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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
12/13

処方番号1-11 『楽しいsquabble』

 無言の三人組。


 一人はかぶり直したフードから陰った廊下の先を黒い瞳で睨みつけていた。それは見えぬはずの行く末を捉えた千里眼の如く。

 だが実際は、この混沌めいたパーティーを引き連れてどう行動するべきか、これからの段取りを必死に頭の中で巡らせていた。ポケットに突っ込んだ手は汗ばみ始めており、フードという保護膜が無ければとっくにSAN値が空になっている。


 一人は頭の後ろで腕を組みつつ、ダラダラと歩いていた。

 適度に崩された制服からはだらしなさは感じられず、教師とかち合ったとしても免除されるすれすれを狙ったお洒落と言えるだろう。

 

 一人はきっちりと着付けられた制服に無駄に皺が寄らない見事なフォームで彼に付き従っている。

 若干上背がある褐色の身体は無表情と相まって並々ならぬ圧を感じるが、三歩下がってなんとかの影踏まずをゆくスタイルにより、偶然にも三人の中で突出すること無くぴたりと収まる形となっていた。


 ――――アールは伏せていた瞼の片方を器用に持ち上げ、ポソッと尋ねる。


「あのさぁ、さっきのあれってマジ? 異世界から来たなんて、魔法が使えない言い訳にしちゃ安すぎるでしょ」


「信じなくていい、私だって信じたくない。あり得ないの代名詞の魔法が堂々と居座る世界に飛ばされてきたなんて漫画じゃあるまいに……」


「俺は……どちらでも構わない。……支障はない」


 それぞれの思惑は別として、誰にもどうしようもない“異世界”という不純要素は取り合えず脇に置いておくのが得策だと判断した私は、

 

「この際、私の出身に関しては脇に置いといて。

 とにかく私は魔法が使えなくて、この世界の知識も常識も持ち合わせてない一般人で、学長の言いつけで今起きている事件の調査に駆り出された臨時職員みたいなものだと思っとけばオーケー」


「……まあ、いいや。どっちにしろ、魔法も使えないアンタに任せたんじゃ終わるもんも終わんないし、邪魔だからどっか遊んでてくんない? 俺たちだけでやった方が早いし」


 太陽は天辺を折り返し、西へと傾き始めていたらしい。

 正午の頃は影でベタ塗りだった廊下も、ちらほらと日向との境の数を増やしていた。境を跨いで一人影に入ってくるりと二人に向き直ると、


「いいよ、こっちはこっちで勝手に調べる……と言いたいところだけど、そもそもどうして学校が生徒の出歩きを禁止しているのかもうお忘れ? いつ魔力欠乏症になってぶっ倒れるか分からないからだろうに。

 調査の依頼だけじゃなく、二人の安全も学園長から任された以上目を離す訳にはいかない」


「俺たちの安全って、魔法も使えないやつがどうやって守るワケ?」


 せせら笑うアールに対し、沈黙を貫くグインにはあからさまな反抗の意思はないものの、こちらの言葉に反応を示さない所を見るに良い感触はない。

 

 全く……、口を開けば魔法が使えない事に突っかかってくる。魔法は二次元で楽しむものとして育った身としては、出来なくて当たり前の事を掌返しで要求されるなど理不尽この上ない。

 だが、今回に関しては魔力なしであることが最大の長所と成り得る状況であると、認識を共有する必要がある。


「少なくとも私は突然魔力が空っ穴になってスタン落ちなんてことには絶対にならない。だから安心してぶっ倒れるといい。そしたらもしもし学長? して回収して貰う。それに――」


 ポケットから取り出し、顔の横で数度振ってみせる。

 何かと不便だろうと、学長から部屋で渡されたフルスクリーン仕様のスマートフォンがそこにはあった。


 『魔法』があるだけで、ヒト種が生きる世界である以上この手の文明や技術力における発展の方向性は然程変わらないらしい。中身の構造の類似性までは定かではないが、まあ十中八九、非科学な要素が組み込まれていると思う。

 説明の有無を問われた際、何となくで使って見せると非常に驚かれた。


「誰が学長に最終的な報告をするのかご存じで? 私の言葉次第で二人の処遇は如何に? ってね」


「うわっ、堂々と脅してきたこの人!? それでも教師かよ!?」


 スリープモードの黒い画面はさながらブラックリストの表紙。

 不安を掻き立てられたのか、あからさまにアールは顔をしかめる。影でやり取りされる評価名簿に謎の恐怖を煽られるのはどの世界でも共通です。

 

 思えば小学校の頃、ジャングルジムの天辺ではよく黒い噂話がやり取りされていたものだ。


 そこから見える体育館から時折顔をのぞかせる上級生は実は教師直属の監視員で、運動場で危険行為やいじめに走る生徒の名前を、手元のブラックノートに書き記し教員に渡しているのだという。

 同学年なら兎も角、運動場で駆けずり回る下級生の名前などいちいち把握しているのか、なんて疑問も当然上がったが、特殊な訓練を受けているということで皆納得した。

 小学生だもん、そんなもんだ。

 

 余所でも似たような話はあり、学校によってレッドリストとか、閻魔帳とか、デスノートとかいろいろ呼ばれていたが、結局のところ真偽は分からずじまい。

 自分たちが上級生になっても、周りで監視員に選ばれたなんて話は終ぞ聞かなかった。


「残念、教師じゃありません。こっちだって無茶ぶり押し付けられた身なの。あの学長の事だから、一応助手として働いておかないと本当に退学処分にされるかもしれない。

 あの人、変な所で思いっきりが良くなるから……」


 「だから、不服だろうけど少しだけ私に付き合って欲しい。私が不審者じみていた事は確かだし、これでも誤解させて申し訳ないなとは思ってるんだよ。ある程度調べたら後はこっちで良い感じに報告してお咎めなしにさせておくから」と伝えれば、「そーいうことじゃねぇんだよな……」と頭を振りつつこれ以上の文句を言うつもりはないらしい。所が、グインは何を考え耽っていたのか、遅れて


「脅してきた……この人は? ……殴るか?」


「殴らねーよ! 判定がばがばのくせに物理処理しようとすんなっての。いくらフード被ってて陰湿臭いヤツだとしてもさ、ちゃーんと思いやりを持って接してやらないとかわいそーじゃん」


「そうか、思いやり……。確かにさっきの俺の言葉には無かった……勉強になる」


「フード被ってるだけで随分な言われよう!? 入学して早々やんちゃしておいてよく言うよ、まったく」

 

 正論ベースのツッコミはどちらの心にも届くことなく儚く散ってしまった。

 赤と緑といえば火と草、狐と狸、止まれと進め。どうやっても正反対の立ち位置からの度付き合いの未来しかなく、分かり合うことなどもっての外でしかのに、これ以上はないベストマッチに見えるのはいったい何故か? 


 あと一歩で喉から出てこようとしない既視感の代わりに、兼ねてから疑問をぶつけてみることにした。


「所でさっきから聞こう聞こうと思ってたけど、そもそも二人の関係性ってなんなの? 上下関係が見え隠れしている割にはどうもふわふわっとしてるし、傍から見てると相当歪……、というか危なっかしい」


 ちょいちょい交わされるカルガモ親子のような謎のやり取りを何とも言えない気持ちでそっと眺めていたが、ついに切り込むことに成功した。


「どんなも何も、式が終わった後、コイツがいきなり話しかけてきたってだけ。“友達になって欲しい”って。

 別に俺はどうでも良かったけど? 何でも言うことを聞くっつーから有難くそうさせて貰おうって思ったら、こいつ極端でさ」


 聞けば――――、

 飲み物を買ってくるように言えば、好みが分からなかったという理由で全種買い揃えてきたり、運悪く先輩方にちょっかいを掛けられた新入生に加勢するよう言えば、半殺しにしかねない勢いで突っ込み、別で同じような状況とかち合い今度は手を出すなと言えば見向きもしない。

 試しに「もう犬じゃん、それ」といって揶揄ってみれば、不思議そうに首を傾げて「そう思うなら、それでいい」と、さも当然のように受け入れる始末。


「調節の効かないコンロみたいな性格だなぁ。子供だって菓子と玩具の二刀流を振り回しながら何で? どうして? ヤダヤダって自己主張強く生きてるだろうに」


「なんつーか、やって良い事と悪い事っていうか、冗談とか誤魔化しが効く範囲っつーの? そういうのノリで何となく分かるもんじゃん。それがまるで理解できねーの、こいつ。

 このまんまじゃ使いもんにならねーし、だから暇つぶしも兼ねて実地で手っ取り早く訓練させようって思ったワケ」


「学校を騒がせている事件に首を突っ込めば、否応なしに物事の良い面と悪い面が両方味わえるってことか……。それにしても、そんなまどろっこしい実践訓練までしなきゃならないなら別の友達をさっさと作ればいいのに、変に面倒見がいいというかなんというか…………」


 校内を騒がせている事件を解決する。


 どういう過程を辿るにせよ、ごく普通の学校生活を送るより複雑な場面にかち合うことはまず間違いない。

 教師の指示を破るのは悪い事。事件を解決するのは良い事。

 解決にあたって取るべき手段の取捨選択で様々なグレーの品評をすることになる。正解なんてものがはなっから無い分、暗黙の了解、グレーゾーン、冗談といった不明瞭な道徳を教えやすいという寸法ということなのだろう。


 それにしたって何というか――


「…………初めてのお兄ちゃん?」


「はぁッ?! 冗談っしょ!?? お兄ちゃんなんてぜぇ~ったいッ、勘弁。

 兄貴はたかってなんぼの末っ子だぜ? 俺は。言うこと聞くっていうからテキトーに使ってやってるだけ」


「こんなこと言ってるけど、人選間違えてない? 契約してから一日足ってないならまだクーリングオフいけると思う」


「間違えては……いない。確かに条件に合致した相手を選んだ」


「条件?」


「俺は……良い人になりたい。人を信じられる人は……良い人だと聞いた。だから初めて会った最初の一人を信じ抜くと決めていた」


 …………ええっと、要するに?


「要するに……、ぼっちだったから選んだ?」


「……凄かった。

 登校初日なら直ぐに見つかると思った……が、気付いたら見渡す生徒全員誰かしらと既に群れていた。一度に二人以上とつるむのは……難しい」


「なっ、ふざけんなよ!? まるで俺がぼっちで可哀そうだったから声を掛けられたみたいじゃん!」


 今までは知らないが、今年の入学者は早々にグループを組みたがるパーティー思考の生徒が多かったらしい。

 となれば、必然的に波に乗り遅れたぼっちがグインにとっての初対面で且つソロという条件に合致した相手ということになる。


「くっ……、ふ、……ふふッ、良、かったじゃんか、入学して早々ぼっちにならずに済んで。ロンリーウルフでやってける程スクールライフは甘くないから、特に情報面で苦労する。テストの過去問とか怒らせてはイケない教師の番付け表とか」


「笑いながら言うなっつの! そのくらい言われなくたって知ってますぅー!

 だいたい情報回せるダチ程度に困ったことねーし、一人でいたのも学校に来てさっそくわらわら人とつるむなんてダッセーってだけ。

 っていうか何だよそれ……。結局、一人でいるやつなら誰でも良かったのかよ?」


「すまない……。俺は人を見る目に全く自信がないからな」


 躊躇なく言い切ったグインの一切の淀みがない言葉にさしものアールも開いた口が塞がらない様子だった。擦り込みの小鳥のように最初に目にした人間で良かったのだとはっきり言い切ったのだから。まさしく割り切り型の猪突猛進の極み。

 そのくせ、どこか申し訳なさそうな顔をしている。なんとも難儀な話だ。


「相手のことを何も知らないのに理由も何もないだろうに。私だっていちいち友達と友達なったきっかけなんて覚えてないよ。

 何となく選んで、何となく関係が続いて、それから理由なんて仕上がってくるもんなんだから」


 友達付き合いに悩むなんていかにも十代らしく、微笑ましい。

 爽やかなる青春のスタートが剣呑としたものにならないように、少しばかり人生経験の長いお姉さんからのアドバイスが添え木となればいい。


 期待に裏切られた感増しましで不貞腐れるアールに述べた後、グインに向き直り、


「だからそんな申し訳なさげな顔しなくていいんだよ、緑の人。本当に何の理由もなければ自然消滅するだけなんだし、信じる相手とやらはまたその時決め直せばいい。次の出会いを探すときは私も協力するから。

 そこ、いつまでも拗ねるなボンバーボーイ」


 虚を突かれたようにグインは若干目を見開いたかと思えば、ゆっくりと無表情に戻った。そんなことは露知らず「拗ねてねぇよ! てか、誰がボンバーだ」としっかりこちらのボケにツッコんできた。


「ごめん、初めて会った時から毛先が炎上したての焼け跡みたいで」


「焦げてんじゃねーのよ! 自前だわ!」


 マジか。

 恐るべし異世界の天然パワー、やっぱり期待を裏切らないファンタジークオリティ。どうしたらあんな配色で髪が伸びるのか不思議でしかない。


 この十数分間の対話が好感度アップに上手く作用したと祈りながら気を取り直して歩きだす。


「ところで俺達、何処に向かってんの?」

 

「職員室。事件についての情報がまるでない。とりあえず職員から聞けるだけのことを聞く」 


「ハイハイ職員室ね……って、ある訳ね―でしょ」


「はい?」


 歩数が二桁もいかない内にギギギッと急ブレーキがかかる。

 流石に呆れたのか、グインにステイさせる時の仕方なしな含みが顔に出る。遺憾の意。

 しかし、仕上げに振りかける粉砂糖程度の優しさは芽生えたのか、


「ホントに何も知らねーのな。グイン、パス」


 乱暴に投げられた解説の任をすかさずグインがキャッチし、引き継ぐ。

 曰く――――、


 この学園で教鞭をとる者は教職員であると同時に研究者でもあり、故に職員室という不特定多数の教師が一堂に集まる部屋は存在せず、それぞれが持ちうる研究室を拠点に活動している。

 学園には六つの学部クラスタが存在し、教師達はそれぞれが専門にしている分野に対応したクラスタに所属、『ライター』と呼ばれる学部長が各学部を統括管理しているらしい。


「だから……教師達に話を聞きたいのなら、一つ一つ研究室を訪ねる……しかない」


 私はアールと並列して歩き、ナビされながらこの学園の理解に思考を割いた。

 

「てっきり高校と似たようなものかと思ってたけど、実の所は大学に近いのか……。やだなぁ、初っ端からローラー戦法か」


「全く幸先わりーったらねーの。さっさと終わらせて――――」


 ガァァァァァン!と、けたたましい金属音が鳴り響く。ビクッと飛びのいたのはコンマ数秒遅れての事だった。


 いつの間に開けた場所に差し掛かり、傾いているとはいえまだまだ衰えを知らない日差しに身を投げ出す直前、何かが降ってきた。


「――っ、ビックリした! 二人とも大丈夫!?」


「大丈夫じゃねぇよ……」


「うぉっ!?」


 隣にいたアールの姿はいつの間にグインに切り替わっていた。

 苦悶の声は後方に吹っ飛んだ――――、正確にはグインと立ち位置を入れ替わる形で引き倒されたまま動かないアールの口から上がっている。


「いきなり何してくれやがりますの!?」


「守ろうとした。……余計だったか?」


「やり方がいちいち大雑把なのよ、お前は! 一言声ぐらいかけても良くない!?」


「……そんな暇は無かったが……取り敢えず、すまない?」


「お前、謝る気ないだろ!」 


「夫婦漫才かましてるとこ悪いけど、これ、これ」


 目を離して逃げられないように目先の物から視線を動かさず、ちょいちょいっと片手で二人を呼びつける。

 「夫婦じゃねぇ!」と、アールがキレ良く首を回せば髪が憤然の意を示すかの如く燃え盛った。まあ、元から赤いのだが……、吊り上がった目が途端に勢いを失いスペースキャットと化す。

 背中を向けていたグインも、兄貴分の顔をおかしくさせた正体を見ようと振り返れば乏しかったはずの表情筋が見事にアールと同様の表情を作りだすという見事な職人技を披露した。


「…………スコップ……か?」


「シャベルじゃね?」


 どっちも変わらないだろ。

 目の前で金属がガチャンガチャンと陸に上がった魚みたく跳ねていれば些事だ、そんなもん。


「……こっちじゃ、物がピチピチ跳ね回るのが当たり前だったりする?」


「そんなわけねーっての。だったらそこら中で物が浮かんでなきゃ可笑しいじゃん。分かり待ちたか? 頭巾ちゃん」


「どうもありがとう。君の性格は程よく悪いってことがよく理解できた」


 機会と踏めばすかさず揶揄う姿勢のアールに片手で払いながら受け流す。

 この生意気な小僧の軽口も数が過ぎれる何ともウザったい。縛り上げて粗大ゴミと書かれた紙を額に貼っ付けたら誰か回収してくんないかなぁ?

 

 なんて思っていると、そんなお願いにお誂え向きな重苦しい音がガラガラと近づいてくる。


「どちら様です?」

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