パーティ
王宮の敷地の一画……広大な庭園の中に、夜会やダンスパーティーなどの様々な催しが行われる別棟がある。
そこは王侯貴族や富豪たち上流階級の人々が集う社交の場。
今日も何らかの催しが行われているらしく、宮廷楽団が奏でる優雅な音楽が漏れ聞こえてくる。
晴れやかな青空の下、庭園の花々は色鮮やかに咲き誇り、パーティに向かう招待客らしき人々はその甘い香りを楽しんでいた。
そんな、庶民にはとんと縁のないはずの場所に……何故か平民のフィオナの姿もあった。
彼女は先日に王宮を訪問した時よりも更に豪華なドレスを纏い、艷やかなプラチナブロンドの髪も丁寧に結い上げ、普段は全くすることのない化粧もしている。
その煌びやかな格好とは裏腹に、パーティ会場に向かう彼女の足取りは重く、その表情もどんよりと沈んでいた。
「はぁ〜……」
「ため息をつくと幸せが逃げますわよ。ほら、せっかくのパーティなのですから……笑顔で行きましょう」
パーティ会場を目前にして深々とため息をついたフィオナに、一緒に歩いていたレフィーナが注意する。
「なんで平民の私がまたこんなところに……」
「それはもちろん……お祖母様の快気祝いなのですから。功労者たるフィオナさんを招待しないなんてことは、あり得ないでしょう」
そう。
今日は、王太后マリアが病気(対外的にはそうなっていた)から回復したことを祝うためのパーティが行われる。
いまレフィーナが言った通り、その功労者であるフィオナは王太后から直々に招待客として招かれたのだ。
「功労者ってんならさ、メイシアや先生だってそうじゃない。何で私だけ……」
未だに納得いかないのか、ぶつくさと不平を漏らすフィオナ。
本当は彼女も辞退しようと思ったのだが、一緒に手紙を見ていたメンバーから口々に「王太后陛下直々の招待を断るなんてとんでもない!」と言われので仕方なく……ということだ。
「まあ、招待客は身内や近しい顔見知りの者たちだけとのことですし……気楽に楽しんでいけば良いのです。きっと美味しいお料理もありますわよ」
「レフィーナは慣れてるだろうからそう言うけどさ……料理の味なんて分からなくなりそうだよ」
とは言いつつも、平民の身では食べられない豪華な食事というのには興味はある。
こうなれば……マリアや王家の人たちに挨拶をして義理を果たしたら、ひたすら食事を楽しもうと彼女は目論んでいた。
どうせ自分は上流階級の社交界など場違いなのだから……と。
そんな彼女の心情を見透かしたのか、レフィーナは……
(……果たして、周りの方が放っておくでしょうか?)
と、曇りがちでもなお陰ることのない美貌を横目に眺めながら、内心で呟くのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フィオナとレフィーナがパーティ会場に入ると、いっそう煌びやかな世界が彼女たちを迎える。
広々としたロビー、光り輝くダンスホール、様々な料理が取り揃えられた立食会場、ゆったりと寛げそうなソファが並べられた談話スペース……
庭園まで漏れ聞こえていた演奏がはっきりと、しかし主張しすぎない程度に心地よく響く。
格調高く絢爛豪華であると同時に落ち着いた雰囲気をも醸し出しており、フィロマ王国の栄華と権勢を誇っているかのようだ。
フィオナたちの会場入りに、既に会場入りして談笑していた紳士淑女たちの視線が集まる。
「う……なんか注目されてない?」
「フィオナさんの美しさに見惚れてるのでしょう」
「またまた……そんな事あるわけないでしょ」
自覚のないフィオナは否定するが、レフィーナの言葉は大げさなものでもない。
公爵家の娘であるレフィーナも注目されるべき人物ではあるが……
この場はレフィーナが先に言った通り、殆どが顔見知り同士である。
そのため見覚えのない、輝くばかりの美貌の娘に注目が集まるのは当然であろう。
あからさまに直視する者はいないが、チラチラと彼女の方に視線を向けるのは隠しきれるものではなかった。
「アレシウス様の時代には、こういうパーティに出席されたことはないのですか?」
「ん〜……学院運営の出資者たちとの絡みで何度かは。でもその時とは、こう……文化の成熟度と言うか、洗練さと言うか……何か違うんだよねぇ」
「そう言うものですか」
そんなやり取りをしながら……レフィーナは慣れた様子で他の招待客と挨拶を交わしながら会場を進み、フィオナは居心地悪そうに彼女の陰に隠れて極力目立たないようにしていた。
一先ず主催のマリアのもとに向かう二人に、何者かが声をかけてきた。
「あら、ミュラー家のレフィーナ様じゃありませんこと?」
どうやらレフィーナの知り合いらしいその人物は、他の着飾った婦人たちが霞むほどの豪華なドレスに身を包んだ同年代くらいの少女だった。
声をかけられたレフィーナは、明らかにそれと分かるよそ行きの表情と声音で応じる。
「これはこれは、ネヴァグ家のユリア様。あなたも招待されてたのですね」
「ええ、当然でしょう?」
「「おほほほ……」」
そんなふうに二人とも笑顔で挨拶を交わしているのだが……目は全く笑っていないどころか、交差する視線はバチバチと火花を散らしていた。
(……な、なんだろ?ずいぶん雰囲気悪いね。……いや、それよりも)
フィオナは、ユリアと呼ばれた少女の言葉の中に初めて知る事実が含まれていた事に驚いた。
しかし、それを確かめるよりも先に……そのユリアが、今度はフィオナの方に視線を向けて話しかけてきた。
「そちらの方はご友人でいらっしゃいますの?どちらの家の方かしら……」
「あ、はじめまして……私はレフィーナの学院の友人で、フィオナと言います。家は……まあ、普通の一般家庭というか……」
貴族ばかり集まっているであろうこの場には、平民の自分は相応しくない……と、フィオナは口籠る。
そして、レフィーナがフォローするよりも先に……
「あぁ……あの、落ちこぼれの。学院ならまだしも……なぜ貴女のような平民の方がこの場にいるのかしら?」
と、フィオナの素性を言い当てる。
どうやら彼女もアレシウス魔法学院の生徒だったようだ。
そして彼女は、手にしていた扇で口元を隠して蔑むようにフィオナを一瞥してから、レフィーナに改めて向き直って言い放つ。
「貴女と言い、ウィルソン様と良い……随分と彼女にご執心のようですが。もう少しご自身の立場をご理解されたほうがよろしいかと」
その言い草にレフィーナは、ムッとなって言い返そうとしたところ、さらに新たな人物が声をかけてきた。
「私がご招待したお嬢様に、何かご不満があるのかしら?」
「「「マリア様……!」」」
現れたのは、このパーティの主役たるマリアであった。
彼女の登場に周囲の者たちは次々に臣下の礼をとり、少女たち三人もそれにならう。
マリアはそれに応じてから、ユリアに言う。
「ユリア嬢。フィオナは私が招待したのですが……何か問題が?」
丁寧な物言いで問いかけの形はとっていても、そこには有無を言わさぬ意志の強さが感じられる。
その視線には並大抵の者は萎縮してしまいそうなものだが……
「いいえ、滅相もございません。ただ私は……常に無いことを疑問に思っただけでございます」
と、ユリアは慌てることもなく冷静に応じた。
あくまでも笑顔を崩さず、マリアの視線を平然と受け止めながら。
そう言われれば特に咎める理由もなくマリアは一先ず納得して頷き、続いてフィオナとレフィーナに向き直る。
「さ、フィオナさんにレフィーナ。いらっしゃいな。あちらにウィルもいるから」
「はい、お祖母様」
「は、はい……」
誘いの言葉とともにフィオナの肩に手を置くマリア。
そっと触れるだけのそれは、しかし彼女にとっては重圧を感じさせるものだった。
それからフィオナとレフィーナは、マリアに連れられて会場の奥へと進んでいく。
そして一人残されたユリアは、その場を去っていく三人を……いや、フィオナの後ろ姿をじっと見つめるのだった。




