最後の試練
『竜』の星々が天頂から地平に沈むころ、一行はレフィーナの導きに従って進路を変える。
今度目指すのは『喰らい合う双蛇の顎』だ。
「『双蛇』……すかわち、創世神話に登場する『翼ある蛇コルトス』と、『地揺るがす蛇ミルズ』。神話では知恵の神の計略によってお互いを争わせ、双方ともに滅ぼされたとされます。それを星に象った頭の部分が、あのコルトス=ミルズ群星ですわ」
歩きながらのレフィーナの解説に、納得の表情でフィオナたちは頷く。
彼女の知識が確かであることは疑いようがなく、皆すでにこの試練の突破を確信していた。
やがて、その確信は現実のものとなる。
目指す先の方、歩みとともに昇った群星の下に、他の星々とは明らかに異なる明かりが見え始めたのだ。
「む……あの光が出口か?」
「みたいですね」
いち早くそれに気がついたウィルソンが呟けば、フィオナも同意する。
やがてその光は徐々に大きく強くなっていき、縦長の長方形……ちょうどこの部屋(?)の入り口と同じような形と大きさであることが分かるくらいまで近付いたとき。
『見事ね。そのお嬢様の知識と教養は素晴らしいわ』
「だねぇ。私はフォルティーアの研究を見るために付け焼き刃で勉強しただけだから……レフィーナがいてくれて助かったよ」
「ふふ……お役に立てて良かったですわ」
ディーネとフィオナの称賛の言葉に、レフィーナは少し照れながら……しかし皆の役に立てたことを誇らしげに応えるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
星海の試練を突破し、次の部屋に一行は進む。
そこは先の部屋と異なり『部屋』であることは間違いなさそうだったのだが……
「また、随分とだだっ広い部屋だな」
「学院の大講堂よりも更に広そうですね」
フェルマンとウィルソンが、キョロキョロと周りを見渡しながら言う。
その部屋は、壁も天井も床もまっさらな白色。
家具調度の類も何もない、ただただ空虚な空間が広がるのみだった。
「ここが最後ってことで良いんだよね?」
『ええ。最終試練はシンプルね。これから呼び出すモノと戦って勝利するだけよ』
フィオナの確認をディーネは肯定する。
彼女が呼び出す『モノ』とは、いったい何なのか?
フィオナ以外の面々の疑問は、直ぐに明らかとなった。
『わがマスター、大呪術師ディアナと【機工術師ボルテス】によって生み出されし傑作……目覚めて出でよ!【呪法戦機アストラス】!』
高らかなディーネの声に反応して、広大な部屋のちょうど中央付近の床に魔法陣らしき光が浮かび上がる。
そして……!
「「「おおっ!?」」」
驚愕の声を上げるウィルソンたちの視線の先に現れたのは……
一見して、全身を金属鎧に身を包んだ人らしき姿。
その頭部もフルフェイスのヘルムを被っているような外見だ。
両目にあたる部分は暗く開口し、二つの赤い光が灯る。
この国の平均的な成人男性より、縦横ともに一回りも二回りも大きな体躯。
そして、明らかに人ならざるものである事を感じさせるその佇まい……
『アレは、何だ?』と、無言で問いかけるウィルソンたちの視線がフィオナに向いた。
彼女はそれを察して彼らに説明する。
「あれは機械人形に魔導回路を組み込んで、呪術によって周囲の雑霊を封じることで機体制御をさせてるんだ。簡単な命令をするだけで、あとは周囲の状況から自己判断して自律行動してくれる優れものだね」
フィオナが説明する間、アストラスと呼ばれたソレはまるで準備運動をするように身体を動かし始め、そのたびにカシャンカシャンと音を立てる。
『このアストラスと戦って……物理でも魔法でも、ある程度ダメージを与えることが出来れば、あなたたちの勝利よ』
「なるほど。確かに、今までの試練で一番シンプルで分かりやすいな。しかし……ダメージを与えると言うことは、壊してしまっても良いのだろうか?貴重なものなのでは……?」
ディーネの説明にウィルソンは納得するが、同時に懸念も伝える。
この研究棟にあるのは、現代では失われてしまった技術によって生み出された貴重なものばかり。
彼の心配はもっともなものだろう。
その懸念にはフィオナが答える。
「大丈夫ですよ。アレはある程度のダメージは自己修復しちゃいますから」
と、彼女は言うのだが……
『……でも、自己修復では復旧不可能なくらいに壊ちゃって、マスターに怒られていたわよね、あなたは』
「……しょうがないじゃない。加減が難しいんだら」
ディーネが明かした事実に、フィオナはバツが悪そうにこぼした。
偉大な大魔導士が弟子に怒られる姿を想像し、フィオナ以外の面々は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
そして。
「そう言うことならフィオナは休んでいてくれ。ここは私が戦おう。メイシア嬢やフィーナの活躍に続かねばな」
「ならば俺も、年長者の意地を見せねばなるまい」
と、ウィルソンとフェルマンが名乗りを上げた。
レフィーナも参戦の声を上げようとしたが、『淑女たる者、殿方を立てる事も時には必要』と思い直す。
メイシアは戦闘は不得手なので、もとより参加するつもりがない。
そしてフィオナは、取り敢えず言われた通り大人しくするつもりだが、危うい状況なら割って入るつもりだ。
『オッケー。では、そちらの二人が戦うということね』
「ああ」
ディーネの確認の言葉に短く答えながら、ウィルソンは腰の後ろに下げていた短剣を抜き放ち、前に出ながら構えを取った。
そして彼が何事かを呟くと、短剣が光を帯び始める。
その光は長剣ほどに伸び、刃を形成した。
それを見たフィオナは、少し驚きながら呟く。
「……魔法剣?王子は魔法剣士だったの?」
「あら、ご存じありませんでしたの?……あぁ、そう言えばウィル兄様、実習では魔道士として参加してましたものね」
レフィーナはフィオナが知らなかった事を意外に思ったが、以前の野外実習を思い出して納得する。
「あの時は本職を差し置いて前衛に出るのは遠慮してたが……これが本来の私のスタイルなのだよ。純粋な剣技では兄上に及ばないものの、魔法剣士としてはなかなかのものと自負している」
魔法剣士とは、その名の通り魔法を併用する剣士である。
ウィルソンのように魔力を用いて刃を作り出したり、剣に魔法効果を乗せたり……あるいは、近接戦闘を行いながら通常の魔法を行使したりして戦うのである。
当然、魔道士と剣士の双方の実力が高くなければ成り立たない。
当然フィオナもそれは知っているので、素直に感心する。
「ふふふ……将来の妻に良いところを見せねばな!」
実習の時に起きたあの事件以降、彼はフィオナに相応しくあるために鍛錬にも力を入れてきた。
俄然、やる気が漲っている。
そして、そんなことを言われた彼女はと言えば。
「……まあ、ほどほどに頑張ってください。だけど、無茶するのはダメですよ」
と、彼に対し素っ気なくも心配するような言葉を返す。
『将来の妻』という言葉に対して、即座に否定の突っ込みを入れないところからすれば、以前よりは心境も変わってるのだろうか……と、レフィーナやメイシアは思った。
「では先生、後衛はお願いします」
「ああ、任せておけ」
そして後衛を担うのは、かつては『魔人』と称されるほどの魔道士だったフェルマン教諭。
経験に裏打ちされたその実力は疑いようもない。
『準備は大丈夫みたいね。では……アストラスVSウィルソン&フェルマン!レディー……ファイッ!!』
ディーネが戦闘開始の合図を告げ、戦いの幕が上がる……と同時に、機械人形の赤い目の輝きが増し、戦闘モードに移行した。
ガシャンガシャンと音を立てながら、その鈍重そうな見た目よりも軽快にウィルソンたちの方へと迫りくる。
迎え撃つ二人は、先ずは慎重に様子見の構え。
果たして……彼らは無事に試練を乗り越えることができるのであろうか。




