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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
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処方番号1-5 『大き過ぎるrequest』

「すみません、無知をさらすようであれですけどそんなに驚くようなことですか? こう言ってはなんですが、身体の一部が欠損した状態で生まれる人も中にはいるでしょう?」


「ならアンタは心臓が無いのに生きてる人間がいるなんて信じられるの?」


「信じませんね、それは」


 説明は既に受けていたものの実感は湧かずに受け流していたが、ようやく理解した。

 生きる為に必要不可欠なはずの臓器が欠けているというのだから、言葉が出ないのも無理もない。


「それが事実なのだとしたら、どこの誰だろうと信じざる負えない。

 ……けれど本当なのかい? 余りにも魔力を感じないとは思ってはいたけども、それは……」 


 とっぷりと日が暮れ、外からの照度を失った店は花もまどろむ昼の在り方をすっかり変えていた。

 酒が店内を揺蕩う音がベースとなり訪れた客の言葉、仕草にスポットが当たる。

 

 目は口程に物を言うという言葉の通りジェイの瞳は静かに疑惑を歌っていた。

 それに応えてか、バッ、と太いラインを引いたような赤い房が頷くマスターの両頬でゆらりと踊る。


「ええ、間違いありません。私が魔力の源泉を見逃すと思うのならそれまでですが」

 

 ――――魔力炉とは、魔法を扱う上で必要なエネルギーである魔力を生成、貯蔵、必要なタイミングで放出する器官らしい。

 魔力を得るためには体内で生成する方法と、外界のそれを取り込む二つの方法がある。生成能力は個人差があり、仮にその能力値がゼロの場合、蓄えることが出来る魔力が少なく且つ濃度が低すぎる為、魔法の運用に適さない。

 だがそれだけなら、魔法が頻発できないというだけで日常生活に支障をきたすことはない。


 問題は、魔力炉のもう一つの役割に関係してくる。


 一口に魔力といえど、どれも全く同じというワケではない。魔力の質は個人差や種差によって僅かながらも異なり、外から取り込んだ魔力は、魔力炉の持つ中和作用によって自身の魔力に変換される。魔力炉の働きは魔力の減少に伴って活性化し、体内魔力濃度を維持する。

 しかし、魔法の使用過多や何らかの原因で魔力が著しく減少すると自己防衛機能によって、身体は魔力の中和、生成に専念し魔力濃度の回復を図ろうとするらしい。

 

 結果、意識を失い倒れることになるのだが、それを――


「ブラックバウトか……」


 最初に理解を示したのはフォガートだった。

 

「魔法を使用せずにいたとしても、日常生活の中で魔力は多少なりとも目減りする。

 何かしらの異常によって魔力炉が機能せず魔力が戻らないことは、よくあるとは言えないが絶対にない事でもない。代用の魔具を身に着ければ済む話だ。だが――」


 小柄で目立たない人間を彼は初めて意識の内側に収める。


「そんなものを持っている様子はない。

 にも拘らず、そこの仔ネズミが呑気に突っ立っているとなると……」


「そもそも魔力に依存した身体ではないから、というワケね」


 この世界に存在するものは物も人も例外なく魔力を持つ。

 放射線のように目には見えないがどこにでも確かに存在するこの世界で生まれ落ちた以上、少なからずその身に帯びていなければならない。

 持つべき魔力を持たないゼロの人間、そんな存在はもはや幽霊と変わりないということ。

 いや……、幽霊の方がまだましかもしれない。アレは過去に生きたという記憶、記録がこの世に少なからず点在しているが、私にはそれすら無いのだから。


「はぁ……まったく、面倒な拾い物をしたもんだな。なんにせよ俺に害が無ければ構わない。

 恋愛ごっこでも何でも好きにすればいいが、火の粉だけは飛ばしてくれるなよ」


「特に君の場合は種族が種族だからね…………」


「気疲れで舌の感覚まで飛んだみたい……。

 これ以上いてもせっかくのお酒の味も分からないだろうし、そろそろお暇させてもらうわ」


 すっかり酔いが醒めたのか、おもむろに立ち上がる華にマスターは「おや、何を言ってるんです?」と、大げさに首を傾げてみせた。


「確かに、私の恋バナが本題では無くもありませんが、……ふふっ、恋バナとは自分で言って照れてしまいますね。――兎も角、ここからの話も重要ですよ。

 そもそも何故、今日皆さんに秘蔵の酒をちらつか……いえ、おもてなしすると誘ってまで集まって頂いたと思っているんです?」


 マドラーでコップの淵を軽く叩く音が、解散の空気を払い除ける。


「学園内で急激な体内魔力低下による体調不良者が増加しつつあるのはご存じでしょう。

 彼女にその調査をして頂こうと思っていますので、皆さんにはそれを認知しておいていただきたくお呼び立てした次第です」


 こう見えてもこのマスター、修魔研究学校とやらの学長をしているらしい。その同僚というのだから彼らは教師なのだろう。

 けれどそんなことより……、誰が何をするって?

 

「聞いてませんが!?」


「ええ。今言いましたから。先日、貴方は薬師見習いだと仰っていたでしょう。

 確か、薬師の職業のなかには学内の環境衛生状態を調査し、管理する類のものもあるとか」


「学校薬剤師と探偵を混同しないでっ!?

 大体、魔法なんて空想でしかない世界で生きてきた人間に、どうやって魔法関連の問題を調査しろっていうんですっ!?」


「原因が何であれ、人体に悪影響が出ているのは間違いありません。

 医療者の卵ならば、それを放置するなど…………できるはずがありません!!」


「いい笑顔で言うなッ!! そしてアンタが言うな、どっちかというと私の台詞!!」 


 そもそも魔法なんてファンタジー要素とは一切合切関係のない薬学知識で魔法ありきの世界の? 魔法専門学校で起こった? 魔力消失事件なんてずぶずぶの泥沼案件にどう立ち回れというんだ、この駄馬はっ!?


他人(たにん)の恋心にあれこれ口出しをしたくはないけども、本当にその子を好いているのかい? アンフェル。魔力を持たない子を、学園内に入れるなんて正気とは思えない」


 慌てて立ち上がると、少し焦りを滲ませた声色で忠言を放つ。

 流石二匹の猛獣もどきの監督役の事だけあって、ジェイさんは常識的だ。


「だからこそ、皆さんにこうして話を通しているんです。何かあった際に手を貸すように、と。

 そもそも、私からの雑用をこなすことで住み込みの対価を支払うと提案したのは貴方です」


「“私に出来る範囲で”と注釈を入れておいたはずです」


「ええ。ですから、“出来る範囲で”構いません」


 丸みのある四角に整えられた爪がカラコロと、弧を描く。

 酒の色で怪しく歪みながらも、それは骨を彷彿とさせる程に白かった。

 くるくる回る氷を置き去りにして引き上げられた指を、火傷しそうなほど真っ赤な舌が味見をと言わんばかりに、滴る滴ごとチロッと妖しく舐る。


「何も解決しろとまでは言っていません。

 事の発端となったファクター、或いはトリガーを探して欲しいのです。

 本来、わが校の教職員が調査に当たるべきですが、他の生徒もいつ倒れるか分からない状況下で通常業務と並行し、更に自己管理の徹底も心掛けなければならないとなるとそれもなかなか難しい。かと言って、専門機関に依頼するには情報が少ない上、曖昧な点が多すぎる。

 一方で、体内魔力濃度の増減など関係ない貴方ならば効率よく動ける、と見込んでの頼みです。

 どこにも問題などないでしょう?」


「問題だらけだ馬鹿が。自分で言ったことをもう忘れたのか? 

 ただでさえ騒がしくなっているネズミどもの管理で忙しいのに、たかが三人でどうコイツに手を貸せと?

 そもそも部外者の、然も魔力なしの子供にいったい何を期待してる? 

 今まで通り、おとなしく店の中をうろつかせておけ」


「心底腹が立ちますが右に同意見です。魔法の素人ですらない私がどうにかできる問題じゃありませ

 ん。下手に状況を悪化させる前に専門家に頼んで。お願いだから」


「“ミスラ”を結んでしまっていても?」


「なら、仕方ない。素性があやふやな仔ネズミがうろつくのは感心しないが、精々励むように」


 あっさり掌返した!?


「……無知なのをいいことに勝手が過ぎるわね、アンフェル。あまり感心はしないわよ」


「正直、危険を伴う可能性があることに関わって欲しくはないけれど、まさかミスラとは…………」


 『ミスラ』という謎の対城兵器によってあっという間にジェイさんという最後の砦が崩れ去ってしまった…………。

 雰囲気から察するに、クーリングオフは容易ではなさそうである。

 人が知らない間にあとどれだけやらかしてるんだ、この人。 


 「生徒の安全が脅かされたままなど、不安で不安で涙を禁じ得ません。貴方との愛情が詰まったこ

 の店もほら――」とわざとらしく指を鳴らす。


 するとどうだろう、今いる飲食フロアを残して二階はおろか屋根や壁が綺麗さっぱり消え失せてしまった。

 内と外を隔てる境界を失ったことで夜の気配が一気に身体に纏わりつく。同時に人工照明も消えたことで視覚的にもグッと体温を下げる……が、竈で煌々と燃える火で炙られた空気が気まぐれに頬を撫でる。


「ねっ☆」


 ウィンクを添えつつどうだ、と言わんばかりに両手でポーズをとって見せる。


「ね、じゃない。ね、じゃ」


「おい、曲がりなりにも自分の店を消すな」


「身体が冷えたせいで明日のコンディションが崩れでもしたら呪うわよ」


 やれやれまた始まったと言わんばかりにジェイは深い溜息をつく。そんな彼らの苦情を尻目にニコニコ笑みを浮かべるマスターに「……わぁ大変だ、私の唯一の寝床が消えちゃったぁ。……ついでに冷蔵庫に入れておいた海鮮のアボカド和えとダークチョコを削った豚肉のリエットも消えましたけど」とこぼす。あまりにも非現実が過ぎると一周回り冷静になる。

 マスターは「え?」と目を丸くし慌てて手を振れば夢から覚めたように店は一瞬で元に戻った。


「「「「…………」」」」


「……という訳なので、明日からよろしくお願いします、私の素敵な人」


 何とも言えない空気の中で暫くマスターはフリーズした後、コホンと咳ばらいをしたがそんな適当なごまかしを認めてやる程の善人はこの場にいなかった。「まともなつまみがあるなら何故もっと早く出さない」「僕も頂こうかな。毒消しは今持ち合わせが無いから良かった」「アンタ達……、お腹が減ってるからって手当たり次第に詰め込もうとするんじゃないわよ。他所の世界の人間が作る料理とか不安にならないの?」と微妙に失礼な発言も交えつつ、わちゃわちゃし始めた。


「待ってください。つまむのは私の分を取り分けてからですよ。マスターとして味見もしていないものをお客様に出す訳にはいきませんから、体裁的に」


 「ですがそうなると量が足りなくなりますね。追加のおつまみでも作って……」とこぼす彼を全員で、「作るな」と押しとどめた。


 不服そうな顔をするマスターの顔を尻目に先程の話を思い返す。愛情の何たらについては全力で否定するとして、反発は出来ない。

 仮宿を消滅させる未来までも否定しきれないのがこの規格外ウィザードマンだ。冗談だとしても鼻歌交じりに事を成すだけの実力を持っている。


 好意を寄せる振る舞いを見せてはいるが結局のところ、私の衣食住はこの男の手に握られており、心持ち次第でどうにでもなる事実を忘れるなという話なのだ。それに、家に帰る為の情報を集めるにはイベントごとには積極的に参加するに越したことは無い。

 とどのつまり、遺憾ながらも返答の言葉は決まっていた。

 

「………………。了解しました、マスター」


 ――――マスターこの野郎、覚えとけよ……。

 

 聞こえないように胸中で愚痴ることは許して欲しい。

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