警告と手紙
「それで……お話はこれでおしまいですか?」
学院長ケリュネイアからアレシウスの研究棟の管理を頼まれたフィオナ。
今回呼び出された本題の話はそれで終わりと思い確認する彼女だったが……
ケリュネイアは首を横に振って否定する。
「いえ、あと二点だけ。一つは……そうですね、これは警告と申しましょうか……」
「警告……?」
思いがけない言葉に眉をひそめ疑問を浮かべるフィオナ。
内心で「私、何かやらかしたっけ……?」と心配になるが、まったく心当たりはない。
そんな彼女の内心が分かったのか、ケリュネイアは苦笑しながら続けた。
「何かを咎めるという意味ではありませんよ。私が言いたかったのは、つまり……これから気を付けてください、ということです」
「……?」
言い直されてもやはりピンと来ないフィオナ。
するとケリュネイアは、今度は真剣な様子で……
「あなたは……アレシウス様の記憶があることは公にはせず、ただ平穏な人生を望んでいると聞いております」
「最近怪しくなってきてますけど……そのつもりです」
既に多くの人々に秘密を知られている現状、果たして望み通りの人生を過ごせるのか……彼女自身も懐疑的だが、まだ諦めてはいない。
「件の野外実習での出来事は箝口令が敷かれてますが、人の口に戸は立てられぬ……とも申します。力であなたをどうこう出来る者などそうそういないでしょうが……平穏を臨むのであれば、これから近付いてくるであろう者には注意する事です。ゆめゆめ、甘言に惑わされることなきよう」
「……なんだか、具体的に私を狙ってる人がいる事をご存知のような雰囲気ですね?」
学院長には何者かに心当たりがあり、それを思い浮かべながら話している……そんなふうにフィオナは感じたのだ。
しかしケリュネイアはそれを否定する。
「いえいえ、それは気のせい……単なる一般論ですよ。大きな力の周りには、それを利用とする者が寄ってくるものです。望むと望まざると……ね」
その言葉にはフィオナも同意して頷く。
しかし今度は別の事が気になった。
「……逆に、学院長は私のことが邪魔だったり……とか?」
これまでの話の内容からすれば、ケリュネイアは魔法学が発展することは望んでいても急激な変化は歓迎していない事は明らかだ。
そんな彼女からしてみれば、バランスブレイカーたり得るフィオナの存在を疎ましく思っていたとしてもおかしくはないが……
「ふふ、まさか。かわいい生徒にそんな事を思うはずがありません。ただ……私は慎重派なだけです」
と、フィオナの言葉を否定する。
どうにも仮面の下の表情が分からず、その本心まではうかがい知ることができないが……ひとまずフィオナは納得しておくことにした。
「もし困ったことがあれば……私はもちろんの事、王太后マリア様も力になると仰っています」
「マリア様が……?」
「ええ。どうやら、かなり貴女のことを気に入ったご様子です」
レフィーナも同じようなことを言っていたが……どうやら本当に自分を気に入ってくれてるらしい事を嬉しく思うと同時に、フィオナは申し訳なさも感じる。
彼女の好意が孫の婚約者である事を前提としているなら、自分はそれを裏切っていることになる……と。
「……あなたがまだウィルソン王子の婚約者ではない事を気にしてるのなら、あの方はそれも承知しているみたいですよ?」
「……ぅえ゛?」
予想外の言葉に、思わず変なうめき声が漏れ出る。
学院長の言葉が事実なら……あの訪問は何だったのか?
「それで、これが最後の用件なのですが……」
そう言いながらケリュネイアは事務机の引き出しを開ける。
中から取り出したのは……手紙だろうか。
印章が捺された蝋で封をされた、何やら仰々しい封筒だ。
「マリア様から手紙を預かっております。どうぞ」
そう言って差し出された封筒を、おずおずと戸惑いながらフィオナは受け取る。
確かに宛先には彼女の名が記されており、差出人は王太后マリアとなっていた。
「これは……?」
「何が書かれてるかは分かりません。私はただ、貴女に渡して欲しい……とだけ」
「…………」
ただ一度だけ、ウィルソンの願いに応じただけだったつもりのフィオナだが……手紙を見つめながら、彼女は何だかイヤな予感がするのであった。




