痴話喧嘩
全力を振り絞って最後の一撃を放ったウィルソンは肩で息をしながら立ち上がり、油断なく再び剣を構える。
しかし、核を破壊されたアストラスは目の光を喪い、動きを完全に止めていた。
それを見て彼は「ふぅ……」と息を一つ吐いてから、ようやく構えを解いた。
フェルマンも同様にホッとした表情で力を抜く。
『お見事。あなたたちの勝利よ。それにしても……まさか核を砕かれるとは思わなかったわ。はぁ……また修復するのに時間がかかるわねぇ……資材がまだ残ってるかアレクに確認しとかなきゃ』
ディーネは勝者を称えつつ、悩ましげなため息とともに愚痴を零した。
「す、すまない……無我夢中で……」
「謝る必要は無いですよ、王子。そもそも普通に訪問することすら出来ないのが悪いんですから」
バツが悪そうに謝罪するウィルソンに、うんうんと頷きながら、気にしなくても良いと声を掛けるフィオナ。
自分以外にも仲間ができて何となく嬉しそう。
『……まあ、いいわ。もう怒られる相手もいないしね』
もう一度ため息でもつきそうな雰囲気でディーネは言った。
「それよりも王子、結構無茶しましたね……。治療しますから診せてください。先生は……」
「俺は大丈夫だ。距離を取ってたから被弾は無かった。……生徒を前衛に置いて怪我させたのには思うところがあるが」
「純魔道士の先生を前に出すわけにはいきませんからね。それは仕方ないですよ」
複雑そうな表情で言うフェルマンをフォローしながら、フィオナはウィルソンの怪我の手当てをするため彼に近付いた。
そして身体のあちこちをペタペタと触りながら、切り傷や火傷の様子を確認し治療を始める。
少しひんやりとした少女の小さな手の感触が、激しい戦闘で熱を持った身体に心地よい……そして普段よりも近い距離感に、ウィルソンはフィオナを抱きしめたくなる衝動に駆られた。
「……よし、あとはここだけですね」
ウィルソンの頬に当てた彼女の手に、治癒魔法の淡い光が灯った。
美しく透き通った青い瞳……真剣な眼差しが、少し背の高いウィルソンの顔を見上げている。
愛する少女がそれまでよりも更に近づき……かすかな甘い香りが彼の鼻腔をくすぐり……
「フィオナ!!結婚してくれ!!」
「うひゃあっ!!??」
ついに我慢がきかなくなって理性が吹き飛んだウィルソンに、ガバっと抱きつかれたフィオナが悲鳴を上げた。
そして……
「な、な、な………………何をするんですかぁーーーっっ!!!!」
バキィッ!!
「ぶべらっっ!!??」
フィオナが振り上げた小さな拳が、見事にウィルソンの顎を打ち抜いた。
せっかく戦いの傷が治ったのに、それよりも更に大ダメージを負ったウィルソンだが……その表情は幸せそうだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まったくもう…………」
ぷんすかと怒りがおさまらない様子のフィオナ。
なんとか機嫌を直してもらおうと、ウィルソンは彼女に謝るのだが……
「すまない。反省している。……だが後悔はしてない」
「ホントに反省してます!?」
と、余計に彼女を刺激していた。
そんな二人を見かねたのか、レフィーナとメイシアがフォローしようと彼女に話しかける。
「まあまあフィオナさん、どうか落ち着いて」
「そうよ。それに、あれはフィオナも悪いと思うわ」
「……なんでさ?」
メイシアの予想外の言葉に、ぶすっとなって聞き返すフィオナ。
見ればレフィーナも頷いていた。
「自分を好きだと言ってるオトコに、あんなに無防備に近づいたら……ねぇ?」
「ですよね。あんなに甲斐甲斐しく世話して、あざとい上目遣いで……そのままキスでもするかと思いましたわよ」
「そんなわけないでしょ!?」
心外な言葉を受けて、ますます彼女はヒートアップする。
そんな、わーわーぎゃーぎゃーと騒がしい生徒たちの様子に、いささかウンザリした様子のフェルマンがボソリと零した。
「……痴話喧嘩はそれくらいにして、先に進まないか」
「痴話喧嘩じゃないですっっ!!!」
結局、フェルマンの言葉も火に油を注ぐものにしかならない。
その後、暫くはフィオナを宥めるのに時間を要する事になるのだが……
『……やっぱり、アレシウスとは違うみたいね』
そんなディーネの呟きを拾う者は誰もいなかった。




