魔法の都市 マライブ
城門でマライブがどのような街なのか全く分からなかったがとにかく、中に入って休める場所を探さなければ。
咲「フラーフェはそうだな…ここでちょっと待っていてくれ」
魔物だと叫ばれて騒ぎになったら困ってしまう。
キシュゥゥゥ…
咲「そう落ち込むなって、すぐ戻ってくるから」
そう言い、門番の所へと近づいていく。
門番「見かけない服装だな、どこから来たんだ?」
咲「えーと、ちょっとメニスタから…」
そうだ。こんな服装こういう所じゃ目立つよな…
門番はまだ疑っているらしく、
門番「メニスタ…?あそこは廃墟と化しているだろう?
――ああ、そうか。あそこの研究者か。いや何、あそこはほとんど外部と接触することが無い所だからな…こんな服装の人間もいるのか。」
何か色々と喋っているがどうにかごまかせているらしい。
―――あれ?目の前が段々暗くなっていく。眠いわけじゃないのに。
意識が遠のく中、誰かの声が聞こえてくる。
???「こやつが例の人物か…」
―――ん?あー、もう朝か…。
朝練行く準備しないと…。
何だか体が重いな…やけに天井は薄暗いし…。
???「おい、起きろ」
ガシャンガシャンうるさいな…
重い頭を持ち上げて周りを見渡す。ぼやけた意識が鮮明になっていく。
咲「そうだ!ここは何処だ!?」
自分がいる所を見渡すと、周りは石で無造作に積まれた部屋に明かりが一つ。外の様子も何も分からない。
腕には手枷が、首には首輪らしきモノがある。どうやら魔法を出させないようにするもののようだ。出そうと思っても出る気配すらない
???「出ろ、死刑囚32番」
…は?死刑囚?
咲「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?死刑囚ってどういうことだ!?」
全く理解できない。一体俺が何をしたっていうんだ!?
盗賊に危害を加えたことか?それとも別の何か…?
メニスタからここまでくる間に何かいけないことをしたのかと頭をフル回転させて蘇らせる。
だが、看守はあっさりと思ってもみなかったことを言い放つ。
看守「メニスタを滅ぼしたのはお前だろう」
…メニスタを滅ぼした?
…そんな馬鹿な。俺が行った時にはすでに廃墟の街だったんだぞ。一体いつそんなことが出来るっていうんだ。
咲「そんなのでたらめだ!!俺が行ったときからすでに――」
看守「貴様と同じ髪色、同じ目の色をした者だ。そんな人物はこの都市にもどこにもおらん」
咲「嘘だろ、そんなこと…」
ふと、看守にもう一人の看守が近づく。どうやら伝言らしいがそんなこと知ったことではない。
そんなことよりも、メニスタを滅ぼしたのが俺と同じ髪色、目の色だということだ。一体どういうことだ。あの草原で目が覚める前に何か俺がやらかしたのか…?
…看守が何か言っている。何だろう?
看守「おい、32番。外に出られるかもしれないぞ?」
その言葉にはっと看守の顔を向く。無実だということが誰かに証明されたのか?
ただ看守の顔には驚いた、というよりも何か面白い物を見れるというような顔だった。
看守「運が良ければな」
咲「…どういうことだ?」
看守は静かに言い放つ。
看守「これから闘技場で戦ってもらう。」
咲「闘技場…?あの人と人が戦いあう…?」
看守「そうだ。そこでとある方に勝つことが出来たならば釈放してやろう」
看守は一つ区切りをつけて言い放つ。
看守「ただし、魔法を使うことは禁じるがな」
今、目の前に大きな扉がある。その向こうから様々な歓声が聞こえる。湧き上がる歓声とは裏腹に俺は手が震え青ざめているだろう。なんだってこんな目に遭わないといけないんだ。それに相手は人だって?
呑気に平和に暮らしていた俺に人を斬ることは出来るのか?模擬戦でも何でもない。
アナウンサー「――さぁ、幾度となく襲い掛かるモノを蹴散らし虐殺!!こいつに敵うものは誰もいないのか!!?さぁ最終戦!!次はどんなモンスターが――ん?ここで一つお知らせです!!なんと最終戦はモンスターではなく人間との対戦のようだ!!」
様々な声が上がる。つまらねぇ、さっさと始めろ、早く殺し合いを見せてくれ。
殺し合い――
その言葉が頭に響くだけで吐きそうになる。手に持った剣がさらに重さを増したように感じてしまう。
あの時の盗賊共はフラーフェのおかげで死ぬ恐怖なんてこれっぽっちも感じなかった。
でも今は独りだけ。自分で解決させなければいけない。
咲「…やるしかないんだよな」
息を大きく吸って深呼吸する。大きな扉が少しずつ開いていく。
アナウンサー「さぁ!!乱入者の登場だぁ!!」
大きな歓声とともに闘技場の中に入る。中はかなり広く端から端まで平らだ。身を隠せるような場所もない。どうあがいても正々堂々と戦うしかないようだ。
???「ふん、貴様が死刑囚か。つまらん、どんな人物かと思ったが対した相手ではなさそうだね」
咲「…そうかよ、じゃお手柔らかに頼むよ」
???「お手柔らかに?ははっ、初めからそのつもりだ。貴様のような者に魔法など勿体ないないからな。さぁ、来なよ『初心者』」
どうにも、そういうのはバレるみたいだな…。
咲「なら遠慮なくいかせてもらう!!」
こうなればもうやけくそだ。剣を構え、相手に素早く近づき振り下ろす。しかし、あっさり横に避けられる。
剣の振った勢いに負け、そのまま転んでしまう。
周りからはブーイングのような声、嘲られている声が聞こえる気がする。
咲「クソッ!!!」
立ち上がり、剣を振りまくる。それでも全て避けられる。当たる気配すら感じない。
???「どうした?その程度なのか?」
相手は疲れている様子もない。俺を見下し、あざ笑うことを楽しんでいるようだ。
咲「ふざけやがって!!」
何度も剣を振る。何度も、何度も。しかし一向に当たる気配もない。
???「見飽きたな。そろそろ終わりにしよう」
相手の一振りに俺の剣は吹き飛んでいく。そして喉元に剣を突き付けられる。
???「さぁ、最後に何か言い残したことはあるかな?」
咲「…ッ!!」
冷や汗が止まらない。怖さで声も出ない。こんな所で俺は死んでしまうのか。まだ何も知らないのに。こんな時でさえあいつが浮かんでくる。
フラーフェはどうしてるだろう?あいつは上手い事逃げたのだろうか?
まだ、まだだ。こんな所で死にたくない。コイツの、この首元にある剣さえ『無ければ』まだ俺は戦える――
???「言い残したいことは無いのか。ではさようならだ――」
剣が横に振られる。周りの歓声も大きくなる。しかし、
???「何だ、これは…!?」
闘技場が静まり返る。誰もが、今見ている光景に唖然としている。
剣が、光を放ち手元から無くなっていく。欠片も残さず。
???「貴様!?何をした!?魔法は使えないはず…!?」
俺自身も最初は何が起きたか理解できなかった。でも、そうか。そういうことか。
咲「魔法にはならないのか――」
なら、これも――
首輪に念じると、跡形もなく消えていく。
魔法も使える。これならまだ戦える!
咲「ここから反撃開始だ」
???「こんなこと聞いていないぞ…っ!?」
相手は動揺しているのか動こうとしていない。
今が狙い時か?
咲「ロックショット!!」
石つぶてを相手に向けて放つ。しかし経験があるのだろうギリギリの所で避ける。
???「くっ!!調子に乗るなよ!!」
青白い魔法陣が複数浮かび上がる。尖ったものが形成されていく。
???「アイスソード!!」
氷でできた剣がこちらに向かってくる!
咲「そんなもの溶かしてやるよ!!ファイヤウォール!!」
縦一直線に伸びる炎の壁を作り出す。氷の剣が溶けていっているのだろうジュウッといった音が聞こえてくる。
だが、相手も読んでいたのか、左右、後方から風で出来ているであろう刃が飛んでくる。
咲「ロックウォール!!」
分厚い岩でできた壁を作り出し風の刃を凌ぐ。
終わった…?
相手の猛攻が弱まる。ふと、空が暗くなったことに気づく。
咲「しまった!嵌められ――」
???「さらばだ。アイスロック」
氷の塊が真上から落ちてくる。
姿を確認するつもりもないのかさっと身を翻す。
咲「まだ終わってねえよ」
剣士は後ろを振り返る。
しかしもう遅い。渾身の一発を顔面に殴り込む。
炎の勢いも利用していたからか相手は大きく吹き飛ぶ。
???「ぐっ…追い込んだはずなのに…!?」
咲「残念だったな。俺は諦めが悪いんだよ」
あの時、氷に何かしても無駄だと感じた俺は、どうすれば自分の炎の壁を抜けアイツに一発当てることが出来るか考えた。もしかしたら盗賊に対して使った方法が使えないかと閃く。自分を岩で包み炎の魔法で弾き飛ばす。間一髪で避け、その勢いのまま相手に殴りにいった。
咲「どうする、まだやるか?」
相手の剣士は小さく笑い俺を睨みつける。
???「貴様、本気で僕を怒らせたな」
青白い魔法陣が複数浮かび上がる。尖ったものが形成されていく。
???「アイスソード!!」
咲「ロックガンショット!!」
相手の氷の剣を相殺しその後、
バンッと大きな音を放ち相手に石の塊を多数放つ。
???「グハッ!!?」
咲「そう何度も同じ手にかかるかよ」
???「おのれ…!!」
まだ、立とうとしているらしい。向こうもよほどしぶといみたいだ。
あまり使いたくない方法だが、降参させるためにはしょうがない。
相手を岩で閉じ込める。
???「何だ一体!?」
咲「ファイヤウォール」
相手の岩を中心に縦に伸びる炎を出す。サウナ、といえば聞こえはいいだろうか。
数分後、炎を消すと岩は黒くなりボロボロと崩れ落ちていく。
中の剣士は汗まみれでぐったりとしている。
咲「どうする、まだやるか?」
小さい声でポツリと呟く。
???「こ、降参だ…こんなもの耐え、られ…ぬ」
そういうと気絶したのか。静かになってしまった。
試合は俺の勝利ということで終わったが、観客からは拍手というよりもどよめきに近いものだった。
よほど有名な相手だったのか、やり方が激しかったのか…。
ともあれ、俺の勝ちには変わりない。先ほど出てきた扉に引き返す。
扉を抜けた先には騎士が列を成していた。
その中央に一人風格の違う兵士が立っていた。
???「貴殿が死刑囚32番か」
咲「…」
???「…?おお、そうか。こんな呼び方では申し訳ないな。貴殿の名は何という?」
咲「…咲、成宮咲だ」
???「ナルミヤ=サキか。中々変わった名前だな」
顎に手を当て何か考える素振りをしている。
何が狙いなんだ…?
眼光が鋭いわけでもない。何故か動けない。威圧のような、動けば殺される。そう感じる雰囲気がある。
???「サキ殿は魔物をどういうものだと捉えているのであろうか?」
咲「魔物を…?」
今までで出遭った魔物の数はそういない。殺されるような目にも遭ったし、助けてくれる奇妙な魔物…まぁフラーフェのことだが。
咲「…分からない。でも良い魔物も中にはいると思う」
???「ふむ、そうか…」
考えることは無くなったのか、忘れていたのか唐突に自己紹介をし始めた。
???「私の紹介がまだだったな。私はバーグ=シルベール。よく私の息子を負かしてくれた」
咲「…息子?」
そう言われ気づく。どことなく顔立ち、特に目の鋭さが似ている気がする。
バーグ「ジールは何かと人を地位で見下しておってな。そういうことで相手を判断するといつか死ぬぞと忠告していたのだが…。いやはや、咲殿が思い知らせてくれてとても助かった」
一人の兵士がバーグに向けて走ってくる。
兵士「騎士団長!!このままでは抑えられそうにありません!!」
相当慌てているようだ。敬礼する余地もなかったのだろう。
バーグ「そうか。すまない、サキ殿。戦闘で疲れているだろうがどうか手伝って頂きたい」
咲「手伝う?」
どうも、断れる雰囲気でも無さそうだ。
バーグ「うむ。お主を眠らした後一匹の魔物がお主を守るように暴れてな、城門の所で応戦しているのだ」
一匹の魔物、それがフラーフェのことだというのはすぐにわかった。
咲「わかった。でも良いのか?まだ、メニスタを滅ぼしたことの疑いは晴れていないんだろ?」
一番俺が気にしていること、そんな人物なら何をやらかすのか分からないだろうに。
バーグ「安心せよ。貴殿は違うというのが分かったからな。とにかくあの魔物を止めねばならぬ。ついてきなさい」
…ん?あれ、俺の疑いは晴れたのか。いや、まだ安心は早いか。
早くフラーフェの所に行かないと。
城門前付近、バーグについていくと段々あのフラーフェの奇声が聞こえてくる。
むやみにやたらに鎌を振り続けている。兵士も魔法で応戦しているようだがかすりもしていないようだった。
フラーフェに向かって大声を出す。
俺の声が聞こえ、俺の姿も確認したからかやっと暴れることを止めてくれた。
しかし―――それがフラーフェの動きを止める隙を作ってしまった。
その隙を好機とみたのか兵士の一人がフラーフェに襲い掛かる。
咲「フラーフェ!!?」
俺の叫びも遅かった。兵士の槍がフラーフェの体を突き抜ける。
兵士の一人が高笑いしつつどこかへ逃げていく。バーグが残った兵士に追うよう指示をしている。
あの兵士を一発殴りたかったが、今はそんなことはどうでも良い。
咲「フラーフェ!!おい、フラーフェッ!!」
近くで声を出しても身体を動かそうとしない。急所だったらしい。
まさかこんなことになるなんて。
出来るかわからない治癒魔法をかけてみる。だが慣れていないからなのか、意味がないからなのか効果が見られない。
キシュゥゥ…。
小さく声を上げるフラーフェ。衰弱していっているのが目に見えてわかる
このまま、もうどうにもならないのか!?
バーグ「ぬぅ、治癒部隊でも魔物相手の治療はどうにも…」
咲「何でだ!魔法なら何でも――」
焦りからか怒鳴り散らしてしまう。
バーグ「誰も魔物の構造なぞ分かる者はここにはおらぬ!!せめて魔物でなければ…!」
クソッ!!魔物だからって治癒が効かないなんて一体どうすれば!?
…魔物でなければ?
咲「――魔物じゃないなら良いんだな?」
俺の考えが分かったのかバーグは目を大きく見開く。
バーグ「サキ!?まさか――」
何か言っているようだが俺の耳にはもう届かなかった。
――そうだ。魔物が駄目なら人間にしてしまえば良い。
闘技場で使ったあの能力。剣や首輪を消した能力。その物の存在を無くすことが出来るというなら、フラーフェの魔物という『概念』も無くせるはずだ。
キシュ…
フラーフェの声も段々聞こえづらくなっていく。もう、俺の思い浮かんだ方法はこれしかない。
咲「もうちょっと気張ってくれよ…!!」
集中する。間違えるな、フラーフェという『魔物』を無くすんじゃない。魔物という『概念』を無くすんだ。
あの時と同じようにフラーフェに気を向ける。少しずつ、少しずつだが光を放ち始める。
それは段々と大きくなり、やがて目を開けられないほど輝きフラーフェと俺を包み込んでいく。
――目の前に誰か映る。黒髪の人物。顔が前髪で隠れていて分からない。
咲「お前は誰だ?」
俺の問いに笑うとも悲しんでいるとも分からないような表情を見せる。
また強い光を放つ。眩しさに目をつむる。少しずつ目を開けるとそこに黒髪、黒目の人物は居らず、淡いピンク色の髪の毛をした一人の少女が倒れていた。
大きなピンク色をしたカマキリの姿が消え、代わりに一人の少女がいることからこの子がフラーフェなのだろう。ただ先ほどの傷はなく、今まであった傷も消えていた。
ただ、問題があるとすれば――
ばっと後ろに振り返る。
服をどうしよう――!?
カマキリの時に服なんて着ているわけもなく、ましてや用意なんて出来る状況でもない。
ん…
目が覚めたような、そんな声が後ろから聞こえる。
と、とにかく、今自分が着ている上着を渡そう!!
そう思った瞬間、ズボンの裾を引っ張られる。
そろーっと足元を見ると、寝相が悪いだけなのかフラーフェらしき人物が裾を寝ながら掴んでいるだけだった。
はぁっ…と一息つく。
とりあえずは安心かな…?
安心したら、何やら酷い眠気が襲ってきた。
ああ、まずい。まだ安心してはいけないのに…
しかい抗うこともできず、意識が途切れていく。
次に目が覚めたとき、俺はとてつもなく豪華なベッドの上で寝ていた。
咲「何処だここは…?」
見知らぬ大きなベッド。広い部屋。内装は水色と白のストライプ。フカフカそうなソファにサファイアのような煌びやかな壺が壁に等間隔で並んでいる。
とにかくここは振り返ってみよう。マライブにたどり着いたものの、罪人扱いされて牢屋に入れられて…。看守に牢屋から出す条件に闘技場で剣士と戦って、勝って疑いは晴れたもののフラーフェが城門で暴れていて、それを止めたら兵士に致命傷負わされ俺が何とかして人間にして…。
咲「で、そのあと倒れて眠って…何でここに?」
???「ようやく起きたのか」
ふと扉付近から声がする。この声どこかで聞いたな…。
???「まだ、寝ぼけているのか。庶民は余程毎日が暇なのだな」
そうだ、この上から目線の言い方は…
咲「昨日の剣士!?ということはお前が…」
髪の毛に手を当て軽く払う動作をしつつ、こちらに振り向く。
???「ああ、そうだ。僕が騎士団長バーグ=シルべールの子息、ジール=シルベールだ。そのちっぽけな脳みそにでも刻み込んでおくことだな」
高圧的な態度は相変わらず。昨日の出来事から嘘のように回復している。
咲「そうだ!フラーフェはどうしたんだ!?」
あれから姿を見ていない。一体どこにいるのだろう?
ジール「落ち着け。彼女は無事だ」
そういうと、ジールがメイドに扉を開けるよう指示を出す。
扉の奥からもう一人のメイドと共にオレンジのドレスを着た、背の高いピンク色の髪の毛の少女が入ってきた。
俺の姿を見るや否や走り抱きついてくる。
???「サキ!!サキ!!」
小学生のように飛び跳ねはしゃぎまわる。
???「やっと、起きた!!やっと、やっと話せる!!!」
少々ぎこちない話し方。でも、この感じ多分そうだ。
咲「…フラーフェ?」
キラキラしたエメラルドのような瞳で、今にも泣きだしそうな声で話し出す。
フラーフェ「…もう会えなくなるかと、思ってた…」
あの時のことを思い出しているのだろう。そっと、頭をなでる。
咲「俺を守ろうとしてくれていたんだよな。ありがとな」
こらえることが出来なくなったのか、小さな嗚咽が聞こえてくる。
魔物という人間ではない存在なのに、何故かすごく愛おしく感じる。
まだたったちょっとしか過ごしていないのにな…
どこか懐かしい感覚もある。
ジール「あれから数日も眠っていたんだ。…どうだ、丁度昼食時だ。気が済んだなら召使に頼んで来ると良い」
そう言い放ち一人先に部屋を出ていく。
メイドに頼みダイニングルームへと案内してもらった。
十何人も座れる長方形のテーブル。白色のテーブルクロスが掛けられ、その上には食べきれんばかりの多くの料理が置かれている。
メイドに案内された席に座る。
初めて見る料理。名前も何も見当もつかないが、どれも良い匂いを放って手が止まらなくなることは間違いない。
フラーフェもどうにも食べたそうにうずうずしている。ただ、メイドの目を気にしているのか我慢しているようだ。
バーグ「咲殿、起きられたか」
声の方向に向くとバーグが居た。普段着なのか、鎧を着てはいなかった。
バーグ「ここ2,3日眠り続けていたからな。心配していたが良かった」
そう言うと上座の方に座る。
料理を見て気が付いたのか、先に食べさせて良いとメイドたちに合図を出す。
するとメイドたちも色々と準備をし始める
メイドの準備が終わるまで我慢しようとしていたが、フラーフェは先に出されていた料理を食べ始めていく。
メイド「フラーフェ様!!またそのようなはしたない食べ方を!!」
メイドの注意に耳を貸さずに出されている料理を平らげていく。
俺もこれには目を丸くするが、もっと驚いたことはフォークやスプーンなど器用に使って食べていることだ。思い返すと先ほどもぎこちなかったが言葉も話せていた。
バーグ「まだまだ、教育が必要だがこれでも良くなった方なのだ。最初のうちは料理をわしづかみで食べておってな。言葉も上手く話せず、コミュニケーションを取ることさえ困難だったが、こういうことに詳しい者に頼むと、ここ数日でここまで覚えたのだ」
話し終え一つ水を飲む。
バーグ「咲殿も食べると良い。私の召使達が作る料理は絶品だぞ?」
そう言われると、段々と腹が減ってきた。
咲「それじゃあ、遠慮なく…いただきます!!」
俺もフラーフェに負けじとあっという間に料理を平らげていく。何かメイドが言っているようだが、バーグがなだめていた。
あっという間に完食をして俺はすっかり満足だったがフラーフェはまだ食べ足りないらしく、まだおかわりをして食べていた。
今はフラーフェのことは気にしなくて大丈夫だろう。
俺はまずバーグに今の情勢、特にメニスタのことについて話をする。
咲「バーグさん、今ここら辺一体はどういう状況になっているんだ?牢屋で聞いたがメニスタを滅ぼしたのが俺と同じ黒髪、黒目の人物だって。」
バーグは何やら困った顔をしている。
バーグ「その話に嘘偽りは無い。ただ、今回のことは色々と度重なった問題があったのだ。」
ふぅっと一つため息をつく。その時扉を激しく開く音がした。
???「バーグおじさま!!こちらに黒髪の御仁がいらっしゃると聞いたのですがっ!!」
女性らしい澄み渡る声が部屋中に劈く。いかにも活発系の女性なのだろう、ジールが困り顔をしつつ連れて来られていた。
???「まぁ!!貴方があの時の御方ですのね!!」
あの時?
俺はこんな人に会ったことは無い。誰と勘違いしているんだ?
バーグ「ミラド姫…今お二人はお食事中です。お静かにして頂けますかな?」
バーグが注意するもあまり聞いていないようで色々と質問を投げかけてくる。どれも早口過ぎて上手く聞き取れない。バーグが語気を強くして言う。
バーグ「…護衛も付けず一人で街を抜け出し、魔物に追われ多くの方に迷惑をかけたのをお忘れですかな?」
流石にこれには反応したのかシュンと縮こまる。
ミラド「う…。それは…その…」
どうやら何かしでかしたようなのだがどういうことだろう?
バーグが頭を抱えながら俺たちに話してくれる。
バーグ「はぁ。…今回の件は二つの出来事が関係しておってな…。一つ目がメニスタ方面から魔物の大量発生。二つ目が」
ちらっとミラド姫と呼ばれた者に目を向ける。
バーグ「あちらのミラド姫が城から居なくなったことだ」
城から抜け出す?大量の魔物の出現?
――まさか。
咲「俺がミラド姫を誘拐して、かつ魔物を発生させマライブを襲撃しようとした犯人だって思われていた…?」
バーグ「…おおむね間違いではない」
つい大きなため息が出てしまう。
なんてこった。それのせいで俺は死刑囚に…。
経緯は分かったが、まだ謎は残っている。
咲「俺と同じ黒髪、黒目がメニスタを滅ぼした人物なのにバーグさんはどうして違うと判断したんだ?」
途中からこちらの話を聞いていたジールとミラドもこのことだけは気になっていたことらしい。
ジール「そうです父上。何故この者が違うとおっしゃるのですか?黒髪黒目など私は見たことなど無かったのに」
ミラドも同意のようだ。
バーグも否定はしなかった。
バーグ「私も最初はそうだと思っていた。だが、違った。そもそもあやつはそう易々と人前に現れぬ。それに人を憎んでいる。城門の兵士なんぞすぐにでも殺しにかかるだろう」
一息つき、皆に向けて静かに言う。
バーグ「奴は魔物も憎んでいる」
咲「魔物も…?」
バーグ「そう。だからこそ魔物――フラーフェ殿と共に行動していた咲殿は違うのではないかと疑ったのだ」
咲「だから、俺に魔物をどう捉えているのかと尋ねて来たのか」
コクリと頷くともう一つ付け加えた。
バーグ「皆ミラド姫が誘拐されたと慌てふためいていたが私ともう一人、私の弟子だがそうではないと踏んでいてな。私はこの騒ぎで動けないのでそやつに捜索を頼んだのだ。結果、私たちの予想通りだったのだがな」
バーグが呆れた様な目をミラドに向けるとやけに冷や汗をかいている。
ミラド「ぼ、冒険で得られるほど高価なものは無いでしょう!?」
…動揺から見るにとても重要なことで街を抜け出したようではないらしい。
これ以上呆れられた目で見られたくないのか話題をそらす。
ミラド「そうだわ!魔物を刺して逃亡された方は何処へ逃げたのかしら?」
バーグもそのことは気がかりのようだったが、あの後結局見つからなかったらしい。
咲「単純に他の街のスパイとかか…?」
それはあり得ないと即答される。
ジール「それぞれの都市がそれぞれの分野で優れていることは知っているな?それには理由があってな。そのものを作るのに適した、又はそこが運用するのに最も適した場所にあるからだ。他の所では全くと言っても良いほどその材料を手に出来ない。例を挙げるとここマライブなら森のとある所に霊域があり、そこから色々な魔法の素材となるものを採取して魔法の研究をしている。そもそも他の都市に干渉しないよう取り決められているのだがな」
ただ、と一つ付け加えた。
ジール「メニスタは他の都市との交流は良しとされている。魔物の情報は重要だからな。それで色々なことも分かりかけていたのだがな。ああなってしまったが、あそこにはまだ僕らの知らない魔物に関しての情報もあるだろう」
咲「じゃあ、もしかしたらフラーフェのことも分かるのか?」
ジールは目つきを鋭くさせる。
ジール「分からん。だが、どこの都市も近寄りたくはないだろう。先ほどの父上の言葉を忘れたか。下手をすればメニスタと同じ運命を辿ることになる」
…そうだった。俺と似た人物は人と魔物を憎んでいたからメニスタを狙った。下手に情報や研究の為に寄ったなら狙われる確率が大幅に上がる。
バーグ「現状は警備の強化他の都市との情報のやり取りをするしかない――さてその話は一旦終わりにしよう。咲殿、気分転換にでもこの街を見学して来てはいかがかな?」
ミラド「なら私が案内しますわ!!」
前のめりになりながらバーグにアピールする。
フラーフェもそれには反応したのか目を輝かせている。
メイド「フラーフェ様。この後は授業がおありでしょう?」
フラーフェはシュンとしてしまうが、バーグがメイドを宥め許可を出したことで喜びはしゃぎまわる。
ミラドが変装の為とフラーフェと一緒に部屋を出ていく。
フラーフェ「サキ!!いっぱいいろんな所見に行こうね!!」
手をブンブン振りつつ扉から顔を出す。その元気の良さに苦笑いしつつこちらも小さく手を振り返す。
扉が閉まるのを確認し、バーグが口を開ける。
バーグ「ジール、お前も同行してくれ、。」
渋々ながらも承諾する。そしてバーグは俺に顔を向ける。
バーグ「フラーフェ殿が元魔物ということを知っているのはここのメイド達に私の弟子と兵士達、ジールだけだ。住民、ミラド姫には伝えておらん。知られぬよう気をつけよ。あとはメニスタのことだが、滅ぼした者は魔物ということになっておる。お主達を住民達には放浪者として話しておる。兵士達からは監視対象となっているが自由に散策してくれて構わない」
分かったと返事をする。
それだけでも充分にありがたい。
バーグに礼を言って席を立ち、メイドにエントランスまで案内してもらう。
ようやく、ゆっくりと初めての異世界の街を堪能することが出来る。一体どんなものが見られるのだろうか?
咲「…すげぇ」
一面石畳。よく見るファンタジーの世界だ。出店もあれば家の一階を店として開いている所もある。ただ、よくある武器屋、防具屋といった店は見当たらない。
ジール「それはそうだ。ここは魔法の都市、武器屋なんぞなくても魔法で防衛は出来るからな」
自慢げに話しているが、そのジールの腰には剣が備えられている。
兵士などの外に出る可能性のある者のみ支給されるそうで、街の住人は触ることすらないのだそうだ。
フラーフェ「見てサキ!!これすごくおいしそう!」
薄く伸ばした小さな生地にスライスした野菜や薄く切った肉をのせ、それを軽く丸め、ピザとクレープを合わせたような料理。パンの側面に切り込みを入れ、そこにハンバーグのような練り物野菜を挟みソースをかけたいわゆるハンバーガーのような食べ物など、先ほど食べたのにも関わらずに食欲をそそるような食べ物が色々あった。
咲「美味そうだが金なんて…」
ジール「ふん、これだから庶民は」
そういうと出店に近づく。
ジール「これとこれ、一つずつくれ」
???「あいよ…ってジール坊ちゃんじゃねぇか。なんだ?昔の味が恋しくなったってか?あの時のこと今でも覚えてるぜ?昔、バーグさんにダダこねて買ってもらっていたこととかよ」
ジール「…そういうことは言わなくていい」
咲「へぇ。昔はそんな可愛げがあったんだな」
横から二人の話に割り込む。
ジール「貴様は割り込んで来るな!」
???「おぉ?坊ちゃんの知り合いか?仲良くしてやってくれよ?子供ん時良く友達が欲しいって常々言っていたからな。いっつも一人仲間外れにされてミラド姫とくっついって…」
屋台のオジサンの話は止まらない。段々とジールの顔が赤くなっていく。
ジール「…ふん。僕は先にギルドに行く!」
一人でずかずかと先に行ってしまった。
いわゆるツンデレ?みたいなものか。昔そういうことがあってああいう風に性格が少しひねくれたのだろうか?
…って、しまったお金…。
???「お代は良いよ。久々にあんな楽しそうな坊ちゃんを見れたからな。寧ろお礼として持っててくれ」
ありがとうと言い受け取る。フラーフェに片方渡すと一瞬のうちに食べあげる。
…良く食べるなぁ。
それにしても綺麗だな…
フラーフェの身長は俺より少し高い。服装はミラドが選んだものらしく、膝下まであるオレンジ色の長いワンピース。細長いすらっとした腕には少し太めの腕輪、腰には革のベルト、脚にはパンプスから伸びた紐が巻かれている。皆から目を惹く様な、最早モデルといっても過言ではないだろう。
意識して見ていたのがバレてしまったのか、ミラドから呆れた様な目をされてしまう。
ミラド「女の子をそう見つめるのはいかがなものかしら?」
そう言われ慌てて目をそらす。不満そうに聞こえたのは気のせいだろうか?
とにかく、ここで時間を潰すのは勿体ない。名所か何かないかとミラドに聞く。
ミラド「そうね…。あるのはあるけれど、そういう所よりもあそこの方が貴方にはお似合いではないかしら」