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『おはよう。』

作者: 満月野風
掲載日:2021/02/17

冬の朝日は、少し冷たい。

卵とパンの焼ける音が微かに聞こえてきて、香ばしい香りがボクの身体を包み込む。

朝のリビングに響く足音が、ボクの鼓動と共鳴して、とても心地がいい。


「はるかー!早く起きなさーい!」

「起きてるー!」


『はるか』はこの家に住んでいる高校生の女の子であり、ボクは『はるか』が大好きだ。

2階から、はるかがトントンと渇いた足音を響かせながら、軽快に階段を駆け降りてリビングのドアを開け、ボクに近づいた。

「ココちゃーん!今日も可愛いねー!」

はるかはボクの頬を掴んでフニフニと撫でた。

毎朝の恒例行事だ。

(寝ている時に触られるのは、正直鬱陶しさを感じるけれど、はるかの柔らかく暖かい手は、とても気持ちがよくてクセになる。)


「ほらはるか、早く食べちゃいなさい。パパも新聞ばっかり読んでないで早く食べて!」

「はーい。」

「はーい。」

「あ、ママ。そういえば夏帆ちゃんって覚えてる?中学の時に一緒だった・・・」

「あー!あの背の高い可愛い子??何回か遊びに来たこと、あるわよね?」

「そうそう!あの子F大受かったらしいよ。スポーツの推薦で。」

「あら!すごいじゃない!あんたも頑張んなさい。」

「はいはーい。」

「それで、はるかの試験はいつなんだ?」

「パパ知らないの?それでも受験生の父親?来週の土曜日!」

「そうかそうか!すまんすまん。」

「しんじらんない。いただきまーす。」

「いただきます。」


ボクはこの瞬間の香りがとても好きだ。

お日様のような香りが、ボクの3人の家族から伝わってくる。

その暖かい香りは、ボクをまた眠りの海に誘うのである。

しかし、朝のニュースが流れてリビングは沈まり返った。時が止まった感覚がした。


『新型コロナウイルス新規感染者が、東京都で過去最多を更新し・・・・・』


鼻を刺すような不安と恐怖の臭い。嫌いだ。

肉体が燃え、腐っていく臭いがする。気持ち悪い。空気が重い。吐きそうになる。頭が痛い。

冷たい鎖で身体を締め付けられているようだ。

苦しい。


(はるか・・・助けて・・・。)


ボクはお腹を見せるように仰向けになり、甘えた声ではるかを呼んだ。


「パパ!ママ!見て!ココちゃんが仰向けで寝てる!可愛いー!」

「あらあら。お腹冷えるわよココ。」

「はるか。写真撮ってパパに送ってくれ。」


(ほらね。ボクはみんなを笑顔に出来るんだ。)

お日様のような暖かい香りが、またボクを包み込んだ。


「あ、パパ!早く出ないと遅れるわよ!」

「おお、もうそんな時間か!はるか、今日遅くなるなら連絡を・・・」

「あー!もううるさい!早く行きなよ!」

「全く誰に似たんだか・・・行ってきます。」

「あー、パパ。お弁当。」

「ママありがとう。ココー!行ってくるからなぁ。良い子にしてろよ。」

パパはボクの頭を優しく撫でてくれる。

(パパの手は大きくて、すごく安心するんだ。)


カランと玄関の飾りが鳴り、パパの匂いが遠くなった。

少しだけ、心臓がキュッと痛くなる感覚がした。


「ほら、はるかも。遅刻するわよ。急いで!」

「わかってる!今日塾で自習するから遅くなるね!帰る時ママに連絡する。」

「いってきまーす!」


はるかの匂いが遠くなった。

また、心臓が痛む。


「大変。ママも支度しなきゃ。」

ガチャガチャとお皿同士が激しくぶつかる音がして、水道から水が流れ、止まった。

「ココちゃん。ママもお仕事行ってくるからね。良い子で待っててね。」

(ママはボクの背中をゆっくり撫でてくれる。これが一番気持ちがいいのだ。)

玄関の飾りがカランと鳴るのを、3回聞くのは心が寂しくなる。

リビングはとても静かだ。

朝食の卵焼きとトーストの微かな香り。

はるかの、少しミルクに似た甘い香り。

パパの、香水の香り。

ボクは一つずつ大切に匂いを嗅いだ。


(今日もがんばってね。ボクは、信じて待っているからね。でもね、でも、寂しいだ。。お願いだよ。早く、帰ってきて。)

ボクは大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。

日光が入り込んでいる窓から外を見て、帰りを待とう。ボクは身体を起こして、窓に向かって座った。

(あと何回、この言葉をはるかに伝える事が出来るだろうか・・・)


『おはよう。』

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