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薬師見習いの処方魔術  作者: 湖陽 照
第1章 祝福のメイラード
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プロローグ『焼き付けた魔法』

 焦げ臭さが鼻につく。


 舐めるように燃え広がるこの部屋には既に終わりの臭いしかしない。

 後は前の頁(過ぎた話)となって消えるだけのはずが、閉じきって仕舞われたこの空間で永遠と滞留し続けている。

 

 だが不意に、灰となって散るだけの退廃的な香りとは別の愛に満ちた刺激臭が鼻の粘膜の奥に突き刺さった。


「――っ」


(――――……っ、まだ、……まだ、足りない…………)


 掌を再び押し付ける。


 届けなければならないのは“想い(イメージ)”。


 基本的な骨子、構成されている物質、生成されるまでの過程、作られた目的、その為に必要とされた形状と硬さ、経過した年月さえも彷彿とさせる細かな傷まで――




「っ――――はっ……!」




 型としては十分。


 いくらか数が増した瓦礫の山に向かって“それ”を力なく放る。


 熱傷深度でいうならⅡ度といったところか。

 痛みも、立ち込める熱気も、薄紙一枚遠く感じる。


 などと、歴戦の勇者らしくクールに頭を回す振りをしてみるが、ついた片膝に食い込んだ破片がちくちくと存在を主張して鬱陶しい。

 

 逃げるように足を崩す。





 ――――早く、早く、早く、早く、早く、早くっ!





 逸る心が激しく警鐘を鳴らすも、自傷行為は思っていた以上に躰にも、精神にも疲労を蓄積させていたらしい。    


 身体からは芯を失い泥と化し、

      順調に薄紙の枚数を増やしつつある。

 


 パラリ、パラリ、とめくる音。その都度、剥がれる現実味。

 パラリ、パラリ、と重なる刻。その都度、冷め逝く想いの熱さ。



 もう痛みが分からない。もう気持ちが追いつかない。

 ただ読み耽っていただけの他人事に、どうしてこうも必死になる?



 ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?  ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?――――――――――――   


 私、は…………





 ――――――――――――――――眠い。



 


「――あっ…………」

 

 ギイッと短い音が鳴り、急に意識が引き上げられる。

 パチパチと爆ぜる音を鮮明に耳が拾い始め、瞼がすっかり閉じきっていたことにようやく気付いた。きっと秒毎ごとに脆くなる柱のどこかが軋んだのだろう。



 それがどことなく、――――男の悲鳴と重なる。



 最後の最後まで絶望の底に堕ち切れず、音にすら成らず、未練がましくも、僅かな期待を孕んだ空気だけが零れる、そんな駄々をこねる子供のような、あの――――



「――――――――」



 遠ざかる意識を引きずり戻し、不敵な笑みを作りながら立ち上がる。


 魔法が当前になるとどうにも諦めが良くなってしまう風潮がある。

 いつの間にか私も毒されてしまっていたらしい。


 ――――ふざけるな。


 “魔法”に期待し過ぎていた。

 魔法という名の神秘が殺され、つまらない日常に色とロマンを届ける二次元の概念(ファクター)になって久しい世界で生まれ育ったくせにすっかり忘れていた。

 奇跡を欲するならば何の保証もない中で幾つもの手段、方法を潰しながらガムシャラに人の迷惑も考えず、手当たり次第に図々しく足掻くしかない。


 ふと震えを感じ、取り出したスマホの画面には、


 ――――指摘と提案を――――

 

 気付けば、辺り一面に文字の羅列がひしめいている。よくよく目を凝らさなければ煤が擦れているようにしか見えない程に朧気だった。

 それは今まさしくこの状況を書き連ねたものであり、それを好みに改ざんする術がある。しかし――――


「無い。そもそも、この話に間違いなんてなかった。

 ――強いて言えば、出された真実()を理解できていなかったあの人の過失。ようはただの飲み忘れ」


 片手に握られた“それ”。

 刃先のように鋭い軸先からは黒が滴り、ふわりと宙に消えていく。


 「気付かなかっただけだ。だったら、丁寧に教えてあげるのが薬剤師の仕事ってね」と砕けた足に力を入れて立ち上がる。


 切り傷だらけで煤だらけ。

 服はあちこちボロボロ、おまけに痛々しい焼き印付き。

 灰被りのお姫様をプロデュースしたおばあさんも頬を引きつらせる仕様だが問題はない。


 魔法が使えない自分がおばあさんになってやろう。


 魔法が使えない自分が、魔法を使える彼らに、魔法(キセキ)の起こし方っていうのを教えてやらねばなるまい。



 さあ、あわてんぼうのプリンスに――――、



 ――――ガラスの靴を届けよう。

 

 

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