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96:異変が起きました

 二日目の朝、空はどんよりとした曇り空だったけれど、私はスッキリした気持ちで目覚める事が出来た。何が起きてもやる事は一つ。そう思ってしまえば、小さな事に怯える必要もない。

 けれど魔の森の不気味さは、さらに際立っていった。


 朝食を済ませ、また班ごとに分かれて森の奥へ進んだのだけれど。不思議な事に午前中の間、どこからも戦闘音が聞こえてこない。

 もちろん私たちの前にも魔獣は現れなくて。さすがにおかしいと思ったのか、ジェイド様が眉根を寄せた。


「ラステロ。他の班もちゃんと移動してるか?」

「うん、してるよ。騎士団も展開してる。みんな死んでない」

「そこまでは思っていない。しかし妙だな。森の奥の方が魔獣は増えるはずだが」

「そうだね……確かに魔獣の反応は全然感じられない。ボクも異常だと思うよ」


 ラステロくんは移動しつつも、周囲の魔力反応を探ってたみたいだ。二人の話を聞いて、ゼリウス様と兄さんも木々の間を見回した。


「魔獣がいた痕跡はあるから、元々この辺にはいたはずなんだがな」

「魔物寄せでどこか一箇所に集められてる可能性はありませんか?」

「ないとは言えないが、そんなことをしてどうする? 餌もないのに集めても、互いに攻撃し合うだけだ。下手したら集めた奴自身が死ぬ可能性もあるんだぞ」

「そこは時限式で起動させれば問題なく出来ます。ただ、一箇所に集めてどうするのかは分かりませんが」


 様々な意見が交わされたけれど、理由が分かるはずもなく。そうこうしてる内に、この日の昼のチェックポイント付近までやって来た。


「霧が出てきたな」

「殿下、もうすぐ休憩地点です。急ぎましょう」


 ただでさえ森の奥は浅い場所と違って鬱蒼としている。下草が残っていて当たり前だし、踏み固められた土の道なんてない。急ごうとしても限りがあるから、辺りを覆う真っ白な霧はどんどん密度を増していって。これまで以上に足元に気を付けないと、うっかり転んでしまいそうだ。

 だから私たちは、慎重に歩かざるを得なかったのだけれど。


「みんなちょっと待って」

「ラス、どうした?」

「この霧、普通の霧じゃない。瘴気が混ざってる」


 えっ、瘴気⁉︎ 

 ラステロくんの言葉に、思わず息を呑む。ラステロくんは苦々しげに話を続けた。


「霧そのものに魔力があるから間違いない。これじゃ他の班がどうなってるか、ボクにも全然分からないよ」

「魔獣の位置も分からないということか。ジェイ、本営に連絡を」

「分かりました。ですが殿下、そういうことなら我々も引き返した方がいいかと」

「いや、この先には騎士団もいる。他の班もそう時間を置かずに来るだろう。引き返すのは、皆と合流してからだ」

「……かしこまりました」


 殿下にとって、学園のみんなは同じ生徒であると同時に守るべき国民でもある。だから自分たちだけ先に引き返すというのは、受け入れられないんだろう。

 ジェイド様もそれが分かってるからか、心配そうにしながらも指示通りに伝書魔法を飛ばした。


 そこから先、私たちはこれまで以上に警戒を強めて先を急いだ。そうしてようやくチェックポイントに着いたのだけれど。


「おかしいな。騎士団の気配がない」

「そうですね。人の気配が感じられません」


 ゼリウス様が小さく唸り、イールトさんが同意を示す。不安げなアルフィール様の肩を、殿下がそっと抱き寄せた。

 そんな中、兄さんはチェックポイントのある一点を見つめていて。


「ラステロ殿、あれが見えますか?」

「どこ?」

「やはり隠蔽されてるのか」


 兄さんは一本の木に近づき、小さく呪文を唱える。するとパリンとガラスが割れるような音が響いて、木の幹に描かれていた魔法陣が現れた。


「これは……!」

「禁術の一つ、瘴気を集めるものです。きっとこれが、この付近に複数あるはずです」


 兄さんは銀のナイフを取り出すと、魔法陣の中央に思い切り突き立てた。仄かに光を帯びていた魔法陣が力を失くし、ジュッと音を立てて消えていく。

 それを見ながらジェイド様が眉間に皺を寄せた。


「そんなものまで使うとは。まさか、魔獣がいなかったのも瘴気の元にするためか?」

「可能性はあると思います。ただ、相当数の魔獣を殺して穢れを集める必要がありますから、共食いを誘うだけでは無理です。かなり腕の立つ人間が関わっているかと」


 兄さんは答えながら、意味ありげな視線をラステロくんに向けた。ラステロくんは珍しく苦しげに顔を歪めた。


「一人だけ思い当たる人がいるよ。こんなことを出来る人間で、ボクたちに……ううん、ボクに恨みを抱いている人が」


 絞り出すようなラステロくんの声に、胸が痛くなってくる。でも殿下やアルフィール様たちの空気もピリッとしたものに変わったのに、誰も何も言わない。

 私は我慢できずに声を挟んだ。


「ラステロくん、誰がやったか分かるの?」

「うん、もう疑いようがない。ミュラン先輩も気付いたんでしょ?」

「ええ。今の魔法陣に残ってたのは、間違いなくグリニジェリ家の魔力でした」

「グリニジェリって、ラステロくんのおうちだよね。その人って、ラステロくんのご家族の方なの?」

「ボクの兄上だよ。たった一人の」


 ラステロくんはグリニジェリ公爵家の次男だけど、魔力量が多いから跡継ぎに指名されたそうだ。そのためラステロくんのお兄様は、ラステロくんを恨んでいるらしい。


「元々、殿下の側近候補も兄上だったんだ。でもそれもボクが奪ったから。ロイメルと裏で手を組んでても不思議じゃない。兄上ならドラゴンだって呼べると思うし」


 ラステロくんのお兄様は殿下の側近候補だっただけでなく、幼い頃にアルフィール様との婚約話も上っていたそうだ。今は魔導士団に所属しているそうだからこの作戦を知っていてもおかしくないし、お二人と敵対するだけの動機もあるとラステロくんは話した。

 そしてその可能性は、国王様たちも考えていたんだとか。ラステロくんたちのお父様である魔導士団長様は、そんな事はあるはずがないと否定していたみたいだけどね。


 ラステロくんはきっと、お兄様の事が大好きだったんだろう。あんまりにも辛そうで、とても見ていられない。

 けれど私が何か言おうとする前に、ラステロくんはクスクスと笑い出した。


「でも嬉しいな。そっか、兄上が……」

「ラステロくん?」

「最近はずっと無視されてたけど、まだ兄上の心にボクは残っていられたんだ。そうじゃなきゃこんな風に、魔法陣を隠したりしない。でもそれなら、ボクだけを狙ってくれれば良かったのに」

「ラステロくん!」


 一見するとラステロくんはとても楽しそうに笑ってるけれど。その様はあまりに歪だ。何か考えるより前に、私はラステロくんの肩を掴んでいた。


「ラステロくん、どうして笑うの?」

「どうしてって」

「本当は悲しいんでしょ? お兄さんと仲良くしたかったんでしょ? 悲しいなら泣かなきゃダメだよ!」

「別に悲しくないよ。兄上は昔からボクに嫌いって言ってくれる人だったんだ。だからこれがボクたちの仲良しなんだよ。無視されるよりずっと良いでしょ?」


 ラステロくんにはちょっとおかしな所があるなって、ずっと思ってた。でもこんなに抱えてるものが暗いなんて思わなかった。


「嫌いなんて言われて喜ばないで。私は好きなんだから、ラステロくんのこと」

「えっ」

「だってラステロくんは、大切なお友達だもん。アルフィール様だって殿下だって、みんなラステロくんのことが好きなの。だからお兄さんに狙って欲しいなんて言わないで。嫌いより、好きを大事にしようよ」

「シャルラちゃん……」

「私は嫌だよ。ラステロくんを嫌いなんていうなら、ラステロくんのお兄さんなんて大嫌い」


 心からの想いを込めて言えば、ラステロくんは驚いたように目を見開いて。みんなの顔を見回すと、苦笑してため息を漏らした。


「シャルラちゃんには勝てないな。卑怯すぎる」

「卑怯? どうして?」

「そんな風に言われたら、シャルラちゃんには嫌われたくないなって思っちゃうから。……あーあ。嫌われたって何だって、奪うつもりだったのになぁ」

「奪う?」

「こっちの話だから気にしないで」


 ラステロくんはふわりと微笑むと、私の手を肩から外して、ギュッと握ってきた。


「ねえ、シャルラちゃん。ボク、兄上が大好きだったんだ。でも兄上はボクを好きにならない。それならボクも、兄上を嫌いになるべきだと思う?」

「ううん、思わないよ。好きなら好きでいいと思う。ただ嫌いって言われても喜ばないで欲しかったの。ラステロくんは笑ってるけど、すごく寂しそうに見えるから」

「そっか……分かった。ボクは兄上が好きだけど。それ以上に、ボクを好きって言ってくれる人を大事にした方が良さそうだね」


 私の手の甲にそっと口付けて、ラステロくんは甘く笑った。上目遣いに見られて、思わずドキッとしてしまう。すると横からイールトさんが、私の手を奪い取った。


「ラステロ様。兄君が関わられているなら、早く動かれた方がよろしいのでは?」

「せっかくチャンスだったのに邪魔しないでよ。イールトなんて、やっぱり消しておくべき……っ!」


 不意に魔獣の咆哮が響き、ラステロくんが振り向き様に風を起こして霧を払う。束の間開けた視界に、魔獣の大きな影がいくつも見えた。

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