帰路
目当ての魔道具『幽玄のファルダマラ』を手に入れた一行は、ディアナの研究室をあとにすることになった。
「じゃあね、ディーネ。また来るよ」
『ええ。色々と入り用みたいだから……なるべく早くね』
千年以上も放置されていた結果、施設の管理・維持を行うための物資が尽きかけている……とは、アレクセイの話であった。
そして封印が解かれた以上、フィオナは調査協力等にもきっと呼ばれることになるだろう。
そうなれば、悠久の時を静寂に包まれていたこの場所もにわかに活気づくことになる。
そして、ディーネに一度の別れを告げ建物の外に出たフィオナたちだが……彼女たちの前に何者かが現れた。
執事のような格好をした、黒髪黒目の整った顔立ちの青年だ。
彼は柔らかな笑みを浮かべてフィオナに声をかけてきた。
「マスター・フィオナ……どうやら目的は達成されたご様子で」
「あ、アレク!出てきて大丈夫なの?」
「はい。これから物資の補充が期待できるのならば……やはり姿をお見せしないのは失礼かと思い、急ぎメンテナンスを行いました」
どうやら、彼の正体はこの施設の管理者……アレクセイだったようだ。
彼としては、久しぶりの主の帰還と来客に声だけで応対するのが我慢ならなかったらしい。
「皆様、あらためてご挨拶を。今後とも宜しくお願い致します」
優雅な所作で一礼するアレク。
なかなか様になっているその様子は、高位貴族に仕える使用人といった雰囲気だ。
「これはどうもご丁寧に。私はフィオナの恋び「ごほんっ!!」……友人のウィルソンという。よろしく」
隙あらばぶっこもうとするウィルソンに、もはや慣れた様子でつっこむフィオナ。
ある意味、息がピッタリである。
研究棟の入口ですでに紹介はしていたが、他の面々もあらためて挨拶を交わす。
「お時間があれば、ぜひ施設のご案内をさせていただくところでしたが……」
「それはまたの機会だね。はやくマリア様の呪いを解いてあげないと」
「ええ、承知しております。それでは、せめてお見送りをさせて下さい」
こうして一行は、アレクを伴って地下研究施設から地上に向かうことになった。
その道すがら、彼に対してウィルソンたちから様々な質問がとんだのだが……
「アレクさんって、フィオナ……というか、アレシウス様が生み出した『魔法生命体』ってことですけど、見た目は私たちと変わらないんですね」
と質問したのは、メイシアだ。
彼女の言う通り、アレクの見た目は普通の人間と何ら変わるところが無いように見える。
彼は笑顔でその問いに答えた。
「ええ、実際に肉体的には人間と大差ないですから。ちなみに、この身体はアレシウス様の遺伝情報をベースに作られてます。ですから、外見もあの方の若かりし頃と瓜二つらしいですね」
「へぇ〜……アレシウス様って、すっごいイケメンだったんだぁ〜」
「本当ですわ。伝記の挿絵は誇張ではなかったのですね」
まじまじとアレクの顔を見つめながら、メイシアやレフィーナは感心したように言った。
そして当のアレシウス……の記憶を持つフィオナと言えば。
「……そんなにイケメンかなぁ?あまり女の人にモテた記憶は無いんだけど……」
いまいちピンとこないといったふうに呟く。
前世も今世も、自身の美醜についてはあまり頓着しないたちなのは変わらないらしい。
(イケメンというなら……王子の方がよっぽどだと思うんだけど。学院の女の子にもモテるみたいだし)
内心でそんなことを思うが、からかわれるのが目に見えてるので口にすることはなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それじゃあアレク、また来るね」
「はい、お待ちしております」
研究棟のエントランスまで戻ってきた一行。
アレクとはここでいったんの別れを告げることに。
そして、外に出ようとしたフィオナだったが、ふと思い出したように振り向いた。
「あ、そうだ……。結界が解除されたんだからさ、アレクももう外には出られるでしょ?」
「そう……ですね。あまり長く不在にすることはできませんが、周囲の様子は見ておきたいです」
施設の監理者である彼は基本的に自ら施設外に出ることは殆ど無かったが、別に外出することが出来ないわけではない。
「周囲……いちおう、ここは学院の敷地内だから……先生?」
「ああ。話は通しておく。何らかの許可証を発行してもらえば大丈夫だろう」
見慣れない人物が学院内で目撃されて騒ぎになってもまずい……と、フェルマンが対処することを約束してくれた。
「必要物資も私の方で収集出来れば良いのですが……」
「資金が要るからね。そっちは私に任せておいて。この間の件で、けっこうお金貰ったから」
魔物の暴走や暴君竜の撃退に多大な貢献をした……ということで、彼女には国からかなりの報奨金が支払われていた。
最初は固辞していたフィオナだったが、「国の威信にかかわる」と言われて渋々受け取ったのである。
特に使い道も思いつかなかった彼女は、少なくない金額を両親に仕送りしたが、まだかなりの金額が残っている。
なお、突然娘から大金が送られてきた両親は仰天し、何か後ろ暗い金ではないかと心配して手紙を送ってきたが、説明に苦慮したのは言うまでもない。
そんなふうに大金を持て余していた彼女だったが、使い道が見つかって喜んでいた。
しかし、その話を聞いていたウィルソンが申し出る。
「この研究棟の必要物資と言うことであれば、国から費用は捻出出来ると思うぞ。学院の必要経費として」
「え、別に……」
と言いかけたフィオナだが、更にフェルマンも口を挟んできた。
「一応、ここも学院の管理対象には違いないからな。個人資金で施設維持するわけにもいかないだろ」
「む……」
正論で諭されたフィオナは口籠ってしまう。
そんなやり取りを聞いていたレフィーナとメイシアも……
「良いじゃないですか。フィオナさんはもっと自分のためにお金を使えば良いのでは?洋服とかアクセサリーとか……」
「そうよ。あなたはもっとお洒落にお金を使うべきだわ」
普段から、彼女が自身の身だしなみには無頓着なのを残念に思っていた二人は、良い機会とばかりに言う。
そして、ふと気になったメイシアは……
「……そもそも、いくら位もらったの?」
と聞いてみた。
フィオナは、まるで悪戯を見咎められたかのように視線を彷徨わせながら答えた。
「……一億ベリル」
「いちおくっ!?」
「まぁ……」
メイシアは驚愕で目を見開きながら大きな声を上げ、公爵令嬢のレフィーナさえも感嘆の声を漏らした。
「個人に対する報奨金としては確かに破格かもしれんが……国家規模の災厄が未然に防げたのだから、むしろ安いくらいだぞ。彼女がいなければ……億どころではない損失が出たばかりでなく、多くの人命が失われていただろう」
むしろウィルソンとしては「もっと報いるべきだ」と主張したのだが、当の本人がそれを否定していた。
それでも平民のフィオナにとってはありえない額なのだが。
「……私は地味に、慎ましやかに暮らすんです。身に余る大金は逆に身を滅ぼしかねません」
などと彼女は言うが、他の面々は顔を見合わせて「今更だな……」と思うのだった。




