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出会い

人間だった彼女らが迫ってくる。クルシイクルシイと呟きながら、タスケテタスケテとよろめきながら近寄ってくる。

俺はその場で動けなくなる。彼女らの叫びが、声にならない叫びが耳を焼くように痛い。

その場で耳を塞ごうとする。すると耳にドロッとしたものが付く。自分の手を見ると彼女らと同じように手が溶け始めていた。顔も熱くなっていく。視界が歪みだす。彼女らと同じように自分自身もトケテイク。


痛い、痛いいたいイタイイタイ…。声も出ない。身体が焼けるように燃やされるように熱い。


歪む視界の中、彼女が目の前で呟く。


???「ナゼ、コロシタノ?」



咲「ハァッ、ハッ、ハッ…」


ベッドから跳び起きる。すぐさま自分の手を確認する。身体は溶けていない。部屋を見渡せば二つのベッドに小さな一人用の机が置かれた質素な部屋だった。もう一つのベッドにドラコがすぅすぅと寝息をたて静かに寝ている。


咲「夢…か」


背中が汗でぐっしょりと濡れている。さすがにこのまま寝るには気持ち悪い。俺はシャワー室へと行く。


シャワーを浴びている間ずっとドレン達の事が頭から離れなかった。

あの時自分がしたことは本当に彼女達を救えたのか?彼女らを他の方法で救うことが出来たのではないか?


咲「魔物に変えたなら助けられたのか…?」


頭を横に振る。それは違う…はずだ。だけどそれで彼女達を殺さずに助けられたのではないか?

…分からない。あの時、何が正解だったのか。

のぼせたのか頭が少しクラクラする。熱いシャワーを浴び過ぎた様だ。


替えの服に着替えシャワー室から出るとギルドのエントランスに明かりが付いている。

ふと気になり中を覗くと一人でマキが何やら書類の整理をしていた。

覗いていた俺に気づきマキは声をかけてくれる。


マキ「どうしたの?…嫌な夢でも見たのかしら?」


咲「…」


俺は無言のままマキの座っている所へ行く。


マキ「貴方と一緒よ。私もそういう嫌な事があった時は貴方の様にシャワーを浴びたりこうやって書類整理したり…ね」


どうぞ座ってと空いているイスに座るよう促されその通りに俺は座った。


しばらく沈黙の時間が続く。お互いどう言えば良いのか迷っているかのような。

この空気を先に破ったのはマキの方だった。


マキ「…カイから私たちの事聞いたでしょう?」


俺は頷いた。キブスがああいったことになっていたことも。カイがしていた研究の第一成功者がマキ達だってことも。


咲「人間を怪物に変えたっていうのは本当か?それにキブスが化け物だらけっていうのも」


彼女は目を少し見開いた。


マキ「…そう。そう、ね。私は確かに変えた。あの時、あの時から彼は…」


ふぅ、とマキが大きなため息をつく。


マキ「…キブスがああなっていたことも確かに知っていたわ。人が彼以外ほとんどいないことも」


咲「じゃあ、何で俺らにそのことをっ…!!」


マキ「私達も知らなかったのよ!あの人が全てに関わっていたなんてっ!」


語気が強くなる。


マキ「…ごめんなさい。でも今の彼は私達の知っていた彼ではないのよ。他の人を犠牲にしてまで研究をするような人じゃなかった。彼は…いえ、丁度良いわね。私が過去、何をしたのか。何をしでかしてしまったのか。長い話になるけど良いかしら?」


頷くとマキは立ち上がり奥へと消える。戻ってきた時には暖かい飲み物を持ってきてくれた。


マキ「どうぞ。…私は彼とメニスタで魔物の生態を主に研究していたわ。何を食べどういった行動をするのか、時には遠くまで出歩いて野宿をしてでも魔物の行動を一日中観察することもあった。けれど――」




―マキside-


サキに昔の、あの忘れもしない出来事を話す。

メニスタが滅ぶまでの数週間を――



カイ「…ほらマキ、あそこ。あれじゃないか…!?」


彼が小さな声で指をさす。


マキ「ええ、そうね…。情報通り」


私達は暗く小さな森の中で人前には姿を現さない希少な魔物を目撃したという情報を元にとある魔物を探していた。

その名をフェンリル。知能、プライドが高く一切群れというものを作らない、ということぐらいしか今は分かっていない。

運よく私達が見つけた個体はまだ母親と子供が一緒にいるとても珍しい状況だった。

暗闇の中でもその蒼い毛並みはうっすらと鈍い光を放っている。

しかし、何か様子がおかしい。


先程から子の方は鳴いてばかり。親は何故かそこから動こうとしない。

雲に隠れていた月が辺りを照らし出す。ようやく親子の姿がはっきりと見えてくる。それと同時に何故子が鳴いてばかりなのかその理由に気づく。カイも気付いたらしい。


カイ「…まさか」


そう言うとカイは一人フェンリルの方へ走っていく。私は引き止めようとしたがそんなことはお構いなしに近寄って行ってしまった。私も慌ててカイの後を追う。

近寄るとその子がなぜ鳴いてばかりだったのかすぐに分かった。

母親が死に絶えていたのだ。死因もすぐに判明する。身体に弓矢が刺さっていた。おそらく毒が塗られていたのだろう。フェンリルならば毒の矢でも簡単に避けられるだろうが…。


カイ「子を助けるために自ら当たったんだろうな…」


子の方に傷は一切見られなかった。母親が子を庇い狙った人間から何とか逃げ切ったのだろうが、毒がじわりじわりと全身に広がりここで力尽きたのだろう。

この子には厳しいがここから一匹で生きていくしかないだろうと考えていたその時、カイが思いもしない行動に出たのだ。


マキ「ちょっと。その子を担いでどうするのよ?」


カイ「何を言っている。連れて帰るんだよ。こんなチャンス滅多にないし、それにこの子はまだ母親からまだ何も教わってないはずだ。一匹残していたって飢え死にするだけだぞ」


彼が言うことも理解は出来るがこのフェンリルの生態はほとんど分からない。そんな中で育てることが出来るのだろうか?


大丈夫と彼は言い暴れないように手足、口を拘束し担いだ。それでも子は鳴こうともがく。


カイ「ちょっと静かにしてくれよ」


そう言いつつ彼は荷物の中から注射器を取り出す。その中には睡眠薬が含まれている。


マキ「ちょっと!貴方は興奮するといつも扱いが雑になる。…ほら落ち着いて、ね?」


カイに担がれているフェンリルの子を自分の方へと抱きかかえる。どう扱えばいいか分からないが子供は子供。ゆっくりあやせば…。


カイ「…急に大人しくなったな」


マキ「母親が倒れてずっと鳴き続けていたのだと思うわ。…かわいそうに」


頭をそっと撫でる。こうしてみるとフェンリルも可愛らしい生き物だと錯覚してしまう。

カイは荷物をまとめ早く帰ろうとしている。だがまだ私たちはするべきことがある。


マキ「母親をあのままにはしておけないわ。せめて弔ってあげましょう?」


そう言うとカイは渋々ながら了承してくれた。

穴を掘りそこに彼女を埋めると私たちは休むことなくメニスタへと急いで帰った。



カイ「さて、コイツをどうするか…」


メニスタへと帰り着いた私達はこの子を保護するという形で一度私の家へと入れた。だがそこで目を覚まし唸り声をあげ暴れ出し一切寄せ付けようとはしなかった。手足の拘束具を外そうとずっともがき続けていた。


カイ「こら、暴れるな。けがするぞ」


カイが止めさせようとすると唸り声を上げさらに激しく暴れ出す。私も抑えようと近寄ると少しだけ大人しくなった気がした。それでも警戒を解いてはくれようとはしてくれず唸り声を出し続けて寄せ付けようとはしなかった。


トントントンと扉の叩く音が聞こえる。唸り声、暴れる音がうるさくて集中出来ないと誰かが文句を言いに来たのだろう。そう思いつつ扉を開けると思いがけない人物がいたのだ。


マキ「所長!?一体どうされたのですか」


所長「君たちの姿を見た部下がフェンリルの子を捕まえていたと私に報告してきたからね。ちょっと確認しに来たのだが…どうにも苦戦しているようだな」


マキ「申し訳ありません。あまり大げさにしたくは無かったもので…」


気にしなさんなと手を振りつつ笑顔を見せて下さる。

こうして気軽に接してくださるが本来この方と話すこと自体畏れ多い。私達の研究の最高責任者でありこのメニスタを取り仕切る内の一人だからだ。カイは尊敬の念を込め先生と呼んでいるが私は何故か信用が出来ないでいた。


このメニスタではマライブの様な政府、騎士団やギルドなどそういったものは一切ない。そのかわり各研究機関に最高責任者がおりその方たちがメニスタを執り仕切っている。

だが、執り仕切っているとはいってもそれは表面的なものでお互い対立しているようなものだ。予算の取り合いや優秀な研究員の取り合い、そういったことを監視し合っている。団結して何かを成し遂げるといったことはこのメニスタではありえないだろう。

皆が皆自分たちの事しか考えていないのだ。もちろんこの私もそうだ。

研究の成果を上げもっとより高度な研究がしたい。そういったことで私とカイは意気投合した。お互い良き研究仲間であり、良きライバルでもある。


所長「それでどうだ?何か分かったか?」


マキ「いえ、まだ何も分からないままです。ずっと吠え続け、暴れ続けており調べることが困難な状態でして…」


カイ「マキ。手伝ってくれ!!拘束具が外れそうだ!」


カイの呼びかけに驚き振り返る。

暴れ続けていたせいか前足の拘束具にゆるみが出始める。カイが何とか抑えていたがそれでもフェンリルの子の方の力が強いのか段々と外れていってしまう。

仕方ないと注射器で一旦眠らせようとするが暴れ方が激しく刺すに刺せなかった。

苦戦すること数分、暴れ疲れたのかようやく大人しくなった。


カイ「この拘束具結構お金かかっているのになぁ…」


マキ「むしろそれくらいで済んで良かったじゃない…。はぁ…」


子とはいえさすがフェンリルの子供だ。大人三人で押さえつけるので精一杯だ。


マキ「申し訳ありません…。所長にもお手伝いして頂いて…」


所長「気にするな、と言いたいところだが…これは君たち二人では手に余るのではないか?」


マキ「いえ、問題ありません。メライブで頑丈な檻などを揃えて来ていますのでそれで対処は出来るかと…」


所長「そうか。何かあった時はすぐに報告するように。では、あとは任せるぞ。フェンリルの仕組みが分かるとなるとさらに研究が捗るからな。頑張りたまえ」


そう言うと所長は出ていかれた。


私達の研究機関は主に魔物の生態、構造の研究だ。

そこからの派生で私たちは魔物の使役化の研究をしている。今はまだ大人しい魔物は扱えるのだが凶暴な生物は暴れたり命令を聞かなかったりなど手が付けられないでいる。

だから大けがや最悪の場合殺されてしまう可能性もある危険な研究ではあるが実現すれば街と街の往来がしやすくなり道中例え凶暴な魔物と遭遇しても生存できる確率が格段に上がることだろう。


カイ「とにかく眠っている間にコイツを専用の檻に入れよう」


マキ「…ええ、そうね」


私達は息が整わぬまま疲れ果て眠った魔物を檻の中へと移した。


次の日、フェンリルの子は目を覚ました。しかし昨日とは違い暴れ出すことは無かった。逃げ出すことは出来ないと悟ったのだろうか?


しかし問題はそこからだった。私たちが出す食事に一切口を付けようとしないのだ。毒が入っていると思い込んでいるのか、自身の母親を殺した同じ人間だからなのか、はたまたただ単に好みに合わないだけなのか。

次の日もその次の日も出す食事を色々と変えてみる。しかしそれでも餌を見つめはするものの食べようとはしなかった。最終手段として注射でとも考えたが近づくと威嚇で寄せ付けようとはしなかった。

カイも色々原因を探してくれてはいたがそれも全て無駄に終わり打つ手なしだった。


カイ「もうあれから一口も食べないな…。このままじゃ…」


私自身も色々と探すが一向に食べてくれる気配はなく、このままでは日に日にやせ細り最後には餓死するだけだろう。

餌を檻の中に置くがやはり食べようとはしなかった。それどころか見向きもしない。

ふとあることに気づく。今日に限ってなのか窓を見つめている。


窓に何か付いているのか。確認してみるが別段何も変わらない。

窓の外は丸く輝く月が見えるだけ。


カイ「やけに明るいと思えば今日は満月か」


マキ「満月…」


その時私はふと気づく。

私はとっさに檻のカギを開ける。


子が威嚇をしてくる。弱弱しい威嚇。私は気にもせず近寄り抱きかかえる。

子は抜け出そうと私の腕に引っ掻いたり噛みついたりするが私はそれを気にもせず外へと走りだす。


カイ「おい!?なに馬鹿なことをしている!?」


彼の怒鳴る声が聞こえる。でも、それでも私はあの場所へと走る。


どのくらい走っただろう?気が付けばこの子と母親がいた付近まで来ていた。途中から噛む体力さえなくなったのか引っ掻くことも噛まれることもなくなっていた。


マキ「多分この子は…」


母親が恋しいのだ。フェンリルとはいえ子は母親と一緒にいたかったはず。まだ死も理解できない子供にとっては私達によって母親と引き離されたのが辛かったはずだ。

せめて死骸でも良い。そばにいればそれだけで何か変わるのではないだろうか?


…いよいよ二匹を見つけた所まで来た。


すると子は私の腕からするりと抜け出し母親を埋めた所へと近づいていく。

子は鼻を地面にこするように左右に振る。まるで母親を探しているようだった。正確に言えば母親のにおいがここにまだあるのかもしれない。


動きが止まる。子はさらに鼻を近づける。そしてそのまま地面を前足で掘り始めた。私はそれを遠くから見る事しか出来なかった。近寄るべきではないと何故かそう思ったからだ。


どのくらい掘ったのだろうか?子の上半身は地面に埋まり見えなくなっていた。不意に上半身を上げこちらに振り向き寄って来た。口には何かを咥えそれを私の足元に置きそのままそこに座った。

足元に置かれたものに目を丸くする。母親の毛だ。ここまで連れてきてくれた恩返しということなのか、自分の一番大切なものをくれたのか私には分からない。ただ一つ分かったことはこの子はもう私に対して敵意を向けていないということだけだった。


マキ「母親とのお別れは済んだのかしら…?」


私はこの子がくれた母親の毛を袋に入れた。今回のお礼ということなのだろう。


子が声高らかに吠える。その後私に近づき頭をこすり始めた。

この時私は、この子を研究することに失敗するだろうとうっすらと感じていた。



カイ「ったく無茶しやがって」


私のケガを治療しつつカイは悪態をつく。

あれから少し遅れてカイと機械仕掛けの馬に乗った所長がいた。


マキ「ごめんなさい。でもああするのがこの子の為と思ったのよ」


所長「カイ君良いじゃないか。マキ君が身を呈してまで落ち着かせようとしたんだ」


カイ「ですが…。いや、そうですね。彼女のおかげでこの子も不思議なくらいに大人しいですし」


カイが言うのも無理はない。今あの子は檻に入れずとも私の隣で静かに寝ているのだ。

私に母親の毛を渡した後この子はずっと私のそばから離れず、それどころか先ほど私に付けた傷をなめ続けていたのだ。しかしこのことを私は彼らには言えなかった。


彼はともかく所長には。

初めて此処に来た時は胸を躍らせていた。私のしたい研究が好きなだけ出来ると。ただ時が経つほど衝撃や失望に包まれていった。皆魔物をただの研究材料の様にしか見ていなかった。魔物だって私達と同じ生き物のはずだ。誰もそんな風に見ていない。


そんな中、唯一理解を示してくれたのはカイだった。魔物は魔物だが、あれらもこの世界を作っている存在の一つだと。命を軽々しく扱うものではないと。

多少考え方に差はあるが私は彼に親近感が湧いた。

それから私達は仲間として、ライバルとして今に至る。


だが私は所長にはなるべく情報を渡したくない。裏で率いている研究に不信感を抱いているからだ。


魔物の使役化の研究のはずなのだ。しかし、所長が一人研究しているものには謎が多い。それは今まで捕まえてきた魔物はある一定期間たつと野に返す。だがここ最近はフードを深く被った素性のわからない人物が回収をしにやってくる。連れ去られた後の行方はカイも私も全く分からないのだ。


所長「今日の所は休むといい。明日から君たちは忙しくなるからな」


カイ「はい!…マキ、明日から頑張ろうな」


マキ「…ええ」


気になることはあるがそれでも私は自分の研究を優先することにした。



次の日から色々とフェンリルの子の研究が始まった。朝起きてどういった行動をするのか食事は何を一番好むのか、一日どういったことをして過ごすのか、一日中観察した。しかしどれもこれも成功か失敗かというとほとんど失敗だった。


理由は簡単だった。


カイ「マキ、あの夜一体何をしたんだ?」


マキ「私はただあの場所に連れて行っただけよ」


私がそう弁明しても彼は納得した様子は無かった。


今のこの子は前と同じように動くことはしないが餌をあげるとしっかりと食べてくれるのだ。ただ食べてくれるのは私が出したときだけでカイが出したものには一切食べようとしなかったのだ。


カイ「まぁ最初の様に暴れたり何も食べなかったりするよりは良いけど…。おっとそうだ。」


何か思い出したようにカイが自室に戻ると一枚の書類を私に持ってきた。


カイ「先生がマキに持ってきてくれだと」


マキ「これを私に?」


別に何の変哲も無い報告書だった。


カイ「マキについでに頼みたい事とかあるんじゃないのか?」


そうなのだろうか?


マキ「分かった。今から持っていくからその間この子をよろしくね」


私は檻に近づき話しかける。


マキ「少し離れるけどいい子にしていてね」


そう言うと少ししょんぼりしたように耳を垂れ下げる。

すぐ戻ってくるからと言い残し私は家を出た。


所長の研究所はここから数分でたどり着ける。私は早歩きでそこまで向かう。

その道中私はとあることにふと疑問を抱く。何故私達メニスタの人間にフェンリルの目撃情報を報告してきたのだろうか?


メニスタの人間に好意を抱く人は少ない。他の都市の人々は魔物を研究するなどおかしいとさえ思われている。お金目的で情報を売ったということなら何度もあるがどれもこれも良く見かける魔物だった。今回のフェンリルという珍しい魔物なら情報などこちらに売らずそのまま狩るというのが普通ではないのかと私は思った。それに子供もいた上に親は毒矢を受け既に瀕死の状態だった。なおのこと不思議でならない。


あれこれと考えていると所長の研究室を通り過ぎていた。

歩きながら考え事しているといけないな。

そう反省しつつ私は引き返した。



マキ「失礼します」


扉をノックし中に入るがそこには誰もいない。

丁度留守のようだった。

今までもこういうことがあったがすぐ戻ってきていたので私はそのままここで待つことにした。


辺りを見回すがいつもの通りあちらこちらに書類や何かのメモが張られていたり足元に散乱していたりで足の踏み場が無い。所長はお構いなしにその上を歩いているからか何枚かはクシャリとしている。


私を呼んだのはこういうことか。何故呼ばれたのか察した。

少しずつ足元の書類を片づけていった。ほとんど報告書でちゃんとまとめていないだけだったがそれにしても数が多い。前に私が来て掃除した以来そのままなのだろうか?


報告書が何枚もある中一枚だけ薄汚れた紙が混ざっていた。

手に取ってみると何かの術式が描かれている。ただそれは黒インクにしては妙に赤いような、そんな気がした。


その時後ろから玄関の開く音がする。私はそれをとっさに自分のポケットに入れる。


所長「おお、すまんな」


マキ「所長が少しでも整理して頂いたら私も少しは楽になるのですが」


君が仕分けてくれる方が分かりやすくて助かる、と良く言って下さるが要はただ片づけるのが面倒くさいだけだろう。


マキ「今回も掃除はここまでですよ。残りは自分で掃除をお願いいたします。…ではこちらに報告書を置いておきますね」


そう言い所長の研究室から出ようとする。するとちょっと待ちなさいと止められる。


所長「マキ君、ここら辺にあった術式が描かれた紙を知らないか?」


一瞬ためらう。


マキ「いえ、見ていないですよ。記憶違いではないですか?」


私は冷静を装う。余程大事なものなのだろうか?


所長「そうか?あれが無いと魔物の治癒に…」


そのまま奥の部屋へと入っていった。




私はカイのいる家へと帰った後も無断で持ち帰った紙のことを考えていた。

魔物の治癒魔法?そんなもの私は聞いたことが無かった。全体を注意深く見てみるが、それにしてもただの治癒魔法にしては術式がやけに複雑だ。

確かに魔物と人間では体の構造が違う、なので人間に使う治癒魔法は魔物には使えないことは今の段階で既に当たり前になっている。だからこそこんなにも複雑なのか?

いや、それよりも所長は自らこれを発見したのか?ならこれを発表すればメニスタでの地位は確実になったはずだ。何故誰にも言わないのだろう。


カイ「どうした?何か悩み事か?」


隣の部屋からカイが飲み物を持って出てきた。

私はいいえ、何でもないと答える。


カイ「嘘だろう?君は何かある時はそうやって書類整理を黙々やるんだから。」


マキ「…長く一緒にいるとそういうのも分かりやすくなるのかしらね」


私は思っていることをそのままカイに話してみた。


カイ「謎の魔法とあのフェンリルの子か…。確かに色々謎が多いな。そもそも先生には悪いうわさが多いし、そういうのが多いから少し疑り深くなっているんじゃないのか?」


ただ、とカイは付け加える。


カイ「フェンリルの話はなんだかおかしいとは思う。毒矢も当てていたし血痕で死に場所まで追いかけるのは容易かったはずなのにな」


ちらりと私の横で寝ている子のほうを見る。

最初の頃と正反対と言っていいほど今や私たちの前では大人しい。私とカイには警戒を解いたらしい。


カイ「…まぁでもそのおかげでこうやってフェンリルの事が研究出来るんじゃないか」


誰かの意図があったとしても僕らは研究をすることが第一なんだから、そういうと彼は自分の部屋へと戻っていった。


研究…。私たちにはそれしかない。成果を上げてもっとより良い研究を…。

ふとフェンリルの子の方を見る。隅の方で小さく寝息を出しているのが愛らしい。

…愛らしいと思うたび、私はとことん研究者には向いてはいないのだろうと頭の中で考えてしまっていた。


それから数日間フェンリルの子は日に日に大きくなり家の中に居させることも難しくなり外に屋根を作ってそこで過ごさせるようにした。

最初は嫌がっていたが屋根を作ったそばには窓がありそこから私が見えることが分かると落ち着き始めた。私としてもあの子がこうやって見えることに幸せを感じていた。

こんな日がずっと続けばいいのにと、私はそう願った。




その日は雲一つない清々しいほどの快晴だった。

私はブラシであの子の毛をとかしていた。


所長「元気そうに育ったじゃないか」


所長の声に振り向く。私はその時絶望感に襲われた。ブラシが手から滑り落ちそうになる。

そこには所長ともう二人、見知らぬ者がいた。


マキ「助手を引き連れて散歩とは、所長にしては珍しいですね」


激しく動く心臓を抑えるようにゆっくりとした口調で話す。


所長「ははは。そんな老いぼれのように私が見えるかい?いつもの光景だろう?」


軽く笑い流される。

そうだ。いつもの光景だ。魔物を連れていかれる時の。


マキ「私たちに任せるという話ではなかったでしょうか?」


所長「おや、そうだったかね?小さいうちは、という意味だったのだが」


とぼけるつもりだろうか?私たちに面倒くさい所だけ任して後は自分の好きなようにしようという魂胆だろうか。


マキ「子供のころの様子を所長も見たでしょう?今はようやく私とカイのおかげで大人しいのです。所長だけに任せるわけにはいきません」


顎に手をやり困ったなといった顔をする。


所長「ふむ、そうか。そんなにもその子が気に入ったのか。私の命令を無視するほどに」


マキ「いえ、そういうわけでは…」


所長「君たちのうちどちらかがいればいいのだろう?よろしい、君には悪いがカイに面倒を見てもらわねばならぬ」


所長はそういうとカイの元へ行く。


マキ「待って下さいっ!!何故彼に…!」


講義をしようとすると所長の付き添いの二人に阻まれ一人に拘束されてしまう。

フェンリルの子もその様子を見てうなり声をあげる。しかしもう一人が鉄の棒をフェンリルの子に近づけるとバチッという音とともにぐったりと横たわった。


マキ「止めて!!その子には手を出さないでっ!」


所長「マキ君。君には失望したよ。魔物に情が移るとはな。頭を冷やすといい」


そういわれ首の後ろでバチッと音が聞こえると同時に意識が遠のいていく。

薄れいく意識の中でカイの声が聞こえたような気がした。


―私は小さなころ怪我をした小さな魔物を見つけた。かわいそうだからと家へと連れて帰ると両親はその魔物を私と引きはがしその場で殺した。危ないからとただそれだけで。

その時私に知識があれば、私はあの魔物を助けることが出来ただろうに…。

私は魔物を使い魔のようにしたいわけじゃない。ただ魔物と一緒に暮らす、そんな世界を目指したいだけなのに――




マキ「うっ…」


首の痛みで目が覚める。辺りを軽く見渡す。見慣れた家具の配置。どうやらここは私の部屋らしい。ただ違うことといえば。


マキ「…っ!あの子は!?」


窓の外を見る。明るかった空は暗く、ここから見えていたはずのあの子が居ない。


―――連れていかれた。


その絶望から足が動かない。視界が少しずつ、少しずつ歪んでいく。

けれど私は一度目をつむりその視界を元に戻す。

まだ今なら取り戻せるはずだ。そして、ここから逃げ出そう。あの子の研究なんてどうでもいい。私はただあの子と一緒にいたい。


そう決意したときだ。

外から大きな爆発音が響いたのは。



マキ「一体何…!?」


外へ急いで出る。

爆発音が聞こえた方向からは天まで届きそうな、今にもこの周辺を黒く染めるような煙が立ち上っていた。


あの方向は…。


所長の研究室のある方向だった。


あの子が危ない―――




所長の研究室近くまで行く途中は研究員たちが横になっていた。

そう思いつつ研究所まで走っていくと人影が見える。

あれは…


マキ「カイ!」


カイ「マキか…。良かった、君は無事、だったんだな…」


瓦礫にもたれつつ肩で息をしているような状態だった。


マキ「今回復の薬草を…」


バッグから取り出そうとするとカイが腕をつかんできた。


カイ「僕のことは良い、早くアイツを…」


カイの指さす方を見る。暗闇でもうっすら光る毛並みが赤黒いものに変わってしまったあの子がいた。


私は急いで駆け寄る。まだ何とか呼吸はしている。だが傷は…


マキ「今持っている薬草じゃどうしようも出来ない…」


ここから一番近いマライブでも徒歩では時間がかかる。その間にこの子が息絶えてしまうかもしれない。

所長が使っていた機械仕掛けの馬を思い出す。あれならまだ間に合うかもしれない。辺りを見渡す。

見つけたのは良かったがそれは爆風で飛ばされ煙を出して横転していた。

いや、まだ何か手があるはず。頭の中でできる限り思いつく案を考える。だがどれもこれも時間が足りなかった。


せめてこの子の傷が治っているなら―――


いや、治す…?


私はポケットからあの紙を取り出す。所長が言っていた魔物の治癒魔法。これでこの子を治すことが出来るのか?


いや、疑っている暇はない。私にはするしかない。

その紙を地面に置き私のなけなしの魔力を込める。私はどうなってもいい。せめてこの子だけは救われてほしい。


術式がうっすらと光りそれはやがてこの子を包むように光り収束していく。

その光の中からはあの子はおらず、替わりに一人の男の子が横たわっていた。


マキ「…え?」


目を丸くする。呆然としていると目の前の男の子が目を覚ましたようだ。


???「ウ…」


何度か目をパチパチしてから私の方を見た。


???「ウ、ウウウ!」


言葉にならない言葉を出し私に飛びつく。少年といった位の身長にあの蒼い毛並みは髪の毛の色となって肩付近まで伸びている。


カイ「マキ、君は一体何をしたんだ…?」


おぼつかない足で私のそばまで寄ってくる。


マキ「私もよくわからないの…。ただあの術式を使っただけで」


私はふと我に返る。そうだ、彼のけがの具合を確認していない。話を聞くと爆発時に頭と足にけがをした程度で幸い私の持っている薬草で治療が出来た。


カイ「…ふぅ。だいぶ楽になった。ありがとう」


顔色も先ほどより良くなり普通に話せるほどになった。


カイ「それで…君はここから脱走するわけだね。…急いでここを離れよう。どうもこれはただの事故ではないらしい」


彼の言う通りこれはただの事故ではなく誰かが意図的に爆発を起こしたらしい。

理由は単純でこんな爆発が起こるほど燃料を一箇所に保管したり、火の研究を行う施設がメニスタにはないのだ。

それに研究員の数がやけに少ない。こういった事故があるとその機関ごとで対処にあたるはずだが道中でそのような人物を見かけていない。


一体誰が何の目的で狙ったのだろうか?盗賊だとしても…


そう考えていた矢先、背中にどっと冷や汗をかいた。

重圧、殺意、いやそんな言葉で簡単に言い表せないほどの何かが襲う。私たちの前に一人の人が立ち塞がっていた。


知らず知らずのうちに私とカイは膝をついていた。



???「貴様、禁忌を犯したな?」


燃え盛る炎を背に闇のように暗く何もかもを無へと還すような黒髪。初めて見る黒髪。表情も輪郭も何も分からない。ただ私達の目の前には魔物以上の化け物がいるだけだった。


マキ「あ…あ、あ…」


声が出ない。動くこともできない。

その人物はゆっくりと私に歩み寄り私の首元に手をかけ持ち上げていく。


マキ「かっ…!?」


???「それを手にしていた男は何処だ?」


喉を潰されるほどの握力になす術もない。

意識が遠のきつつあったとき、急に力が弱まる。

横目で見るとあの子が私の首を絞めた相手に小さな両手でペチペチと叩いていたのだ。


???「ウー!ウー!!」


その人物はあの子をじっと見つめやがてこちらをにらみつけてくる。


???「私は貴様らを許さない、だが…」


男の手が私の首から離れる。私は地面に膝をつき激しくせき込む。

男が踵を返すと目の前にぐにゃりと歪んだ何かが現れた。男がその中へ入っていくと歪んだ空間は何もなかったかのように消えていった。


カイ「助かっ…たのか?」


マキ「そう、み、たいね…」


喉を詰まらせながら答える。

だが、これで危機は去ったわけではない。あの人物の言っていた言葉、『あの男』。

まぎれもなく所長のことを指している。これで分かった。あの紙は所長が見つけたのではなく今の人物から奪ったものなのだ。

いや、今は早くこの街から逃げ出さなければ。ここからなら一番近いマライブに避難すべきだろう。あそこは比較的治安がいいと聞く。


小さな男の子に変わったあの子を抱えマライブへ向かおうとする。しかしカイは足を止めたままだ。


マキ「カイ?」


私の呼びかけに反応しない。強く呼びかけるとようやく反応したがカイの顔は何か決意したような顔つきに変わっていた。


カイ「…マキ、君とはここでお別れだ。僕は所長が何をするつもりなのか突き止めるために追いかけるよ」


唐突な別れだった。


マキ「…何を言ってるの?さっきの人は所長を探しているのよ?危険よ!」


カイ「危険も承知さ。でも先生の方が何かとても良からぬことをしようとしてる。それを止めなきゃ」


でも、と言おうとすると彼は微笑んだ


カイ「大丈夫だよ。ちゃんと連絡は取るさ。…さよなら、マキ」


そう言い彼はマライブとは反対の方向へと走っていった。


―マキ sideend―



マキ「――それから私とその子はマライブに向かう最中メニスタの異変に気付いたバーグさん達に救助され事情を説明したの。でもメニスタの人間をただでマライブに入れることは難しいと言われてね。それでその子と二人でここのギルドの設立と管理を請け負ったの」


咲「…マキさんちょっと待ってくれ。その話だとその子って――」


俺の言おうとしたことが分かっているのかマキさんは目を閉じ静かに呟くように話す。


マキ「その子が――ガルク。彼もフラーフェとドラコと同じ、元は魔物…」


唖然とするしかなかった。マキは人を魔物に変えたんじゃない、俺と同じ魔物を人間に変えたんだ。いや、でもそのことよりも。


咲「その術式を持っていた所長って一体何者なんだ?」


マキ「貴方がカイと出会ったとき先生と呼んでいた人がいたのよね?多分その人、私の所長でもあった、ガイツ所長――」


ガルク「…あのバカは止めるどころか自分も魅入って狂っていった、ってわけだ」


いつの間にか俺の後ろでテーブルに腰かけていたガルクがため息交じりに話す。


マキ「ガルク…」


ガルク「良いんだよ、この話はいつかこいつに聞かせなきゃいけないと思ってたんだ」


ひょいっとテーブルから降りる。それと同時に椅子が倒れる音とともに俺はガルクに胸ぐらを掴まれていた。


ガルク「だから俺はお前に聞きたかったんだ。お前は何処でそれを手に入れた?本当はアイツらの味方じゃねぇのか?お前こそ俺らを嵌めようとしたんじゃねぇのかっ!!」


マキ「ガルクッ!!」


ガルク「俺はっ!!」


俯きつつ今まで溜めていたものを吐き出すように言った。


ガルク「…人間になんてなりたくなかった…っ!」


掴む力が弱まる。彼はあの日を思い出しているのだろうか。俯きつつ、声を震わせながら話し出した。


ガルク「…なんで母さんは殺されなきゃいけなかったんだ?なんで母さんを殺した人間に俺はならなきゃいけないんだ、なんで…」


マキ「ガルク…」


咲「…ならお前はあそこでそのまま死んでいたら良かったと思うのか?…違うだろ?マキさんはお前を助けたい一心で、そうなるとは知らずともあの魔法を使ったんだ」


一呼吸置く。


咲「…俺がフラーフェを助けたいと思ったあの時と同じだ。何が何でも助けたい、ただそれだけだ。それに――」


ガルクを見つつ笑顔で問いかけた。


咲「そんな事をした人と結婚しているなんてお互い相手のことを想っているってことだろ?」


彼は動かない。だが少しずつ肩が震えだす。


ガルク「…そうだよ。俺は人間にはなりたくなかったさ。…でもマキがあの場所に連れて行ってくれた時思ってしまったんだ。この人と同じ景色、同じ風景を見てみたい。あの場所じゃ唯一マキが、マキだけが俺のことを俺とみていた」


その場から立ち上がるとガルクは後ろを向く。


ガルク「すまねぇ。感情的になった。俺もまだまだだな」


その声は照れているような、泣いているような入り混じったものだった。

今のガルクは年相応、またはフェンリルの年齢ではまだ幼い子供ぐらいなのかもしれない。母親を人間に殺されその人間の姿にされた。それでも一人今まで誰にも打ち明けず一人苦しんでいたのかもしれない。


咲「ガルクもまだまだ子供、か」


ガルク「…あぁん?誰が子供だって!?お前そこに座れ!説教してやる!」


咲「こう座ればいいのかなぁ?」


女の子座りをして少しだけ胸を見せびらかす。


ガルク「おまっ!?自分の身体が女の子だからって卑怯なことを!」


と言いつつもガン見している。良いのかなーそんなことして?


マキ「…ガルク?」


ガルク「あれぇ、マキさん?いやアイツは男だよ?ちょっとぐらい見たって…」


無言のプレッシャー。その目線はこちらにも向けられる。

あ、これ俺もやらかした。


マキ「二人とも、そこに座りなさい?」




マキ「…分かったわね?」


咲・ガルク「…はい」


数十分正座での説教。この身体でふざけたことはしないようにしよう。そう決めた。


マキ「はぁ…。話を戻すわよ。カイは私たちがメニスタにいた頃の所長であるアンビ・ガイツと行動を共にしている。カイは所長を追いかけていたはずが何故か一緒に行動している。その理由があなたの持つ、『無』の力…」


椅子に座り直し本来の話をし始める。


ガルク「お前、初めてここでジールと戦った時アイツの剣を消したよな?他の奴らはジールの悪い癖で手加減したからやら高速で剣を溶かされたなんて言ってたが」


そういえばあの時死にたくないと必死に抗って消していたっけな。


ガルク「あれもその力を使ったのか?それに俺やフラーフェちゃん、あのドラゴンの子供も、あれも『無』の力だっていうのか?」


咲「…ああ。マキさんが使った紙も多分『無』の力だと思う」


マキ「…だとするなら所長は一体どこであの魔法の紙を手に入れたのかしら?あの人物、エンダイト?彼が渡すなんて…」


ガルク「人質がいてその時しょうがなく渡したのか?いやありえないだろうな。となるとサキからとなるが…」


咲「俺はそのガイツとかいう人物とはキブスであったのが初めてだぞ」


ガルク「だよなぁ。…待て。そもそもお前はその力をどこで手に入れた?奴からか?ここにいる間奴との接触は見られなかったしキブスでも探知機が壊されてお前が――」


咲「ちょっと待て。探知機ってどういうことだ?」


ばつが悪そうにガルクはそっぽ向く。マキさんの方を見ると彼女は頭を抱えていた。


マキ「…ごめんなさいね。貴方がメライブに来てから私とガルクでずっと監視していたのよ。キブスの時は探知機を仕掛けさせてもらったのだけど、どうやらカイには見破られてね。私たちとしてはエンダイトとあなたが繋がっているのではとずっと疑っていたのだけど」


あれはガルク達が仕掛けたものだったのか。だけどずっと監視されていたのかと思うと少し気味が悪かった。


咲「じゃあフラーフェと一緒にいたときガルクが少女に変身して割り込んできたのも」


ガルクは俺と目線を合わせない。

じっと睨みつける。ガルクは汗をだらだらかき始める。

なるほど、ただの嫌がらせだな?


マキ「…彼のことは後にするとして、あなたのその力は本当にエンダイトから教わったの?それともそんな精霊がどこかにいたというの?」


咲「俺のこの力…」


ずっと言わないでいたこと、今言って二人が信用するだろうか?


咲「…今からいうことを信じてくれるか?」




ガルク・マキ「…異世界?」


二人はじっと俺のことを見つめる。


ガルク「魔法なんてものやメルベアやみたいな魔物はいないってのはどういうことだ?」


咲「そのままだよ。こっちの世界の魔物を動物って言って家畜にしたりとか。メライブ?だっけか。その機械で色々と発展した世界だったよ」


マキ「メライブということは蒸気で動く機械で発展した世界ということなのかしら?」


俺は首を横に振る。


咲「蒸気?いや俺のいた世界だと電気が主流だよ。その力でどんな遠くにいる人とも連絡出来たし、空を飛ぶ飛行機とか、機械仕掛けの馬だったっけ?あれはこっちでいう車であと――」


二人が顔を歪める。それに気づき俺は話すのを止めた。今話した中に何か引っかかるものがあるようだった。


マキ「空を飛ぶなんて…」


空を飛ぶという事にマキはまるで驚くというよりも畏れるといった感じだった。


ガルク「サキ、お前の世界じゃ当たり前だろうが、俺らの世界で軽々しくそんなこと言うなよ。不届きもの扱いで死刑になってたぞ」


咲「ハァッ!?」


ガルクの言葉に耳を疑う。


ディメンシス「そこから先の話はわしがしよう」


ボンッと隣に現れる。


ディメンシス「おぬしの話だとその『ヒコウキ』とやらで色々な所に行けるのであろうが、こちらでは空を飛ぶなんて神に近づこうとする愚か者のする行為だと言われておるのだ。…まぁそもそもこの島ともいえるアイルノードは外から誰も入ることは出来ないのだがな」


咲「誰も入れないってどういうことだ?」


ディメンシス「この島の周りが嵐で閉ざされているのだ」


咲「閉ざされている…?それって精霊の長達がそうしているってことか?」


ディメンシス「うむ」


杖を真上に向け円を描きつつ話を続けた。


ディメンシス「雷、風、水の3柱が外界から断つように発生させておる。だが不思議な話だが何故このようなことをしているのか誰も知らないのだ。無論ワシもな」


咲「…?だから神に近づこうとする輩に天罰をって話だろ?」


何か釈然としない様子でディメンシスは首を捻っていた。


ディメンシス「そのはずなのだがワシはこの話に少し疑問があるのだ。ワシらは人間が生まれる遥か前からおるのだぞ。何故その時いない人間のことを考えこんなことをするようにしたのか」


咲「うーん…。長いこと生きているなら記憶違いもあるんじゃないのか?」


ディメンシス「馬鹿者。ワシはこれでもまだまだ現役じゃわい」


杖を頭にコツンと当ててくる。


マキが咳ばらいして話に割って入ってくる。


マキ「そもそもあなたの力はその神様から授かったものということで良いのかしら?」


俺は頷く。だがその神様がかなりテキトーで堕落していたが。


ディメンシス「しかしそうなるとワシらも知らないものをお主はともかくやエンダイトが使えるのは…」


この場にいる全員が静かになる。ここにいないフラーフェが一番エンダイトの事を知っているだろうがあの状況だ。何か思い出していても話せる状態ではないだろう。


急にガルクが立ち上がりエントランスの奥の部屋の方に向かっていく。


ガルク「ここまでにしとくか。サキ、明日から受付とかがんばれよー?カレンには事情は話しているから、ビシバシ働けよ?」


咲「な、どういうことだよ!?」


ガルク「どうもこうもねぇよ。働かないでその日の飯がありつけると思ったのか?」


マキ「と、いうよりもあの人型の依頼が増えたことでガルクの仕事が増えたのよ。普段の依頼にギルドのメンバーや受付の皆にも手伝ってもらってどうにか回っている状況なの。…要するに人員不足よ」


申し訳なさそうに言っているが明らかに俺とフラーフェが抜けていたことも関係あるらしく、文句は言えなさそうだ。


咲「…分かったよ。…俺の身体はいつ元に戻れるんだろうなぁ」


小さくため息をついた。



次の日俺は長くなった深めの帽子で黒い髪を隠すように被りギルドのエントランスでカレンと仕事の準備をした。いつもの服装で良いと二人に抗議したがそれだと他の人にすぐばれるからと即却下され、渋々ながらカレンの着ている受付の服装を着ていた。


カレン「そんな恥ずかしがらなくても似合っていますよ?」


咲「うぅ…。そう言われてもどういう表情をすれば良いんだ…」


女性ものの服装で既に恥ずかしいのにさらにスカートなので足全体がスースーするのもというのも相まって落ち着けずにいた。


カレン「気にせずいつも通りで構いませんよ?…むしろせっかくなのでもっと色々な服装を着てみたいと思いませんか?」


咲「謹んで遠慮させていただきます!!」


こう何か危ないものを感じたので即断る。

残念だなぁとしょんぼりしているが絶対それはとんでもない目に遭うと簡単に想像が出来る。

普段は控えめでおしとやかというイメージなのだがミラドと同じくかわいいものに目がない。ましてやスイッチが入るとその情熱はミラドが引くこともあるぐらい凄まじいとマキから聞いている。俺がガルクから修行していたあの時にフラーフェはほぼ毎日カレンとミラドに色々服装をあれやこれやと着せられ、最終的にはフラーフェが疲れ果て逃げ出したと聞いている。

上目遣いでどうしてもダメですかと訴えかけられても断固拒否の構えを貫いた。


雑談をしているうちに少しずつ人が入り始める。

仕事に関しては依頼の受注作業、その発注書の貼り付け作業をした。その合間にギルド加入者へ依頼の受注書作成、それらの作業は朝方に集中し昼頃にはほとんどまばらに変わる。あとは報告書作成やギルド内の掃除といった雑務をするという流れだった。


今日のクエストをボードに留める作業や依頼金の受け渡し、エントランスの掃除など一通りしていった。


気が付くと日は傾き辺りは薄暗くなっていた。


カレン「お疲れさまでした。どうでしたか?今日一日受付の作業をした感想は」


咲「忙しい時間しかないな。カレンはいつもこんな重労働をしていたのか」


いえいえと彼女は首を振る。


カレン「人手が足りないから忙しかっただけですよ。あとは、まぁ、はい」


言葉が淀む。まぁなんとなく察しはついている。


カレン「皆さんサキさんの容姿に浮ついていたというかなんというか」


はぁとでかいため息を吐く。

そんな気はしていたけど。途中からただ話をしたいからなのか接客ばかりだった。

ガルクの変身はギルド内では有名で話題になるらしい。たまに俺のように被害に遭う人物もいるそうだ。確か前にマキが言っていたがジールも巻き込まれたのだろう。

だからなのか俺が女性になっていた事をギルドのメンバーは何とも思わず笑い流していたがそれでも今までの誰よりも奇麗だったとか。それで話かけてくる輩が多かったのだ。

ただ俺が咲ということを言っても皆何もそこには触れることもなかった。

ギルドでは何とも思われなかったということだろうか?

それはそれで悪くないかも…しれない。


カレン「今悪くないかもって思ってます?」


咲「思ってない!」


カレン「そうですかー?随分嬉しそうに見えたのですけどねー」


ニヤニヤしながらカレンは話しかけてくる。分かっているうえで言っているな?

実際スタイルは悪くはないと自分でも鏡を見るとき思ってしまう。まぁあまり裸でこの身体を見るのは刺激が強いというかなんというか…。


ただ、ふと思うのはこの姿を見て奇麗とは思っても見慣れているような、そんな気がするのだ。

いや数日もこの身体だから見慣れたのだろう。

多分そうだ。そうに違いない。


マキ「お疲れ様。初めての仕事で疲れたでしょう?」


悶々としていると後ろからマキの声が聞こえた。


サキ「皆俺の身体に夢中だったよ。大概鼻の下伸ばして、中身が男だっつっても気にもしてねぇ」


これにはマキも苦笑いだった。


マキ「まぁ、そうね。大体あの人は自分にしかしないしそういう風になることを分かっているからほとんど他の人にするのは特別な事情がない時にしか使わないのよね。…自分を除いて」


はぁ、とため息を吐いた。

これが明日から続くのかと思うと気が滅入ってくる。


部屋に戻るとドラコが一人机に向かって足をパタパタさせつつ何かしていた。ドアの開く音に気付いてこちらに振り向く。


ドラコ「あ、おかーさん!おしごとおわったの!?」


椅子からぴょこっと飛び降りトコトコと近づいてくる。

おかーさんという呼び方は直っていなかったがそれでもこちらに来る動作は何とも愛らしいものだった。


咲「はああぁぁ。今の唯一の癒しはドラコだけだよ」


ドラコ「?」


頭を撫でてあげる。さらさらとした髪の毛、こちらを見つめる丸い瞳。無邪気な笑顔。今までの疲れが全て吹き飛んでいく。


それと同時に脳裏に浮かぶのはフラーフェだった。

キブスでカザックに吹き飛ばされた後誰かの叫び声を聞いた。今フラーフェがああなっているのはあの時に何かきっかけがあったからだ。

直前だとすると俺が関わっているのか…?

俺がフラーフェをかばった時…。

思い当たる節はあるがそうだとは言い切れない。

…疲れからかあまり頭が回らないようだ。

今日はもう寝ることにしよう。

ドラコにお休みと伝えベッドに入るとすぐに夢の世界へと入った。


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