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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
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処方番号1-12 『用務員ウサギのinformation 』

 ――――恐らくは用務員だろう。用途の分からない道具が腰に巻き付けられたホルスターにガチャガチャ差し込まれ、大きめのカートを押しながら進む。

 清掃後なのかカートに備え付けられたダストボックスらしき箱からは若干の膨らみが出来ていた。


「ウサギ……」


 共通の第一印象を代弁してくれたグインの声からは単調な音の中にも驚きの色が滲んでいた。

 その日一日、パークの世界観に浸る為だけに購入する着装型グッズとは比べ物にならない。精巧に兎の頭部を模した被り物が男の顔上半分をすっぽりと覆い隠し、まろい白の目が短く整えられた黒い毛並みを際立たせる。


「こんにちは、学長からの依頼で調査を行っている者です」


 唐突な兎の登場に内心焦りながらも、ごく自然な振る舞いを意識しつつ首紐から下げた“それ”を内ポケットから取り出して見せた。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「それと、こちらを首から掛けておいて下さい」


 異世界印のスマホを受け取り、部屋から退出しようとすると学長に呼び止められた。

 手渡されたのはストラップ型のネームケース。中に入れられた紙には学長直筆の入校許可の旨を示す文と署名印が添えられており、文字を邪魔しないように薄っすらと校章と思わしき判が上から押されている。

 

 手あたり次第に噛付かんばかりの猛々しい姿。優美な幻想種にしては少々荒っぽいが、決して粗暴ではない。

 月を食む――、否、黒く染め上げるように月の端から影を引き上げる天馬がいた。


「調査が入る旨は伝えてありますが、この学校では部外者が出入りする機会はそう多くはありません。万が一、見咎められてもこれを見せれば問題ないでしょう」


 海の果てを越えた先にある島、その中心で鎖によって繋がれた浮遊する学び舎。

 部外者が散歩ついでに立ち寄れる場所ではないのは確かである。見慣れない顔があればうっかり迷い込んだ善良な市民より、腹に一物抱えた不審者である確率の方が高い。


「それと判には私の魔力を込めておきました。校舎内は現在、半封鎖状態ですので鍵が掛けられた扉も多い。これがあれば魔法による鍵でもそうでない鍵でも大抵の場所は開きます。ああ、もちろん扉を閉めれば開いた鍵も元通り閉まりますので安心して調査に役立ててください」


 ケースを傾けながらしげしげと判を眺めれば、鴉の濡れ羽のような独特の光沢を放っていた。 


「綺麗ですね」


「――っ!」


 ヒュッと、学長から息をのむ音が聞こえた。ぶわりと頬がほんのり赤く色づく。


「無知は時に他人事では済まない時もあるんですね……」


「何の話です?」


「いえ、なんでも」


「それにしてさすが魔法学校、いよいよ本格じみてきたな……。けれどいいんですか? こんなどこでもフリーパスを得体の知れない人間なんかに渡して、悪さをするのに魔法なんて必要ありませんよ。

 ――――本当に、私にやらせていいんですか?」


 知識も力もなく魔法も使えない小娘を魔法の研究、教鞭をとる組織の長が恐れる道理などない。何が起こったとしても杖の一振りで解決できるだろう。

 だからこそ、確認しておきたかった。


 “貴方がやらなくていいのか?”と――

 

「私は貴方に一目惚れしました。だからこそ知らない貴方に不安を抱くよりも、知りたい好奇心を優先します。ですからどうか教えてください。貴方はこれを使って何をする人間なのか。

 どのような結果に終わろうとも貴方を恨むようなみっともない真似などしません。酒に害があるのではなく、泥酔する人にこそ罪があるのですから」


 学長は柔らかな笑みをそっと湛える。

 どう転んでも責を負う覚悟で信じるなんて言われれば、こちらも逃げの口上を失う。


「嫌な言い方しますね。そちらが自己責任だというのなら必然的に私もそうならざる負えない。善人になろうが悪人になろうが私次第……って。

 ……はぁ、了解しました。これは有難く使わせてもらいます。学長好みかどうかは保証できかねますが、できるだけのことはします」


 頬に張られた湿布がまだ冷やっこい内にさっさと部屋を退散した。

 結局のところ、本気で拒否する気がない以上やるしかないのだから。



※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……ああ、これは失礼しました。なにせ初めてお目にかける方だったものでつい驚いてしまって」


 許可証を見るや否や、理解した様子で態度が軟化した。「外部からの訪問はそんなに珍しいですか?」と気になって聞けば「はい、少なくとも私は初めてお見掛けしましたよ」とどことなく嬉しそうに答える。


 傍ではシャベルがガチャガチャと未だに跳ね続けており、なかなかに無視しづらい主張を繰り返しているにも関わらず特に気にする素振りもない。実にシュールな光景である。


「ところで用務員さん、コイツなんなの? 動くシャベルなんて聞いたことないんだけど」


 ズボンの汚れを叩き落としながら徐にアールは立ち上がった。

 一方でグインは直立不動の構えを崩さないまま跳ねるシャベルを不思議そうに眺めている。コテッと首を傾げて微動だにしない様はまるで未知のモノと遭遇した大型犬に見えなくもない。


「アレは空を飛ぼうとしているんですよ」


 「一年ぐらい前でしたか――」と用務員さんはカートの持ち手に肘を預けて話し始めた。


 話によれば学生の必修科目の中には飛行学があり、大勢の生徒らが箒でおっかなびっくり空を飛び回る光景が日常的に見られる。

 そんなある日、金属音が時折校舎内で響き渡るようになった。その元凶の正体がこのシャベルだったらしい。

 

 アールが口にしていた通り、本来物が自律的に動くなどという事例は滅多にない。

 詳しい事は解明されていないが、長らく放置されていた物に魔力が蓄積されることで稀に自我が生まれる事があるらしい。故に確認されている物の殆どは歴史的、文化的に価値のあるもので占められており、中には不思議な力を有している物もあるとか。その多くは国や博物館、研究機関によって厳重に保管されている。

 世界有数のウィザードの養成および研究施設であるこの学校が建つ土地柄故に、他の土地と比べて魔力濃度や質が高いことからこのシャベルもその例に漏れず当てはまるのではと教師らの意見としてまとまったとのこと。


「何を思ったのか、空を飛ぶ箒を眺めては自分も飛ぼうとそこらを跳ねまわってるんです。音が煩く教師の間で処分してしまおうという話も最初はあったらしいんですが……、下手な学生よりずっとガッツがあっていじらしいもんだから変に愛着を抱いてしまったらしく、今となっては学校の名物? 風物詩? みたいなものになっているんです」


 「自律的に動く物は珍しいのに誰も保管しようとしなかったんですか?」と気になったが、物自体は比較的最近の造りの何の変哲もないシャベル。ただ動くだけで特別な力も価値もなく、何処の施設も興味を示さず学校預かりになったとのこと。「教師の皆さんも管理が大変なだけの代物に興味を抱けなかったらしく……」と苦笑い交じりで世知辛い現実を零す。


「要するに……放置されたのか」


「物そのものの価値が低過ぎて興味が沸かないにしても雑過ぎる……」


 昨日、店で会った三人を思い起こせば得心がいった。

 よく言えば個性が強く、悪く言えば我の強い彼らが何のメリットも無しに善意で慈善事業を行うタイプとは思えない。唯一希望があるとするならばジェイさんだが、刺々しい二人のやり取りにギリギリまで口を挟まず、会話をするにしても必要最低限に留めていた所を見るに己に害が無い限りは事なかれ主義とみた。


 人にせよ物にせよ管理維持はする側に多大な負担が掛かる。

 捨てられた子犬を見て可哀そうだから拾ってあげようと安易に行動に移せるのは子供までであり、社会の中で一つの命が生きていく為にどれだけの金銭と面倒な手続きが必要なのか、一度でも知ってしまえば手を差し出しづらくなる。溺れる者は藁をも掴むというが藁だって進んで溺れたくはない。

 それにしたって奇々怪々の対処としては甘いと言わざるを得ない。


「こうして隙をあらばあちこち高い所に昇っては落ちるを繰り返しているだけで特に害もありませんから。外に逃げ出す心配もありませんし」


「空からスコップが降ってきたら軽く世紀末だろ」


「まあ、国によっては魚だのカエルだのタコだの降ってくる所もあるし、個体数が一なら熊より遭遇率は低いし、各自気を付けなさいと言われればそれまでになる。

 落下物注意の看板くらいは欲しいところだけど」


「あんたの世界はマジの世紀末かよ……」


 失礼極まりない誤解は後に訂正するとして、そろそろ本題に入る。


「あの、実は最近学校内で起きている体調不良者の件について調査しています。ここ最近で何か変わったことや不審な点について気が付いたことはありませんか?」


「ああ、ここのところ多いらしいですね倒れる人。すみませんが、よくは知らなくて」


「そうですか……。因みに今校舎は半封鎖状態と聞いたんですが、現在校舎内に誰が残っているか分かりますか?」


「…………私を含めた用務員が数人、もしかしたら教師の方が仕事で来られているかも。あっ、でもビスコッティ先生は必ずいるはずですよ」


「ビスコッティ先生が?」


「校舎内の木々や植物は先生が剪定して管理しているんです。その辺りの仕事は不可侵で誰にもやらせないって話です。

 離れの植物園に小さな建物があってそこに基本いらっしゃいますよ」


 「すみませんがこれで失礼しても? 仕事があるので」と言われたので「すみません長々と、ありがとうございました」と聞き込みを切り上げることにした。通りがかりの用務員さんから思っていた以上に情報を収集できた、文句なしである。


 キィっと車輪を若干軋ませながら去っていく用務員さんを見送る時間で次の方針を立てた。

 あまりダラダラしていると二人が別行動を取りたがりかねないかもしれない。必殺“学長にチクるぞ”があるとはいえ立場もなく魔法も使えず下に見られている以上、多少強引に連れ回して主導権を有耶無耶にするぐらいが丁度いい。


「とりあえず目先の目的は決まった。先ず居場所がはっきりしているビスコッティ先生に会いに行こう。幸いなことに顔見知りだからいろいろ聞きやすいし、植物園の場所知ってる?」


「知ってるけどさぁ、その前にコイツどうすんのよ?」


 いつの間にか鳴りを潜めていたシャベルが、金属とは思えない柔軟なエビ反り体勢でこちらを向いていた。


「――――」


 横にずれれば合わせて向きをクイッと変えてくる。

 

「――、――――」


 数歩歩けばガシャガシャ跳ねてついてくる。


「…………、――っ」


 フェイントをかければササッと素早い身のこなしで立ち往生してくる……っ!


「無駄に素早いな!?」


「学校の外の淵にでも捨てる? 飛べないし、戻ってこられないでしょ」


「鬼か、お前は」とツッコミを入れた矢先に「……捨てるのか?」とグインは躊躇なくシャベルの柄を大きな片手でワシッと掴み取り歩いて行く。飛び回るハエを箸で摘まむような神がかった早業で一瞬呆けてしまった。

 「待った待った待った、早まらないで――って力強ッ……! シャベルに恨みでもあるの!?」と慌てて腕を引っ張るが、流石暴れるシャベルを物ともしない腕力にびくともせずズルズルと引きずられる始末。「特に恨みはない……が、捨てた方が都合が良いのなら……」とチラッとアールを見やれば「あー、いいんじゃね? これ以上お荷物が増えんのヤダし」と鬱陶し気に返す。


「初対面のシャベルに対して当たりが強過ぎ! ねぇ、こっちもやることがあるからあまり構ってはあげられないけれどそれでもついて来る?」


「流石魔法が使えない人は優しいでちゅねー。飛べないもの同士で仲良くしましょって? マジでウケる」


 浅黒い大きな手を振り払おうと必死に藻掻いていたシャベルは、先程までの暴れっぷりが嘘のように引っ込んでしまった。


 ――それは獲物に狙いを定め力を溜める獣。少し、また少しとジャッキアップのようにグインの膂力を押しの除けアールに矛先を向ける。


「またそういう意味のない煽り文句を言う。ここでうだうだ揉めるよりは効率的だろうに、時間も押してる」


 「音が煩いから私が運ぶ。だから離してあげて欲しい」と硬く握られたグインの手を避けるようにして優しく柄を持ち頼む。

 しかし、僅かに瞳が揺れたものの彼は動かなかった。


「君も人に飛べないと言われて怒らない。飛びたいなら飛べばいいじゃんか」


 ピクッと身じろぎ? をし、今にも突き殺しそうな程の圧を放っていた刃先をこちらに向ける。

 人は空を飛びたいから空を飛んだ。翼もないのに、それに成り代わる物を作って、ただの人が空を飛んだ。


「私の世界には魔法なんて無い。そもそも箒は空を飛ぶ為の乗り物じゃなくてただの掃除道具。けど、人が飛ぶための乗り物を作って空を飛んでる。二次元なら風呂敷、絨毯、車、自転車、機関車、節操なしにいろんな物が飛び回ってる。

 この世界には魔法があって箒で空が飛べるのにシャベルは飛べませんなんてことないだろうに」


 普通ではありえない事象を現象かするのが魔法と呼ばれる奇跡。そんな夢ある世界で動くはずのないシャベルがこうして金属の冷たさを、硬さを感じさせず生き生きと動いている。

 その時点で既に奇跡は成り立っている。なら、もうワンオプションあったっていいではないだろうか。


「飛びたいなら飛べばいい。私にはどうしてあげることもできないけど、応援ぐらいならする。

 ――それでもし飛べるようになったら、その時は私を乗せて欲しい。私、シートベルトとか無しで自由に空を飛んでみたいんだ」


 口だけの応援なんて安物しか贈れない癖に自分の妄想と同義の夢を託すなんて図々しいだろうと思いつつも、カチコチの高野豆腐から温水に浸けたレタスのようにしなやかにシャッキリしたところを見るとホッとしてしまう。励ましの言葉が相手に届くことなどアニメでは頻繁にあっても、現実では滅多にないのだから。


 復活した勢いのままシャベルは掴まれた腕を外側に捻るようにグルっと一回転。思わず私は手を放して下がり、グインは流石に顔に迫る刃先には危機感を覚えたのか、驚いた表情で僅かに仰け反り拘束を解いてしまった。

 強固な褐色の楔から解き放たれるとシャベルはひとしきり具合を確かめるように軽く飛び跳ね、しばらくじっとした後、刃先を上にしたまま手元に飛び込んできた。


「よし、それじゃあ行こうか“ジャベル”」


「名前つけんの? てかそのまんまだし」


「何か名前が無いと呼びにくい。語呂は良いし。そう呼んでもいいかな?」


 ペコっと頷くのでオーケーということにしよう。


 何はともあれ、調査隊に新たな仲間が加わることとなった。空に夢を抱く動くシャベルことジャベル君。……なかなかに奇怪さが極まってきたチームに不安はあるが、おくびにも出さずに歩く。

 振り返れば二人は突っ立ったままなので「ヘイッ、ナビ! 早く道を教えて」とポケットからスマホをチラ見せしながら呼びかける。「誰がナビだ! これが済んだら覚えてろよ」と不貞腐れた表情で怒気のオーラを纏いつつドシドシと歩き出す。


「ボケっとしてんじゃねぇよグイン、行くぞ」


「……ああ」


 グインはアールが小さく舌打ちした後に振り向いて声を掛けるとようやく動きだした。


「その前に保健室」


「はぁ?」

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