激戦の果て
アストラスの左腕……『魔導砲』より熱光線が放たれる。
直前に腕の向きから射線を予想していたウィルソンたちは、比較的余裕をもって光線から逃れたのだが……
光の速さで通り過ぎたあと、空気を焦がす匂いを嗅いだ彼らはその攻撃の威力を想像して、よりいっそう緊張感を高めていた。
それからアストラスの攻撃は更に苛烈なものとなる。
対するウィルソンたちも、ここが正念場とギアを引き上げ……戦いは最後の決着に向って激しさを増すのだった。
「だ、大丈夫かしら……」
メイシアが心配そうに呟きを漏らす。
何度か自分たちの方にも光線が向かってきて悲鳴を上げそうになるも、フィオナの張った結界がびくともしない事に安心した彼女だが……ウィルソンたちは本当に大丈夫なのだろうか、と心配になったのだ。
「相当威力は抑えられてるはずだから……数秒当たり続けるとかじゃなければ大丈夫だよ。本来は、直撃すると一瞬で鉄が溶けちゃうほどなんだけど」
「……」
むしろ心配が増しそうなフィオナの答えに、メイシアだけでなくレフィーナも押し黙る。
しかし二人の心配をよそに、ウィルソンたちは危なげなく攻撃を躱し続けていた。
その合間にも、ペースは落ちたものの攻撃の手は緩めず……少しずつ、だが着実にダメージを与えていく。
「はぁっ!!!」
紙一重で熱光線を避けたウィルソンは、怯まず果敢に前へと踏み出して一撃を叩き込む。
「雷撃!!」
間合いが離れれば、すかさずフェルマンの攻撃魔法が炸裂する。
二人の息の合った連携が、着実にダメージを重ねていった。
その一方で、これまでアストラスの剣がウィルソンを捉えることはなかった。
左腕から放つ熱光線も、ときおり二人を掠めることはあるものの直撃には至らない。
「流石に先生は戦闘経験も豊富だろうけど……王子も中々のものだね。実習の時より動きが良いみたい。あれが本来のスタイルってのは、確かにそうだね」
二人の安定感のある戦いぶりに感心して、フィオナはそのように評する。
かなり能力を抑えているとはいえ、それでもアストラスの強さは折り紙付きだ。
普通の人間では太刀打ちできるものではない。
「危なくなりそうだったら加勢しようと思いましたが……これなら私たちの出番はなさそうですわね」
「そだね。まあ、まだ油断できないけど……」
レフィーナに同調するも、フィオナの答えは慎重なもの。
むしろ、緊張しているようにすら思える彼女の様子を見て、メイシアが問いかける。
「……まだ何かあるの?」
「うん、もうそろそろ……」
と、彼女が答えようとした時のことだった。
ガシュンッ!
と、再び音を立ててアストラスの機体が変化を見せた。
なんと、全身の装甲が弾け飛んでしまったのだ。
中から現れたのはアストラスの真の姿。
これまでの鈍重そうな見た目とは一転して、細身で流麗さを感じさせるフォルム。
身体は虹色に美しく煌めく謎の素材で出来ている。
その表面にはびっしりと細かな文様が刻まれ、そこに赤い光が明滅していた。
胸部には大きな赤い宝玉が嵌め込まれており、文様に灯る赤い光はそこを中心にして広がっていくようだ。
「最終戦闘形態です!!スピードがこれまでよりも段違いなので気をつけて下さい!!」
フィオナの注意喚起の声が終わると同時に、それを証明するかのようにアストラスは猛然とウィルソンに向かっていく。
「!!速い!!」
右手の剣を振るう速さもかなり増している。
ウィルソンは何とかそれを凌ぎ、自身も更にギアを引き上げた。
もう後のことは考えず、持てる力の全てを出し切る覚悟だ。
「王子!!胸の核が弱点です!!」
「ああ!分かった!!」
これまで弱点らしい弱点は無かったが、最終形態ではあからさまにそれと分かる弱点が露出している。
攻撃力は格段に上がったようだが、むしろこちらの方が戦いやすい……と、ウィルソンは不敵な笑みを浮かべた。
それはフェルマンも同じだったようで。
「ターゲットが分かりやすいのはありがたい。雷撃!!」
その言葉通りに雷撃の魔法はアストラスの核に向かっていったが、惜しくも直撃は避けられてしまう。
それから、最後の熾烈な戦いが始まった。
魔法による支援攻撃をフェルマンに任せたウィルソンは、剣に電撃を纏わせてアストラスの核を執拗に攻め立てる。
速度を増した敵の攻撃に、流石に無傷とはいかずに細かな切り傷や熱光線による火傷が増えていくが、極限まで集中した彼はまるで意に介さず攻撃の手が緩むことがない。
フィオナたちは息をするのも忘れたかのように、固唾をのんで見守る。
そして、どれくらいの時が過ぎたころか。
時間が引き延ばされたような錯覚に陥りそうになるが、実際にはほんの数分も経たないくらいの後のことだ。
僅かに頬を焦がしながら熱光線を避けたウィルソンは、離れていた間合いを一気に詰めようと高々と跳躍する。
それを見て、フィオナは「あっ!?」と、思わず焦りの声を上げた。
回避行動が著しく困難な空中は危険だと思ったからだ。
その懸念は的中し、アストラスは格好の的となったウィルソンに魔導砲を向け……
「王子!!」
フィオナの叫びと同時に熱光線が放たれた。
それは刹那の間にウィルソンに迫る。
威力は抑えられているとはいえ、直撃すれば戦闘不能に陥る可能性は非常に高い。
しかし。
彼に当たると思われたその瞬間……チュインッ!という音を発しながら、熱光線はあらぬ方向へと逸れてしまった。
よくよく見れば、ウィルソンが身体の前に掲げた剣の、その鏡面のような刀身で反射させているのが分かった。
予め射線を予測して狙ってそうしていたらしい。
そして、熱光線の一撃をやり過ごしたウィルソンは大きく剣を振り上げ、落下の勢いも乗せながら……
「オオォーーーッッ!!!」
雄叫びとともに渾身の一撃を繰り出した。
それは狙い違わずアストラスの核に叩き込まれ、ギィンッ!!という凄まじい破壊音が響き渡る。
ウィルソンは着地するが、勢い余ってそのままゴロゴロと地面を転がった。
そして。
アストラスの赤い核は、ピシリとひび割れが走り……ついには砕け散るのだった。




