第13話 『悲しき真実』
私たちは神殿の階段をゆっくりと上っていた。すると、微かな声が聞こえてきた。
「あの声は……」
神殿は真っ白で美しい大理石の立派な作りではあったが、どこか殺風景で寂しさを感じる空間になっていた。そこにはエーデルが人に覆い被さるように泣いていた。私がエーデルの名前を呼ぶとエーデルは、ようやく私たちに気付いた。
「ルイズ、リアム、どうしてここへ?」
「いや、穴に落ちちまってさ、出口を探していたらここに辿り着いたんだ」
「ごめんなさい。決してエーデルを追ってきたわけではないの」
あれほど住んでいる場所を知られるのを嫌がっていたエーデルに説明をした私たちだったのだが、エーデルの反応は私たちが思っていた反応とは違っていた。
「ルイズ、どうしよう。母上が――」
エーデルが私の袖を引っ張って助けて欲しいと懇願してくる。まさか、エーデルの母親の状態が、そんなに酷い状態だったとは思わなかった。私は、エーデルの手を握って安心させてあげる。私はエーデルの母親へと目線を送る。髪はエーデルと同じ銀髪で、それが似合う綺麗な顔立ちをしている。その姿は、かなり弱っているようで、今も苦しそうに咳き込んでいる。
「エーデル、これを飲ませてあげて」
私はエーデルにハイポーションの瓶を手渡す。体力が落ちているということなら、これを飲ませれば少しは効果があるはず。
しかし、エーデルがハイポーションを飲ませようとするのをエーデルの母親は、拒んだ。
「どうして、母上。これを飲めば少しは……」
「いいの、ありがとうエーデル。自分の身体のことは自分が一番理解しているつもりです」
エーデルの母親はハイポーションを渡した、わたしにも礼を伝える。飲まないということは、エーデルの母親は死期を悟っているという意味だった。
「ルイズさんとおっしゃいましたかしら」
「はい、ルイズ・シャスールと申します」
エーデルの母親はつらい身体を起こして、私に話があるとゆっくりと語り始めた。
エーデルの母親の名はレーヌ。この神殿はレーヌを捕まえた人々によって作られたもので、レーヌは守護の生贄として、この神殿に縛られていた存在となっていた。この神殿には結界が張られており、成人した竜人は外に出ることができないという。どこかの国かは分からない神官姿の者たちが定期的に竜や竜人が生きるのに必要なエネルギーを摂取できる花『飛竜華を供えにくる。その神官たちにはエーデルの存在を隠していたこと、エーデルにはいずれ竜たちの峡谷へ向けて一人旅をさせるために、必要な知識や魔法を今まで教えていたこと。そして、それが終える前に自らの命が尽きてしまうことを教えてくれた。
「こんなことを見ず知らずの貴方に頼むのは無茶なこととはわかっています。ですが、お願いしたいのです」
「はい、なんでしょう」
「エーデルを連れて行ってくださいませんか」
「母上なにを、僕は母上さえいれば――」
エーデルにとっては母親との暮らしさえあればいいのだ。外の世界は必要としていない。そうだけを願っていたのだろう。だが、レーヌの命はもう尽きようとしていた。このままではエーデルまでも守護の生贄として、この神殿に縛られてしまうことになってしまう、それを危惧して私に連れ出して欲しいということなのだろう。
「わかりました。その申し出をお受けします」
「ありがとう」
優しい声でレーヌはルイズに感謝を込めてゆっくりと頭を下げた。それに応じるように私も小さく頭を下げる。
無理をして長く話をしたせいかレーヌは激しく咳き込む。エーデルは奥の泉から水を汲んでくるとレーヌに飲ませてあげる。
エーデルが汲んできた奥の泉にふと目をやる。そこには、エーデルが摘んできた様々な花々も傷まないように飾られていた。
その花の数は、エーデルの想いが込められた証だった。
そう思った瞬間だった――――
私の目に飛び込んできたのは、あの花だった……
それを私は目撃してしまった。もう手遅れだと分かってはいたが、泉の中に飾られた花を抜き取った。エーデルには死角になっていたから気づかれはしなかっただろう。ずっと静観していたリアムに声をかける。
「少しだけ、外の空気を吸ってくるわ。エーデルたちをお願い」
「お、おう。分かった」
私はなるべく平静を装って声をかけたが、なにか悟られてしまったかもしれない。その違和感を私は確かめることなく神殿を出る。
神殿の入口を出ると、私は抜き取ってきた花を宙に放り投げた。
そして、言葉に出来ない怒りを込めて、剣を振るった。閃光が走ったかのような速さで斬り刻む。
私が斬った、死のムゲットは風に吹かれ跡形もなくなった。
そう、エーデルが摘んだ花の中に死のムゲットが混ざっていたのだった。リアムに話をした時にはムゲットを誤って食べてしまうと毒になるのだと説明した。しかし、実はムゲットの毒は水溶性なので、その水も毒と化してしまう。泉という性質上、即座に死ぬほどの毒にはならなかったとはいえ、レーヌを蝕んでいってしまった原因は間違いなく死のムゲットの影響に違いない。
エーデルが殺風景な神殿で苦しむレーヌの為に摘んだ花が結果として、死に至らしめることになってしまうとは、なんと皮肉な話なんだろうか。私は、とてもじゃないが、このことをエーデルにはとても伝えることはできない。責めることもできない。
この悲劇は、エーデルが無知であることが招いた結果だ。それを繰り返さないためにエーデルには外の世界で生きていくために必要なものを教えていかなければならない。エーデルは魔術師としてはレベル5の魔法を行使できる凄腕であるには違いない。しかし、冒険者として気をつけなければならない。知らなければ、力の強さ、魔力の多さなどは関係なく死に至ってしまうということを私はきちんと教えて、エーデルを一人前に育てることを誓った。それが受け止められる大人になり、そうした悲劇を繰り返さないように育った時に、今回の悲しき真実をエーデルに伝えることにしよう。
それまでは私の胸の中に閉まっておこう――そう私は胸に誓った。
「ルイズ!来てくれ!」
リアムが血相を変えてやってくる。どうやら、時間が来てしまったようだ。気がつくと知らず知らずのうちに涙を流していたことに気付いた。その涙を拭って、私は神殿の階段を駆け上がった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しシリアスが続きますが、お付き合いください。
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