序章 第2話 『トマトに魔法をかける』
眩しいくらいの太陽の光が木々の隙間から降り注ぐ。その光は桶に注がれた水を反射させていた――
「――ふぅ!気持ちいいい!」
私は朝起きた眠気覚ましに外の水場で、顔を洗っている時に思わず声を上げる。
「ルイズ。おはょ」
まだ眠たそうな顔をした少女が、2階の窓から声をかけてきた。
少女の名は、エーデル。私と縁あって1年前から一緒に暮らしている10歳の亜人の少女だ。しかも亜人の中でも珍しい竜人で、頭には人間にはない2本の角がある以外は何ら人間との違いはないように見える。
「ねえ。エーデルも早く顔を洗って準備しなさいよ」
「分かってるぅ。すぐに支度するからぁ」
エーデルに手を振りながら挨拶を返すと、エーデルは窓から顔を引っ込める。
私が身体を伸ばしながら今日の段取りを思案していると――
「もう、そろそろかしら」
そう呟くと、遠くから荷馬車がやってくる音が聞こえてくる。今日使う食材のご到着だ。
いつも世話になっているコメルじいさんが、こちらに被っている帽子を振って挨拶をしている――
荷馬車が到着して、いつものように軽く挨拶を交わすと荷台から頼んでいた食材を降ろして、1階のキッチンへと運び込む。
この住んでいる借家を利用して、私はちょっと一風、変わった食堂を営んでいる。
「ルイズ。お前さんが、この店を開業して、もうどれくらいになるんじゃ?」
「そうね。もうすぐ、1年かしら」
「もう、そんなになるか。早いのう」
コメルじいさんが、店を外観を眺めながら、そう呟いた。
「最初は、こんな所に女の子が食堂を開くっていうのにも驚いたが、よりによって魔物料理専門の食堂って聞いた時には、もっと驚いたもんじゃよ」
コメルじいさんは、ガハハと笑い声を上げる。
コメルじいさんが言うように私――ルイズ=シャサールの営む食堂は魔物をメイン食材にした店なのだ。魔物というのは、確かに他の生物と同じように骨もあれば、肉も脂も、内臓もある。同じような構造をしているのだが、とてもじゃないが不味くて食べられたものじゃない。
魔物の角や皮であれば武器や装飾品などの素材としての需要はあるが、食材としての需要はない。世間ではそれが、一般常識として認知されている。その不味さを分かった上で好んで食べる変わった人も少数ながら居る。そういう人を世間では悪趣味として『魔物暴食』と揶揄されいる。
「でも、魔物は不味い。そのイメージは、もうないでしょ?」
「そうじゃな。むしろ、今となっては魔物料理の虜になっとるくらいじゃ」
そう。それは、あくまで世間の常識で、私にとっては非常識なのだ。私はこうしてコックとして働く前までは、冒険者である師匠と一緒に世界を旅をしていた。その時に、師匠から教わったものの1つとして魔物を美味しく食べる技術というのを教わっていた。それは不味いのを我慢して食べる――などではなく適切に調理さえすれば美味しくなる技術として。むしろ、その技術を使えば普通の牛や豚などよりも、美味しくなるというのを知っているのは師匠と一緒に旅をして、その料理を食べたことある私ぐらいなものだろう。ましてや、それを店のメニューとして出してるお店なんか聞いたことがない。だからこそ、それが売りになっているのが俺の営む食堂『まものや』なのだ。
「今夜も、夜に食べに来るのよね?」
作業しながらコメルじいさんに訊く。
「ああ、もちろんじゃ」
「楽しみにしてて。なんせ今日は特別なメニューを出すから」
「ほう。なにが特別なんじゃ?」
「それはね――」
コメルじいさんの質問に答えようとすると、エーデルが遮った。
「僕のメニューがお店に出るんだよ」
「おぉ、それはめでたいのう。必ず、伺わせて貰うぞい」
いつの間にかエーデルがドヤ顔で仁王立ちして、私の代わりにコメルじいさんの質問に答えた。
そして、正しくはエーデルが仕込んだメニューを、初めて店で売るっていうことでエーデルが考えたメニューではないのだけれど。本人がその気になっているので、そこはスルーしておく。
「もう、エーデルも立派なコックっていうわけじゃな」
「そう。ドリンクや料理を運ぶだけじゃないんだから」
コックと呼ばれるのが余程、嬉しいのか。エーデルのテンションは、いつも以上に高い。
「ふふーん。じゃあ、コメルじいには、その片鱗を特別に見せようかな」
「おお、なんじゃ?」
「ねえ?トマトを1個、使ってもいい?」
エーデルは成果を見せたくて仕方ないのか。何かをするらしい。
「ええ。構わないわよ」
「じゃあ、少し待ってて」
そう告げると、エーデルは水場に行き、トマトをサッと洗ってニコニコしながら戻ってきた。その手にはペティナイフが握られていた。
「じゃあ、見てて」
エーデルは空中にトマトを放り投げる。そして、持ってたペティナイフを素早く走らせる。するとトマトは見事に真っ二つになり、その2つになったトマトをエーデルは空いていた、もう1つの手のひらで受け止める。
「おぉ。見事じゃな」
「まだまだ、重要なのはここから」
切られたトマトを見ると、真ん中から上下が均等になるよう横に真っ二つになっていた。
「じゃあ、まずはこっちを食べてみて」
エーデルはコメルじいさんに上下2つにカットされたうちのヘタが付いている上の部分を渡した。
「どれどれ」
エーデルの顔は満面の笑みのままで、コメルじいさんの反応を待っている。
そう言いながら、コメルじいさんは渡されたトマトを頬張る。
「うむ。酸味があって美味しい。流石、わしの扱ってるトマトじゃ。じゃが、味自体は普通のトマトの味といったところかのう」
「そうだね!じゃあ、今度はこっちを食べてみて」
今度は残っていた下の部分。トマトのおしりの部分をコメルじいさんに差し出す。
「ふむ。今度はこっちを食べればいいんじゃな」
そう呟くとコメルじいさんは、渡されたトマトを口に入れた。
「ん!?」
コメルじいさんが声を漏らした。その反応を見たエーデルは、ますます顔がにやけていく。
「さっきのトマトとは味がまるで違う。こっちの方が酸味が抑えられていて、甘みが強い」
「でしょう。これがトマトを料理するってことさ」
「凄いのう」
「トマトの特徴を知れば、こういうことだけでも味を変えられる。これが料理なのさ!」
決まったという表情を浮かべるエーデル。トマトは下の部分。おしりから熟していくからヘタの方よりおしりの方が、甘くなるというのをエーデルに昨日教えてばかりだったんだけど、それをさっそくコメルじいさんにドヤ顔で披露するのね。
でも実際、それくらいの知識だったら、トマトを扱う商人のコメルじいさんが知らないはずないわ。それを敢えて知らないふりをして、エーデルが求めている反応をして喜ばせてあげるのだろう。私は流石は商売人ね。人を乗せるのが上手いわと感心しながら2人のやりとりは微笑ましく眺めていた。
一報、私は2人のそんなやりとりが一区切りする頃にはコメルじいさんが持ってきた食材を運び終えるとエーデルに声をかける。
「よし!完了っと!さぁ、エーデル。今日も忙しくなるわよ」
「分かってる。任しておいて」
エーデルは元気よく声を上げた。
そんなちょっとお調子者で可愛らしいエーデルと2人で、今日も魔物料理専門店「ビーストビストロ」の開店準備に取り掛かるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
プロローグは本日中に数話更新予定です。
このエピソードにあるトマトのくだりは本当なので是非、試してみてください。
こういう料理描写は本当のことをリアクションでブーストさせたり、フィクションとしてデフォルメさせることもあります。そういうのを織り交ぜていくので、そこも注目していただけたら、より楽しめるかと思います。
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