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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
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処方番号1-7 『蹄のnote』

「どのような関係であれ、人と魔物が行動を共にするということは、暗い箱へ一緒くたにされるようなものです。

 身を守るために火を灯し続ければ呼吸(いき)が止まる。点けなければいつ襲われるとも分からない恐怖に溺れ狂い死ぬ。初めは良くとも長くは続かず、早い段階で破綻してしまいます。

 それ故に、魔物を連れている方はごく僅か。ましてや(マーマル)型と比べ知能が低く、思考プロセスが予想しずらい(インセクト)型の魔物となれば、出会い頭に襲われるのが関の山です。

 ですが、貴方はいとも簡単に手懐けた」


 ――――少し妬けてしまいますね


 小さく聞こえた言葉にもう一度催促してみるが、そっと瞼を閉じて食事を続けるだけで語る気はないご様子。

 結局、現段階では何も気づいてない態で話を進めるしかないらしい。


「何言ってるんですか。別に手懐けてなんかいませんよ。多少驚きはしましたが、ちゃんと話せば意外にもこちらの言葉を理解しているようでしたよ。

 まあ、単純に舐められてるだけかもしれませんが。あるいは座礼が効いたのかもしれない」


 「座礼?」と首をひねるマスターに座してお辞儀する事と伝えれば、零れ落ちるのではないかと思うくらいに大きく目を見開き、笑い出した。

 喉の奥でくつくつと押し殺し、ごりごり減り続ける遠慮のゲージに反比例して声は大きくなりもはや隠す様子もない。

 トマトの欠片を突っついていたフォークの先端が慈悲もなくあっさり貫通している所を見る限り、遠慮の底が知れる。

 

「そこまで笑うことないでしょう。最初のアプローチでその人のイメージが出来上がるといっても過言ではないんですよ。先に居ついてた住人なんだから挨拶ぐらいするでしょうに。

 頭下げるってのは大事なプロセスなんです。私の故郷には茶道ってのがあってですね、身分の差なく、同じように頭を下げなきゃ入れない小さな入り口があって、茶室に入れば皆平等だぞっ、分かったかこのヤローって文化が」


「いえいえ、決して馬鹿にした訳では。我々では恐怖と興味の対象でしかない魔物に頭を下げるなどまず考えつきません。

 異なる世界にて生きた貴方だからこそ、いつの間にか予想外な結末に辿り着いていたりするのでしょうね、きっと……――」


 底の無い洞とは別のうすら寂しさを感じる。目の前を埋め尽くす光を必死に掴もうとして空振る虚無感に似たそれは、いったい何を取りこぼしてできたものなのか。


「…………人を救済者か何かと勘違いしてません? お金は無いし、魔力も無い。戸籍がないから記録的な意味で認知もされてない。出来ることしか出来ないし、出来る事なんてたかがしれてる。

 いくら持ち上げたって出てくるものといえば、この前マスターが爆発四散させて瀕死に追いやった芋で作ったデザートくらいですよ」


 よいせっ、とカウンター越しに身を乗り出して取り出したるは甘い甘いスイートポテト。


 料理下手でありがちな余計なひと手間のおかげで、数多の食材を死に追いやっては新たなフランケン仕立ての料理を無秩序に誕生させているマスター。そんな惨劇から生き延びた者たちをメイク&イートしては日々、成仏させている私。


 己が下手だと自覚はだけ幾らかマシではある。しかし、誰にも食せないはずの劇物を食べられるからこそ当人は納得しておらず、謎の自信を持って懲りずに創作料理に取り掛かる。

 つまみの一つぐらいは作れるようになりたいという向上意欲は良いが、もういい加減――――、


「珍しい形の芋だったので買い上げて調理してはみましたが、まさか芋がこんなにも甘く仕上がるとは…………。

 やはり、私などよりもずっと救いの心得をお持ちですね」


 ――――もう少しだけ付き合うとしますか……。

 綺麗な物を見つけたと言わんばかりの笑顔に柔らかな後光が射す。

 今度こそはと毎度決意するものの、結局顔に絆される私はなんと愚かしくも安い女なのでしょうか、誰かタスケテ。


「他人事じゃなく、そろそろ芋の一つも救済できるようになって欲しいんですけどね……。

ところで、昨日話した調査とやらに行かなくていいんですか? 言われた時間にご飯は作りましたけど、もう正午になりますよ」


 「ごちそうさまでした」と告げるマスターに「お粗末様です」と食器を下げてちゃっちゃと片してしまう。


「ええ、問題ありません。この時間から行った方が楽……、いえ都合がいいですから」


 そこまで言って、わざわざ言い直す必要性があるのだろうか。

 

「そのような目でどうか見ないでください。貴方の為を思ってのことです。無茶な頼みごとをしてしまったという自覚はありますし、だからこそ可能な限りのサポートは惜しみません。

 何せ目的地である学園の場所はここからだと少々高所な上、遠いですから」


 「んっ」と後ろを向いて身体ごと長い毛を差し出してくる。

 形だけ軽く鼻で溜息をつくと、同時に渡された櫛と銀の箸……いや簪を受け取って整えていく。

 魔法で済むことを何がお気に召したのか、マスターは毎度僅かに寝ぐせがついた毛を整えさせるようになった。

 初めはお互いに気安過ぎる行為ではないかと思ったが、当人がゆらゆらと分かりやすく喜ぶ姿を見て、わざわざ拒否する事でも無しと続けている。

 

「ああ、いい忘れていました、外では私を名前で呼んでください。

 “マスター”はあくまでこの店に限った姿。学内で呼ばれてしまうと少々意味合いが異なってしまいますので」


「というと?」


「我が校には召喚及び契約魔法の類のカリキュラムがあります。

 貴方に仕えられるというのは解釈違いというもの。意味は……、お分かりでしょう?」

 

「是非ともお名前で呼ばせてください!」


 思春期の学生らにとっての格好のネタに成り得る可能性はすぐに理解した。

 薄い本の表紙に飾られたくはない。


「けれど、学長じゃダメなんですか?」


「私の名前を口にしたくはありませんか?」


「ぐっ……、そんなあからさまに悲しむのはやめてください、泣きますよ」


 すっかり光が満ち満ちた空間、総じて色素が薄い顔でそれをやられると、冗談抜きで白日夢に溶けて消えていってしまう錯覚に陥る。


「好ましく思う方に名を呼んで欲しいというのはごく自然な感情でしょう?」


「わーかりまーしーた。けれど長すぎるので気が向いたらですよ、アンフェル学長」

 

「ドュシアスの方でも結構ですよ」


「それはまた別の機会に……」


 「残念です」と然程残念がってもいないままにマスターは徐に壁時計へ目をやった。

 秒針があと一周、それで二つの針がぴったり重なる。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 一つ目の足音を合図に、針も合わせて歩き出した。

 結い上げた髪が羽織のように広がると、マスターの背を追いかける。さらに髪と同じ色の()がそれに付き従う形で手から滑り落ちる。

 

 音を鳴らしてその都度六度、視界にようやく映りこむ。丁寧に仕立て上げられたスラックスからチラリと覗かせるは馬の蹄。

 

 自前のジレのフードを被り、置いていかれないようマスターとの距離を詰め直す。


 だが、杞憂だった。


 そのまま外に出るかと思えば立ち止まり、右手で私の左手を取った。あまりに唐突、あまりに自然だったので驚くこともできず、きっと間抜けた顔をしている。

 

 塵によって光の筋が散乱する店内。

 止んだはずの足音が、一歩一歩針が進み続けるごとに聞こえてくる。


「しっかり掴まっていてください。といっても、言うまでもないかもしませんが」


 コツッ……、コツッ……、

 歩き続ける針がちょうど頂点に辿り着いた時――――、



 ――――私たちの姿は消えた。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「そういうとこだぞ! この非常識ーーーーーーッ!!!」

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