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TS転生大魔導士は落ちこぼれと呼ばれる  作者: O.T.I
第二部

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解呪の調べ



 アレシウスの研究棟を出た一行。

 メイシアとフェルマンを学院に残し、フィオナたち三人はそのまま学院前に待機してもらっていた馬車に乗って王宮へと向かう。

 学院にやって来た時はまだ高かった日もかなり傾き、もうすぐ茜色に染まることだろう。



「これで……お祖母様の呪いが解けると良いが……」


 手にした解呪の魔道具を眺めながら、ウィルソンが期待と不安が混じった呟きを漏らす。


「大丈夫ですわよ、ウィル兄様。魔法学最盛期の賢人が遺した叡智の結晶なのですから。まさかあれほどのものをこの目で見ることができようとは思いませんでした」


 レフィーナはそう言って従兄の不安を晴らそうとする。

 彼女とて同じような不安は持っていたが……いまだ夢だったのではないかと思えるような体験、奇跡にも似た魔法技術の数々に触れて期待が大きく膨らんでいた。


「そう……だな。それに、何と言ってもフィオナの導きだ。間違いはあるまい」


 普段であればフィオナの言うことは無条件に信じそうな彼であるが、それでも不安が隠せなかったのはそれだけ家族としての愛情が深いものだからだろう。

 そう思えば、フィオナはむしろそれが嬉しいと感じ、柔らかな笑みを浮かべる。

 もちろん、彼女自身はかつての弟子の実力をよく知っているので、解呪は間違いなく成功すると信じているのだった。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 そして王宮に再びやって来たフィオナたち。

 事前に話しを通してあるので、直ぐに王太后の部屋へと通される。



「お祖母様、解呪の魔道具を手に入れてまいりました」


 はやる気持ちを何とか落ち着かせながら、ウィルソンは祖母に報告する。

 それを受け、ベッドで横になっていたマリアは気怠そうにしながらも身を起こした。


「ごほっ…………本当かい?」


「はい、これです」


 そう言って彼は、大事そうに抱えていたファルダマラをマリアに見せる。


「まあ……なんて美しい。これが、大魔導士の高弟が遺したという魔道具……」


 まず美しい装飾に惹かれ……更に、内に秘める大きな魔力を感じ取った彼女は感嘆のため息を漏らした。


「この『幽玄のファルダマラ』は、かけられた呪いの系統に対応した曲を奏でることで解呪の魔法を発動させることができます。マリア様にかけられた呪いの系統なら私でも分かりましたので、既に弾くべき曲も決まってます」


 そう説明する間も、魔道具と対になる楽譜集をパラパラとめくるフィオナ。

 そして、その手が止まる。


「王子、この曲です」


「『目覚め告げる麗鳥の(さえず)り』……これを弾けば良いのだな」


 ウィルソンは楽譜を確認しながら、感触を確かめるように弦を軽く掻き鳴らす。

 すると、美しい和音が奏でられるとともに、水飛沫のような無数の煌めきが楽器から放たれた。


「おお……魔力が溢れ出るようだ……よし」


 そしてウィルソンは、居住まいを正して目を閉じてから一呼吸おき……再び目を開いたあと、意を決して最初のフレーズを奏で始めた。


 ゆったりと、静かに……まさしく鳥の囀りのような美しい旋律が部屋の中に響き渡る。

 同時に、先ほどと同じように無数の煌めきが部屋中に満ち溢れ、雫となって光の雨を降らした。



「綺麗……」


 音と光が織りなす幻想的な光景に、レフィーナはうっとりと呟く。

 フィオナとマリアも瞳を閉じ、ウィルソンの演奏に聞き惚れていた。



 やがて曲調が変わり、目覚めを促すような力強さを帯び始める。

 ウィルソンはただ無心に演奏を続ける。


 光の雨はますます眩く輝き、被術者たるマリアに向かって吸い込まれていった。


「暖かな光……なんと心地よい……」


 気持ちよさげに呟くマリア。

 それとは裏腹に……光に包まれたマリアの身体の中から、どす黒い瘴気のようなものが漏れ出した。

 しかしそれもまた、光の内に淡く溶けて消えていく。


(よし……呪いが消えていってる。このまま……)


 順調に解呪が進んでいる様子を見て、ほっと胸を撫でおろすフィオナ。


 しかし……


「……くっ」


 ウィルソンが苦悶の声を漏らした。

 見ればその表情も辛そうで、額には玉のような汗が浮かんでいる。


(魔力が吸い取られる……何とか、あともう少しだけもってくれ……!)


 幽玄のファルダマラに内在する魔力は強大なものだったが、解呪法の発動には術者の魔力も大量に必要となる。

 弾き始めたその時から湯水の如く楽器に魔力が奪われるのを感じていたが……このままでは曲が終わる前に魔力が枯渇してしまうかもしれない……と、彼は内心で焦りを感じていた。


 ウィルソンの苦境を察知したフィオナは、しかしそれも織り込み済みだったらしく、特に焦ることもなく彼の後ろに立つ。

 そして……


「王子、あともう少しです。私も手伝いますので頑張ってください。移譲(トランマギカ)


 魔力譲渡の魔法を発動しながら、彼女は背後からウィルソンを抱きしめるように密着した。

 それは効率よく魔力を渡すための行動であり、彼女に他意は無いのだが……


 ウィルソンは心が乱れそうになるのを必死に押さえ、背中の感触をなるべく意識しないように演奏に集中する。

 枯渇しようとしていた魔力も、フィオナから大量に注がれることによって心配がなくなった。



 そして演奏はフィナーレへ。

 目が眩むほどに部屋中に満ち溢れていた光はただ一点に収束し、マリアから溢れ出る呪いの瘴気をことごとく消し去っていく。


 やがてウィルソンの演奏が全て終わったとき。

 残滓のような光の粒が儚く溶けていき、マリアを包んでいた暖かな光も余韻を惜しむように次第に消え去った。


 マリアがゆっくりと目を開いて、穏やかな笑みを浮かべたのを見て……フィオナたちは解呪が成功したことを確信するのだった。




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