97:ドラゴンが現れました
ラステロくんの風魔法で散った霧は、相当密度が濃いようで。またすぐに魔獣の姿を覆い隠してしまった。
一瞬しか見えなかったけれど魔獣の数は大量で、その種類はバラバラ。イールトさんから以前聞いた、王子ルートに出てくる魔獣のパターンにそっくりだ。たぶんあの中のどこかに蜘蛛魔獣や地獄犬、獅子魔獣、蛇魔獣もいるんだと思う。
「あいつら……!」
「ラス、待て。お前が本気を出したら生存者まで死んでしまう」
大量の魔獣を一気に殲滅しようとしたんだろう。ラステロくんが珍しく詠唱しようとしたのを、殿下が止めた。
それを横目に見ながら、ジェイド様が真剣な面持ちで口を開いた。
「ミュラン。瘴気を集める禁術を破れば、この霧は晴れるか?」
「はい、恐らくは」
「なら、それを壊すのが先だな。殿下、僕はミュランと魔法陣を探してきます」
「ああ、そうしてくれ。あれは我々が足止めしておく。シャルラ嬢、皆に強化魔法を」
「はい!」
殿下の指示を受けて、私はみんなに身体能力強化の魔法をかける。ジェイド様は頷き、ゼリウス様とラステロくんに目を向けた。
「ご無理はなさらないでくださいね。……ゼリウス、ラステロ、殿下を頼む。ただし、魔獣は殺さないように気を付けろ。瘴気の中で倒せば、アンデッド化する恐れがある」
「分かってるよ。ジェイドも気を付けてね」
ラステロくんがため息混じりに応えると、ジェイド様と兄さんは霧の中に消えて行った。
するとゼリウス様が、苦笑しながら剣を抜いた。
「あれだけの数を相手に殺すなとか、無茶過ぎるだろう」
「ゼリウスが泣き言なんて珍しいね。もしかして出来ないの?」
「出来なくてもやらなきゃらならないんだろ。やってやるさ」
「そう来なくちゃ」
ラステロくんに茶化されても反論する事もなく、ゼリウス様は呪文を呟き剣に炎を纏わせる。アルフィール様とイールトさんも覚悟を決めたように頷きあい、拳を握りしめた。
殿下は魔獣がいる霧の向こう側を真っ直ぐに見つめ、矢継ぎ早に指示を出す。
「イールトは視界を確保。私とフィーでリウとラスを援護する。シャルラ嬢は聖結界を。禁術が消え次第、生存者を保護して後退する。行くぞ!」
殿下の合図で、イールトさんが風魔法で霧を晴らした。殿下とアルフィール様が水や土魔法で魔獣たちの足場を崩し、ラステロくんとゼリウス様がそこへ突っ込んでいく。
霧はすぐに満ちてくるから、イールトさんは断続的に風魔法を放ち続けてる。開けた視界の端では兄さんが禁術の一つを破り、ジェイド様が近付いて来た魔獣を氷魔法で足止めしているのが見えた。
みんな頑張ってるし、私も負けていられない。ずっと特訓してきた成果を見せなきゃね。
私は気合いを入れて詠唱し、自分を起点として殿下たちも包むようにシールドを張った。
ホーリーシールドは魔獣の侵入や攻撃魔法を防ぐ聖魔法で、ものすごく練習して出来るようになった魔法だ。このぐらいの範囲なら、よほど大きな攻撃を受けない限りしばらくは張り続ける事が出来る。
他にも私はシールドを張りながら、時折遠隔でみんなに回復魔法もかけていく。これも頑張って出来るようになった事の一つで、見えない場所にいても魔法をかけられる。
コツは、対象者に目印を付けておく事。今回はリジーが編んでくれたミサンガを目印にしていた。
そうしてみんなで協力し合って、どのぐらい経っただろう。兄さんとジェイド様が無事に禁術の魔法陣を全て壊したようで、辺りを覆っていた霧が一気に晴れた。
「よし、ラス!」
「分かってる!」
殿下の一声で、ラステロくんが大量の伝書魔法を一斉に飛ばした。きっと生存者に異常事態の発生と撤退を伝える内容なんだろう、色とりどりの蝶が舞う様は戦闘の最中だというのに幻想的で綺麗だ。
思わず見惚れていると、本気を出した殿下たちの攻撃魔法が次々に炸裂していく。その中でゼリウス様がまるで踊っているかのように華麗な動きで炎の線を描き、剣を振るう。
そして走り回っていた兄さんとジェイド様が、私たちの元へ無事に戻ってきた。
「兄さん、ジェイド様。お疲れ様でした」
「ありがとう、シャルラ」
シールドは維持したまま、私は二人に回復魔法をかける。ホッとした様子で微笑んだ兄さんの隣で、ジェイド様がハッとした様子で振り向いた。
「殿下、援軍です」
「どうにか持ち堪えたか」
ラステロくんの知らせを受けて来てくれたんだろう、森の奥に展開していた騎士団や魔導士団が続々と集まってくる。隊長格の騎士様によると、付近にいた学生たちは一足先に退避させたみたいだ。
「ここは我々が抑えます。団長たちも間もなく来るでしょう。殿下はどうか本営へお戻りに」
「分かった。後を頼む」
騎士様たちはそのまま魔獣を食い止めようと駆けて行く。彼らと交代するようにして、ラステロくんとゼリウス様がこちらへ戻ってきた。
「弱いのは全部片付けたよ。残りは上級魔獣と中級が半分ぐらいかな」
「俺たちはまだ行けるがどうする? このまま後退するか?」
「そうしたい所だが、ドラゴンがどこで出るか分からないのが難点だな。せめてあれがいなければ安心出来るのだが」
殿下は険しい眼差しで騎士様方が抑えている魔獣の群れを見つめた。そこにはアルフィール様を襲うという上級魔獣、アラクネとヘルハウンド、マンティコア、バジリスクの姿がある。
この後本当にドラゴンが現れたら、かなり厳しい戦いになるだろう。アルフィール様が死んでしまうという未来に繋がらないか、殿下が警戒して悩むのも分かる気がした。
けれど私たちは、そのままゆっくり考える事は出来なかった。
「グギャアア!」
「……っ! この声は!」
ドンという衝撃音と共に荒々しい咆哮が響いて。大きく地面が揺らぎ、森の奥から山のような巨体が姿を現す。どう見てもそれは、お伽話に出てくるドラゴンだった。
「兄上!」
「ラス、待て!」
殿下の制止も聞かず、ラステロくんがドラゴンに向けて駆け出す。するとまた新たな咆哮と共に、森の奥に新たな巨体が現れた。
さっきのは緑色っぽい色をしたドラゴンだったけど、今度のは炎を纏ったような真っ赤なドラゴンだ。たぶん最初に出たのが地竜で今度のは炎竜なんだと思う。
(このままじゃ本当に、ジミ恋の通りになっちゃう!)
次は呪竜に多頭竜、そして邪帝竜も出てくるかもしれない。
きっとそれを止めようとラステロくんは向かったんだろうけど、そんなのはいくらラステロくんでも無理だ。早く助けに行かないと。
そう思ったのは、私だけじゃなかったみたいで。
「殿下、このままでは!」
「だが……」
ジェイド様が焦り声を上げたけれど、殿下は戸惑った様子でアルフィール様に目を向けた。
きっと殿下は、アルフィール様を連れて行くべきじゃないと思ってるんだろう。アルフィール様の無事を最優先にするなら、このままラステロくんを見捨てて一緒に本営へ戻るのが一番安全だ。それできっと迷ってるんだと思う。
それをアルフィール様も感じ取ったみたいで。
「殿下、わたくしも行きますわ。ダークエンパイアドラゴンが本当に召喚されるかはまだ分かりません。それなら少しでも戦力は多い方がよろしいでしょう?」
「しかし、フィー」
「危険なんてありませんわ。殿下がわたくしを守って下さる。違いまして?」
きっとすごく怖いだろうに、アルフィール様はそんな素振りを一切見せずに不敵に微笑んでいる。殿下は苦しげに眉根を寄せ、苦笑を浮かべた。
「私から決して離れないと約束出来るか?」
「もちろんですわ」
「……分かった。ラステロをここで失うわけにもいかないからな」
殿下は深く息を吐くと、覚悟を決めた様子で顔を上げた。
「もうすぐ本営から騎士団長と魔導士団長も来るはずだ。ミュランは二人の到着を待ち、私たちがドラゴンを止めに向かったと伝えてくれ」
「本気で行かれるのですか? それなら殿下も団長方と一緒に向かわれた方が」
「グリニジェリが二人もいるのだ。王家の血が使われれば、ダークエンパイアドラゴンも呼ばれる可能性が高い。対抗出来るのは私とシャルラだけなのだから、どちらにせよ団長たちにはここの魔獣を任せるのが最善だ。違うか?」
殿下にとって一番の恐怖は、アルフィール様の死因となるアラクネたち魔獣の方だろう。ドラゴンを相手取ってる間に後ろから襲われたら一溜まりもない。でもそれを兄さんにまで言う必要はないから、殿下はこんな言い方をしたんだろう。
それでも充分、兄さんには伝わったみたいだった。
「かしこまりました。こちらはお任せください。ご武運を」
「ああ」
「シャルラ、しっかりね」
「うん、兄さんも気を付けて」
私はもう一度兄さんに回復魔法をかけて、殿下たちと一緒に走り出そうとした。けれど……。
「シャルラ様、失礼します」
「えっ、うわ!」
突然イールトさんに抱え上げられて驚いたけれど、よく見てみればいつの間にかアルフィール様も殿下に横抱きにされていて、ジェイド様はゼリウス様に担がれていた。
そのままイールトさんが走り出したから、私はイールトさんの肩に手を回して抱きつく。ぐんぐん遠ざかって見える兄さんが苦笑して手を振ったから、私は恥ずかしくなって目を瞑った。