事件解決……?
演奏を終えたウィルソンは、魔力を大量に消耗した事による疲れが隠しきれない様子だった。
それでも、まずは祖母の容態を確認するのが先決だと、彼女に声をかける。
「お祖母様、どう……ですか?」
「……ええ、先ほどまでの倦怠感が嘘のようになくなってるわ。それどころか、以前よりも調子がいいくらい」
その言葉通り先ほどまでよりも表情は晴れやかで、見るからに活力を取り戻したかのように感じられた。
こころなしか少し若返ったようにすら見える。
ウィルソンはそれでようやく安心し、ほっと一息つくが……ふと、フィオナの方を見ると、彼女が何やら怪訝そうな顔をしているのに気付いた。
「…………」
「……フィオナさん?どうしたのです」
どうやらレフィーナも彼女の様子に気づいたらしく、何か気になることがあったのかと問いかけた。
「う〜ん……解呪の最後の方で少し違和感が……それに……」
そう言って彼女は、部屋の中をキョロキョロと見渡してから首を傾げた。
「いや、解呪は間違いなく成功してるし……気のせいだね」
「ふむ……」
どうにも要領を得ない感じではあったが……当のフィオナ自身が気のせいと結論したので、ウィルソンは少し気になったもののそれ以上は追求する事はなかった。
そして、彼女の口から解呪が成功したことをはっきりと聞いたため、これで問題は解決した……と、思いかけたところで、まだ重大な問題が残されていると気を取り直す。
「まずは呪いが解けたのは喜ばしい事です。しかし……いったい誰がお祖母様を狙ったのか?犯人を特定して捕まえなければ安心できません」
そう……マリアの呪いを解いただけでは、まだ事件解決とは言えない。
犯人が誰なのか?
どのようにして彼女に呪いをかけたのか?
そして、その目的はなんだったのか?
これらの事が分からなければ、再び同じことが起きる可能性は高いだろう。
しかし……ウィルソンに問われたマリアは、至極あっさりといった雰囲気で……
「それなら……もう犯人の目星は付いているわ。解決の目処も立っている。これ以上、あなたたちの手を煩わせるようなことは無いから安心してちょうだい」
などというではないか。
これには三人とも驚きのあまり絶句する。
しかしそう言われて納得できないのはフィオナである。
彼女は神妙な面持ちで懇願するように言う。
「しかしマリアさま……私は専門ではありませんが、それでもあの呪いをかけた術者が相当な実力を持っているであろう事は分かりました。あまり侮らないほうが……」
フィオナがそのように言えば、マリアは嬉しそうに微笑んで……
「私を心配してくれるのね、ありがとう。でも……本当に大丈夫よ。……と言うか、そちらに関しては殆ど解決している。でも……ごめんなさいね、詳しくは話せないの」
と、やはり大丈夫だと答える。
だが、なぜ詳しく話せないのか……フィオナだけでなくウィルソンやレフィーナもそれは気になったのだが、当事者自身がそういうのであれば深くは追求できなかった。
「そう……ですか……。ですが、あまり無茶はなさらないでくださいね……?」
せめてそれだけは……と、フィオナはマリアの身を案じる言葉をかけた。
「ええ、ありがとう。……ふふ、大丈夫よ。ウィルと違って、私はそんな無茶はしないわよ」
と言って、彼女は意味ありげな視線をウィルソンに向ける。
「暴君竜との戦いの話は私も聞いたわ。最後の危機のときにあなたが身を挺してフィオナさんを庇った……と。それに今回も、その魔道具を手に入れるために無茶したんじゃない?」
「う……」
王太子として軽率な行動を咎められたような気がして、彼は答えに窮した。
しかし、彼女は可笑しそうにクスクス笑いながら更に続ける。
「ふふ……別に責めてるわけじゃないわ。あなたのそれは血筋なのかしらね。夫も、息子も……好いた女のために無茶しがちなのは」
それから彼女は再びフィオナに向き直り、少しだけかしこまった様子で……
「ありがとう、フィオナさん。いろいろあって言いそびれてたけど……ウィルのこと、よろしくね」
と、本来は初めて対面した時にかけるべきだった言葉を口にした。
それに対してフィオナは、自身がウィルソンの婚約者であると思われていることを思い出し、急に気恥ずかしくなる。
まさかここにきて否定する事も出来ない。
そして……
「え、いや……その…………は、はい……」
と、彼女は口ごもりながらそう答えることしか出来なかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フィオナたち三人がマリアの寝室から出ていったあと。
静まり返った部屋の中で彼女はしばし瞑目し……おもむろに目を開いて視線を部屋の隅の方に向ける。
そして、誰もいないはずのそこに向かって話しかけた。
「……どうでしたか、彼女は?」
それは独り言などではなく、明確に何者かに問いかける言葉。
もちろん、彼女の気が触れたわけではない。
何故なら……やはり部屋の中には誰もいないのに、その問いに答えが返ってきたからだ。
『ええ。あの研究棟の封印を解き、幽玄のファルダマラを手に入れ、呪いを解いた……彼女が確かにアレシウス様の生まれ変わりであることは分かったわ』
その声と口調は女性のものと思われた。
彼女の言葉からすれば……どうやら、フィオナが大魔導士アレシウスの生まれ変わりである事の証拠を得ようとしていたようだ。
『まあ、単騎で暴君竜を倒したりとか、キューちゃんの証言もあったみたいだし、疑っていたわけじゃないけど……念のため確証は欲しかったから。協力してくれてありがとね』
「いえ、それは私も同じでしたので。しかし……彼女、何か勘付きそうではありましたよ」
フィオナが、解呪に違和感を覚えたり部屋の様子を気にしていたらしい事を、マリアは思い出していた。
『その辺は流石よね。まあ、あの方は専門じゃないから、呪いが実は見せかけだけのものとまでは見抜けなかったみたいだけど。もしバレてたら、それはそれで一つの証明にはなったでしょう』
その言葉に一つ頷いてから、マリアは本題を切り出した。
「それで……彼女をどうするつもりです?どうやら婚約者と言うのは方便のようですが、孫の好いた相手には違いありません。それに……私自身も彼女を気に入りました。いくら貴女でも、あの娘を無碍に扱うようでしたら……」
最後は語気を強めて凄むような雰囲気を見せるマリア。
そうしていると、これまでの柔和な雰囲気から一転して、冷徹な為政者の顔がのぞかせる。
だが、謎の声の主はそれに怯むこともなく、おどけたような口調で返す。
『そんな怖い顔をしなくても大丈夫よ。私は別にどうこうするつもりは無いわ。だけど……他の連中がどう出るのかまでは分からないわね』
「……また、引退は遠のきそうかしら」
謎の声の言葉に、彼女は頭を振りながら呟く。
そして……これから先に起きるであろう厄介事を想像し、彼女は深く溜息をつくのだった。




