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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
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処方番号1-6 『喫茶店レデーリンの優雅なmorningset』

 個人経営なんてこんなものなのか、この店の朝は然程急がない。

 小さなとろ火が徐々に大きく背伸びをするように、窓から光が差し込みゆっくりと空気を暖める。


 くどいがこの店はあくまで喫茶店。本来なら業務に勤しむべきところを、営業時間もまともに決めていない当店のマスターの方針に従って惰眠の限りを尽くすのも悪くはないが、そうなるとすきっ腹に胆石もどきを詰め込むことになる。

 前に一度……、いや二、三度派手に寝坊したことがあったが、マスターがいるいないに関わらず、何故か朝食だけはテーブルの上にしっかりと鎮座していた。

 

 ここで皆様にお伺いしたい。即効型と遅延型どちらが良いか。


 メリットは万人に大概共通している為、語りやすい。

 例えば薬は溶出速度の違いに基づくと二つのタイプに分かれる。


 突発的且つ重篤な症状に対して有効であり、三十分以内に効果を発揮するレスキュー薬なる速放剤。

 薬によっては吸収されやすい位置を選ぶこともあり、薬用の効果時間の延長、副作用の軽減を狙って薬剤の崩壊速度をあえて遅くするベース薬なる徐放剤。

 どちらにも良さがあり、時と場合によって使い分ける。


 だが、デメリットについて話そうとすると途端に口の開きが悪くなる。

 ほら、加虐嗜好の美少女に長時間いたぶられたいか、美丈夫に即時ハートを射殺されたいか、人それぞれですし。

 苦行を耐え忍ぶという上で、どちらが望ましいかは各々のさじ加減と趣味嗜好に任せる他ない。


 


 ――話を戻すと、アレは平面世界でよく起用されがちな即死状態を付与する劇物(飯マズ)とは少々異なる。




 各素材が無秩序に重なりあった料理は、口に入れた者を速やかに地獄の底へと叩き落とす事はない。食べられない一歩手前を毎度器用に維持するもんだから気絶もできず口の中に居座る。

 やがて、発癌性物質しかないような黒い塊が欠片がゴロゴロと喉を通り食道を引っ搔きながら胃にボトボト落ちていき、徐々に気分が悪化。


 気づいた時にはカンカンけたましく鳴り響く踏切を越えていて横からドンッ………………!!!


 あれは一種の呪い――、生活習慣にしてはいけないサイレントキラーと呼ぶべき代物、もう二度と御免被りたい。


「おはよう、大佐。お勤めご苦労様です」


 キノコとベーコンを塩コショウで味を調え、炒めながら声をかける。

 動物性の脂とは何故こうもダイヤより美しく魅力的なのか、各種素材がキラキラ輝きを放ち始める様子を一匹の蜘蛛がいつの間にかそばで眺めていた。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ――アシダカグモはご存知だろうか。通称軍曹と呼ばれるいわゆる益虫で、彼(多分)がそれかどうかは分からない異世界出身の私はとりあえず大佐と呼んでいる。

 彼(恐らく)は私が屋根裏部屋に住み始めた時からお世話になっている方だ。通常なら、大量の埃を掃き出すと同時に見かけた虫は叩き出すところだが、大佐呼びと同じくしてそれが出来ない共通の理由が風貌にある。


 細身でありながらがっしりとした体躯、暗くくすんだ煙草色に所々白が混じった体毛。初めて出会った際、成人男性の掌サイズという我が人生遍歴における過去一の大きさにモンスターの類かと奇声を上げてしまった。

 が、彼(大方)は逃げるどころか微動だにせず、節が目立った足の一本をトン、トンと床を叩きながらじっとこちらを観察していた。

 ありすぎる貫禄に膝から崩れ落ちてツッコミを入れるぐらいなのだから、それぐらい強烈だったのだと察して欲しい。

 崩れ落ちたついでに膝を正して部屋に居候する旨を伝え、挨拶をしてみると、彼(と思う)は静かに部屋を出ていった――――。


 


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 

 牛乳で伸ばした溶き卵をサッと入れてスクランブルにしていく。

 立ち昇る焼けた脂の薫りごと具を卵でまとめていくと、大佐が僅かに身じろきした。

 本日はベーコン入りの為ヘルシーにバターは入れない。滑りが悪いが、どうにか巻き上げて皿に乗せる。


「お待たせです。今日はいつもより遅い朝食で申し訳ない。その代わり、ベーコンを多めに入れておいたから許して」


 具材の色が薄く見え隠れした黄金が目の前に置かれると、大佐の口元から僅かに白い煙が漏れ出た。昨日より沢山出てる気がする。

 時折こうして感情を表現することがあり、私は勝手に喜びのそれと解釈している。


「今更普通の蜘蛛と同じように考えるのもあれだけど、やっぱり肉が好み……。

 昨日は甘い方の卵焼きだったけど口に合わなかったかな……?」


 否定するように素早く足を鳴らした後、ゆっくり頭を振る。

 明らかに体格に見合っていない皿をヒョイっと、危なげなく持ち上げ去っていく大佐に、


「気を付けて。皿はいつものようにここに置いておいてくれればいいよ」


 心得ている、と皿を少し傾けて律儀に答える姿なんか見せるもんだから、ついつい気を許してしまう。

 傍から見ればつんざく悲鳴が駆け抜けてもおかしくないワンシーン。人よりも先に虫と友好関係を築く私の異世界ライフは序盤にして奇怪さを極めている。


「やはり貴方は不思議な人ですね」


「――――ッ、ビックリした!! ビックリした!! 急に背後に立たないでください!!」


 フライパンを手にしたまま飛び跳ねると、背後にマスターが突っ立っていた。


「すみません。ですが、怯えた表情も大変可愛らしかったですよ。

 いっそ私の代わりに看板娘(マスター)となってみますか? ここも賑やかになるやもしれません」


「冗談でもやりませんよ、そんなの。

 アホなこと言ってないで、席に着いて下さい」


 聞こえていない風に静かに笑って見せるこのマスターは、この取るに足らないやり取りを楽しんでいるようだ。

 大体、私なんぞが看板役になったところで誰得だという話だ、マスターの方がよほど看板役に適している。今まさに見せている蕩けるような表情でそこらの通りを練り歩けば忽ち華の大行列の出来上がりだ。尤も、酒がメインみたいなこの店では女性より男性客の方が1人当たりの客単価は高いんだろうけれど。


「もちろん冗談です、どうか心配せずに。

 賑やかなのを通り越して騒がしいのは好むところではありませんから」


「そんなもんですか……。それで、何が不思議なんです?」


 作っておいたオムレツの横に、細切れになっていたくず野菜のミックスと運良く原形のまま生き残っていたトマトを角切りにしたソテーを飾ってバジルと散らせばそれらしくなった。

 トーストを折って割いて重ねて置いて……、よしっ、ギリワンプレート。


 気泡が浮いた背の高いグラスに溢れるほどの大量の氷を入れ、渋みが出るほど濃く煮出した紅茶で満たしてやる。


「先程の魔物ですよ。本来魔物というのは、文明と社会を築き調和を理想とする我々の在り方とは別にして生きるモノ。

 契約印による疑似的な魔力炉を作り共有することでようやく意思疎通が可能となりますが、魔物ごとに独自のルールがあり、半端な実力と交渉力ではすってんころりんたちまち立場が大逆転。しまいには首を切られてしまいます」


 首を切られるというのはもちろん比喩表現ですよねと、聞く勇気はない。過去にそういった事例があるからこそ言い切っているのだろう。名も知らぬ誰かに冥福をお祈り申し上げる他ない。


「まあ、そもそも魔物は滅多に姿を見せません。そういったことが起こるのはあれらを積極的に探し出して不当に隷属させ利用しようとするバカ――、おバカさん達ぐらいなものです」


「お、を付け加える意味」


 この度、無料配布しておりました、お祈りの言葉について、相手方の自業自得につき自主回収させていただきます。

 その代わり、テーブルに朝食兼昼食を並べる。

 マスターは「ありがとうございます」と口にすると早速食べ始め、私は横に座って軽く手を合わせてから後に続く。


 こうしてレデーリンのモーニングセットは、いつものように一匹と二人分の用意で終わり、今朝の売り上げ項目に見事、丸が一つ付け足されることとなった。

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