第20話 『交渉』
マルシャン商会へと向かい歩いてると――
「そういえば、まだ自己紹介をしてなかったのう」
言われてみたら、そうだった。自分たちも名乗っていなかった。
「私はルイズ・シャスール。さっきも言ったけど冒険者と料理人の両方をやってます」
「僕はエーデル」
「ルイズにエーデルじゃな。ワシの名前はコメル・マルシャンじゃ」
「ええ!?」
その名前に驚いた。その名前は、いま私たちが向かっているマルシャン商会の創業者の名前だった。
「ええ!?お爺さん、マルシャン商会の会長だったの?」
「そうじゃ、まあ、たいしたことじゃないがの」
本人はこう言っているが、マルシャン商会は世界でも屈指の商会で各国に支社があって、世界中の食材や魔法道具を取り扱っている商会で、その影響力やたるや、下手な貴族爵位よりもあるとされている。そんな商会の会長だったなんて……
「いやはや、ルイズ。おぬしのキャビアを見抜いた観察眼、立派じゃった。バイヤーとして雇いたいくらいじゃ」
「いえ、たまたまです。知ってる食材だったから分かっただけで」
「そういえば、元宮廷料理人って言っておったが、いつごろ働いていたんじゃ?」
「つい、最近まで――」
私は宮廷料理人を辞めたいきさつをコメルさんに説明した。
ガッハハハハ!
「面白い!面白いのう、ますます気に入った」
「あ、ありがとうございます。宮廷料理人をクビになって褒められたことなんてないので」
「いやー何度か、あの副料理長を見たことあったが、ワシが睨んだ通り、器の小さい男じゃ」
「そうだったんですね」
「おや、着いたようじゃ」
アンファングの中にある建物でも冒険者ギルドの次に大きな建物だ。作り自体は、このマルシャン商会の方が立派に建てられている。
だが、個人的には街の景観にはそぐわない豪華さがあった。王都ならば煌びやかでマッチしているのだろうが、このアンファングでは少し浮いてみえてしまう気がしていた。これは貧乏人の僻みなのかもしれないが――
「この建物のデザインも駄目じゃ。街の人にものを買ってもらって成り立っとる商売なのに、その商会の建物が、なんか偉そうじゃろ?」
「建物が偉そう?」
エーデルがよく分からないという感じで返答するが、私が、正に考えていたことに近かった。
商会に着いて、扉を開けて入るとコメルさんが通るたびに、社員が止まっては一礼をしていく。別に疑っていたわけではなかったが、本当に会長らしい。
私たちはいま、応接室にいた。革張りのソファーにアンティーク調のテーブル。テーブルに置かれた花瓶すら一級品だと、見て分かるもので埋め尽くされていた。いつもは物珍しいものに出会うとはしゃぐエーデルも、その荘厳な雰囲気に呑まれているようだった。コメルさんは私の書類に目を通している。
ガッハハハ!と豪快にコメルさんが笑っているが、横にいる秘書は笑っていない……
「面白い!この魔物を食材にして食堂っていうのは前代未聞じゃよ」
「あの、それで――食材を卸してもらう審査の方は?」
私の質問に驚いたようにコメルさんは反応した。
「そんなものは当然、オッケーじゃよ!」
「会長!」
横にいた秘書が思わず立ち上がって、私の顔を一度、確認した後にコメルさんに申し出た。
「こんな魔物を食材にするなんて、悪趣味な店です。マルシャン商会のブランドが――」
「セグレ。ブランドも大事なのは分かっとる。じゃが、新たに挑戦する者は、いつだって最初は笑われ者じゃよ。しかも、このルイズは目利きができるんじゃよ」
「会長、お言葉ですが――」
「おぬしは、チョウザメとランプフィッシュのキャビアの違いを見分けられるか?」
「――いえ」
コメルさんは秘書に、ほくそ笑んだ。エーデルも何故か、ほくそ笑んだ。
「じゃあ、審査はオッケーじゃな」
セグレは諦めの表情を浮かべた。むしろ、セグレの言う事はもっともだ。それが魔物を食材にする世間一般の認識は、これぐらいの逆風は当然のこと。そうしたことに私は挑もうとしているっていうのを再認識した。
「ありがとうございます。コメルさん」
「なーに、ワシは長年やってる商売人じゃ、損になることは選択はせんよ。これは先行投資じゃよ」
「じゃよ」
コメルさんとエーデルが笑顔の合図を送り合った。
「それに魔物が本当に食材になるのなら、将来はウチの商会で取り扱いたいからのう」
「ふふっ、商売人ですね」
今度は私とコメルさんが笑顔を送り合う。
「それと、もう1つ条件を――」
「なんです?」
「ワシとルイズは、もう仕事仲間ということじゃ」
「はい、そうです。今後ともよろしくお願いいたします」
意図が分からずに答えていると――
「その堅苦しい敬語はなしじゃ」
「なしじゃ」
「わかり――わかったわ」
「ルイズの店、たのしみにしているぞ
最後は3人で笑い合って、無事に契約を結ぶことができた。そして、最後まで苦虫を噛んだような顔をしたセグレも一緒に――
私とエーデルは、もう1軒に向かう前に今日いくランチを、食堂でとっていた。ランチの時間帯というのもあって店は満席で賑わっていた。
「美味しかったわね」
「うん、僕のオムライスも美味しかった」
空になった皿をお店のウエイトレスが下げに来た。
「美味しかったよ、オムライス」
「あら、ありがとう。デザートに同じプラチナチキンの卵を使ったプリンはいかが?」
皿を下げながらウエイトレスがデザートをエーデルに薦めてきた。それを聞いたエーデルは私に許可を貰おうと私に向き直った瞬間――
「こっちに、そのプラチナチキンのプリンを1つ」
「え?」
となりの席に座っているピンク髪で褐色肌の可愛らしい小さな女の子が注文を割って入ってきた。見た目はエーデルより、ちょっと大きいくらいの同じ年頃の子だろうか。
「ごめんなさい。ウーティー、プリンは、あと1つしかないの」
ウエイトレスは、どうやら、その女の子と顔見知りらしく、ウーティーという名を読んで、申し訳なさそうに伝えた。
「じゃあ、そのラストのプリンはアタシがいただくわ」
ウーティーはウエイトレスから、「エーデルに譲ってあげたら」というニュアンスで言われたのに、改めてウエイトレスに注文を伝えた。かなり我の強い子のようだ。
「僕がお勧めされていたのに……」
ウーティーとは対照的にエーデルは、しゅんとしてしまっていた。それを、みかねたウエイトレスが――
「ねえ、ウーティー。貴方、常連なんだから、また来た時に食べればいいじゃない。今日は、この子に譲ってあげなさいよ」
それを聞いたウーティーは癇に障ったのか、語気を荒げながら――
「え?嫌よ!子供だろうと同じお客でしょ。そこで差をつけないでよ。むしろ、常連だったら優遇しなさいよ」
「自分だって、子供じゃん」
エーデルがボソっと漏らしたつもりだろうが本人には、きちんと耳に入っていた。
「アタシは子供じゃないわよ。こうみえても100歳を超えてるダークエルフなんだから、むしろ年上を敬いなさい」
そう言いながら、ウーティーは髪をなびかせると、髪に隠れていたエルフの特徴的な尖った耳が露わになる。
「100歳!?ババアじゃん」
「こら、エーデル」
私が一喝したが、時すでに遅しだった。
「なにを言ってるの?エルフは総じて長生きだから100歳じゃ、ババアじゃないわよ、このガキんちょ!」
「なにぉー」
エーデルとウーティーは、もう一触即発状態となって互いに睨み合っていた。
「じゃあ、お嬢ちゃんにはサービスでチーズケーキあげるから、それで我慢してくれるかしら」
そう言われてウーティーと睨み合っていたエーデルは厳しい表情からパッと明るい表情に切り替わった。それをみた、ウーティーは悪態をつく。
「コルテったら、子供に甘いのよ」
「もう、大人げないのはどっちなのよ」
今度は、こっちで勃発しそうだったので、私が割って入る。
「コルテさん、チーズケーキを持ってきてくれるかしら?私たち、このあと用が入ってて」
「ああ、ごめんなさい。すぐに持ってきますね」
そう言うと厨房の方へとコルテがきえていった。
「あー、このしっとり感が最高!チーズケーキでよかった!」
コルテが持ってきてくれたチーズケーキを食べながらエーデルはウーティーを煽っていた。
「こっちのぷるんとして、濃厚なプラチナチキンのプリンの方が美味しいのに」
一方、ウーティーもエーデルには負けないとばかりに煽りながらプリンを食べていた。
数多ある種族の中で高貴で高位な種族なはずの竜人とダークエルフが低次元な煽り合いを、少しうんざりしながら、2人のやりとりをみながら食べ終わるのを待っていた――
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