呼び出し
王太后マリアの呪いを解いた日から数日後のこと。
フィオナはいつもと変わらない平穏な学院生活を送っていた。
やはりいつものようにメイシアやレフィーナたちと学食で昼食をとっていたとき、ちょうど解呪の話題になったのだが……
「う〜ん…………やっぱり、気になるなぁ……」
「何が気になるの?」
フィオナの呟きを拾ったメイシアが質問する。
彼女もマリアの解決が成功した事は既に聞いていたが、その際にフィオナが違和感を抱いた事までは聞いてなかった。
一方、解呪の現場にいたレフィーナはピンと来たらしく……
「呪いをかけた犯人について……ですか?」
「うん。マリア様は大丈夫って言ってたけどさ……」
もう殆ど解決してる……マリアからはそう聞いたものの、それがどうにも腑に落ちない。
呪をかけられた時期や手段、そして犯人に心当たりがあるということなのだろうが……
「きっと、これ以上は私たちを巻き込みたくなかったのかもしれませんね」
「う〜ん……」
「……確かに心配ですけど、お祖母様がああ言われた以上は本当に大丈夫だと思いますわよ。以前は政界でもかなり恐れられてた方ですし、半ば引退された今でも影響力は健在です。様々な伝手もあるでしょうから」
「そう……」
結局のところフィオナがモヤモヤしてるのは……
犯人の事が気になるというのももちろん大きな理由だろうが、それよりも『自分はウィルソンの家族に信頼されてないのでは?』と感じている……と言う事を自覚していないのが大きい。
そんな雰囲気を察したレフィーナとメイシアは顔を見合わせて苦笑いした。
そして、フォローするようにレフィーナは更に言う。
「お祖母様は、フィオナさんの事をかなり気に入っていたと思います。たぶん……ご自身の境遇をフィオナさんに重ねていたのかもしれませんね」
「え?」
「お祖母様も、平民から王家に嫁いだ身ですから。若い頃は色々とご苦労されたでしょうし……ね」
「……別に私、王家になんか嫁がないし」
マリアが平民出であると聞いてフィオナは驚くが……自分と同じ境遇ではないと、顔を赤らめながらしかめ面で否定した。
……レフィーナとメイシアが再び苦笑したのは言うまでもないだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
食事も終わり、もう少しで昼休みが終わるという頃までお喋りを続けていたフィオナたち。
さて、そろそろ教室に戻ろうか……と、腰を浮かせたところに、声をかけてくる者がいた。
「「あ、いたいた〜」」
可愛らしくハモるその声は、フィオナたちの友人である双子、セルフィとシルフィであった。
「ん?あぁ、ツインズじゃない。姿が見えなかったけど、どこ行ってたの?」
「学院長室に呼ばれていた〜」
「フィオナを学院長が呼んでる〜」
独特な間延びした声でそう告げる双子たち。
フィオナは首を傾げながら聞き返す。
「え、今から……?もうすぐ魔法実技の授業が始まるけど……」
落ちこぼれを装ってる彼女でも授業はサボることなく真面目に受けているため、いくら学院長の呼び出しであっても抵抗を覚えた。
それに、急な呼び出しの理由も分からず……困惑するばかりだ。
しかし双子は彼女の背中を押して急かそうとする。
「フェルマン先生にも伝言するから大丈夫〜」
「いってら〜」
「ちょっ……分かったから押さないで!ちゃんと行くから!」
どちらにしても、この学院のトップの呼び出しなら、一生徒に過ぎない彼女が拒否できるはずもない。
それに……最初は困惑したが、おそらくは『アレシウスの研究棟』に関する話があるのだろうと当たりをつける。
「じゃあ行ってくるけど……ちゃんとフェルマン先生にはサボりじゃないって伝えておいてよ?」
「「了解〜、まかせて〜」」
手を振って送り出す双子、心配そうな目を向けるレフィーナとメイシアをその場に残し、フィオナは学院長のもとに向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フィオナがやってきたのは、彼女が入学して以来一度も足を踏み入れたことがなかった場所。
そこは彼女の前世の記憶には無い、アレシウス魔法学院の中でも比較的新しい建物だ。
新しいとは言っても、伝統ある建築様式によって周囲の歴史的建造物と並んでも浮かないよう、景観に配慮がされてるようだ。
重厚なその佇まいは、由緒ある学院のトップが滞在するのに相応しい貫禄を感じさせる。
しん……と静まり返った建物の中に入ると、午後の授業が始まる直前の喧騒がやけに響いてくるようだった。
緊張の面持ちで廊下を進むフィオナ。
始めて来た場所だが、入口付近の壁に構内図があったので迷うことはなさそうだ。
そして、三階にある学院長室を目指す途中……彼女はふと思った。
(そう言えば……学院長ってどんな人だっけ?……いや、そもそも入学式とかでも見てないような)
今更ながらその事実に気がつく。
今までその存在を誰かから聞いたこともないし、それを気にしたこともなかったが……
(そう言えば、双子ちゃんたちが私を呼びに来たのも謎だな……)
彼女たちはもともとレフィーナの取り巻きの貴族令嬢だ。
他の取り巻きたちと異なり、フィオナに対して見下すような態度は取っていなかったことや、レフィーナやメイシア同様に貴族らしからぬ気さくさもあって、いつのまにか仲の良いグループとして集まるようになった。
……その彼女たちが、なぜ学院長の遣いを頼まれたのか。
(……まあ、会えば分かるかな)
考え事をしている間に、彼女はいつのまにか大きく立派な扉の前に立っていた。
何となく威圧感を感じて気後れしそうになるが……彼女は一つ深呼吸してから扉をノックした。
『どうぞお入りください』
フィオナが想像していたよりも、ずっと若い女性の声が入室を促す。
意を決して、彼女は扉のノブに手をかけた。
そして、ゆっくりと内側に開いていく扉のその先……フィオナを待ち受ける学園長とは、果たしてどのような人物なのか。




