序章 第3話 『魔物を食べるということ』
「ねえ、ルイズ。店内の掃除は終わったよ」
「ありがと。こっちも、ちょうど一区切りついたわ」
エーデルが店内から出てきて声をかけられた時に、私は昨日のうちに捕獲していたバイコーンの血抜きと皮を剥がすのが、ちょうど終わった所だった。
バイコーンとは牛に似た姿で身体の大きさは牛よりも一回り大きい。大人の私と子供のエーデルが隠れちゃいそうなくらいの迫力がある。立派な角が2本あり、気性が荒いことで知られている。そんなバイコーンが今日のメイン食材だ。
「さぁ、解体作業するわよ」
頭を落とし血抜きをして皮を剥いだバイコーンは、その黒い毛皮からは想像できないほどに皮の下は脂の白さと赤身のコントラストが輝いていた。仰向けにして肛門辺りから腹をなぞって胸の方へと包丁を入れていく。
「この時に、重要なのは包丁の刃は、中から外へ向けて入れていくことよ」
「え?それじゃあ、自分の方に刃を向けることになって危ないんじゃないの?」
エーデルは真剣な眼差しで、その様子を食い入るように見つめながら、そう疑問を投げかけてくる。
「いや、腹の皮自体は柔らかいから力を入れずとも切れるわ。でも刃を内臓側に向けて、もし深く入って内臓を傷つけてしまったら食べれなっちゃうのよ」
エーデルは私の返答になるほど、と頷く。
「胸に差し掛かる時に、その中心にある胸骨を外してあげると肋骨が開くようになるから内臓が取り出せるようになるの」
外見の姿は牛のようだが腹回りをみると、実際の肉の付き方や内臓などは鹿に近い構造をしているのがバイコーンだ。
説明しながらも手は休めずに動かしていく。胸骨を外すと内臓が露わになり、横隔膜、心臓、肺、胃袋などをまとめて手で一気に取り除いたものをエーデルが持っている鍋に静かに入れていく。
するとエーデルが不思議そうに開いた肋骨の部分を、じーっと眺めている。なにが気になっているのかしら?
「ねえ。ルイズ」
「どうしたの?」
「ろくこつっていうくらいだから、骨の数が6本だと思ってた……」
「え?」
それを聞いて私は一瞬、固まったが、すぐに吹き出して笑い声を上げた。
エーデルは、どうやら肋骨を六骨だと勘違いしていたらしい。
「な、なに。笑わないでよ!そんな変なこと?」
「ごめん。ごめん。笑っちゃって、確かにそう言われたらそうね。そう考えるわよね」
エーデルは顔を赤らめて恥ずかしがっている。それを見て私も悪いことをしたと思い、笑いを堪えらながらそんなことないと、頭と手を振って否定した。
「もういいよ!ほら、解体、続けて、続けてよ」
その言葉を信じていないのか不満そうにエーデルは頬を膨らませて、急かしてきた。
そして、エーデルに内臓の中から人間の拳ほどの、とある臓器を1つ見せる。
「これが魔素袋?」
「ええ、これを傷つけてしまうと一発でアウトなの」
魔素袋――それは魔物が体内に持つ魔力を溜めた臓器で、毒性も秘めている。この臓器を持っているか否かで、魔物か動物なのかを区別されている。
魔物は動物や家畜などと違って、食べる前提で対峙しない。あくまで討伐を目的としている。だから戦闘中に、この魔素袋を知らず知らずのうちに傷つけて魔物を倒す頃には、その魔素の毒が全身に行き渡ってしまっている。それが魔物が不味くなる原因だと考えられている。
今度は肉の部位を切り分けていく作業だ。関節に上手く包丁を入れていく。岩のような大きな肉の塊だったものが、もも肉、肩ロース、サーロイン、ヒレ、バラ肉と、いとも簡単に切り分けていく。力がなくとも関節の間に包丁を入れさえすれば切れる。そうじゃなれば骨を両断できるような剣さばきが求められてしまう。冒険者としてもバイコーンほどの骨を両断できる冒険者など、実力者でないとできない芸当だ。
肉の部分は店の食材として利用し、頭の部分を冒険者ギルドに持ち込めば、魔物討伐の報酬の証として賞金が貰える。まさに一石二鳥ってわけね。
――なんだかんだで、約1時間ほどかけて解体の全てが終わった。
「何度見ても、凄いね」
肉の部位が全て綺麗に分けられ並ぶ様は、赤く輝いた宝石のようだった。
「さあ、いくわよ!あなたに再び、命を吹き込んであげる」
ここからはいよいよ、調理に入っていく。切り分けたそれぞれの部位に今度は、塩や胡椒、さらには砂糖などスパイスを混ぜ合わせたのものを、エーデルと一緒になって肉に摺り込んでいく。熟成させたりした方が、美味しい部位もあるが今回は、余すことなく使い切っていくことにする。
外にある魔物調理用に大きいかまどがあるのだが、それの上にある網の上に肉を敷き詰めていく。
「こっちは、こんな感じでいい?」
「ええ、いいわよ。そんな感じで」
肉を敷き詰め終えるとエーデルが怪訝そうな顔をしている。
「ねえ、ルイズ。このかまどの火、いつもより弱くない?いつもは、もっと火が踊るように輝いてるのに」
「エーデル、鋭いわね。この弱火が、今日のメニューの大事なポイントなの」
私が、少し得意げにそう言うとエーデルが我慢できずに口を開く。
「もったいぶらずに教えてよ」
「これは強火の直火で焼くのとは違って、薪の火を使って低温でじっくり時間をかけて焼いて、薪から出る煙で燻してあげるの」
「時間をかけてって、どれくらいなの?肉の塊だし2、3時間くらい?」
私は、したり顔で答えを返す。
「いいえ。10時間くらいね」
「じゅ……10時間!!そんなに時間がかかるの?」
エーデルは目をぱちくりさせて、私の顔を覗き込んできた。
「ええ、そうね。だから、もう取り掛からないと夜の開店時間に間に合わないの」
「凄いね。わざわざ、こうするには理由があるんでしょ?」
「肉と脂が分かれているでしょ。それを徐々に火を入れることで、その境目がなくなって一体になるの」
エーデルが、かまどの肉を眺めて、なにかを思いついたかのように聞いてくる。
「ひょっとして煙で燻すっていうことはベーコンみたいになるの?」
「さあ、どうかしらね。出来てからのお楽しみよ」
エーデルの問いに、私は曖昧に答える。
「もう!正解って言わないってことは、そうはならないってことでしょ」
「ん?なにか言った?」
なんて言ったかは分からなかったが、ルイズがブツブツと独り言を呟いていた。
「なんでもないよ。それより、ベーコンの名前出したら、お腹減っちゃった」
「そうね。ここまでやれれば、メインに、あとは時間を待つばかりだし。少し遅くなったけど朝飯にしましょ」
「やったー!ベーコンはカリカリにしてよね」
パッと明るくなって、ご機嫌になったエーデルはスキップしながら、私よりも先に店の扉を開けて入っていった――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
このエピソードの調理方法はアメリカのテキサスBBQのやり方です。名前を出さずにどこまで、それを感じてもらえるのか頑張りたいと思います。
こういう料理描写は本当のことをリアクションでブーストさせたり、フィクションとしてデフォルメさせることもあります。そういうのを織り交ぜていくので、そこも注目していただけたら、より楽しめるかと思います。
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