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ギルド『ハブドブレイブ』

一つの大きな酒場のような所へやってくる。

俺らが連れて来られた場所はマライブに唯一あるギルド、『ハブドブレイブ』だ。ここにはジールも、なんとミラドも所属しているとのこと。

ミラドがいるということは驚きだったが、一人で勝手に外へ抜け出すこともあると考えるとこういう所に所属させる方が居場所を把握しやすくなるから良いのかと一人納得してしまった。

中に入ると二人、ジールと金髪セミロングの女性がいた。


ジール「噂をすれば、だな」


???「こんにちは!受付係のカレンといいます。サキさんとフラーフェさんですね?お話はジールさんからお聞きしています」


女性がお辞儀する。どうもとお辞儀を返していたらジールが俺にひょいっと小さく透明な水晶玉を投げ渡す。


咲「うぉっと。これは?」


ジール「魔力測定装置だ」


魔力測定装置、手に持つと色々な色に変わるという。緑、青、黄色、紫、赤とあり一般人なら青が多く元々多くある人は黄色、紫だという。赤は今の所誰も見たことが無いそうだ。

ちなみにジールは紫、ミラドは黄色だそうだ。


俺は――


咲「…これって赤か?」


ミラド、カレンが驚いている。ジールはやはりといった顔だったが。


ミラド「赤ってどういうことなのよ…!?」


俺に聞かれても困る。俺自身神様に頼んでなんていなかったのだから。

フラーフェが色の変化に興味を持ったのか触りたそうにうずうずしている。


フラーフェ「私も触りたーい!!」


肩を揺さぶられる。別に独り占めしてないって。

フラーフェに手渡すと水晶は赤色のままだった。


フラーフェ「あれ?色変わらないよ?…つまんないなぁ」


変化が無いことに顔を膨らませているが、むしろ色の変化が無いことに皆驚きを隠せない。


咲「…壊れているわけじゃないんだよな?」


確認の為にミラドに持ってもらう。水晶玉は黄色になる。


咲「こんなことってあるのか?」


全員首を横に振る。すると、入り口の方から笑い声が聞こえてくる。


???「アッハハハハハハハ!!!こりゃ傑作だ!俺よりも魔力が高いとは――」


咲「ジール、それで魔力値調べてどうするんだ」


ジール「そうだな、それでランク付けが出来るんだ。そのランクでクエストのいける幅がある程度分かる」


???「ん?おーい?」


咲「じゃあ赤なら何でも行けるんだな?」


ジール「馬鹿者。貴様は魔法以外の技を磨いてからだ。僕くらいの実力が無ければ――」


???「ちょっとー?」


俺はジールに気になったことを聞いていく。ジールも難なく答えてくれる。

何となく分かる。多分アレに関わってはいけない。ミラドもアレに目を合わせてもいないし、彼女がフラーフェにも目を合わせないように目隠ししている。カレンも引きつった笑顔になっている。


無視し続けること数分後、アレは端っこでブツブツと独り言を呟きながら涙の水たまりを作っている。

流石にあのままだとこちらの罪悪感が募るので一応名前だけ聞いておく。

だが聞いた直後、後悔した。酷く後悔した。先ほどの落ち込みぶりは何処へやら。

待ってましたと言わんばかりに勢いよくテーブルにの上に乗り、うざったらしい笑顔をしながら語り始める。


???「フハハハハハハハハハッ!!!よくぞ聞いてくれたな!!俺の名はガルク=レイズ!!この街の、いやこの世界で最高のイケメン!森羅万象において俺を超えるものはいない!!俺こそ最強の戦士だ!!どうだ、驚いて声も出ないだろう!?」


咲「…」


ガルク「そうだろう、そうだろうとも!!さぁ俺を崇め、奉るが良い!!」


…何だコイツ。関わったらいけないんじゃない。目を合わせるのもいけないくらいの馬鹿だ。

火の魔法を放とうとするが、ジールが制止する。


ジール「落ち着け。確かにアレは頭がおかしいが、このギルドのマスターだ」


ジールの言葉に耳を疑う。あれがギルドマスター?


ガルク「おうよ!俺がバーグさんの一番弟子よ!お前がサキだな?話は聞いてるぜ。…へー、じゃあこのピンクの髪の子が――」


ひょいっとテーブルから降りフラーフェに近づく。


咲「触るんじゃねぇ!って…あ」


フラーフェに触ろうとしたからつい手が出てしまった。

勢いよく吹き飛ぶ。転がって転がって壁に激突してようやく止まる。


ガルク「サキちゃんよぉ…そりゃ、ねー…ぜ…」


一言いうと力尽きた。


咲「…安らかに眠れ」


ガルク「いや、死んでないからね!?」


ひょこっと起き上がる。全力で殴ったつもりなのだがまだピンピンしている。


咲「まだ、殺り足りなかったか」


ガルク「サキちゃーん!?魔法じゃ流石に真っ黒こげになっちゃうよ!?もう変に近づかないから!!近づかないからぁ!!」


???「…私の夫を可愛がるのも良いけれど、そこまでで止めてもらえるかしら?」


後ろから声が聞こえてくる。


???「やけに騒がしいと思ったらこれは一体どういう事かしらね?」


カレンがアワアワと慌てふためいている。他二人も表情が引きつっている。


咲「コイツがフラーフェに色目使って寄って来たからな。ちょっとお灸をすえていた」


???「あら?そうなの?…ねぇ、ガルク?」


あ、この人怒らせちゃいけない人だ。般若が見える。


ガルク「いやぁ、そんなこと…いやいやいや!!違う!?違うからね!?ちょ、ちょっと待って!話を最後まで聞いて!?ね!?ちょ、ちょっとだれかああぁぁぁぁぁ…」


受付の奥の部屋に連れて行かれる。数分後、戻ってきたのは先ほどの女性だけだった。


???「迷惑をかけてごめんなさいね。…あなたたちがサキとフラーフェね。バーグさんから話は聞いているわ」


白い白衣のようなものを着た女性は話す。そういえばさっき夫って…


???「私はガルクの妻のマキ=レイズ。よろしくね」


ガルクの妻…!?

耳を疑った。ちょっと待て。今じゃあものすごくまずい状況じゃないのか!?


咲「…怒っているのか?」


マキは笑顔だが、目が笑ってない…気がする。


マキ「別にあの人のああいうのはいつものこと。馬鹿にふざけていつも誰かに制裁受けて。むしろ助かったわ」


頭を抱えている。奥さんにまで呆れられているとは、ギルドマスターとしてもう駄目じゃないのか?

そんなことを思っていると、マキがフラーフェに視線を移す。


マキ「彼女が魔物から人間に姿を変えたのね。…興味深いわ」


マキの目が輝いている…?

何か感じたのか、フラーフェが俺の後ろに隠れる。


フラーフェ「あの人、何かイヤ…」


ただ興味があるではなく何かいじくりまわしたいというような、そんな見方だ。これはこれでガルクの感じよりもたちが悪い。

マキも俺らの雰囲気を感じ取ってくれたのか、じろじろ見ることは止めてくれた。


ただ、今度はカレンとミラドが驚きを隠せずにいた。


ミラド「嘘、魔物…!?」


カレンも同様の驚き方をしている。

しまった。迂闊だった!



しかし俺が思っていた最悪の想定とは全く異なっていた。


カレン「ミラドさん!!魔物ですって!!うわぁ、お人形さんみたい!」


ミラド「嘘!?とても可愛いじゃない!ねぇ、私の所でメイドとして働かない?」


二人の圧はかなりのものでマキさえ少し引いている。しかし、どういうことだ?

あの夜、バーグが言っていたことと全く違う反応だ。この二人は忌み嫌うどころかとてつもない興味を持っている。


フラーフェ「サキィ~助けてよ~」


涙目になりながら俺にすがってくる。これはこれでちょっと幸せかも…いやいや。

とにかく二人を引き離す。


咲「フラーフェから離れろ。魔物が怖くないのか?」


二人とも平然と答える。


ミラド・カレン「可愛いは正義だから!!」


…ああ。そういうこと。よくある可愛ければ何でも許されるあれか。


咲「…それだけならまぁ大丈夫か」


そのあとフラーフェは色々いじられる。それを俺とジール、マキは眺めていたが、唐突にマキが何か思いついたように人差し指を立てる。


マキ「…そうだわ。あなた達一つクエストに同行してもらってもいいかしら?」


咲「クエスト…?」


マキは一枚の紙を見せて来る。大きな文字で書かれていたのは討伐という文字だった。そしてそこに描かれていたのはここに来る途中に出くわしたあのクマだった。

マキ「あなた達二人のテストのようなものね。ランクはそこそこだけど、問題はないでしょう?」


あの時と違い昼間ということもあってか見たことのない魔物が色々といる。

狐のような見た目が可愛らしい魔物もいればフラーフェほどのサイズではないが昆虫のような足が複数ある魔物もいる。こちらを見つけると攻撃してくる魔物もいれば逃げていく魔物もいる。どうあれ人間を敵とみている魔物しかいなさそうだ。

そんな中、俺とフラーフェ、ジールにマキとこの4人であのクマを探している所だ。


咲「あのクマの名前がメルベアねぇ…」


フラーフェ「ねぇ、マキさん。あのクマさんは大量発生しているの?」


フラーフェの問いかけにマキは頷く。


マキ「そうね。ある意味では当たっているわ。ただ油断は大敵よ。気を付けなさい」


念を押される。あの突進しか能が無い魔物だと思うのだが…。

フラーフェは腰に剣を携えているが、俺が寝ている間それなりの訓練をバーグから受けていたらしい。

ちなみにミラドは外に出ることをバーグから禁止されており、一緒には付いてきていない。


咲「俺一人でも問題無さそうなんだがなぁ…」


とはいうものミラドがいうには一人で討伐することは危険度がかなり増すとのこと。

特に剣士や弓使いだけのパーティなら撤退対象にもなるらしい。

ミラド自身は見かけたらとにかく逃げるしか手が無いそうで一番の天敵とも言える存在だそうだ。


咲「そんな強い魔物には見えなかったけどな…」


フラーフェ「だって首チョッキンしたもんね!きっと大丈夫だよ!」


その言葉を聞いたからなのかマキとジールはため息をつく。

呆れたのか?何にしても問題は無いだろう。

テストということもあってか魔物の情報は詳しくは聞けなかった。

ただ、回復などの援護はしてくれるとのこと。

探すこと数分、あの時は隠れていたのか前に戦った場所には小さなクマと大きなクマがいた。

あれがメルベアだな。丁度いい。昼寝しているのか。

寄り添って寝ているということは親子なのだろう。

たった2体じゃないか。付近に潜んでいるのだろうか?


パキッ


慎重に歩いていたつもりだったが落ちていた木の枝を踏んでしまう。その音に気付いたのか親グマの方がこちらに振り向く。

俺らを見つけると威嚇もなしに突進してくる。


咲「しまった!」


いや、突進だけならこのまま…


マキ「サキ、気を付けなさい!もう一匹も来るわよ!!」


もう一匹?

よく見ると小さな子グマの方も突進して来ている。


咲「子グマの方も来るのかよ!?」


しかもフラーフェの方を狙っている。


咲「危ないっ!フラーフェッ!!」


間一髪フラーフェを庇い避ける。

マキ達も難なく避けてはいる。アイツらの攻撃は単調だから避けるのは容易いが、ただ攻撃するには少しばかりすばしっこい。


咲「俺が囮になるからその隙に攻撃を…フラーフェ?」


様子がおかしい。声を何度もかけるが反応が無い。


咲「フラーフェ!!」


怒鳴るように声をかけてようやく反応してくれた。


フラーフェ「あ…サキ…」


咲「大丈夫か?」


うん、と頷き立ち上がる。


咲「俺が前で戦うからフラーフェは後ろで休んでいろ」


しかし、首を横に振る。


フラーフェ「ううん、大丈夫。私が前線で戦う」


そう言うと一人メルベアへと走っていく。

突進して来ていた親グマの首をスパンッと切り落とした。


フラーフェ「今度こそ大事な人を守るって決めたから」


ニコリと微笑む。フラーフェの攻撃はカマキリだった時よりも早く力強かった。


そのことに驚きを隠せなかったが、まだ油断できる状況ではない。子グマの方が残っている。

だがその時思いもよらないものを見た。

首がボコボコとうごめき頭が形成されていく。


咲「回復した!?」


そういうことか!再生能力が高いから剣士や弓兵には辛いのか!

気づけば再生しきったメルベアがまた突進してくる。

相手の攻撃は単調なのでさっと避けることが出来る。しかし、俺の攻撃は2体とも動き続けているのもあって当てることが出来ない。

集中して狙いを定めようとしたその時、後ろから激痛が走る。


咲「がっ…!?」


勢いで転がる。呼吸が上手くできない。かろうじて飛ばされた方向を見るともう一匹のメルベアがいた。

クソッ!!一匹この戦闘音に嗅ぎ付けて来たのか!!


だがどうも様子がおかしい。身体がボコボコと動いており、先ほど見た再生に似ている気がする。それにさっきフラーフェが切り落とした頭は何処にいった?


まさかと驚愕する。


あの頭だけの状態から一匹丸ごと再生したというのか!?


フラーフェ「サキ!!後ろ!!」


マキの回復もあってか息苦しさが無くなり何とか横に避ける。他の2匹が俺を狙っていたらしい。

冗談じゃない、こんなもんどうやって…!?


咲「フラーフェ、魔法は使えるのか?」


フラーフェ「ううん…全く。まだ剣技しか…」


まずいことになった。剣で切り刻んだ所でただいたずらに疲労するだけだと。

あの時、確かあいつらには魔法で効いていたのは火だったか…。


咲「ファイヤショット!!」


まずはあの頭から再生したクマの方を狙う!

小さな火球を連続して飛ばす。所々黒く焦げてボロボロ崩れていくがすぐ再生していく。


この火力程度じゃダメか!

まだ強い火力が必要だがどうする…!?


ふと思いだす。そういえばあの時――

アイツを倒す為の手段が頭に浮かんできた。



フラーフェに呼びかける。


咲「フラーフェ、少しだけあの3匹の気を引いていてくれないか?」


場所を指さす。そこは他の所より木の生え方が少なく起伏があまり無いところだ。


フラーフェ「良いけど、私1人じゃ…」


分かっている。ジールとマキはテストということもあり手を貸してはくれない。


咲「切り刻んだって構わない、とにかく少しの間頼む」


フラーフェ「…うん、分かった」


俺の言葉を信じくれて3匹のうち一匹に斬りかかる。それを見た他のメルベアは狙いをフラーフェに変えていく。その隙に俺はおびき寄せる所まで走っていき、場所を確認してイメージを膨らませていく。


咲「…よし」


問題なし。あとはあのメルベアをここにおびき寄せるだけだ。


咲「フラーフェ!!!こっちに来てくれっ!!」


クマの数もそれなりに増えている。俺の声を聞きフラーフェはすかさず走って来た。


フラーフェ「もう、大丈夫、なの?」


咲「ああ。…お疲れ、フラーフェ」


そう言うとフラーフェは微笑んでくれる。


さて、今度は俺が張り切る番だ。これで終わらせてやる。


メルベア共が突進してくる。何匹もいるが先ほどのサイズではない。なおのこと好都合だ。丁度開けた所にさしかかった時、タイミング良く発動させる。


咲「グラビティホール・バージョンD!!」


地面が円状に音を立てて押しつぶされ、縦に穴を開けていく。

メルベア共はその穴から抜け出すことも出来ず一緒に潰されていく。

だが、これで終わりじゃない。もう一発だ。


咲「焼け潰れろ、ヒートロックレイン!!!」


グラビティホールで開けた穴に色を赤く変えた小さな岩の塊を雨の様に降り落とす。

落とした穴からはジュウゥゥゥゥっと何か焼け焦げる臭い、バチバチと音が聞こえてくる。


臭い、音が無くなっていく。…どうやら全て焼き潰せたらしい。


フラーフェ「サキ!?まだいる!」


指をさす方向に二匹小柄なのが突っ込んできている。逃したのがいたのか!

だが、想定済みだ。今の俺ならこんな芸当だって可能なんだよ!!


咲「ファイヤハンド!!」


自分の両手を火で包んでいく。一回り大きくなった手で残った二匹を叩き潰す。


咲「…はぁっ。これで終わりだ」


影も無し。音も無し。これで全て排除した。

安心して地面に座る。


先程逃がしていた残骸を見て、驚愕と共になるほどなと納得した。

あながち俺が言っていたことは間違いじゃなかったようだ。


咲「ったく、ホントに厄介な魔物だな…。」



マキ「中々のコンビネーションだったわ」


座り込んでいた俺にマキ、ジールが近づいてくる。

戦い終え、マキに確認する。


咲「マキさん、アイツらホントはクマでも何でもない何かの集合体か?」


マキ「集合体?」


フラーフェだけどういう意味なのか分かっていない様子だ。

マキは首をかしげている。まるでどういう事?というような反応するが、嘘が丸見えだ。


咲「マキさんも人が悪いな…フラーフェ。今回は呼称がメルベアだが、多分クマの形を真似た何かの集まりだ。その証拠が…ほら、あれ」


先ほどの小柄な二匹の残骸痕を指さす。


フラーフェ「何あれ、うにょうにょ動いている…!?」


焼ききれなかったメルベアの残骸が逃げるようにうごめいていたが、俺は小さな火を出しそれらを一つずつ燃やしていった。


咲「再生能力が高いように見えたのはそもそも決まった形を持っていないからだ。斬られた所が元々真似ていた魔物に戻ろうとしていた」


マキはふふっと笑みをこぼす。


マキ「ええそうよ。あれらは水辺付近によく生息しているの。そしてその近辺の強い魔物の姿に擬態するのよ。本当の名前はメル、今回はクマに擬態していたからメルベアという呼称だったの」


メルという魔物はいわばスライムのようなモノらしい。知能が低く仮にクマやハチ、他の魔物の姿になっても突進しか能が無く、見分け方も簡単なのだそうだ。ただ切り離すなど、分断するとそれぞれ個々の魔物になるので魔法が使えない者には厄介な相手なのだそうだ。


咲「本当に単細胞だったんだな…」


最初遭遇した時に頭を切り離したことで、今回小さいのがもう一匹いたということみたいだ。


フラーフェ「つまり、私のせい…?」


咲「そうじゃないよ。あの時はああしてくれたおかげで助かったんだ。気にする事は無いよ」


そもそも、ミラドが連れて来た魔物だからな…。


バーグがため息をつくのも分かる。


マキ「さて、今回のことであなた方の能力もおおよそ分かったわ。サキ、フラーフェ、あなた達二人を正式にギルド加入を認めます。…これからよろしく頼むわ」


咲「…ああ。よろしく」


フラーフェ「はいっ!!よろしくお願いします!!」



気が緩んだその時だった。不意に声が聞こえてくる。


???「それじゃあ、ボクがそいつら殺したらギルドに加入出来るんすよねぇ?」


耳にまとわりつく声、一度聞いたあの声。歩いてくるソイツを睨みつける。


咲「…てめぇ何しに来た」


???「そんな怒らなくたって良いじゃないすかぁ?」


グヒャヒャと狂った声色を吐く。濁った眼で一人見つめている。


???「まーだくたばってなかったのか。人間になんか成りすましてよぉ。…なぁ?」


フラーフェも姿を見て身震いする。

憎悪を含んだ眼。あの盗賊頭が俺らの前に現れる。

盗賊頭「人間ごっこは楽しいか?楽しいよなぁ?」


ゲラゲラと不愉快極まりない声を上げる。


咲「…てめぇがフラーフェを刺したんだな?」


この笑い声にこの雰囲気、あの時の兵士と似ている。あの盗賊頭、兵士に成りすましてでもフラーフェを殺す隙を狙っていたのか。

尋常じゃないほどにフラーフェが震えている。二度も狙われ殺そうとしてきた相手だ、無理もない。


盗賊頭「ああそうさ。俺はお前らにしか用事はねぇからな。…おら」


奴が手をかざすと周りにどす黒い沼が現れ、俺とフラーフェを飲み込んでいく。

一瞬目の前が真っ暗になる。ハッと気が付くと先ほどまでにいた森とは違う。一面青白い模様を描く不思議な空間にいた。


咲「なんだここ…?」


袖を掴まれ振り向く。どうやらフラーフェも連れて来られたみたいだ。

誰もいない広大な空間、そこに響くあの不快な声。


盗賊頭「さぁて、てめぇらはそこでズタズタに殺されろや。…おいじじぃ!!手加減すんじゃねぇぞ!!」


そういうと目の前に光が集まり人の形になっていく。光が消えそこに現れたのは杖を持った、一人の年老いた老人だった。


???「うるさいのぅ、もうちっと声量を下げてはくれんかの。鼓膜が破れそうになるわい」


よぼよぼな老人だが、あのバーグに似たものを感じる。


咲「アンタは誰だ?」


俺の声に眉を顰める。じっと見つめている。ようやく口が開くがそれはあっけらかんとしたものだった。


???「あやつに目を付けられるとはおぬしらも大変な目に遭っておるのぉ。いや何、そう身構えなさんな」


老人は杖を地面にトンとつく。ちゃぶ台、座布団、お茶という何とも老人が好みそうなものが出て来る。


???「ほれ、おぬしらの分もあるぞい。こっちに来て少し年寄りの話相手でもしてはくれんかね?」


咲「…お前の狙いはなんだ?だまし討ちを狙っているのか?」


そう言うと老人はほっほっほと笑う。アイツの差し金というのなら何をしてくるか分からない。とにかく気が抜けないのだが、相手が何を考えているのか全く分からない。


???「今はカザックの駒じゃが見境なく殺そうなどとそんな物騒なことはせんぞ?ワシとて好きであやつと居るわけではない。むしろこれはあやつから離れる好機ではないかと思うとるほどだ」


言い終わると一口お茶を飲んだ。

カザックというのがあの盗賊の名前らしい。この老人もアイツを認めてはおらず渋々一緒にいるというのだがこの老人、精霊の長の一人らしい。


通常精霊との契約はあるものの、その長との契約はそう簡単に出来るものではない。だが、この老人はカザックに負けて使い魔の扱いを受けているらしい。


???「ワシも精霊の長。力を示す戦いで負けたからにはあやつに従っていたが、どうも目に余るものが多くてな。お主らと契約できればそれはもうワシとしては万々歳よ」


ただ、と一つ間を挟む。その瞬間朗らかな雰囲気が一変し荘厳なものへと変わっていく。


???「今のワシは主の命令には逆らえぬのでな。力を示し打ち勝つことが出来ねばお主らはここでお終いじゃ。」


???「では…次元の精霊ディメンシス、いざ参る」


この世界には属性という力がある。


そのほとんどが魔法であり、火・水・風・土・氷・雷・闇・光と八種類ある。

魔法にはそれぞれ弱点もある。火→氷→水→土→雷→風→火 闇⇔光となっている。その魔法より矢印から近い魔法ほど弱点になる。

今回のあの魔物、メルで例えるならばあれは水属性なので氷が一番の弱点となる。その次の火も氷ほどではないが弱点となる。火の次は風、雷が効くということになる。

俺の場合メルという魔物には土が全く効かない相手だが、火ならばダメージを与えることが出来る魔物だったということだ。


だが、今回の相手は――


咲「――次元!?」


俺の持っている無と同じ、魔法の輪から外れた属性、魔法ではない特別な属性。

弱点は無いが同時に効果がある属性もない。

つまり、自分の力、技量で戦うしかない相手だ。


次元なんてそんなすぐ出会えるもんじゃ無いだろ!?

一応神様からそういう属性もあると聞いている。だがそんなものは稀だと言っていた。とっくに無くなっているのもあるかもしれないと。

そんな稀な属性の長と会えるのは幸運なのかもしれない。その上俺らと契約もしたがっている。


咲「お前と契約してさっさとここから出させてもらおうか」


フラーフェに一言かける。


咲「フラーフェ。…戦えるか?」


フラーフェは左胸辺りを押さえている。カザックとの出来事を思い返しているのだろう。

少しの沈黙、そして顔をあげたフラーフェには決意の表情が表れていた。


フラーフェ「…うんっ!!」


ちゃぶ台や座布団を消しディメンシスが戦闘態勢に入る。まだ人を攻撃することにためらいはある。けどこのまま殺されてたまるか!!フラーフェとここから出でやる!


咲「くらえ!!ロックガンショットッ!!」


大きな石の塊を飛ばす。ひょいひょいと軽く避けられるがそれでいい。

フラーフェがディメンシスに駆け寄り横に斬りつける。

当たったように見えた。だが、気づけばそこにあの老人が見当たらない。どこに行った?

後ろから何か声がする。気づいた時、背中に何かくらう。痛みが走るがあのメルベアの突進に比べればこれくらい…。

…何かおかしい。目の前が暗くなっていく。目を閉じているわけでもないのに何も見えない。


フラーフェ「サキッ!!危ない!!」


近くで何かがぶつかり合う音がする。

何度も何度もぶつかる音が聞こえる。ただ、一向に視界が良くなる気配がない。

クソッ、何も視えねぇ。

俺の近くで何かが衝突し合っている音は分かるのに、何で何も見えない…!!?


フラーフェ「サキ!!あの時を思い出して!!」


あの時――?…そうか!あれだ!

意識を集中する。少しずつ、少しずつ見えてくる。

フラーフェがディメンシスと打ち合っているのが少しずつだが見えて来る。


咲「そこだ!ファイヤ―ショット!!」


火の塊を放つ。それは簡単に避けられる。


ディメンシス「ふむ、魔力感知でワシの姿を捉えたか」


驚いてはいるがこれだけじゃ結局意味が無い。フラーフェに負担がかかっているままだ。

このままジリ貧なのはまずいな…。どうする…!?



二人の攻防は続いている。幸いあの老人は剣さばき、いや杖さばきはフラーフェと互角のようだ。フラーフェの攻撃の隙を見て俺は魔法を放つがどれも全てことごとくかわされる。

これだけ長く戦っていてもディメンシス自体魔法を打つことを何故かしない。多分フラーフェがそんな隙を作らないようにずっと攻撃し続けてくれているからだと思うが、それもあとどれくらい保てるかわからない。俺らはメルベアとの戦いで疲労している。早く決着を付けたいところなのだが…。


二つアイデアが浮かぶ。出来れば片方でけりがついてほしい。

お互い距離をとったのを確認する。その隙にフラーフェの剣に細工をする。もちろんフラーフェに当たらないようにも意識する。ただどうしても驚かせてしまうことにはなってしまうが。


ディメンシスには発動のタイミングは分からないだろう。なんせすでに発動はしているのだから。


そしてお互いの武器がぶつかったその時――


フラーフェ「きゃっ!!?」


フラーフェは悲鳴を上げる。それに対してディメンシスは飛ばされ体に焼け焦げた跡が付く。


ディメンシス「ほほっ。そうきたか」


かすり傷程度か。寸での所で上手く避けたらしい。


ディメンシス「小娘の剣の強化ではなく爆破するものを付着させるとは。危ないことをするのぉ」


そういうのも分かるのか。くそ、尚更次の一発で決着をつけないといけないな。


咲「そのままフラーフェを攻撃していたら爆風でやられるぞ?」


ディメンシス「ほほっ、そうじゃな。小娘より厄介じゃろうと目を眩ませたがそれでもお主の方がまだ厄介か」


フラーフェが叫ぶ。俺に高速で向かって来ているのが分かる。

さぁ、あとは俺の根性次第だ。


咲「ロックハンド!!」


真下に岩の手を勢いよく出現させそのまま自分を空高く跳ね飛ばす。

早く発動したつもりだったがディメンシスは直ぐ近くにいるようだ。


ディメンシス「空中に逃げるとは愚かな。そのまま逝くがよい」


俺の真下から上昇するディメンシスが視える。

急いで土の魔法を自分の腕に纏わせる。しかし間合いに入るのは相手の方が早かった。


ディメンシス「この程度とはの。お主の敗けじゃ。」


咲「違うね。そうやって追いかけて来た時点でお前の敗けだよ」


ニヤリとする。何か気づいたようだが逃がしはしない。俺は急降下しながらディメンシスに掴みかかる。


ディメンシス「ぐっ、お主正気か!?」


咲「お前を罠に嵌めるなら俺自身が餌にならねぇと釣れそうに無かったからな!」


ほぼ真下から来たディメンシスには見えなかっただろう。俺は自分の後ろにグラビティホール・バージョンDを発動させていた。土の魔法は後ろのものを隠すためと重さを増やすためのもの。


重力、重さを増した状態で地面に急速に落ちていく。

そして地面に衝突し大きな土煙をあげる。




土煙を遠くから見つめる。あれ?何で俺、あそこにいないんだ?

視界も戻っている。ああ、そうか。死んだのか。だからこうやって自分が死んだところを見ているわけなのか。

フラーフェもああやって土煙を見ている。死ぬ覚悟だったけど、まさか本当に死んでしまうとは…。


咲「短い人生だったな…」


ディメンシス「馬鹿者。何を言うておるか」


コツッと頭に何か当てられる。振り向くとあの老人がいる。どうやら一緒に死んだらしい。


ディメンシス「さっさと現実を見んか。お主の足はしっかり地を踏んでおろう?」


そう言われ自分の足を見る。ホントだ、踏んでいる感覚もしっかりある。

じゃあ何で俺はあそこから離れたここに?


ディメンシス「そりゃワシがお前さんと一緒に移動したからに決まっと

ろうが」


咲「…何でだ?」


はぁ、とため息をつかれる。


ディメンシス「お主は鋭いのか鈍いのか分からん奴じゃの。…ワシの敗けということじゃ」


手を上にヒラヒラと揺らす。

…敗け?そんな疑問が浮かんだ時後ろから何か勢いよく当たり、前によろめいてしまう。振り向くとフラーフェが全身をぺチぺチと叩き始める。


フラーフェ「サキだよね?幽霊じゃないよね!?」


咲「ちょ、痛い。痛いって。こら、止めろって」


フラーフェの反応でようやく自分が本当に生きていると認識する。

微笑ましそうにディメンシスが見ているが出来れば止めるのを手伝ってくれないものか。

何気にこれ痛いんだって。

叩かれたり、触られたりして数分後、気が済んだのかようやく止めてくれる。


ディメンシス「もう終わりかの?」


戦う前のようにちゃぶ台、座布団など出してゆったりとくつろいでいる。


咲「見世物じゃねぇっての…」


つまらん、みたいな顔をされても困るのだが。そんなことよりも、


咲「さっき言ったことは本当なんだな?」


確認するがディメンシスは嘘偽りでは無いともう一度手を上にあげヒラヒラとする。


ディメンシス「自滅覚悟のあのようなことされては認めないわけにはいかんじゃろ?」


あげていた手が光り、それが俺の手元に寄って来て一つのペンダントが現れる。

濃い紫色の宝石。これは一体?


ディメンシス「それがワシとの契約の証じゃ。身に着けた者の指示に従おう。ただし良く選ぶのじゃぞ、どちらか一人じゃ」


俺は迷いなくフラーフェの首にかける。


フラーフェ「え?サキ!?」


咲「俺よりもフラーフェの方がアイツに狙われるだろうからな。爺さん、俺が傍に居ない時はしっかり守れよ?」


ホホホと声を出す。


ディメンシス「了解した。これよりディメンシス、フラーフェを契約者としその身を守ることを誓わん」


そう言うと光を纏い宝石に吸い込まれるように消えていった。

一方、こちらは――


ジール「マキさん!!大丈夫ですかっ!?」


マキ「ええ、ちょっと掠っただけ」


掠ったとはいえ既に多くの傷を負っている。

そんな二人を木の上から見下ろす一人の男。


カザック「あー大したことねぇ奴らだな。こんな奴らが一つの街を守ってるのか。こんなんならマライブもそのうちメニスタと同じ末路になるのは時間の問題かな?イヒャヒャヒャッ!!」


ジール「このっ…!!」


カザック「悔しいなら当ててみろよ?同じ技しか能が無いお坊ちゃまよぉ?」


下衆な笑い声が森に響く。しかし実際ジールもマキも攻撃を当てられていない。

なにせ相手の移動速度が尋常ではないのだ。相手がいる所に魔法を打てどもそこには既に相手はいない。気づけば真後ろで攻撃をくらう。先程からこれの繰り返し。移動速度が尋常じゃない。

まるで真後ろにずっと奴が張り付いているかのような恐怖。


ジール「このままでは…」


その時、ふと男の顔が苛立ちを露わにする。


カザック「クソがあのじじい!!」


いきなり木に拳をぶつけ怒鳴ったかと思えば地面に先ほどの沼のようなモノが現れる。

そこから先ほど飲み込まれた二人が出現した。


咲「よぉカザック。戻って来たぜ」



カザックは木の上にいる。苦虫を噛み潰したような顔をしているがいい気味だ。


カザック「どいつもこいつも使えねぇクズ共ばっかだな!!こんな奴も殺せねぇのか!!」


苛立ちを隠そうともしない。フラーフェが二人に声をかけている。よく見ると二人ともかなり傷を負っているようだ。俺らはディメンシスがそれなりに手加減してくれていたのもあってほぼ無傷だが、こっちはあいつだ。色々としでかしてくれていたようだ。


咲「さぁて降参するなら今のうちだぜ?」


出来ればこのまま降参してくれることを願うが、やはりアイツは逆に激昂してしまう。


カザック「誰がてめぇのようなクソに降参するかよ。…今すぐ殺してやる」


短剣を手に持つとそのまま突っ込んで来る。剣が俺の首を斬り跳ね飛ばす――

しかし、カザックの腕は粘土のようなものが絡まり身動きを取れなくしていく。


カザック「何だこれ!?クソ、クソがクソがクソがクソがぁ!!!」


抜け出そうと殴っているがその程度で壊れるほどにしているはずもない。

そもそも先程から話していた俺は土で出来た偽物であり、本当の俺は木の陰に隠れていた。これで奴も逃げられることもなく捕まえることが――


そう思った時だった。カザックが歪んだ空間に飲み込まれ消えていく。


咲「なっ!?」


声も上げず消えたカザックの代わりに聞こえた声はやけに低く重圧さえ感じるものだった。


???「この駒をここで消させはしない」


その声の主が姿を現した時、そこにいた全員が驚愕した。

あのバーグが言っていた黒髪黒目のあの人物だった。



ジール「そんな、馬鹿な…!?」


誰もが動けなくなる。そんな中フラーフェのペンダントが強く光る。

ふと気が付いた時には俺らはマライブの門の前にいた。そしてそのあとすぐ森から爆風と共に大きな火柱を見る。

その方向を唖然として見つめること数分、火柱を見かけて駆けつけたであろうバーグとガルクが俺らを見つけ寄ってくる。


バーグ「今のは何だ!?」


マキ「…彼よ。彼が現れたの」


マキの言う彼。それだけでバーグの顔が青ざめていく。


バーグ「なんて事だ…。総員魔法陣展開を急げ!!ガルク、すまないが火柱周辺の捜索を頼む。もし戦闘になることがあれば知らせてくれ。こちらも何かあれば連絡する」


ガルク「了解!お前ら、マキを頼むぜ」


颯爽と森の中へ駆けていく。


咲「バーグさん!アイツ一人で大丈夫なのかよ!?」


バーグ「…大丈夫ではない。だが現状、アレに対抗できるのは今の所ガルクだけだ」


そう言うと街の中へ走り去っていく。俺らもマキの指示に従い、街のギルドへ戻るしかなかった。

数時間後、周辺の捜索からガルクは戻って来た。

付近に黒髪黒目の男はいなかったそうだが、俺らの前に二度も現れたカザックも見当たらなかったそうだ。

街の騒ぎも収まりつつあるものの不安と恐怖はかなり増しただろう。

ミラドもジールもその対応をしなければならなくなったのかどこかへ行ってしまった。

マキやカレンもギルドの対応で忙しいようだ。

そんな中、俺とフラーフェはバーグの屋敷の客室で時間が過ぎるのを待っていた。

何か出来ることがあればと掛け合ったが、ジールから貴様のような庶民の手伝いはいらない。部屋で大人しくしていろと言われ、こうしてただ時間が過ぎるのを待っている。


咲「そりゃまぁ全くこっちの事なんて知らないからしょうがないけど、いくら何でもこのまま待つのは暇で暇で…」


ふあぁっとあくびが出てしまう。一方フラーフェはあれ以降顔がずっと曇りっぱなしだ。

何か気晴らしになればとフラーフェにふと気になったことを聞いてみる。


咲「…そういえば、フラーフェは何で最初俺を助けたんだ?」


この質問にフラーフェは顔を曇らせたままだ。聞いてはいけないことだったか…?

少しの間を空け答えてくれた。


フラーフェ「…昔、私と一緒に過ごしていた人と似ていた気がするの。ただ、顔も姿も思い出せないけど…」


咲「人…?人と一緒にいたことがあったのか?」


頷く。けれどそれ以上のことは何も思い出せないらしい。


フラーフェ「それでメニスタでサキを見つけた時どうしてもそのままに出来なかったの…。魔物に襲われかけていたし…」


なるほど、そういうことだったのか。何故フラーフェが人に警戒をしていないのか、ただ似ていたというのは俺と似たあの男なのだろうか…?


???「ほほう、二人の馴れ初めはそういう始まり方だったんだねぇ。うーん、お兄さん感激」


突然の声に驚く。声が聞こえた窓の方向にはアレがいた。


ガルク「あ、どうぞどうぞお構いなく。お二人の話続けて下さいな」


ニヤニヤしながら話す。俺も笑顔を返す。


ガルク「おやぁ?目が笑って無いぞぉ…?あ、誰か助け」


ガルク「サキちゃーん…ちょっと前が見えないんだけどぉ…」


顔の原型が無くなるまで殴ってやった。何故だろう。コイツだけは手加減が出来ない。


フラーフェ「大丈夫…?」


気にしてあげるフラーフェで回復したのか、先ほどまでふるふる震えていたのは何処へやら。ぱっと元気になってキラキラとあのうざったらしい雰囲気をさらけ出す。


ガルク「フラーフェちゃん、心配は要らないよ。君みたいな美女に困り顔は似合わないからね。ついでにこの後どこか一緒に夜景のきれいな場所に…」


呆れるのを通り越して尊敬してしまう。妻がいるというのに堂々とナンパとは…


咲「用事が無いなら帰ってくれ。そもそも、昼間にあんなことがあったというのにギルドマスターがこんな所で油売ってていいのかよ?」


何故かガルクから白けた目をされる。


ガルク「んもーこれだから堅物君はー。はいはい、本題に入ればいーんでしょ。入ればー。…今から闘技場に来い。ちと剣の訓練してやる」


咲「…剣の訓練?」


ガルク「俺らのギルドに入るための最終チェックみたいなもの?あ、フラーフェちゃんはしなくていいからね?師匠のお墨付きだし」


剣の訓練…。確かにこっちに来てから闘技場で一度しか扱っていない。そういうことは嬉しいのもあるが、あんなものを俺が扱えるのだろうか…?


ガルク「まぁそういうことだから、さっさと行くぞー」


咲「おい!?ここ二階――」


ひょいと俺の襟首を掴むと窓からそのまま連れ去られていく。



数分といわないうちに闘技場に着く。


咲「はあぁぁぁ…」


フラーフェ「サキ、大丈夫?はい、これ」


フラーフェから水筒を手渡されありがとうと言い一口飲む。

あれ?と気づく。


咲「フラーフェ一体ここまでどうやって…?」


ガルクの移動スピードもかなり速かったのにフラーフェはここまで…


ディメンシス「そりゃワシが移動させたに決まっているではないか」


フラーフェの首飾りがせわしなく動く。今回あの黒髪の人物と出くわした時に使った瞬間移動をそのまま使ったらしい。


ガルク「俺の移動速度より速いとか…」


一人落ち込む。そんなに負けたことが悔しかったのか…。


ガルク「おら、さっさと中に入ろうぜ…」


ふらふらしつつ中へと入っていく。

少しだけ、ほんの少しだけ心配しつつもアイツについていくことにする。




数日前、ジールと戦った闘技場。

灯りが闘技場内を照らすが、これだけ大きな空間がやけに寂しく感じるのは観客が一人もいないからなのだろう。


咲「で、剣の練習って言っていたはずだがこんな手ぶらで一体どんな練習するんだよ?」


ポリポリと頭をかく。剣の練習だというのに剣を渡されなかった。ガルクは気怠そうに身長と同じくらいの大剣に寄りかかり気怠そうにしている。


ガルク「そうだなーまずは―…」


そう言った時だった。ガルクが姿を隠す。俺の耳元を何かが通る。

一瞬遅れて振り返る。俺の耳元にはあの大剣がある。


咲「…は?」


全く分からなかった。いつ後ろに?


ガルク「むぅー…。反応はそれなり。じゃ、次は回避訓練な。…言っとくが、死ぬ気で避けろよ?」


雰囲気が変わる。馬鹿げたあの雰囲気は一切感じられない。

すぐさま離れる。すると自分がいた場所に大剣が横切っていく。


ガルク「おー、避けたか。じゃもう色々すっ飛ばして実践にするか。」


嘘だろ!?ただ横に振った剣の風圧で数メートル吹っ飛ばされる。


ガルク「さぁて、ここからはテストだ。…俺に攻撃を『一発でも』当てれば合格だ」


咲「…一発でも?随分と馬鹿にしてくれるな」


一発なんてすぐに当てられるじゃないか。魔法を使っても良いなら尚更だ。

今まで使ってきたあれですぐに終わるだろ。


咲「ロックガンショット!!」

前方に大きな岩を飛ばす。今まででこれでほとんどの相手が引っかかってきた技だ。

けど、これだけじゃダメだ。背後に意識をする。先程のようなことがあるかもしれない。

念のため全方向にファイヤ―ショットを放つ準備をする。

ガルクが姿を消したとき、その時に発動させればいい。


岩がガルクにせまる。あと少しあと少し――


―――逃げない?


そう思った瞬間、先ほどよりも強烈な風が吹く。

俺はその場に立てずによろめいてしまう。

その後、上の方で何かが弾ける爆発音が聞こえた。


ガルク「剣の練習だって言ったろ?そんな石ころ飛ばさないで突っ込んで来いよ」


あくびしながら言い放つ。


咲「…ふざけんなよ!!ファイヤ―ハンド!!」


今度は火の手を左右挟み込むように二つ放つ。


ガルク「だーかーらー」


大剣を横に薙ぎ払う。火の手が一瞬で消え去る。


ガルク「そんな火の粉も効かねえよって」


また姿を消す。後ろに意識を持っていく。しかし、気配が無い。周りを見渡してもどこにも見当たらない。


ふと腹に何か鈍い痛みが走る。そしてそのまま膝をついてしまう。

何をされたのか全く分からない。気が付けばガルクは先ほどまでいた場所にいる。

また姿を消して何かの攻撃をくらう。何をされているのか分からないまま、ただサンドバックにされていく。



咲「…ッはぁっ、はぁ」


何とか立っているものの、最早気力でどうにかしているだけだ。

ガルクの一撃一撃が重い。あと一発でもくらったらもう立つことは出来なさそうだ。


ガルク「あーあ、つまんね。魔法の扱いはまあまあだが、接近戦が全くダメだな。使い物にならん」


…悔しいがガルクの言う通りだ。今まで神様がくれた力でどうにかこうにか修羅場をくぐり抜けて来たが今回のは魔法では対処できない強敵のようだ。


咲「親父…」


ふと、親父がいつも言っていた言葉を思い出す。


――咲、その力を誰の為に振るう?それを常に考えることだ―― 


誰の為に…。

頭が冷静になっていく。

息を整え、静かに戦闘態勢に入っていく。

やるしかない。効く相手なのかどうか分からないが。


ガルク「…何だ?」


咲「…行くぞ」


ガルクに駆け寄る。


ガルク「ようやく、突っ込んできたか」


ガルクが剣を構える。


縦に振って来たのを確認しギリギリの所で身体をひねってかわす。


ガルク「うぉっと!!?」


寸での所で回避される。

ガルクが俺から距離をとっていく。


ガルク「剣の練習とは言ったものの、そうかやっぱりな」


ある程度は見透かされてはいたのか。


咲「どこらへんで気づいてた?」


ガルク「そーだなぁ…ギルドでの初対面の時だな。今のでようやく確信は持てたが。お前、拳闘士だったか」


こちらの世界ではそういう言い方なのか。


俺のいた所では拳闘士よりも空手といった方が分かりやすいか。

そもそも俺は剣とかの近接が出来ないのではなく剣というモノに慣れていなかっただけだ。これだけ魔法が使えるならそんなものは不要だとは思っていたのだが。


咲「今までのしてきたことを倍で返してやるよ」


もう一度戦闘態勢に入る。


ガルクに狙いを定める。しかし、


ガルク「…はい、本日はここまでー」


手をパンパン鳴らす。つい呆気にとられてしまう。


ガルク「実践とはいったがこれ以上はもういいわ。お前がどういう系統なのか知りたかっただけだし。んじゃお疲れー」


歩いて去っていく。呼び止めるものの続きは明日の一点張り。

不完全燃焼のまま、納得のいかないまま俺はフラーフェと一緒にバーグの屋敷へと帰るしかなかった。



次の日の夜、また次の日の夜も、何日も闘技場にてガルクとの訓練が始まった。

近接での立ち回り、魔法の扱いなど色々なことを教わった。


ガルク「まぁこんなものか。はーいおつかれー。これでよーやくほぼ一人前の拳闘士でーす」 


闘技場に寝そべってそんなガルクの言葉を聞く。アイツは一体どれだけの体力があるんだ。


咲「なぁ、ここまでしなくても魔法だけじゃだめなのか?」


俺の問いにおちゃらけつつもで答える。


ガルク「魔法だけで挑んで手も足も出なかった人がどっかに居たなー。誰だったかな?」


ぐっ…。確かにコイツにリベンジとしてその都度挑んだが全て駄目だった。これまで使ってきた魔法を全て使ってきたが全て難なくかわされ破壊された。もちろん無もだ。

重力で押しつぶしている中でも歩いて寄って来られたのはさすがにどうしようもなかった。

化け物じみているが、あの黒髪黒目のアイツもコイツと同じくらいの、いやそれ以上なのだろう。


咲「俺もまだまだだな…」


だが今回の訓練で色々な近接戦闘を覚えることが出来た。これでフラーフェにだけ前線で戦うなんてことも少しは減るだろう。

更に魔法もある程度コツを掴めていけるようになった。今は目を閉じただけでもすぐに魔力感知は出来るようになった。もっと集中すれば範囲も広く、およそ此処の都市の全体が分かるようにも。


ガルク「今のお前ならあのカザックっていう変人も問題ねぇだろ。…あぁ~今日も終わり!…あ、そうだ。サキ、この後ちょっと付き合えよ。飯でも食いに行こうぜ」


咲「どうせいつものあそこだろ?ほら早く連れて行けよ」


ガルク「お前も分かるようなったねぇ。じゃ、ちゃちゃっと行くぞー」


襟を掴まれまた空中を跳んでいく。ここ数日ずっとこうして振り回されたので何だかすっかり慣れてしまった。


ガルク「おっさーん!!繁盛してるぅ?」


店先の暖簾を手で払いつつ中に入る。こんな異世界にも暖簾なんてあるのかと最初は驚いたがそれも慣れてしまった。


???「アア!?てめぇらこんな時間までチャンバラごっこしてたんかぁ!!?」


怒鳴り散らす声が聞こえる。そりゃこんな時間帯に来られると普通困るよなぁ。

夜更けも良いところだがそれでもここは多くの人で賑わう人気のある店だ。

そしてこうも威圧的だが多くの人の胃袋をつかむこの人物、ギガルレストの店主ギガルだ。


ギガル「おら、空いてる席に適当に座っとけ!!いつものやつ出すからよぉ!!」


口はかなり悪い方だが何気に常連の顔やら好みやら、嫌いなものまで把握しているお節介な部分も意外と人気だったりする。

空いている席に座り待つこと数分、大きな丼ぶりにこれでもかと言わんばかりの色々な種類の魚の刺身が盛られている海鮮丼が二つやって来た。

手を合わせ一気にそれにくらいつく。赤い艶のあるマグロのようなもの、白くプリッとした海老のようなもの、何の魚か全く分からないものばかりだがそれでもかなりの美味だ。魔物の魚肉なのだが生前食べていた海鮮丼よりも美味いほどだ。


咲「まさか俺の好物がこっちでも食べられるとは…!!」


流石に毎日こうも遅いとバーグの所での夕食は申し訳ないとここ最近は断っていた。お金も昼間色々なクエストに行きそれなりにある。ただフラーフェとはここのところあまり会っていない。


食べ終え一息つくとガルクが尋ねてきた。


ガルク「最近フラーフェちゃんと会っているか?訓練終わってすることねぇだろうから、色々見て回ったらどうよ?」


咲「そうだな…結局ゆっくりと見て回れていないしな…。明日誘ってみようかな…」


この時コイツの言葉をそのまんま信じた俺は厄介なことに遭う羽目に…。

次の日、フラーフェにどこか散策にでも行かないかと誘ってみた。幸いあちらも今日は何もないということで案の定ものすごく喜んでくれた。

今回はミラドもジールもいない。本当に二人きりということだ。


ただ…。


フラーフェ「サキ!ねぇ、あそこ何か面白そう!」


咲「ちょ、引っ張るなって!!」


腕に手を回され、フラーフェの興味のあるところに色々と連れて行かれる。

花屋、ぬいぐるみ、装飾品売り場…。おおよそ女性が興味を持ちそうな所を転々と寄っていく。もちろん食関係の所も回ってはいるのだが。


まぁ無理もない事で、俺がガルクとの訓練の間、フラーフェは勉強詰め、夜には終わるのだが、俺は訓練の真っただ中。夜の外出はカザックの件もあり許されず、俺が帰ってきても

疲れていてすぐに眠ってしまうため、会話が出来るのは朝食時のわずかな時間だけだった。


久々に、それも二人きりとなるとこれだけはしゃぎたくなるのもしょうがない。

しょうがないのだが…。


咲「フラーフェ、流石にそろそろ離れて歩かないか…?」


フラーフェ「やだ!もうちょっとこのまま!」


即答。いや、俺も嫌なわけではないが、人通りの多い中こんな風に歩いていると色々な人の目を引くわけで。ラブラブという風に見る視線もあれば羨望というか、殺気というか色々な感情を含んだ視線をものすごく浴びるわけで…。


フラーフェ「…そんなに私と離れたいの?」


咲「い、いやそういうわけじゃ」


フラーフェ「…ちょっと言い淀んだ。でもそれでも離れないから!」 

更に腕も顔も寄せて来る。顔も近い、胸が腕に当たる感触も伝わる。でもそれよりも。


咲「いでででで!!力弱めろって!!腕が折れる!!」


ギリギリと腕を締め付けられ段々と青白く変わっていく腕。もしかして俺より力があるんじゃないか!?

俺の悲鳴で力は弱めてはくれたものの腕には鈍い痛みが続いた…。


色々見てまわり、少し休憩のつもりで高台の広場へ足を運んだ。

ここは海が見えるように設置されており、ベンチから広大な海が見渡せる。

太陽の光が心地良い。それに此処に来てから吹き続く潮風。その風に吹かれやってくるほのかな磯の香りは、元いた世界のものとなんら変わりは無く、少々ノスタルジックな思いにもさせられる。

父さん、母さんに悪い事しちゃったな…。


フラーフェ「…サキ?どうかしたの?」


俺の視界にひょこっと入ってくる。何でもないよとごまかす。

ふと、誰かの視線を感じる。振り返るとそこにはぬいぐるみを抱えた小さな女の子がいた。

周りを見渡すが親らしき人物はいない。迷子だろうか?


女の子「パパとママとはぐれちゃった…」


今にも泣き出しそうだ。慌てふためく俺と違いフラーフェは女の子に近寄り話しかけた。


フラーフェ「迷子なの?安心して、お姉ちゃんたちが一緒に探してあげる。ね?」


そう言うと女の子はコクリと頷く。

それを確認してフラーフェは女の子を抱きかかえる。


フラーフェ「よしよし。良い子良い子。…サキ、いいよね?」


俺の顔色をうかがう。久々の二人きりの時間なのだがこればっかりはしょうがない。


咲「当たり前だよ。…じゃ探しに行きますか」


女の子はにんまりと笑う。三人で公園から離れていく。


本来はギルドに届ければ捜索願いを出してすぐにでも見つけられるのだが、今は慌ただしいだろうし、手を煩わせるわけにもいかない。俺たちで地道に探していかなくては。

最初に住宅街へ行く。だいたいの住民はここに暮らしている。

ここで聞き込みを開始していく。すぐに見つかるだろうと思ったがこれが中々見つからない。それどころかこの子を知っている知人にすら出会わなかった。

太陽も傾き始め、辺りはオレンジ色に染まり始めていた。


咲「知り合いにも見つからないって…。どっかの旅人の家族か何かか…?」


フラーフェに抱きかかえられ満足そうに寝ている女の子。

あやしているうちに眠ってしまったのだろう。


フラーフェ「ねぇサキ。もしかしてこの子孤児院の子じゃないのかなぁ?」


咲「孤児院…?」


そうか孤児院か。それならば親や知り合いも見当たらないのは納得出来る。それにこのまま見つからないときはそちらで少しの間なら預かってもらえるかもしれない。


咲「他に行くあてもないし行くだけ行ってみよう」


近くにいた人に聞いてみるとどうやらここからすぐ近くのようだ。

孤児院という場所には小さな教会に小さな広場。子供たちが何とか走り回れるような広さだ。そろそろ夕方になるのもあってか孤児院の人は一人も見当たらない。

ただ、アレを除けば。


???「ねぇ早く立ち退いてくれませんかねぇ!?もう何ヵ月も払ってませんよねぇ!?」


…よくある借金の取り立てだろうか?


一人俺たちに気が付く。


???「アンタたちここの関係者?…ってなんだガルクのお気に入りのやつか」


何だろう?ガルクの知り合いか?


???「なぁ、アンタ等も言ってやってくれよ。ここのやつら金を滞納して払いやがらねぇんだよ。」


???「そんなっ…!?私達だって生活が苦しいんです!!子供達に食べさせるのだって…」


中から男の人の声が聞こえる。ここの神父だろう。


???「そう言って何ヵ月先延ばしにしてんだ!!」


そう言ってまた怒鳴る。


???「こっちにはガルクのお気に入りの人もいるんだぞ?払わねぇとどうなるか分かってんのか!!?ああ!?…さぁ、えーとサキさん?だったか。アイツらさっさと追い払ってくだせぇよ…へへっ」


俺をダシにあの人たちから金をまくり上げようとしているのか…。

女の子は怯えているようだし、このままではあの神父さんに相談することも出来なさそうだしなぁ…。あまり気が乗らないが彼らにまず話を聞いてそれから判断することにするか。


咲「分かった。少し話をしに行ってくる」


フラーフェと一緒に行こうとするともう一人の男に止められてしまう。


???「おっと、そのガキと女はここに残して行ってくれ。へへっ…。ガルクのお気に入りなら一人でも問題ないだろ?」


この二人にフラーフェと女の子を預けるのは不安だが、そうしないと行かせてはくれないらしい。あまり事は荒げたくないので渋々ながらも承諾する。


中に入ると大人数座れるように作られたベンチ、その最前列に教壇、大きなステンドガラス。

装飾品も何もない質素な空間。その端の方に丸いテーブルに数人、子供たちとその中に一人年老いた老人が一人座っていた。



神父「わ、私たちは暴力になどに屈したりなど…」


咲「ちょっと待ってくれ。俺は話に来ただけだ。あそこの男とは面識も何もない。勝手にこういうことに巻き込まれただけだ」


そう言うといくらか信じてくれたのか少しだけ胸をなでおろしてくれたようだ。


神父「そうですか…。では、ガルクさんと仲がよろしいというのは…?」


咲「あれは、まぁその通りというか、違うというか…。一応知り合いではある」


この言葉で神父さんの顔が急変する。もうこの機を逃したらお終いというような必死な形相でこちらにすがってくる。


神父「何と!?ではお願いです!彼らを追い出してはくれませんか!?」


あまりにも勢いがすごいのでちょっと身を引いてしまう。


神父「ガルクさんはこんなことを許す御方ではありません!!この土地を貸して頂いたのも彼からで、あちらのお二人はガルクさんの名を騙り私達からお金を奪おうとする悪人なのです!!」


どうか私たちを助けて下さいと懇願されてしまう。


咲「その、少しこちらの話も聞いてほしい。あの女の子はここの孤児院の子か?」


神父が窓からちらりと覗く。首を横に振る。

ただこのまま、はいそうですかと出ていくわけにもいかない。どうにも俺が解決しなければこの場から抜け出せそうにもない。


どちらかがガルクの名を利用して俺を味方にしようとしているのだが、まぁ何にせよどちらが敵かは一目瞭然なわけで。


咲「神父さん、袋貸してくれないか?」


不安がっているが貸してくれる。俺はそれを持って外に出ていく。

???「しっかり持ってきてくれたな。」


咲「ああ、ほらよ」


ひょいっとそれを一人に投げ渡す。


???「どれどれ…確かに本物だな。…おし、じゃあそこから動くなよ。動けば…分かるな?」


小さな果物ナイフのようなものを女の子の首に持っていく。

フラーフェも首にナイフを当てられている。


咲「まぁ最初からそうだろうとは思ってたけど。なんていうか分かりやすいなぁ…」


ため息しか出ない。最初から分かっていただけに馬鹿らしくも感じる。


???「こんなにも容易く引っかかってくれるなんて飛んだお馬鹿さんだなぁ。」


下衆な笑い。ただそれすらも滑稽に思えてくる。


???「…何笑っていやがる。頭おかしいんじゃねぇの?」


咲「ああ、わりぃわりぃ。いや、そこに誰もいないのに人質とか笑えるからさ」


???「あぁ?何言って…んあ!!?どこにいった!!?」


二人ともいなくなったのに驚いている。それどころか人質となっていたフラーフェと女の子はこちらにいる。


???「え!?こ、この舐めやがってえええぇぇぇ!!!」


激昂した二人がこちらに近寄ってくる。応戦しようとした時だった。


???「他人の名を利用する大人にはー…天誅!!」


二人の顎にダイレクトのアッパー。その見事な技を放ったのは女の子だった。

唖然として見つめる。何だ、この幼女は。軽々男二人をノックアウトしたぞ…?


男二人は悶え苦しんでいる。どれほどの力だったのだろうか、なんせ男二人が宙に浮くほどのアッパーだ。並の女の子の筋力じゃありえない。


女の子「もうっ!!私の名を騙るなんてもっときつーいお仕置きが必要かしら?」


ん…?私の名…?


女の子を中心に目を開けられないほどの強い風が吹く。

何というか、すごく、悪寒以上のものが背筋を走り去っていく。


???「このガルク様の名を騙るなんてなぁ?」


まさか。嘘だろ?

目の前にいつものアイツが現れる。ここにいる誰もが驚愕する。


???「な、ほ、本物ぉ!!?」


男二人の顔が青白く変わっていく。


ガルク「はーい本物ですよー?…ってなわけでどうなるか分かってるだろ?」


男二人が尋常ではないほどに震える。


???「お、お願いです!!み、見逃して」


ガルク「いやー無理。見逃したところでまたされるだけだし。さぁ、強制労働してこようか?」


どこにいたのか俺の二倍の背丈の男が数人現れ男二人をどこかに連行していく。


ガルク「これにてまた一つ悪が消え去ったな」


何か格好をつけているが、ちょっと話をしようか?

ガルクの肩を掴み先制の一発を叩き込む。遠くへまるでボールのように転がっていく。

神父「ガルクさん、また助けていただきありがとうございます」


教会の中、子供たちは親の所に帰り、俺たち二人と頬を赤くしたガルク。

神父はそれぞれミルクを置いていく。


ガルク「いやいや、これもギルドマスターの仕事ですから。お気にせずに。あ、砂糖あります?」


咲「…でどうやって女の子になっていた?それであの時からこういうつもりで俺を利用しようと提案したのか?」


回答によってはもう一つの頬も赤くするつもりだ。


ガルク「ヤダナー。ソンナツモリ、コレッポッチモナイデスヨー」


棒読みにも程がある。もう一発お見舞いしてやろうとしたが、まぁそれは置いておこう。


ガルク「ホントはなー上手くいっているか確認で寄って隙見て離れようと思ったんだよ」


咲「本音は?」


またそっぽを向いて片言になる。


ガルク「ベツニー、フラーフェチャンニ、ヨリソイタカッタカラジャ、ナイデスヨー」


殺気を出したせいかガルクの冷や汗も尋常じゃないほどに溢れだす。


ガルク「あー、こんないたいけな女の子をいたぶろうなんて男として恥ずかしくないのー?」


パッと女の子の姿に変わる。どうもその姿になるとガルクと分かっていても手が出せない。

それが弱点と分かったのか。色々と良いようにいじってくる。


???「あら?じゃあ女性ならお仕置きしても問題ないのよね?」


ガルクの表情が固まる。錆びたロボットのようにぎこちなく首を声の方向へと向ける。

そこには冷酷な微笑を浮かべたマキがいた。そしてガルクは教会の外へと連れ出された…。

ガルク「あうぅぅ…。今回は俺の名を騙って金を巻き上げる輩がいるって聞いたからぁ、そいつらを見つけて連行するためなんだってぇ」


毎度のごとくマキにお灸をすえられているガルク。懲りないことに逆に感心してしまう。


咲「コイツは置いといて、マキさんはこっちに何の用で?」


俺の疑問にさらりと答える。


マキ「ギルドのメンバーから詐欺まがいの人物を捕らえたと報告があってね、その報告にガルクとあなた達もいると聞いて、ね」


視線をアイツに向ける。メドゥーサに睨まれたように固まっていく。


マキ「…はぁ。まぁこちらの都合に丁度良かったのよ。…今すぐギルドの方に一緒に来てくれないかしら?」


分かったと承諾する。フラーフェとの散策も満足のいくものではなかったがどうやら断るわけにもいかないようだ。


ギルドに着くと中にはカレン、ジールとミラドにバーグまでもがいた。


咲「ジール達も呼ばれたのか?」


前髪を払うジールの第一声はいつもの皮肉だった。


ジール「ふん。こんな時までお遊びだとはな。お気楽なものだ」


バーグ「ジール、そう言うな。サキもガルクから訓練を毎日受けているのだ。たまには遊びたくもなろう」


そう言ったバーグだが、今はそんなことよりも気になることがある。


咲「…バーグさん何か緊急事態でも起きたのか?」


先程から雰囲気が何か重い。バーグさんの口から驚くことを言われる。

バーグ「うむ…そうだな。先程だな、こんなものがキブスから届いたのだ」


そこには一枚の用紙。多くの文字が書かれている。


バーグ「キブスから匿名でな、今ここが例の男に狙われているとの情報をもらった。」


咲「なっ…!!?」


例の男。あの黒髪黒目の人物。


咲「そんな狙われているって…!?」


マキ「情報は確かなの?」


バーグ「うむ、悪戯の一種だとも考えたがこの文章の中にもう一つ厄介ごとがあってな」


そこからはとミラドが説明役をかってでる。


ミラド「このことをおじ様からお聞きしてメニスタ方面に私とジール、数人のギルドの方と確認しに行きましたの。…この文章に書かれていた通り、またメニスタ方面から大量の魔物がマライブに向けて押し寄せていますの。しかも前回の倍以上に」


咲「何でまた…!!?」


それも倍以上…!!?ここまで口をつぐんでいたガルクがとんでもないことを言う


ガルク「師匠、多分だけど、この群れの中に奴がいるんじゃないのか?」


このガルクの予想にバーグも同意する。


バーグ「私もそう思う。魔物が統率をとれるほど知能は無いはずだ。ただ…」


言葉が淀む。そうだ、あの男は魔物も憎んでいるはずだ。じゃあ何故魔物を操る?そんなことしなくてもあの男は一人で街を滅ぼすほど強いはず…。


バーグ「とにかくだ。皆にこの群れの迎撃に向かってもらう。明日、また話をしよう」

次の日、バーグの家の応接間にて皆集まる。ガルクは先に来ておりバーグと作戦を練っていた。その作戦とはガルク率いるギルドのメンバーは魔物の撃退を、バーグ率いる軍隊は街でガルク達が対処出来なかった魔物の撃退及び街の防衛。

そして、俺とフラーフェだけ別行動をしてほしいとのことだった。

その理由が、


咲「俺らだけで核となる部分を攻撃…!?」


ガルク「そ。簡単だろ?」


咲「下手したらあの男がいる可能性があるってのに!?」


二人だけなんて無茶にもほどがある。


ガルク「今のお前らなら何とか出来るだろ?何、安心しろ。一応手は打ってある。…ちょっとフラーフェちゃんじっとしてろよ?」


手を掲げるとフラーフェからふと何か消えた。いや消えたというよりも、何かが分からなくなった。


ガルク「サキ。魔力感知してみろ」


言われる通りしてみる。目をつむるとふっと周りに波形のようなものが広がっていく。広がる際に人物の形が広がっていく。それがガルク、マキやバーグなどの人物だということは分かる。だが何故かフラーフェと思しき反応が見当たらない。集中した所で他の人物が強調されただけで他に変わることが無かった。


咲「…なるほど、これでアイツの目をごまかすのか」


そう言うこととガルクは頷く。


ガルク「危なくなったらフラーフェちゃんの精霊にでも頼って緊急離脱すればいいさ。あとは俺が引き受けてやる」


咲「そりゃ、気楽に戦えるな」


そう言って互いに笑い合う。

その時一人の兵士が応接間に入ってくる。


兵士「失礼します。ギルドの方からそろそろ作戦区域内に魔物が侵入するとのことです。…隊長いかがしますか?」


バーグが頷き皆に語り始める。


バーグ「うむ。予定より早まったか。…皆、ただの魔物といえど大群だ。気を抜けば死ぬものと思いなさい。サキ、フラーフェ。二人には最も辛く厳しい任務になるだろう。…頼むぞ」


静かに頷く。そして俺たちは魔物の大群の核を倒す為立ち上がる。




――とある男は空を、魔物を見ていた。


魔物の大群は海沿いにある街へと向かっている。あれらが街を滅ぼすのに数時間もかかるまい。

魔物を意のままに操ることは造作もない。だが、ただ、ただただ虚しい。


???「ああ、我が魂はいつ解き放たれるのか…。」


心から願う。もし叶うならば貴女の手で、いつかの貴女がしてくれたように貴女自身の手で。

だが、それはもう叶わない。貴女はもういない。いないのだ。恨むはあの男。あの男さえ消せるなら私は…。

あの街にいるかは分からない。だが私は見た、彼女を。


???「せめて彼女を救えるなら私は…」




バーグ達と別行動をして数時間、遠くの方で大きな爆発音や土煙が見えて来る。

どうやら、ガルク達の方では魔物との大規模な戦闘が始まったようだ。

俺とフラーフェはそれを横目に、丘の頂上付近にある大きな魔力反応に向かい歩いて行っている。


咲「向こうには気づかれてはいないようだな…」


相手に見つからないよう遠回りしながら丘を目指していく。


フラーフェ「サキ、すごく緊張するね…」


咲「…ああ、そうだな」


初めて姿を見た時の、あの感じたことのない重圧。ガルクから鍛えられたとはいえそれでも不安は拭いきれない。


けど…。


咲「いろんな人と出会っていろんな人を知った。マライブを消させるわけにもいかない…!!」


フラーフェと出会ったメニスタを超えて少し先を行ったところで嫌でも覚えているあの感覚が蘇る。


???「…なるほど。あちらは陽動でこちらが本命というわけか」


目の前にあの男、俺と同じ黒目黒髪の男が現れた。


咲「ガルクの魔力感知の無効化も意味が無かったか」


押しつぶされそうな重圧に無理矢理にでも笑って誤魔化してみる。

当たってほしくない予想が当たってしまった。

それに見える様な所を歩いてはいなかったはずなのだが…。

男は無言のまま、目線を俺ではなくフラーフェに向ける。


???「…魔物から人間へと姿を変えたとはな」


コイツ、フラーフェが人間ではなかったことに気づいた…!?


???「…哀れなものだ」


フラーフェ「あなた、どこかで私と…?」


咲「フラーフェ、コイツと知り合いなのか!?」


分からないと頭をふる。男の方は微動だにしない。

目線がフラーフェから俺に向く。だが、その目線はあの時よりも冷たく憎しみも込められている様な目つきだった。


???「貴様がしたのか」


気絶してしまいそうなほどの重圧。いやというほどに感じる殺意。


咲「…ああそうだ」


???「ならば何も言うまい」


場が一気に冷える。

俺はその場から後ろに跳ぶ。その瞬間、あの時カザックの火球を消してみせたように空間が圧縮、収縮され小さな塊が音を立て地面に落ちた。


咲「これはっ…!!?」


無属性!!?

俺と同じこの属性がコイツも使えるのか!!?


???「消えろ。永遠に」



男が繰り出す攻撃は殺意の塊に近いものだった。その上俺が使う無属性よりもはるかに性能が高い。


咲「このっ!!」


苦し紛れにロックハンドを出す。男に向けて三発、しかし男は片手を上げるだけで全て悉く壊し消し去っていく。

俺がジールの剣や、フラーフェを人間に変えるときに使った必殺技ともいうべきあの技だろう。何もかもを無くす、あの技。

今の俺にはあの技は使うことが一切出来ない。あの後何度も物で試すが発動の兆しすら見られなかった。どうやら極限の状態だったから使えたモノらしい。


今はまだ極限の状態じゃ無いってか!?

頭の中で叫ぶ。それよりも男は、フラーフェには一切攻撃しようとはしていない。

フラーフェ自身もマクスを使ってこの場を離脱しようとしているみたいだが、ここを中心に何か妨害されていて次元の力が使えないらしい。

一瞬男から視線を外したことで男が急接近したことに気づくのが一つ遅れる。

何の装飾の無い剣の一振り。ギリギリの所でガルクとの訓練の賜物の魔法を出す。


???「…魔法で剣を創ったか」


手の甲を沿うように一つの剣を創りだす。火と土の魔法を使った応用技だ。


ガルクの一言、合う武器が無いのなら自分で作れば良いじゃんなんていう身も蓋もない言葉から生まれたものだ。


咲「代用品だが、アンタのその剣に負けず劣らずの性能だろうよ」


男は何も言い返さない。お互いの剣が擦れ火花を散らす。

力も拮抗している。ガルクの馬鹿力と比べればこの男の力はそれほどでもなさそうだ。


フラーフェ「やあぁぁぁっ!!!」


男に向けフラーフェが一振りする。男は読んでいたように一歩身を引きそれを避ける。


フラーフェ「サキ!!大丈夫?」


咲「フラーフェ!!ありがとう、助かった!」


俺とフラーフェは男を見る。男は目を見開いたように見える。


???「………故だ」


何か独り言が聞こえる。しかしそれは独り言ではなく俺に対しての問いの投げかけだった。


???「何故…。貴様は何の為に彼女を人間にした?」


咲「…それが今、何の意味が」


???「答えろ」


男の見据える目。有無を言わせないようだ。

俺は素直にあの時の感情を伝える。


咲「…守りたいと思ったからだ」


???「守りたいだと?」


咲「そうだ。俺はフラーフェに助けられた。だから、その恩を返したい。それに…」


この先の言葉は少し恥ずかしい。恥ずかしいけど、俺はフラーフェの前に立ち、声を大にして言い放つ。


咲「コイツのことが愛しいと感じたんだ。だからこそ守ってやりたい。どんな奴からも」


???「…」


男は無言のままだ。何かを見据える瞳。

ふっと、男から殺気の塊だった重圧が消えた。


???「…良いだろう。ならば彼女を守って見せろ」


男が手を光らせる。光が消えるのとほぼ同じタイミングで遠くの方で聞こえていた音が止む。


咲「どういうつもりだ?」


???「…マライブを攻める理由が無くなったからだ」


咲「理由…?」


俺の言葉のどこかに止めるに値するものがあったのだろうか…?

男の目は俺を見つめている。


???「…嘘偽りは無いな?」


男の一言。俺は即答する。自分の気持ちを正直に言っただけなのだから。


???「…彼女を守り切って見せよ。それが彼女への唯一の救いだ」


男は踵を返し歩いていく。


咲「ちょっと待てよ!!お前フラーフェを知っているのか!?唯一の救いって何だ!?」


男は無言だった。その時フラーフェが小さな声で言葉を発する。


フラーフェ「エンダイト…」


男が一瞬体を止める。しかし何事も無かったように歩き始め男の前に現れた、あの歪んだ空間に入り消えていった。

男が俺に向けて発した言葉、フラーフェのあの男の名前らしき言葉、エンダイト。

一体どういう事だ…?


フラーフェも何か考え込んでいる。とにかくこれで一件落着のはずだ。今は他のことを考えるのはあとにしよう。


咲「フラーフェ、ここは一回マライブに戻ろう?このままここにいるのは危ない」


フラーフェ「…うん」


フラーフェのどこか上の空な返事。空は段々と赤から黒へと染まろうとしていた。


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