十月の紙袋
プシュー、ガタン。
電車の扉が開く音。改札機に交通系ICを押し付ける。
駅前のロータリーは狭い。しかし、車が多く止まっている。
その奥には道路を挟んで商店街がある。地方のこじんまりとした商店街だが、そこそこ賑わいがある。
運よく青信号を渡って、商店街のアーチをくぐる。
人は多いが、スムーズに歩けないほどではない。
ちょっと歩いていると、小さな道が交わった、交差点のようなものがある。その角にこの商店街に見合った、小さなケーキ屋さんが建っている。
私は吸い込まれるように、店へと入った。
中には2段のショーケースが真正面に置かれていた。
いちごがのったショートケーキ。砂糖がふりかけられたチョコケーキ。
どれも美味しそうで、全部買いたいが、そんなお金はない。
さんざん迷った結果、カステラにした。結構高めだ。今日は頑張ったんだし、これくらいの贅沢は許されるはずだ。
店員さんがトングで取り出し、箱に入れてから、紙袋に入れた。
「ありがとうございました」
私は軽く頭を下げ、店を後にした。
小道に入ると、公園がある。遊具は少なく、どちらかというと老人向けみたいな感じだ。
木漏れ日で照らされたベンチに座った。膝の上の紙袋からカステラの箱を取り出した。開けると、甘い香りが鼻に引き込まれた。紙袋を横に置いてから、カステラを掴んだ。
今日はあいさつできた。「おはよう」ってあの人に。
それだけで頑張ったはおかしいかもしれない。でも、自分の中では褒めたたえるべきである。
どうしても、不意に出会うと何も言えなくなる。だからといって声をかけるぞと意識しても難しい。上手くいけば、会話もできるけど、それは稀だ。
逆に話しかけられたら、心底驚き、混乱する。だけど、やっぱり嬉しい。
笑みや涙が溢れそうになったので、カステラを口に運んだ。
ザラザラな甘さが広がって、ふわふわな舌ざわりをもたらした。
「おいしい……」
思わずつぶやくほどだ。
食べ終わると、幸福感が充満しているのを感じる。
また、明日も頑張ろう。
箱を紙袋に入れた。紙袋からは、独特の匂いが漂っている。落ち着く気がする。
空を見上げると、うろこ雲の間から日がさしていた