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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
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処方番号1-1 『encountへの足音』

 雲一つない青天井も、気の良い爺さんの話に付き合ってやれば真っ赤っかに染まるというもの。

 建物に遮られてはいるものの、針のような光がちらつき、西の奥から轟々と燃え広がってくるのが分かる。


 「身体に気を付けて」と体のいい締めの言葉でその場を後にする。


 面と向かって人の話をじっくり聞く機会など、物理的距離が無制限で変則するデジタルな現代社会ではレアイベントに違いない。

 まあ、趣味が合わない同年代に流行りの男や化粧を力説されるよりかは、三回転四回ひねりほど歳の離れた先輩方の世間話やお腰のご機嫌具合を聞いている方がよほど楽しく、為になる。


 おまけのサービス付きなら尚更。


 他の店でも話のネタになるに加え、世間知らずの拙い相槌も数を重ねて打ちつつければ、縁が結ばれやすくなる。

 縁とは人となりを示す不可視の証明書のようなもの。

 物や金銭と違って嵩張らず持ち運べるのがミソだが、時と場所と人によってその価値は大きく変動する。


 いつ役立つか分からないが、いつ役立ってもおかしくはない。


 使い勝手は悪いが、所詮食えぬ義理人情と侮るなかれ。

 下町に張り巡らされた糸は広範囲にわたり、道路が舗装される前から住み着く古参でも何処でどう糸が繋っているのか把握しきれまい。


 糸が伝えるのは不作豊作、需要供給、映えなフーズにダーティーな噂、街角店主の腰痛激化、長らく失踪していた不精息子の突然の帰宅。

 脇を駆け抜ける人々を横目にしつつ、夕日を背負いながら人挿し指で片方の目頭をそっと抑える。

 後方で爆誕した涙ちょちょぎれ感動秘話に歓声が沸き起こる。




 ――――本当に、何処で糸が繋がっているかは分からない……。



 

 最新の情報はより伝導率が高い。

 例えば――、

 最近歩き回るようになった銀鼠のフードジレの娘とか。


 「娘って言える年でもないんだけどなぁ……」

 

 長めの裾を靡かせながらちょこちょこ動く姿はネズミさんみたいだの、少し崩れた口調も元気の良さと相まってかわいい、だのという評価に収まって伝播しつつある。

 

 これもひとえに“頑張れば160はある”なんて小人民族極東国家のつまらないプライドを、愛想笑いの裏にきっちりガムテで張り付けているおかげだろう。


 でなきゃ、足早に帰る私の片腕に予定外のフルーティーな荷物が掛かっている訳がない。

 一度も買い付けたことがない店なのにマジ感謝。

 おばちゃんの「頑張んな」の一言がもう片方の目頭を熱くさせる。

 

「――――――――」


 ――――事故を証明する記録がなければ、記憶という評価もない。

 それらを補うだけの地位も金銭もたくましい肉体もない。



 そんな不利の詰め合わせセット持ちではあるものの、見方によれば長所に成り得る。

 圧倒的な弱者である事を敢えて晒し、なお頑張る様子は庇護欲を誘う。


 ぎりぎり奥二重と言えなくもないことを取っ掛かりにしても、平凡の大海で彷徨う顔。

 それでもニコッと、笑みを飾れば人の印象とはかなり上がるもので、元気で健気な良い子という伝聞が広まる。


 穴だらけのプロフィールも、フードから見え隠れするクセのない黒髪に、黒目の“珍奇”な出で立ちのせいで見当違いの悟りを開かれ、曖昧のまま放置されている。

 

 良くも悪くも数は力なり。何も持ちえないのなら、ご近所さんぐらい味方につけておくのが吉。

 ――と、思っていたが正直ここまでとんとん拍子に上手く運ぶとは思っていなかった。

 おおざっぱな下町という空気感と、極東の島特有の幼さ極振りの外見が味方した。





 ――――――――まあ何はともあれ

 

 私は今日もとある世界から転落事故りながらも健気に生きる『異世界人』をやっています。





※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 町はずれの喫茶店『レデーリン』は客を寄せ付けずにいた。

 立地もさることながら、マスターの諸事情で不定期に店を開くからだ。


 もともと隠れて羽を休めるためという個人的な理由と――。

 いや、ほぼそれに重きを置いた、とても店とは言えない形で成り立っている。


 出される料理もお世辞にも美味いとは言えない。

 そもそも喫茶店と銘打ったのは“マスター”と呼ばれることへのささやかな憧れなだけであって、料理の心得など一切ない。

 そんなぐだぐだ経営な店? にわざわざ通う酔狂な客などいない。


 だが、客が入らない代わりに住居人が最近一人増えた。


 娘は使い道もなく放置されていた蜘蛛の巣の張る屋根裏部屋に居候し、その対価に細々とした雑用をこなすことが日課となりつつある。

 町への買い出しもその一つ。


 一定の間隔に設置されたガラス籠のような街灯が、西日の加護を失ったものから順に灯り始める。

 擦り減って磨かれた石畳は、ガスでも電気でもないふわふわとした青白い光を点々と弾き、足跡のように店まで続いていた。

 

 テンポよく刻んでいた足音が、暖かいオレンジに照らされた玄関口の前で止まる。

 胸元で弾んでいた新緑の蜻蛉玉はようやく落ち着きを取り戻した。灯りによって内側に散りばめられた金粉は輝き、深い色を抱き締める。


 金古美のノブが押し下げられ、上品な細工が施された木製の扉が開くとお決まりの鈴の音が響いた。

 同時に、夜の吐息が店内に滑り込む。


「只今戻りま…………した?」

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