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第三話

 少し歩いただけでも凄まじいほど体力を消耗する。


 クタクタになりながらも歩みを進め、ダグラスの屋敷まで来たクリスティナの前に偶然――屋敷からダグラスが現れて馬車へ乗り込もうとしているところに遭遇した。


「……ダ、ダグラス様」


「ん? 誰だお前は?」


 目を丸くして尋ねるダグラスに対し「私です……クリスティナです……」と手を握った瞬間――彼は強引にその手を振り払った。


「嘘をつくな、見窄らしい老婆めが!! この屋敷に二度と近づくな」


 さらに道端に落ちていた小石を投げられたクリスティナは、額に傷を負ってしまう。余りの痛みに屈んでいると、ダグラスは無言で馬車に乗り込み、そのままどこかへ去ってしまった――。


 夜になり、空気が冷えて真っ白な息が漏れる。


 クリスティナは一人で都の外れにある運河のほとりで孤立し、水面を見つめながら涙していた。 

 

 自身を証明するものが何もなく、老婆と化した原因も不明。しかもこの姿のせいで周りからの視線も痛く、頼れる人など誰もいない。


 何故こんな目に遭ってしまったの? 私はただ、幸せになりたいだけなのに……。


 特に愛するダグラスからの仕打ちが一番辛かった。


 寒さに冷える身体を両腕でさすりながら、混沌とした心境に押し潰されそうになる。

 それでも『ダグラスはまだ自分を探してくれている』と信じることで、目の前を流れる運河に身を投じることはしなかった。

 とはいえクリスティナは、ダグラスから受けた二つの言葉に惑わされ、揺れ動く心情に戸惑っていることも確か。


『君を一生愛し続けると誓うよ』


『見窄らしい老婆めが!!』


 今の姿は、本来なら何十年か経過した自分である。それを目にした婚約者から邪険にされたことで、クリスティナの心は深く傷付いていた――。


 しかし、この極寒は痩せ細った身体には毒すぎる。自殺せずとも簡単に凍死してしまいそうだ。


 そんな時に突然――“フワリ”と背後から上着をかけられた。


 ゆっくり振り返ると、そこにはフレディが心配そうな顔で立っている。


「おばあちゃん大丈夫!? こんなとこにいたら、凍えて死んでしまうよ? あ、怪我までしてるじゃないか!」


 驚いたクリスティナは「フレ……」と名前を呼び返すのをすぐに躊躇った。


 彼女は自分の正体を明かすことが出来ない。


 みんなから追い立てられたことで、また「嘘をつくな!」と言われるのが、心底怖くなってしまったからだ。


 だが、フレディは眼前にいるのがクリスティナとも気付かず「さ、僕の家においで。あったかいスープもあるから」と優しく彼女の手を引いて家まで連れて行ってくれた――。


 フレディを引き取った老人はすでに他界しており、古びた小屋には彼一人で住んでいた。

 ベッドに腰を下ろしたクリスティナが部屋内を見渡すと、板貼りの壁の隙間はボロ切れで塞がれており、照明はランタンが一つだけだった。


 それでも室内はとても暖かく、天国にいるような心地よさだ。フレディは丁寧に傷の手当てもしてくれた。


 クリスティナの肩に二枚の薄い毛布をかけたフレディは、鍋に薪を組んで沸かしたスープを器に入れてそっと手渡した。


「これ飲みな、あったまるよ」


 一片の具すらも入っていないスープを、まだ悴む両手で一口飲んでみる。


 そして、寒さと寂しさで震えていた身体に染み渡る温もりを感じたクリスティナの瞳から、大粒の涙が溢れてきた。


「とっても……とってもおいしいわ……本当にありがとう」


「それは良かった」


 すると、右手の小指にはめていた指輪が光り出したと思いきや――クリスティナの姿が見る見るうちに老婆から元へと戻っていくではないか。


「……ク、クリスティナ……なんで!?」


 仰天したフレディが瞬きを繰り返しながら問うが、本人も全く状況が把握できていない。


「これは……一体――」


 姿が元に戻った理由はさて置き、クリスティナから事情を聞いたフレディは真剣な顔で「ダグラスは今も君を探しているはずだから一緒に行こう」と、婚約者の屋敷へ帰るよう提案した――。

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