


ガルク「…」


静かになった部屋には重たい空気が支配していた。


咲「…彼らは俺のせいで半分魔物になった人間だ」


ガルク以外の全員が目を丸くする。いや、バーグだけは俺の言い方に疑問を持っている様だった。


バーグ「…半分?ゾンビの事ではないのか?」


ジールとミラドだけその言葉に反応したが口を挟まず俺の方を見るだけだった。


咲「この世界のゾンビは死体が闇の力で動いていることを指すんだろ?」


バーグは頷く。


咲「でも、そうじゃない。あれは死体なんかじゃない。死体の様でも生きているんだ。生きた人間にカイ達が無の力を使って魔物のようにしたんだ。俺のせいで――」


ガルク「待て。あれはお前のせいじゃねぇ。自分の研究の為に周りを巻き込んだカイのせいだろうが」


俺の言葉を遮りガルクは話を始める。

ガルクは俺に振り向き言い放つ。


ガルク「お前はその力を誰かの為に今まで使ったんだろ?」


言い終わった後、俺に一つの封の開いた封筒をテーブルの上を滑らせてきた。


ガルク「フラーフェちゃんの部屋に置いてあった。」


俺は中身を見る。中の手紙には一言、『真実を知りたいなら思い出の場所へ来い』と書いてあった。


咲「思い出の場所…」


俺とフラーフェの初めて会った場所。

そうだ、きっとあそこだ。


咲「あの花畑…」


ガルク「どうも胡散臭いと思ったがやっぱりか」


足をテーブルに投げ出しいかにも気怠そうな感じにくつろぎだした。


ジール「おい、急いで行くべきなのではないのか?」


ジールの質問にガルクは答える気はなさそうだった。その代わりバーグがその質問に答えた。


バーグ「…いや、彼女はサキをおびき寄せるための罠として利用されたのだろう。少なからず今は危険な目に遭うことはないはずだ。むしろ今行けばその怪物とやらにサキが捕まる可能性がある。」


あれらは暗闇でも素早く動くことは出来る。準備を怠ればたちまち追い詰められてしまうだろう。

バーグは立ち上がると周りを見渡した。


バーグ「…今日は突然の襲撃で皆疲れただろう。彼女の救出作戦、及び二名の危険人物の確保は明日の会議後に決行する。それまで各自英気を養ってくれ。」


―Side end-



―フラーフェ side-


あの場所の地下にこんな所があったなんて思いもしなかった。

松明の明かりで薄暗く道を照らす中をあれらと歩いていく。

カイの特別製なのかそれなりに人の形を保っているようだ。ただ首は傾きグチャグチャと人から発さない足音を出しながら歩いている。

私はポケットから一枚の紙を取り出す。ジールが私の部屋に辿り着く前に私はこれらと対峙した。襲われると身構えたが私には何もせずに一つの封筒をテーブルに投げ捨てた。そしてすぐにその場からあれは消え去った。

封もされていないそれには短い文書が二枚入っていた。


一枚は真実を知りたいならと。

…もう一枚、私が持っているそれには忘れてしまっていた、あの人の名前が書いてあった。

あの老人はあの人の事を知っている。例え罠だったとしても私は大事なあの人の事を知りたかった。

急に目の前が開ける。いつの間にか私一人になっていた様だった。薄暗い洞窟にひと際明るい水槽のようなモノが見えた。

その瞬間私は目を見開く。


フラーフェ「嘘だ…」


私は駆け寄る。あの人がいる。私が忘れてはいけなかったあの人がいる。


どうして…?


???「――この女を目覚めさせる方法を知りたいか?」


不意に後ろから悪魔のささやきが聞こえた。


―フラーフェ side end―





翌日、バーグの屋敷に全員が集まった。


バーグ「皆揃ったな。アンビガイツ及びカイ二名により他の国々は壊滅状態に陥った。このまま放っておけばマライブも同じ運命を辿ってしまうだろう。危険対象は倒さねばならない。だがメニスタまでは例のゾンビのような者達が行く手を阻んでいる。…マキ。例の者達について何か分かったか?」


目にクマを付けているマキが答える。


マキ「ええ。やはり人間から変異したものであることはほぼ確定です」


ちらりとマキがこちらに目を向ける。


マキ「しかし、あれらは少なからず『人間』であると断言出来ます」


バーグ「…人間?サキやガルクがいうには半分魔物、半分人間との事だが」


マキ「はい。その考え方は間違っていません。割合、で考えるなら魔物と言っても良いのですが、あれらの身体の根本、いえサキのいう概念としてみるとあれらは人間のままです」


マキが立ち上がりテーブルの上にガラス瓶を置く。その中には黒いゴツゴツとした小さな塊があった。何処かで見た記憶があった。確か…。


咲「カザックの…?」


マキ「そう、彼の一部だったモノね。キブスの城の中、詳しくいうと彼らの研究施設の隠し通路前の部屋にあった残骸です。岩の様に見えますがこれはただ『岩のように固くなった』皮膚です。ですがこの感じ、見覚えがありませんか?」


ジール「色こそ違うがこれはゴーレムの一部か…?」


ゴーレム?よくいうあの岩の巨人の事だろうか?


マキ「そう。この人間にはゴーレムの身体の一部が使われています。もう片方は…いえ、サキちょっといいかしら?」


そういうともう一つガラス瓶をテーブルの上に置いた。そちらにはグチャグチャな肉塊が入れられていた。奇妙なことにそれは内側から湧き上がるように動いていた。


マキ「こちらはキブス内の研究所内で発見したものです。…サキ。この二つにあなたの無の力で魔物の概念を取り去ってほしいの」


マキの言葉に俺は頷いた。


集中する。ケースの中身が光り始める。光が徐々に収まるとケースの中は不思議なことになっていた。カザックの身体の一部は薄い皮のようなものに変わった。

もう片方は動きが無くなりただの肉塊のようなものがそこにあった。


咲「これは…?」


肉塊かと思われたそれは少し粘性のある液体だった。


ガルク「コイツは…」


これにはガルクも驚きを隠せなかった。


ガルク「メルの液体か…!!」


マキ「そう。もう片方はメルが混ぜられていたという事が分かっています。サキが力を使うまでこの中にいたメルと混ぜられたものは『無意識』に動き続けていました」


マキが続けて話す。


マキ「この動き続けていた方はただ動いていたわけではなく身体を元に戻そうとしていました。まるで傷ついた身体を治すように」


ミラド「それってつまりメルのように何かの元の形に戻ろうとしていたって事かしら…?」


彼女の質問は的を射ているように感じた。メルならその場の強い種族へと形を似せるはずだからだ。


マキ「ええ。彼らはそれが人間になるようにしていた」


ただし、と付け加える。


マキ「これらの者達、特にメルと混ぜられた者たちの身体は魔物の性質に置き換えられており元の姿に戻すことは不可能…いえ戻せても生存は出来ないでしょう」


咲「何でだ!?魔物の概念を取り除けば残るのは人間だけだろ!?」


マキ「これを見たでしょう?」


先ほどのガラス瓶を見させられる。


マキ「カザックの場合なら混ざったままでも取り除いたとしても生活は出来たかもしれない。でもメルと混ぜられた者は身体全て、骨までもが液状と化しているのよ?例え魔物の概念を消しても身体を支えるものが無い」


咲「それじゃあ…っ!!」


ガルク「…サキ、奴らは知っていたんだ。知っていたうえでメルと混ぜてやがる」


その言葉に耳を疑う。


メルの生態は再生能力が高く、その土地の強い種族に擬態する。擬態もただそのものの形に似せはしても中身までは真似をしない。

そして身体は液体のような単細胞の集まりでありその液体を全て蒸発させなければ小さな塊から元の大きさとはいかないがまた活動を再開しようと身体を再生させる。


人間には形がある。臓器も生きる上で欠かせないモノ。だが臓器などメルにとっては不要。栄養としてただ溶かすだけ。それでも人間としての『概念』がある以上傷ついた臓器を元の形に治そうとする。しかしメル自身には臓器等要らないもので栄養として溶かすだけ。つまり自分で内臓を溶かし、その溶かした内臓を自分で回復させ、またその内臓をまた自分で溶かすといった負の連鎖を続けていた。キブスの人達はメルという『異物』を無理やり身体に埋め込まれた事で無限の苦しみが終わらず、死にたくても死ねない生き地獄をずっと彷徨っていたのだ。


咲「そんな、じゃあドレンさんやキブスの人達は無の力を手に入れる為だけにあんな目に遭ったっていうのか…っ!?」


奥歯を噛みしめる。ただそれだけのために、何の罪のない大勢の人を化け物へと変えたのだ。


咲「人を何だと思ってるんだ…!!!」


俺の言葉を横目で見つつガルクは淡々とマキに問いかける。


ガルク「…俺らがメニスタやそれ以前から戦ったあの薄気味悪い奴らについてはなんかわかったか?」


マキ「あれらについてはまだ調査中よ。でも一つだけ分かることは、あれらは魔物から人間になった個体という事ぐらい。多分彼らはその方法をもう確立させている」


ジール「な…!?それではそんな奴らが大量に増えて手が付けられなくなるぞ!?」


ジールの言葉通りなら今まさにどこかでそういった魔物から人間になった個体があふれているはずだ。俺は怒りを抑えマキの話に耳を傾ける。


マキ「今はまだ大丈夫なはず。あれらはまだ欠陥がある」


マキは数枚の紙を見せる。それらはクエストの書類だった。

ジールが一枚を手に取り見ていたかと思うと眉間にしわを寄せた。


ジール「保護の要請…?魔物に襲われていた成人男性を救出したものの、言葉が通じず暴れ出し途方に暮れている…。」


性別、年齢はどれもバラバラだったが全て共通していたことは言葉が通じないという事だった。

紙を一通り見たガルクはため息を吐く。


ガルク「…魔物、か」


マキ「ええ、フラーフェと同じ、人間に姿を変えられた魔物。ただあの子の場合と違うのは周りに生きる術を教えてくれる人が誰もいなかった。そしてそこを魔物に狙われた。魔物の頃は戦えただろうけど人間になってしまっては今までと同じことは出来ない。何とか逃げ回っていた所を運よく発見された方」


バーグ「つまり、大多数は魔物にやられていると?」


マキ「はい。そして保護されたこれらは運よく逃げ出せた個体かと。」


その保護要請の書類はほとんどがメニスタ付近で目撃されたものだった。


マキ「ややこしい話ですが、メニスタ付近で目撃されているのは魔物から人間になった個体、マライブ付近で見かけているのは人間にメルを混ぜられた者、といった所です」


マキは目じりを押さえつつ椅子に腰かける。


マキ「今回の作戦に関しては私とガルクも同行します。…ガイツはともかく、カイは私達を目的としているようですので」


ミラド「なぜ、あなたたちが?彼らの目的はサキのはずでは?」


マキが何か言おうとしたがそれを遮るようにガルクが話す。


ガルク「さぁな、なんか俺らに恨みでもあるのかもな」


バーグ「…ではサキ、ガルク、マキの三名でメニスタに向かってもらう。護衛に…」


咲「いや、護衛は要らない。残りの人達はマライブにいてほしい」


バーグ「しかし…」


戸惑っているバーグにマキもその方が良いと賛成してくれた。

マーキングの件や移動には少人数での方が動きやすいことを伝える。


バーグ「…分かった。三人とも気を付けてくれ」


周りを見渡したバーグが告げる。


バーグ「これより、アンビガイツ及びカイの討伐。フラーフェ殿の救出作戦を開始する。」


部屋を出ると使用人と一緒にドラコがこちらへと向かって来ていた。


ドラコ「おかーさん…。おねーちゃんはどうなったの…?」


今にも涙がこぼれそうな目でこちらを見てくる


咲「…大丈夫だよ。今からフラーフェを助けに行くから。ここで良い子で待っていてくれ。…な?」


俺は優しく頭を撫でる。気持ちがいいのかくすぐったいのか泣きそうな顔は穏やかな顔になる。


ドラコ「…うんっ!」



ガルク「…よっと。はぁーこれがあればあっちこっちの移動が便利だなー。俺のメンツ丸潰れだなー」


肩を落とし明らかに落ち込んでいるガルクを見て苦笑いする。


咲「そんな真正面から出ていったらすぐにアイツらに捕まるのが分かってるだろ」


マキ「…私としてもまさかこんなにも早くここを使うとは思ってもいなかったのだけど」


マキのため息に俺とガルクは目を丸くする。


マキ「…私だって人間なのだからため息を吐くことだってあるわよ?」


まるで心外といった俺らの行動にまた一つマキはため息を吐いた。


マキ「…ガルク、気付かれる前に早くサキを元の姿に戻してあげて」


ガルク「へいへい」


俺の顔面にガルクの手が近づいてくる。光が俺の顔を包み全身に広がっていく。

やがて光が収まると男に戻った俺が現れた。


咲「ようやく元に戻れた…」


身体は変えられた時よりも軽くなった。何より胸の重さが無くなったことが一番楽になった。


ガルク「も―ちょっと遊びたかったが、こんな状況だしな。まーた終わってからいじるかぁ」


咲「絶対にさせねぇからな?」


くぎを刺すも多分意味がない。


マキ「そんな話は後にして。…サキ、一つ約束して。ここから出たあと私達以外誰も信用しないで。いいわね?」


咲「マキさん、それって…」


マキ「キブスの事を思い出して。彼らはどんな手を使ってでもあなたを捕えようとしてくる。…残虐な事を平気でしてくる連中よ」


ガルク「…」


先程まで茶化していたガルクですら黙っていた。


マキ「どうしようもならない時は私たちを見捨ててでも逃げて」


咲「そんなこと出来るわけ…っ」


ガルク「それが無理ならいっそのことお前自身をお前で消せ」


冷たく放たれた言葉にたじろぐ。

だがガルク自身ばつが悪そうだった。


ガルク「…俺だってこんなこと簡単に言いたくねぇよ。でもよ、お前が奴らに捕まればマライブにいる人達は全員死ぬかもしれねぇんだ。…それだけは頭の中に入れとけ」


…そうだ。忘れてはいけない。俺のこの無の力を彼らは欲しがっている。俺が捕まりでもすればマライブにいるバーグさんやジールやミラド、マライブにいるすべての人がキブスのような地獄に陥ってしまうかもしれない。


咲「…あぁ、分かった。」


気持ちを落ち着かせ俺は扉を開けた。



咲「なんだよこれ…」


家から出るとそこは地獄と化していた。

至る所に人の死体がある。

…いや、人に変えられてしまった魔物の死体が数えられないほどあった。


マキ「予想はしていたけれども、予想以上ね…」


この惨状はマキにとっても予想を超えた被害だったようだ。


死体には傷や抉られた痕があった。弄ばれたのか、餌として食べられたのか分からないものばかりだった。


ガルク「…さっさと行くぞ」


後で必ず弔うと心の中で祈りつつ後にする。


道中警戒しつつ進んでいくが恐ろしいほどに静かだった。

そして何事もなく俺とフラーフェが出会ったあの花畑、オブリテが咲き乱れる思い出の場所へと辿り着いた。


不思議なことにここは時が止まっていたかのようにあの時と変わらずオブリテの花が相変わらず咲き乱れていた。


咲「あんな惨状があったにも関わらず此処は変わらないな…」


フラーフェと初めて出会った時を思い出す。あの時はまだ魔物だったフラーフェに追いかけられてここに転がり込んだんだよな…。


マキ「思い出に耽っているところでしょうけど、ここで合っているのよね?」


マキの言葉に我に返る。そうだ、今はこんなことをしている場合じゃない。

辺りを見渡すとふと気づく。あそこは…

俺は花畑の中を進む。二人も俺の後ろを歩いてくる。


ガルク「なんかあったか?」


俺はああ、と答える。

多分あそこだと指をさした。そこは暖色系のオブリテが咲いている中寒色系のオブリテが多く咲いていた。

そしてそこには崩れた建物がポツリと佇んでいた。


マキ「…本当に因果なものね」


ガルク「…そうだな」


二人の横顔はまるで忘れたい過去を思い出しているようにも見えた。

俺はそんな二人を見つつその廃墟に目をやると瓦礫を引き摺った後のようなものを見つけた。気になって確認してみるとそこには地下へと続く人ひとり入れそうな穴があった。

魔力感知をしようとしたが、止めた。

直感でここにフラーフェがいると確信があったからだ。


咲「フラーフェ、今から助けに行くからな…」


火の玉を手の平の上で浮かばせるようにして辺りを照らす。最初は狭い通路を通っていたが不意に大きな空間に出る。薄暗くはあるがこの空間を把握するには十分な明るさだった。ゴツゴツとした岩肌にそれと同時にキブスで見た無機質な機械の類が目に入る。


マキ「こんな空間があったなんて…」


マキですらこんなところがあったとは知らなかった様だ。


ガルク「そりゃぁアイツにも狙われるわな、こんなクソみてぇな場所は」


ガルクの言葉の真意は目が慣れてきた事で理解した。隅の方の雑に置かれたカプセルのようなモノの中には様々な魔物のホルマリン漬けのようなものが無造作に捨てられていたり大きな水槽のようなものの中には何かの争ったような血痕のようなものがへばり付いていた。


咲「…どこまで馬鹿にしているんだ」


???「おや、その人数だけで来たのか。もっと大勢で来るものだと思っていたのにな」


奥に見える通路から聞き覚えのある声が聞こえた。


マキ「カイ…」


カイ「マキ、久しぶりだね。どうだい、それは君によく懐いているかい?」


暗がりでカイの顔は見えないがアイツの言葉からは二人をどう見ているのかがよく分かった。


マキ「…ええ。時々どうしようもない時があるけど、私の夫は昔のあなたみたいに素直で真っすぐなヒトよ」


大きなため息が聞こえる。


カイ「…そうか、君は魔物ごときに添い遂げるほど落ちぶれたのか。何とも嘆かわしいな」


マキ「あなたもね。自分の成果を見せたいために敢えて人間に変えた魔物を野に放ったわね?」


マキの言葉にカイは動じず寧ろ喜ぶように話し出す。


カイ「面白かっただろう?同じ種族の魔物でも片方が人間になったらもう片方はそいつを襲い掛かったんだ。そしたらどうだ?人間になった方は僕に助けを求めてきた。結果、それは片方に喰われて死んだが。だが最も面白かったのはそれも人間に変え野に放ったら別の魔物に襲われ逃げ出したんだよ!」


笑いをこらえ、一呼吸おいて彼はマキを見つめた。


カイ「…今からでも僕とまた魔物について研究しないか?あの人の目指しているものは研究者として正に偉大な研究なんだよ。無の力を解明すればどんなものが来たって僕らの支配下に置けるんだ。そうすればあんな…」


マキ「ふざけないで。」


カイの話をマキは遮った。彼女の眼には憐れみと怒りが混ざった複雑なもののように感じた。


マキ「そんなものの為に罪もない人を殺して、自由に生きていた魔物たちを縛り付けて。そんなもの偉大なものでも何でもないわ。…魔物は支配するものじゃない、自由に生きるべきよ」


カイ「そいつを人間に変えたのにか?」


ガルクに顔を向けると鼻で嗤うカイ。その様子からマキから聞いたあの時のカイとは何もかもが変わってしまったことが見て分かった。マキはそんなカイを見つつ憐れみと自戒を込めて言葉を返していた。


マキ「…そうよ。私は望んでもいない彼を人間に変えた。それでも私は彼に生きていて欲しかった。…私のわがままでも生きていてほしいの」


カイ「そいつみたいに首輪が付けられればいいが。人間を見つければ見境なく殺したりするどうしようもない魔物でもか?そんな魔物でも自由に生きるべきと?」


嗤いをこらえるようにカイは言い放つ。


カイ「上で見てきただろう?人間なら餌としか認識せず、貪って食らうクソみたいな魔物でもか?」


マキはカイの言葉に聞きつつ血の付いた大きな水槽のようなものに顔を向ける。


マキ「…ええ。私たちを襲う魔物でもよ。でもそれは何か理由があるのかもしれない。飢えからなのかもしくは特性なのか。もしかしたら彼らの縄張りに私たちが踏み入ってしまったのか。…どちらにせよ彼らの生態を知れば共存できる道はきっとあるはず。」


カイへ視線を戻すと彼女は一言放った。


マキ「あらゆる可能性を探さずに一つの事柄にだけ執着する、あなた達の方こそ『研究者』として失格よ」


曇りなき目でカイを見据えるマキ。しかしカイはそんなマキを嗤い見下すように見ていた。


カイ「…君がそこまで馬鹿げた思想に染まったのは何とも残念だよ。君になら僕の事もあの人の考えも理解できると思ったのだが」


大きなため息を吐く


カイ「…なぜ、先生は僕ではなく君にばかりに目をかけるんだ。僕だって先生の為に尽くしてきたというのに!!」


彼の目からは明らかな憎悪が見えていた。


カイ「君らともどもここで――」


指を鳴らす動作をしようとしたその時、パンッと小さな破裂音が聞こえた。

その瞬間カイが首に手を当てる。


マキ「カイッ!?」


???「君はもう何もしなくてよい」


後ろから一人の老人が歩いてくる。

先生と呼ばれた老人、ガイツが俺らの前に現れた。


ガイツ「マキ君、久しぶりだな。…その子があの時のフェンリルの子か。元気なようで何よりだ」


マキとガルクに声をかけるものの苦しんでいるカイにガイツは見向きもしなかった。

不意に俺と目が合う。ガイツは一瞬眉間にしわを寄せたがすぐに理解したのか物腰柔らかそうな顔をした。


ガイツ「おお、君があの時の黒髪の子か。あの子なら安心しなさい。この先におる。」


付いてきなさいと言うように通路の奥へと行こうとした時。


カイ「先生…ッ!どうしてっ…!!?」


首を押さえながらもだえ苦しむカイはガイツに手を伸ばす。それを横目にガイツは興味が無さそうに一言放った。


ガイツ「用なしになったからだ」


そういうとガイツはカイの伸ばした手に目もくれず踵を返し奥へと歩いて行った。

カイはその瞬間大きく目を見開いた。


カイ「嘘だ。嫌だ、嫌だっ!先生そんな。そっんなぁっガ!?」


ガイツに伸ばした手が異様な動きする。

手の関節が人間の可動域を超えて曲がり苦しさからか目は焦点が合わず、身体中が痙攣を起こし始めていた。


危険を察知したマキはカイから離れる。それと同時にカイの身体に異変が起き始める。

脚は腰まで溶けスライムのようにグジュグジュとしたものに。胴は石のように黒く硬くなり、片腕は太く大きくなり爪が地面を抉っていく。もう片腕は太く長く伸び手が風船のように膨らみ中指薬指から裂けていく。裂けたところから蛇の様な長い舌が見えた。顔は横に長く伸び頭から角がくるりと丸まり伸びていく。


カイ「イヤダッ、イダイィィ!!!ドウジデッ!?ナンデェ!!!?」


大きく歪に変わり果てたカイが痛みからか暴れ始める。


咲「これってまさか…っ!?」


ガルク「サキッ!!ぼうっと突っ立ってんじゃねぇ!!」


その言葉にハッとする。

目の前からグジュグジュとした赤い塊が飛んでくる。寸での所でかわしたが着弾点からジュっと地面が溶けるような音がする。


カイ「イダイイィッ!!!?イヤダッ!?ダレガァァ!!!??」


意識が混濁しているのか体をねじり自分の身体を自分で傷つけるが傷の部分が蠢くと何事もなかったかのように元に戻っていく。

カイが激しく暴れ洞窟内が激しく揺れる。


咲「このままだと洞窟がっ!?」


これ以上暴れられると洞窟が壊れかねない。

しかし通路前でカイが暴れている以上ガイツの所まで行くことが出来ない。


その時、ガルクがカイの側面へと走り出し攻撃を仕掛けた。


ガルク「サキッ!!今のうちに通路に行けっ!!」


ガルクの判断に俺は即座に反応する。ガルクのおかげでカイの後ろから滑り込めば奥へと行ける。そう確信した俺は走り出す。


カイの真後ろを滑り抜けようとした時片腕の蛇が後ろから俺に食らいつこうとする。だがギリギリのところでマキが小さな火炎球をぶつけ怯ませた。


マキ「サキ!そっちは頼むわよ!!」


咲「二人ともすぐに戻るからな!!それまで耐えていてくれ!!」


俺は薄暗い通路を駆け抜けていく。


ガルク「へっ。そういう事は俺を倒してから言えってんだ!!」


片腕を押さえていたガルクだがもう片腕の蛇の攻撃に後ずさる。


マキ「ガルク、少しだけ時間を頂戴。どうにかして彼を元に戻して見せる」


ガルク「あんなバカでも元同僚だもんな。…分かった。任せろ」



狭い通路を走り続け遠くで明かりが見え始める。


咲「この先にフラーフェが…」


揺れる地面に足元がぐらつく。


咲「っと。…フラーフェ、今行くからな!」



狭い通路を走り抜けるとそこは先程と同じような空間だった。違うことと言えば奥に大きな巨大な水槽のようなモノに黄色い液体が溜められている事だろうか。何か人のようなモノが入っているようにも見えるがここからではよく分からなかった。

そしてその水槽の明かりで桃色に光る髪をした人物が立っていた。俺にとって大事な人がそこに。


咲「フラーフェ!!」


俺は彼女の元へと駆けだす。彼女はこちらに振り向くことはなく、その目線の先にはあの水槽の中の人のようなモノを眺めていた。ようやく彼女の全身が分かった時俺は彼女が見つめていたモノに息をのんだ。


咲「これって…俺…?」


正確にいえば女になっていた時の俺がその中にいた。


フラーフェ「…ねぇ」


そこでようやくフラーフェが口を開けた。


フラーフェ「…覚えてる?貴方がキブスで私を庇った時の事」


咲「…忘れられるわけないだろ」


俺は俯く。俺が早く助けに行ければあんなことは起こらなかったはずなのだから。


フラーフェ「私ね、あの時思い出しちゃったんだ。…忘れちゃってた、でも忘れちゃいけなかった事」


彼女はこちらに振り向く。彼女の表情は影で分からない。


フラーフェ「私は二度も同じ罪を犯した。…ううん、今まで何度も貴方に助けられた」


ゆっくりとこちらに寄って来る。


フラーフェ「でも」


彼女の表情は以前分からない。けれども。


フラーフェ「私の知る『貴女』はあそこにいる」


彼女の殺気を感じる。


フラーフェ「じゃあ『貴方』は誰?」



咲「フラーフェ…?一体、何が言いたいんだよ…?」


彼女の言う意味が分からない。俺が誰かなんて言われても俺は俺だ。


咲「俺とあの水槽の中の人と何か関係があるっていうのか…?」


俺の問いに俯く様に下を向いた。


フラーフェ「…そうだよね。分からないよね。貴方はこの世界に連れて来られた異世界の人なんだから」


咲「何で…。俺が異世界から来たって…」


俺が異世界からの人間だという事を話したのはガルクとマキ以外にはいない。話を続けようとしたが俺はすぐさま距離を取る。さっきまで俺がいた場所は半円を描く様に抉られた。


フラーフェ「ごめんなさい、私の為に…死んで」


彼女が一気に詰め寄る。あらゆる角度から放たれる剣技に寸での所で籠手を使い受け止めていく。

俺は攻撃を受けつつマキの言葉が頭によぎる。ガルクとマキ以外の誰も信用してはならない。その言葉はフラーフェにも当てはまるのか。


咲「フラーフェ落ち着けよ!!一体どうしたっていうんだ!!!」


俺の声も虚しく響くだけ。彼女は手を止めようとしない。彼女の一撃を両腕で止める。

ようやく彼女の顔が見えた。だが表情は冷たくいつもの彼女とは思えなかった。


嫌な予感がした。


咲「まさか、ガイツに操られて…」


ガイツ「ふむ、意外と手こずっているか」


咲「ガイツ!!!」


水槽の裏から顎をさすりながら現れたガイツ。


咲「フラーフェに何をしたっ!!!」


ガイツ「私はただこの中身の正体を教えただけだ。どうしてあの時の君と瓜二つの者がここにいるのか」


まるでとても希少なものを手に入れたと言わんばかりに水槽を見上げ不気味に笑う。


ガイツ「この女を見つけたからこそ私は無の力を見つけたのだ。あれには手に余る代物だったからな」


俺はフラーフェの剣を受け流し距離を取る。


ガイツ「無の力を研究しようにもとある事故でこの女が目を覚まさなくてな。どうにか命を繋ぎ止め身体を隅から隅まで調べるものの無の力は解明出来ずにいた。その上奴に狙われ動こうにも動けず途方に暮れたその時」


ガイツはこちらに目を移す。


ガイツ「君がやってきた」


咲「俺…?」


ガイツ「そうだ。君がここに来た時また厄介な冒険者がここの大切な資料を奪いに来たのかと思ったよ。だから私は魔物をおびき寄せ消しかけようとした。だがなんと不思議なことにそこのランティスが君を追いかけるじゃあないか」


アイツが言うランティスとはフラーフェの事を指していることに気付いた。


ガイツ「あんなにも生気を失くして死にかけになろうとも無様に逃げ続けていたこれが君を助けるために鎌を振り続けた。さすがの私も驚いたよ。それと同時に君に興味も沸いた」


フラーフェの隣へと歩いていく。


ガイツ「あの能無しの集団と戦っていた時の技、マライブでこれを人間に変えたこと。私は確信したよ、あの女の力を君は持っていると」


ガイツはフラーフェの肩に手を置く。


咲「それで何でフラーフェが俺を襲う理由になる!?」


俺はガイツへと駆けだす。しかし間に彼女が割り込み攻撃を防がれてしまう。


咲「フラーフェ!?」


ガイツはため息を吐く。


ガイツ「人の話は最後まで聞くものだぞ」


彼女の力に押し負け俺は後ろへと吹き飛ばされる。


咲「ガハッ…!!?」


呼吸が苦しくなる。


ガイツ「だがあの出来損ないが君をキブスに誘い込んだ時、私には一つの謎が生まれてしまった、なぜ君はこの女と瓜二つだったのか。とある仮説が一つ、私には生まれた」


背中を打ち身体を上手く動かせない俺にアイツは指さした。


ガイツ「君がこの女の生まれ変わりなのではないかとね」


しかし、と話をガイツは続けた。


ガイツ「だとしてだ。この仮説では何故生まれ変わりの二人がこの世界に居るのか説明がつかないのだよ。何故共存出来ているのか」


アイツは上を指さした。


ガイツ「異世界からくる以外ありえないのではないかと」


後ろの水槽、その中の女性をガイツは見つめた。


ガイツ「この女は一度魂を異世界に飛ばされそしてまた新たな肉体を得てこちらに戻ってきたのではないかと」


…何を言っているんだ?

息を整え俺はふらつきながら立ち上がる。


ガイツ「ただ君にはこの女としての記憶が一切ない。知らず知らずのうちに消えたのか、君自身が消したのかは分からない。だがこの女が目覚めないのは君の身体の中にこの女の魂があるからだろう。…では君が死ねばその魂は何処へ行くか?」


俺はようやくガイツの言っていることが分かった。


咲「あの子が目を覚ますって言いたいのかよ」


ガイツ「そういう事だ。」


さてと、ガイツは後ろに振り向きフラーフェから距離を取る。


ガイツ「どうにもこのランティスはこの女に未練があるようでな。自分の罪を許してもらいこの女と平和に暮らしたいそうだ。だが君の身体がこの女を目覚めさせることを妨げている」


不気味に微笑みながらアイツは俺に向けて言葉を放った。


ガイツ「今『君』が死ねばこのランティスは救われる。そう、『君』が居なければこの二人は幸せに暮らせるのだよ。すまないが彼女のためにと思って死んではくれないか?」


まるで俺がフラーフェを苦しめているかのような、そんな言い方だった。


咲「…フラーフェ。本当にこいつの言うことを信じているのか?」


俺の問いかけに彼女は黙ったままだった。


咲「フラーフェッ!!!」


フラーフェ「…」


何も言わずに彼女は俺に突撃してくる。


咲「何でアイツのいう事をっ…!!」


俺は彼女の猛攻を受け流しつつ説得する。

だが何も反応がない。


咲「どうしてそこまであの人に未練なんてっ…!!」


不意に彼女が叫ぶ。


フラーフェ「私があの人を死なせたからっ!!!」


彼女の攻撃が重くなる。


フラーフェ「私があの時大人しくしていればあの人は死なずに済んだのっ!!!」


語気が強くなるのと同時に彼女の攻撃が速くなる。


フラーフェ「私のせいであの人はっ!!!」


彼女の猛攻に耐えられず俺は吹き飛ばされた。

地面を勢いよく転がり壁へと叩きつけられる。


身体があちこち痛む。どうも骨を折ってしまっているらしい。

彼女が歩きながら寄ってくる。俺は動くこともせずに彼女を見つめた。


フラーフェ「償うにはこれしかないの…」


咲「フラーフェ…」


彼女の目から涙が溢れ落ちていた。


俺はちくりと胸が痛んだ。彼女はずっと俺を見ていたわけではなく俺の中のあの女性の面影を見ていたのだ。

じゃあ俺は彼女の為に死ぬべきなのだろうか?それが彼女にとって救いとなるなら俺は自分の死を受け入れるべきなのか?


…いや、違う。本当に俺の中にあの女性の魂があるのなら彼女は自分の大切な人を自らの手で殺してしまうことになる。

それでは彼女は救われない。そんな悲しいことがあっていいはずがない。

彼女を救いたいと想ったその時。


俺の右手がわずかに光る。遠くのあの人と共鳴するように。


そんな事が出来るのか?

…いや信じるしかない。

俺がこの力で彼女を、彼女が俺ではなくあの人を想っていたとしても俺は。



―――フラーフェを救う!!!


フラーフェが剣を掲げ俺に振り下ろそうとする。


今だっ!!


咲「ロックハンドッ!!!」


自分の背中から岩の手を出し目にも止まらぬ勢いでフラーフェの身体を掴む。

背中がミシッと嫌な音がしたが今はそんな事どうでもいい。


フラーフェ「くっ…」


油断していたのか対応できずに俺の突進の衝撃で彼女は剣を落としてしまう。


咲「お前が俺を見ていなくてもいい。それでも俺はお前を守るって決めたんだっ!!!」


自分の手に力を込める。


咲「…今楽にしてやる」


フラーフェ「貴方って人はっ…!!」


水槽へ右手を突き出す。それに触れると同時に強烈な光が俺たちを包んだ。


―Side end-



-フラーフェside-


強烈な光から目を開けるとそこは先程の薄暗い空間とは違いどこまでも真っ白な空間だった。


フラーフェ「ここは…」


辺り一面真っ白な空間。

空っぽの空間のはずなのに何故か温かみを感じた。

周りを見渡しても何も―――


フラーフェ「―――あっ…ああっ…」


人影が見えた。私が会いたくて、私のせいで死なせてしまったあの人がいた。


フィランネ「久しぶり…かな?キシュ、会えてよかった」


振り向いたあの人はいつものように微笑んだ。

上手く歩けない。ようやく会いたい人が目の前に。いつかのあの日の、あの人が私の目の前にいるのに。


フラーフェ「どう…して、何で」


彼女は少しずつこちらに歩み寄ってくる。


フィランネ「あの男が言ったでしょ?あの子は私の生まれ変わりだって。あははっ。まさか私の心の空間を創るなんてね」


無邪気に貴女は笑う。でも私は下に俯いてしまう。だって私には笑う資格なんてないのだから。


私は自分の手を見つめる。ようやく会えたはずなのに私は喜びよりも罪悪感が勝っていた。

彼への気持ちに嘘偽りはない。でも貴女を目覚めさせるには彼が邪魔をしていると。あの男の言葉を信じた。信じてしまった。決して彼が憎い訳ではない。でも私はそれ以上に過去の私を許すことが出来なかったのだ。

私の一方的な感情で彼は…。


フィランネ「大丈夫だよ。あの子はちゃんと生きてる」


彼女の手が私の手を優しく包んでくれる。

でも一瞬、彼女の手が霞む

私は顔を上げた。


フィランネ「…本題に入ろう。力の限界が近い」


彼女は曇りない瞳で私を見て告げた。


フィランネ「キシュ。あの子が死んでも私は生き返らない。…あれは私の欠片から造り出した抜け殻。あそこにあの子の魂が入ったとしてもあれはただの生きた人形にしか過ぎないんだ」


彼女は手のひらを見せる。きらきらと光りながらその手は透けていた。


フィランネ「それに、私は半分人間で半分人間じゃないから。私の身体はあそこには残らないんだよ」


彼女は悲しそうに微笑んだ。


フラーフェ「でも、じゃあ今の貴女は…?」


フィランネ「今の私は私のもう一つの力、『創造』で創られた私」


彼女はそういうと私を抱きしめて、


フィランネ「私はね,苦しんでいた君達を放っておけなかったんだよ。それだけが唯一の心残りだった。でもあの子のおかげでこうやって君と逢えた。この私は創られた私だけど、それでも、この想いは本物、また君と逢えて本当に私は幸せなんだ。だから、これ以上自分を苦しめないで」


彼女の温もりに私の抑えていた感情がボロボロと零れた。


フラーフェ「私は…、私は…っ!!!」


私は彼女を強く抱きしめた。

彼女の優しさに甘えるように。許しを乞うように彼女に身を預ける。


フラーフェ「こんな私でもまたあの人と一緒に居ても良いのかなぁ…っ!?」


あふれ出た感情を止められない私に彼女は優しく包むように抱き寄せる。


フィランネ「大丈夫だよ。あの子の君への気持ちはどんな事があっても変わらない」


彼女は最後に私の頭を優しく撫でた。


フィランネ「…どうかあの子と幸せにね」


私は顔をくしゃくしゃにしながら彼女から発した光に包まれた。



―――光が収まると私は彼を優しく抱いていた。



――Side end-



光が収まると彼女は俺を抱いていた。俺はやっと何とか立っている状態で一人ではもう歩けそうにもなかった。


咲「フラーフェ…会いたい人には会えたか?」


彼女は涙で顔を濡らして頷くだけだった。



ガイツ「ランティス!!何をやっている!?」


怒りを露わにしたようにガイツは叫ぶ。


ガイツ「早くその転生者を殺せっ!!!この女を生き返らせたくないのか!?」


彼女は涙を拭うとガイツの方へ向く。


フラーフェ「私はもうあなたの言いなりにはならない。…サキ、お願い」


彼女が見つめる先は水槽の中の人だった。

俺は何も聞かず頷いた。


ガイツは何をするのか察した様だった。


ガイツ「貴様ら分かっているのか!?この女がいればこの島を、いや、この世界を支配できるのだぞ!?何もかもあらゆるものが手に出来るのだぞ!!?」


咲「…あの人はこの力をそんなことに使いたかったんじゃない。…ただ何気なく幸せに暮らしたかっただけなんだ」


俺は手を水槽へと伸ばした。満身創痍の身体では上手く動かせなかった俺の腕を彼女はそっと支えてくれた。


咲「フラーフェ…」


フラーフェ「サキ、ごめんなさい。私はまた大切なヒトを失うところだった。サキの気持ちも踏みにじって…。それでも、ありがとう。私を救ってくれて」


彼女の言葉に安堵し俺は彼女に伝える。


咲「俺の気持ちが例えあの人の気持ちを引き継いだものとしても。それでも俺のフラーフェを守りたい気持ちは、好きな気持ちは変わらないよ」


俺の言葉に彼女は頬を赤らめて、


フラーフェ「…うん。私も…貴方が好き」


そして俺達は水槽の中の彼女に顔を向けた。



咲・フラーフェ「…どうか安らかに」


水槽の中の彼女は光の粒子を纏いながら徐々に消えていった。



―――あれから数週間後。


バーグ「本当に行くのか?」


咲「ああ。また俺たちのせいでマライブをもう危険な目に遭わせたくないしな」


俺とドラコ、もちろんフラーフェも一緒にマライブから出る準備をしていた。

俺たちはマライブの危機から救った英雄として追放命令は免除されたのだがまたガイツが無の力を狙わないとも限らないからだ。


あの後俺は気を失いガイツはその隙に俺が入ってきたところとは別の通路から逃げ出して今も行方をくらましている。いつどこで狙われるか分からないままなのだ。


マキ「あの人の事なら私たちも全力で捜索するわ。またいつあなた達を襲うか分からないもの」


咲「それはありがたいけど、マキさんたちはもう大丈夫なのか?カイは…」


ガルク「アイツにゃ良い最期だったんじゃねぇの?」


あの後マキはカイをどうにか救う方法がないか最後の最後まで色々試みたそうだがカイの身体が変化に耐えられず自壊したそうだ。


マキ「…そうね。彼にとって今までの報いが来たのよ。本当は生きて償って欲しかったのだけれど」


どこか遠くを見るようにマキは空を眺めた。


ジール「…何時でも戻ってこい。私たちはいつでも君たちを歓迎しよう」


咲「ああ。ここが恋しくなったらお前とあの屋台のおじさんに会いに来るよ」


俺は手を差し出す。


ジール「…ふん。貴様たちが来るのをあの人も待っているだろうしな。戻りたければすぐに尻尾を巻いて帰ってくればいい」


そう皮肉を言いつつ俺の差し出した手をジールは握り返した。


ミラド「いつでも戻って来なさいよね!貴方達には着せたいものはあれこれあるんだからっ!」


咲「それはお断りしとくかな…」


ミラド「なんでよっ!?」


ドラコ・フラーフェ「私たちも同じく!」


ミラド「なんでなのよっ!!?」


あははと一笑いして俺は皆を見渡す。

色々なことがあったけども初めての異世界で人に触れ、忘れられない思い出が詰まった街だった。



咲「…じゃあ皆、元気で!」


ディメンシスに頼み俺たちはとある場所へと移動する。



咲「よっと…。」


俺達はメニスタに移動した。あの時と変わらず荒れ放題だった。

少し違うところと言えばあの花畑に少し大きめの慰霊碑が置かれた事ぐらいか。

ドラコが俺の裾を引っ張る。


ドラコ「おとーさん…ここにあの悪いおじさん達はもういないの?」


咲「ああ、ここにはいないから大丈夫」


ドラコ「じゃあ私おびえなくて良いんだね!」


そういうと俺にぎゅうっと抱き着いてくる。俺はそれに対してぎゅっと抱き返し腕に座らせるようにして抱きかかえる。


フラーフェ「あははっ。それにしてもドラコったらサキの事をおかーさんじゃなくておとーさんってちゃんとわかったんだね」


咲「何回も説明した挙句にガルクにも手伝ってもらう羽目になるとは思わなかったけどな」


軽く苦笑いする。


フラーフェ「でもサキ。何でメニスタに?酷い目に遭ったヒト達のお墓は作り終えたでしょ?」


彼女の問いに俺は答える。


咲「ああ。ただ今度は別の理由だよ」


俺は辺りを見渡す。


咲「多分なんだけど、あの人が暮らしていた所がメニスタ付近の何処かにあると思うんだ。だからこれからはあの人の家探しってところだな。フラーフェだって知らないんだろ?」


フラーフェ「それはそうだけど…。…あれサキってあの時あの人とは会ってなかったの?」


咲「まぁ、な。不意に彼女の記憶とかは見たと思うんだけどおぼろげだし、どんな人なのか分かってないし」


あの時聞こえた声も曖昧にしか覚えていない。フラーフェと共に光に包まれた時は俺の感覚ではたった数秒の事だった。あの力を使うことに集中していたせいかフラーフェがあの人と話した中身など全く知らないのだ。

それに最後に使えた力、フラーフェがあの人から聞いた『創造』という力はあの時の一回だけでそれ以降は全く使えなくなっていた。


咲「結局俺の前世のあの人はどんな人だったんだ?」


俺はフラーフェに問いかける。

彼女は考える仕草をして俺の片方の腕に抱きついた。


フラーフェ「教えないっ」


俺に笑顔を見せながらフラーフェは答えた。


咲「えぇー…?」


そう俺は言いつつも微笑んだ。


分からなくても良い。だって今の彼女が笑って過ごせているなら俺にとって、あの人にとってもそれだけで幸せなはずのだから。


彼女たちがずっと幸せでいられるように、俺は守り続けると心の中で改めて誓う。


そして俺達は懐かしくも一生忘れることもないオブリテの花畑を背に歩き出した。



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